2006/09/26 - 2006/09/28
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Zebraさん
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2006年、長期滞在していたドイツの研究所から、フランスの国際会議に出かけた。会議の席にチェコのカレル大学の先生(学部長さん?)がいらしていたので、ちょうどその頃にメールのやりとりをしていたチェコの留学希望の学生さんと、その担当教授の話を振ってみた。
「ヨーロッパにいらっしゃるならぜひ、大学にもいらしてください」
と、彼はいきなり日程調整を始めた。ああ、チェコ国内の教授同士、知り合いなのか。……そんなこんなで、翌週、私はプラハの旅行者になった。
古い写真を整理していたら、どこのものか、いつの写真かわからなくなってしまうものが出てきたので、少しでも覚えているうちに備忘録として書き残しています。
古い情報なので、他の方には参考にならないものもあるかと思います。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- その他
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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空港に着くと、留学希望だというその学生さんが私を見つけてくれた。
「あなたの顔はwebで知っているし、プラハの空港は大きくないから、迎えに行けばすぐに見つけられます」とは言われていたのだが、確かに、小さい空港である。
チェコの通貨はユーロではなくチェココルナなので、空港で両替したかったのだが、少しシャイな好青年は「街中の方がレートがいいから、街に行きましょう」と、先を急ぐ。ヴァーツラフ ハヴェル プラハ国際空港(PRG) 空港
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大学に向かう途中に通った、聖ミクラーシュ。中に入る時間はなかったが、英語発音だと聖ニコラス、チェコ風に言うならミクラーシュだ………
学生さんが英語が堪能らしいということは、メールのやりとりをしていた時からわかっていたが、彼は英語はとても聞き取りやすい。フランスで会った学部長さんよりも、ずっと聞き取りやすい気がするのだが……
「君、国籍はロシアだったよね?」
それでも、地名は英語発音(英語名)、地元発音(チェコ名)が違って、なかなか通じない。聖ミクラーシュ教会 寺院・教会
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ひとまず大学に向かい、学生さんの担当教授に挨拶をする。書籍などで名前を知っている方である。フランスで会ったカレル大の教授とのご関係を聞いたら、うちの大学の同僚だという…………「へ?」
嗚呼、これもなのか。
留学生受け入れの連絡を貰った時、学生さんの所属が Charles University in Prague (チャールズ・ユニバーシティ・イン・プラーク)と、なっていた。チェコ語だと、カレル大学なのか、つまりは同じ大学だったのか……
それなら確かに「訪ねて来い」って言えるよね……私、変なリアクションしなかったかな。
その後、共通の知り合いの話なども出て、研究者の世界は意外に狭いですねえ、等、和気あいあいと研究の話を進めたのだが――― -
教授は国際会議のバンケットに出なければならないという話で、「何なら一緒に来ないか」と、誘われる。異存はない。教授を手伝ってくれているスタッフの一人について「彼は日本で働いた経験があったはずだ」、と教えられたので、それならぜひ、と、学生さんともども参加することにする。
件の助手は、受付にいた―――
「あ、○○先生!?」
「え??? うああああ、久しぶりっ 元気だった?」
「おや、あなたたちは知り合いだったんですか?」
「知り合いも何も、一昨年まで同じ研究室にいた仲間です。そっか〜 チェコに戻って助手してたのか〜 フリーメールのままやりとりしてたもんね、就職先、ちゃんと覚えてなかったよ」
積もる話が、山ほど。研究者の世間は狭い、狭すぎる。Velka klasterni restaurace 地元の料理
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なお、バンケットが行われていたのはVelka Klasterni Restaurace という老舗レストランである。
写真はチェコオリジナルのジャガイモのスープと、一匹丸ごと焼き上げて取り分けてもらった子豚の肉。コレノっていうのかな。素朴だけれど、美味しい。また、チェコのビールは美味しいとは聞いていたが、バドワイザーの名前の語源になった「ベーミッシュ・ブトヴァイス」はチェコの地名なんだそうだ。へえええええ。
と、後ろから日本語で声をかけられた。 「ど、どーしたんです、こんなところで」「そちらこそ、どうして?」 「いや、我々は普通に国際会議に参加して……昼間、会議にませんでしたよね?」 「いや、私は××教授の所に来たついでに、食事に来ただけで……」
学生さんが「????」という顔をしている。 「紹介しよう、日本の研究所で、隣の研究グループの××さんだ。日本にいったらすぐにまた会える」
世間は狭い、狭い、いくらなんでも狭すぎるぞっVelka klasterni restaurace 地元の料理
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バンケットを終えて外に出る。
プラハでは夜中〜夜明けまでずっとトラムが動いていて、街をグルグル回っている。料金は一律だから、酔っ払いが乗ったまま眠ってグルグルしているんだ、という。酔っ払いには優しい街だそうだ。
