2015/09/22 - 2015/09/22
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ミズ旅撮る人さん
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2015年シルバーウィークで紀伊半島を和歌山から奈良・三重へと横断しました。
奈良・天理から三重へと抜ける途中に伊賀上野があります。
伊賀と言えば忍者。テレビやアニメでしか知らない忍者が実在した土地に行きました。
上野城の城内には忍者屋敷があります。そして、あちらにもこちらにも色とりどり、幼児から大人まで忍者が闊歩しています。
お城の石垣だって登ってしまいます。
日本広しと言えども、こんな場所はここだけです。見ているだけで楽しくなる上野城へようこそ。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
伊賀市に入ると、こんな看板がありました。「伊賀上野」よく聞く名称です。しかし正式名称ではありません。
2004年に上野市を中心とした周囲3つの町と2つの村が合併して「伊賀市」が誕生しました。
新市名を「伊賀上野」にという要望も多かったようです。
「ようおこし」は、伊賀の方言です。 -
町の中心部からも、上野城がよく見えます。
-
町の中にも忍者が、あちこちに見られます。
伊賀市は「忍者の里」であることをPRするため、「忍者議会」というものを開催しました。
市長を初め、市議会議員たちが、忍者の服装をして議会を開くというもので、第一回は、2001年当時の上野市で行われました。
一旦、「忍者会議」は中止されたものの、2007年伊賀市発足後、臨時市議会でも行われました。 -
伊賀鉄道の上野市駅です。
現在は伊賀市ですが、昔からの駅名ですから、合併後も変更しなかったんですね。
町の北側には、JR関西本線の伊賀上野駅もあります。
伊賀鉄道は、この「伊賀上野駅」から南下して、「上野市駅」を通り、「伊賀神戸駅」で、近鉄線に接続します。 -
上野公園に来ました。シルバーウィークだからか、露店が出ています。
上野公園 紅葉
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上野公園の一角に「伊賀流忍者博物館」があります。所謂、忍者屋敷です。
入場料が756円と、やや高めであるにも関わらず、かなりの列が出来ています。
中での写真撮影はOKですが、動画撮影はNGです。伊賀流忍者博物館 美術館・博物館
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「回転ドア」。板戸の一枚が回転式になっていて、あっという間に姿を消せる仕掛け。
実演してくれたのですが、一瞬の早業でした。お客さん大喜び。
子供が一人だけ、体験できます。「やりたい人」と声が掛かるので、勢い良く手を挙げましょう。 -
天井近くの欄間(らんま)部分に隠れている忍者。
今はライトを当てているので、わかりますが、暗かったら全然見えません。 -
敵襲と言う時に素早く外へ出るための仕掛け。
腰より低い位置にある小さなくぐり戸からパッと外へ出ます。お見事! -
押入れの中にも隠し戸がありますというパフォーマンス。
忍者の左脇の壁にも、覗き見るための隙間が開けてあります。 -
縁側の一部が物入れになっています。
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中に入っているのは、非常用持ち出し袋ならぬ、甕(かめ)。
その中には何は無くとも、まずは金。
5円玉のように、穴の開いた硬貨を紐に通して保管して置きます。
急いで持ち出すには、ちょっと重そうですけどね。 -
ある一枚の床板の端をえいっと踏むと、反対側が跳ね上がり、床下に隠しておいた刀を取り出せます。
こういうパフォーマンスはスピードが命。
床板の色が違っていて、あそこだなとわかっていても、取り出し方が上手いと拍手喝采。
これで、忍者屋敷のパフォーマンスは終了です。
観客は左の庭に下りて、木戸が開いているところから地下へと降りて行きます。 -
振り返ると、次のグループがパフォーマンスを見るために集まっています。
数十人のグループごとに見学するのです。 -
この階段を降りて行くと、忍者の展示が見られます。
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忍者が隠密行動をとる時の変装。
「七方出(しちほうで)」とは、「虚無僧」「出家」「山伏」「商人」「曲芸師」「猿楽師」「常の形(農民・武士)」の7つの変装を言います。 -
「水蜘蛛」。
沼堀と呼ばれる湿地のようなお堀を渡る時に使用したそうです。 -
実際に乗ってみることが出来ます。
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上が「坪錐(つぼぎり)」。土壁・土蔵などに穴を開けて覗き見したり、吹き矢を使ったりしました。
下は、「しころ」と言い、生垣や戸の留め具を切る道具でした。 -
「くろろ鍵」。土蔵の錠前を開ける特殊な鍵。これは時代劇などで、たまに見ますね。
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「鉤縄(かぎなわ)」
高いところに登る時、縄の端を持ってグルグルと回して、タイミングをみて放つ。
上手く先端の鉤が引っ掛かれば、縄を伝って登ることが出来ます。 -
少し前に、クイズがあり、箱の中に手を入れて、中に何が入っているかを当てるのですが、手を入れていた子によると、中身はこれだったようです。
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手裏剣。
先程のパフォーマンスで、忍者が手裏剣を壁に投げて見せました。
危険がないように柔らかく出来ているものでしたが、売店で売っていますと宣伝すると、近くにいた男の子が早速自分の財布と相談していました。 -
「鎖鎌」。振り回して敵を威嚇するのが主な使用方法ですが、殺傷能力はかなりあったでしょう。
あまり、こうした武器は紹介したくないのですが・・・ -
男の子たちが、夢中で真似していました。
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忍者博物館のあちこちに立っている案内板。5ヶ国語対応です。
「この先は伝承館・忍者実演ショー入口があります。体験館は再入場可です。」 -
地下の体験館から地上に出ると、人の列がありました。
すぐ左手にショーの入口があるので、その入場待ちの列でした。
ショーは別料金で300円です。写真の右奥が入口です。
実演しているのは「阿修羅」というグループで、今年(2015)行われたミラノ万博でも公演した実績があります。 -
「忍者実演ショーの入口です。忍者ショーは4歳以上お一人300円必要です。」
この忍者むすめの名前は「伊賀嵐(いがらし)マイ」17歳。身長165cm体重50kg生年月日2月22日(忍者の日)A型。
2015年5月に決まったばかりです。 -
ショーの看板の前に、入門希望者かな?
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「伝承館」の展示です。
携帯用提灯・ローソク立てです。日本人は昔から、こういう工夫が得意でしたね。 -
「猫の目時計」
確かに猫の目は、明るいところでは細くなり、暗いところでは開くけれど、猫のいる場所によって変わるから、実用性はなかったかも・・・ -
「水の見つけ方」
サバイバル時に役に立つかな?忍者って結構気が長かったのね。 -
「忍者グッズ専門のお土産屋です。ここでしか買えない物もあります。」
伝承館と同じ建物の中にあります。 -
忍者博物館を出たのに、また忍者に会いました。
どうやらどこかでコスチュームを借りられるようです。
調べてみると上野公園の入口に近い「だんじり会館」で、「忍者修行通行手形」という割引セット券を販売していました。
これは、コスチュームのレンタルと博物館の入館料、それに手裏剣体験がセットになっていて、大人1,800円、子供1,500円です。
市内には他にも「忍者変身処」があり、レンタルのみ1,000円です。 -
さあ、今度は上野城です。あれ?ここにも忍者がいます。
石垣の上だなんて、舞台もピッタリですね。 -
おっ、ピンク忍者も参戦。
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お城はもう目の前なのかと思ったら、意外とまだ遠かったです。
お城を見ていたら、いきなり足元から青忍者が現れました。おお!さすがは伊賀。
思わずシャッターを切ったら、青忍者くん「なんで撮るの〜〜〜」
だって、やっぱり撮るよねえ。 -
ほら、ここにも女の子の青忍者。フフフ、楽しくなってくるね。次は何色かな?
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どうやらここは、忍者の多数出没ポイントだね。赤・黒・青のそろい踏み。
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忍者に導かれて石段を降りて行こう。
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今、上に立っていた石垣。子供たちがたくさん登っています。
日本中どこを探したって、子供が石垣を登っているお城はここだけだと思う。
さすがに左の子は、ちょっと無理・・だろうなあ。 -
と思ったら、すかさず右の低い方へ再トライ。がんばれよ〜〜〜
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イチオシ
ベンチの横に桜の木があったので、ちょっとアートに挑戦。格好よくハマったね。
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忍者軍団の親子。暑い日だったから皆袖まくりだけど、楽しそう。
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さて、上野城に行きますか。
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入城料500円を支払って中に入ると、「たいが〜」くんが出迎えてくれます。
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上野城の城主、藤堂高虎は伊賀忍者を使ったと言われていますが、城の中にこんな風にはいなかっただろうなあ。
現在の上野城は、正式名称を「伊賀文化産業城」といい、昭和10年10月18日に完成した模擬天守です。
模擬天守というのは、失われた本来の形そのものを復元するのではなく、新しい天守を造ったということです。 -
建築したのは、衆議院議員だった川崎克で、当時行われていた鉄筋コンクリート造での建設を嫌い、木造で瓦葺き、白漆喰塗籠の層塔型3層3階、高さ23mの大天守と、2層2階の小天守が建てられました。
しかし、元の上野城は5層であり、天守台の大きさとは合っていません。 -
ここの展示物で目を引くのは、藤堂高虎の兜でしょう。本当にこんなものを被ったのでしょうか?