「だって、外に出したら冬は寒くて死んじゃうだろう?」
大柄な教授は国際会議での様子を見る限り、大御所のようだったが、酔っぱらったら冗談ばかりになって、学生さんが介抱している。いい感じの師弟関係のようだ。
私はと言えば、学生さんに、大学のそばのホテルまで送ってもらう。すでに料金は大学から支払われているという。
あ、両替するの忘れてる。
モーニングは珈琲と数種類の紅茶と、数種類のデニッシュだ。甘いものばかりなのね。(残念ながらホテル名を忘れてしまったが、学内のドミ(寮)的なものだった気もする) -
カレル大学にはキャンパスというものがない。プラハの街の中に、大学の建物が点在している、それだけ大きい大学だということだ。
ここは大学本部のあるところ。医学部や理学部はこんな街中にはない。その辺の学部の配置(理工系は街のはずれに置く)は、いずこの国も同じだ。カロリヌム 建造物
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これもカレル大学だそうだ。
この校舎はクラシックな建物をそのまま使っていて、ステンドグラスの窓の横から、ガーゴイルが首を出している。学生さんの話では、少なくともここは理学部ではない、とのこと(笑) -
カレル大学の理学系の建物。実験室の中の様子は、古いものを上手く使いまわして、新しい実験装置をくみ上げる、という、学生にとってとても勉強になる環境が出来上がっていた。2006年のこの時点で、新しい建物を建てるから、と、実験装置などを移動する作業をしていた。この後このキャンパスには訪問していないのだが、すでに立て替えは終わっているだろうな。
やはり日本に留学するという女の子にも会う。国から出たことのない彼女は、とても不安そうだった。良くも悪くものどかで、素直な子たちだ。 -
日本で学生を引き受けるということは、大学の客員教授になるのを引き受けることだそうで、いろんな書類にサインして、チェコでの講義日程を決めて、ひとまず一度研究紹介を兼ねた講演をして……と大忙しだ。
それでも、チェコに来たのが初めてなのなら、と、時間の隙間を見つけては学生さんが街の案内をしてくれる。おまけに教授から講演料を現金(チェココルナ)で貰ったので、両替もしないで済んでしまった。
まずは旧市庁舎に案内される。プラハ旧市庁舎 建造物
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これはプラハ旧市庁舎の天文時計だ。
世界最古と言われるこのからくり天文時計は、作者がわかっていないそうだ。「これ以上の作品を作られては困る」と当時の権力者に殺された、とも、この作品に取りつかれて(それ以上のものを作れないと悟って)自ら命を絶った、とも言われているそうだ。
いずれにしても、この上なく細かな細工で、この上なく美しい。そして(多少の修理を経たとしても)いまだに動いているのが、素晴らしい事だと思う。 -
旧市庁舎の壁の一部。
漆喰の壁をひっかくようにして模様や絵を描く16世紀ごろの手法で作られたもので、ここしか残っていない、というような説明を聞いた。日本の古民家の蔵飾りや鏝絵を、一面に施したような感じだ。 -
細い道の先に、有名なカレル橋がある。
1300年代に着工した、という。どれだけ古いんだ、と、思う。(日本は何時代だ?) 橋の全景が見えると思っていたのに、何やら違う雰囲気で、ちょっとワクワクする。
写真中央のアーチの向こうが橋になるのだそうだ。 -
これはすでにカレル橋の上。
お土産屋さんが並んで、石畳が続いている。橋の両脇に聖人たちの像が並ぶ。いろんな言い伝えがあるけれど、とにかく古いから、書いてあるもので言い伝えが逆の事もあるそうな。
学生さんが、まるで専任ガイドみたいにいろいろ説明してくれるので、わかりやすいことこの上ない。カレル橋 建造物
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カレル橋の銅像の一つ、カトリックの聖人ヤン・ネポムツキー像の下のレリーフに触れると、幸運が訪れるといわれているから、ぜひ触るべきだ、と、学生さんがいう。
銅製のはずだが、多くの人に触られたため、つるつる&ピカピカの金色になっている。 -
カレル橋から臨むヴルダヴァ川。晴れ間が出てきて、きれいだ。
遠くにプラハ城が見える。プラハ城の中に美しい大聖堂があるというので向かうことにする。 -
プラハ城に上る坂道は、大きな石畳で、ヒールの踵が石の隙間に入ってしまいそうで大変だった。学生さんは待ってくれる。周りに気を使えるいい子だなあ、と、思ったら、すでに結婚しているのだそうだ。(そういえばロシア人は、若くして結婚している人が多かった気がする)
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プラハ城内のヴィート大聖堂。
ゴテゴテのゴシック建築である。プラハに司教が来た(司教区ができた)のは1000年代とのことで、この大聖堂はその300年後くらいにできたそうな。
「理系なのに詳しいね」と聞いたら、ロシアから友だちが来るたびに、ガイドブックを見て説明したから、覚えてしまった、と、言っていた。
歩きながら、いろんな話をする。聖ヴィート大聖堂 寺院・教会
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ヴィート大聖堂の中。
ロシアで20年くらい教育を受けたけど……チェコの大学に来てよかった。僕の知識は、この5年ですごく変わったんだ、世界が広がったんだ、と、学生さんが話す。
この5年ですべてがひっくり返って、世界がこんなに広いこと、どこの国にでも自分の意志で行けることを知った、と。世界中に知り合いのいる教授や、貴女たちに感心するばかりだ、と言うから、研究者になると、世界はすぐに身近になるよ、と、伝える。