藤堂高虎が上野城を改修した時は、徳川家康が豊臣秀吉と対峙した時に、大坂城に対抗するための備えが必要でした。
お堀に面した高生垣は、大坂城に次いで日本で2番目の高さを誇ります。
しかし、大阪夏の陣で勝敗が決し、以後は戦乱の時代は終わりを告げました。
こうした象徴的な兜は、平和な時代のものでしょうか。
説明書きには、豊臣秀吉から贈られた兜かどうかは不明とあります。謎の多い兜です。 -
足元には「甲冑」としか書かれていません。
上野城は、1608年徳川家康の命に寄り、筒井定次から没収して、藤堂高虎に与えられ、大規模な改修が行われました。
しかし、完成間近の1612年9月2日、暴風雨のため、5層の天守は倒壊しました。
1615年の大坂夏の陣で、上野城の必要性がなくなり、その後、築城禁止令が発布されたため、再建自体がされませんでした。
上野城は天守を持たないまま、幕末を向かえ、廃城令によって、多くの建造物が解体されました。 -
こちらは、きれい過ぎるし、ガラスケースの中に入っていないので、最近作られたものだと思います。
ひょっとすると大河ドラマで使用したのかな?
昨日訪れた和歌山城には、「徳川将軍吉宗」で使った屏風がありました。
上野城の高石垣は黒澤明監督の映画「影武者」のロケ地となりました。
この石垣、雑草の手入れをするのは自衛隊だそうです。訓練の一環なんですって。 -
ここにも忍者。目立ち過ぎちゃいけないだろうに。
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上から見ると、欄間の部分が抜けていて、廊下が見えます。
天井がやたら高い、不思議な構造の建物です。 -
とても昭和の建造物とは思えませんね。
昭和42年に国の史跡に指定され、日本100名城に選ばれました。 -
お宝も展示されています。
元々、存在しなかった天守ですから、別の場所に大事に保管されていたのでしょう。 -
藤堂家の家紋「藤堂蔦」の形をしている皿。
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展示物でいっぱいの天守。さらにもう1階上があります。
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四方を囲むのは、国内の城の写真。
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天守からの眺め。周りを巡る回廊がないため、窓からしか外を見られません。
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先程の石垣。今度は何人の青忍者が登るのかな?
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南側の窓からの眺め。
左の大きな建物の前が「上野市駅」です。 -
西側の眺め。真下にはお堀があるはずなのですが、見えません。
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遠くの山並みが綺麗ですねえ。山の向こうは滋賀県でしょうか。
信楽だから狸がいっぱいだろうな。 -
天守の天井は、横山大観らの色紙46枚が張られています。
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書や絵画の色紙です。それぞれの筆跡が異なることから、46枚すべて違う人のものと思われます。
天守の復興を祝して寄せられたものでしょうか。 -
天守の階段は、やはり急です。皆が掴まるので、手すりがピカピカ。
さあ、上野城の見学も終わりです。 -
上野公園を出ると車道と歩道との間に、忍者のシルエットが嵌めこまれていました。
「また来いよ!」と言われているみたいでした。
ちょっと忍者屋敷でも見てみようかという、気持ちで立ち寄った上野城でした。
まさか、こんなに忍者がいっぱいの楽しいお城だったとは。だから、旅はおもしろいんですね。
連休中は混雑してたいへんかもしれないけれど、普段よりたくさんの忍者がいたんじゃないかな?混む日の方がいい場所もあるんですね。
紀伊半島横断の旅も三重県に入りました。次は、東海道の宿場だった関を訪れます。
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