なお、手を動かして実験をするのも好きだし、数学も好きなのだそうだ。 -
ヴィート大聖堂の中のステンドグラス。美しいなあ………
学生さんは大聖堂の歴史や、ステンドグラスに描かれたものの説明をしてくれる。
「貴方は英語がうまいね、チェコの研究室の他の子たちよりも、ずっとうまい」
と言ったら、英語はロシアにいた時の中学の先生が教えるのが上手だったから、と、恥ずかしそうに言った。
大学で、世界の広さを実感して、でも故国に対しては、少々複雑な愛情があるらしい。 -
ミュシャのステンドグラスがある。 (↑これは違う)
ドイツでシャガールのステンドグラスをよく見るのだが、ミュシャも作ってたんだ、と感激する。(シャガールの青に比べると)色合いこそ、他のステンドグラスに紛れるが、ミュシャの絵自体がもともと、太い線描きの輪郭の間を透明感のある色彩で埋めるものなので、ステンドグラス向きなんだよな、と、思う。 -
王宮だからなのか、衛兵がいる。たとえばロシアの赤の広場の衛兵や、バッキンガム宮殿の衛兵に比べて緊張感はないが、きちっとした行進に、お疲れ様、と言ってあげたい気分になる。
プラハ城 城・宮殿
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プラハ城から見下ろすプラハの様子。
道に迷っている様子の日本人女性を見かける。私では助けにならないので、学生さんに聞いて、その通訳だけする。お礼を言われた後、
「いいわねえ、彼氏?」
「え?え? と、ととと、とんでもないっ」
学生さんですしっ どっちかというと新しい息子的な…… -
プラハの中心街、ヴァーツラフ広場から歩いていて見つけたモダンアート。一瞬、帽子かと思ったのだが、洗面台のボウルが排水管の足で放射状に広がっている。
芸術、というより、「なんだこれ?」感が強いのだが、アーティストたちにはどうなのだろう?ヴァーツラフ広場 広場・公園
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土産物屋の多くに、マトリョーシカ(ロシアの人形)が売られているので、「面白いね」と、話したら、プラハはロシアの観光客が西側諸国の端っことして訪問して、ヨーロッパの人たちはロシアに続く街として訪問するから、双方に対する土産物屋があるのだ、と説明された。なるほどね、と、思う。
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これもヴァーツラフ広場周辺。広い道はとても近代的で、モダンだ。学生さんは、この辺は中心街でもあるけれど、地元の人が食事に行く安い店もたくさんあるから、その中の一軒に案内する、という。
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そういって連れて行ってもらった、U Jindrisske Vezeというカフェ。
壁にたくさんミュシャの絵画が飾られていて、確かに中にいる人たちは観光客ではなく、地元の人や、学生さんが多いようだ。U Jindrisske Veze 地元の料理
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日本に来ていた料理好きのポスドクさん(バンケットの受付をしていた彼)に、研究室のパーティで何度か作ってもらったことのあるクネドリーキ(写真の白パンみたいなもの)と、グラーシュ。
レストランで食べるのは初めてだが、本場の味も美味しい。そして、ポスドクさんの料理の腕は、なかなかのもんだったのだな、と、改めて思う。 -
帰りの空港で、ボヘミアングラスと薬草入りのアルコール度数80%という緑入りのリキュールを購入した。アブサン……て、こんなきれいなお酒だったのか、と、思ったが、自分で飲めるとも思えないので日本への土産物だ。
ドイツの学生さんたちには、可もなく不可もないチョコレートを買って行ったが、プラハに訪問したことのある学生はおらず、きれいな街だと聞いたから、ぜひ一度行きたいと思っている、とのリアクションだった。
チェコの学生さんは、ドイツは遠いと話していた。距離とは別に、ドイツからも、チェコは遠い国なのかもしれない。
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この旅行記へのコメント (2)
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- こあひるさん 2015/09/23 14:37:41
- 変わらないプラハの街並み
- Zebraさん、こんにちは。
10年以上前のプラハ・・・私が訪れてからも数年経っちゃいましたが、全然変わらないですね〜〜。
おもちゃ箱のようにごっちゃに様々な様式の建物が並び・・・車道に至るまでガラガラの石畳・・・大きな都市の中で、私はプラハが一番好きかも・・・。
Zebraさんが訪れてから月日が経ち・・・ドイツとチェコ・・・今はもっと近いと感じるようになったのかなぁ。
こあひる
- Zebraさん からの返信 2015/09/26 19:04:33
- RE: 変わらないプラハの街並み
- こあひるさん、こんにちは。
いつもコメントをありがとうございます。
プラハのグループとはこの後も仕事をしているのですが、日本に来ていただいたり、こっちが訪問しても目的地で会議をして帰ってくるだけなので、観光地を回ったのはこの時限りなのです。
でも、この後プラハ在住の知人が増えたため、距離は少しだけ短くなった気がします。いつも思うのは、ロシアとの関係が深いんだなあ、と。
とても綺麗な街ですよね。
いつか観光目的で、のんびり訪問したいと思っています。
Zebra
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