2015/08/05 - 2015/08/05
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名古屋のmisakoさん
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全国の木地師(きじし)の集まる木地師の里に出かけてみました。
木地師の祖と言われる第55代文徳天皇の第一皇子惟喬親王(これたかしんのう)は弟との皇位継承による混乱から、深山幽谷の地・小椋谷に逃れられました。そこで貧しい生活をしている里人に対し、ろくろを使う木工技術を小椋実秀卿に命じて伝授したことから、木地師の祖として崇められるようになりました。君ヶ畑町や蛭谷町には、親王が創建したと言われる「金龍寺(高松御所)」や、親王を祀る「大皇器地祖神社(おおきみきじそじんじゃ)」「筒井神社」などが残っています。(滋賀県東近江市観光協会パンフレットより)
車がすれ違うのも難しい道を入っていかないといけません、ちょこっとバスが1日4本往復しているようです。
筒井神社・木地師資料館 P1台くらい
資料館は要予約300円TEL0748-29-0430(小椋宅)
金龍寺・大皇器地祖神社 Pは近くの展示室前に数台
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車
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筒井神社に着きました、資料館は担当者に電話がつながらなかったので、本日は入館出来ません、残念・・・
中世から現代まで全国の木地師が訪れ、ここ滋賀県東近江市君ヶ畑町を住所地とした木地師も多かったとかですが、円空上人の父親も木地師だったそうで、ここを訪れたのでしょうかね・・・ -
ろくろ木地発祥の地とあり、ろくろを回して椀をくり抜く方法を伝授したのが、惟喬親王だそうです。発明家だったのでしょうか。ろくろの発明により飛躍的に生産量が増したとかですね。
轆轤を使い木地物をつくる技術は弥生期に存在し、奈良時代にはすでに職業として成立していたという。また、惟喬親王の諸国行脚伝説を立証することは、不可能である。
惟喬親王を慕う木地師たちによって木地師の祖と崇められるようになったと近世になってから語られるようになったということです。(滋賀報知新聞平成21年1月4日(日) 第15229号=中島 伸男=八日市郷土文化研究会長) -
階段の上に筒井神社、木地師資料館が有ります
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木地師を管理する役所のようなところが筒井公文所(政所)だったそうですね、木地師は全国の山々で、気にいった木を探し、木を切る権利持っていたそうで、ひとところにいなかったのかな・・・
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帰雲庵、無人でした
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筒井神社は筒井峠から現在の地に移ったそうです
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木地師資料館、本日は入館できず
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木地師資料館の杖がありました
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筒井神社から西奥へ15分ほど行くと惟喬親王像のある神社に到着
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惟喬親王像がみえてきました
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眼光鋭い惟喬親王像ですが、54歳で亡くなられています。在原業平とも親交があったとか・・・伊勢物語に記事があるそうです。
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親王お手植えの木
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サンショウウオのような生き物が・・・
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惟喬親王の幽棲地
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筒井御陵でしょうか??
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千人跡???
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筒井御陵?
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惟喬親王像から4.2kmほど東に、君ヶ畑にある金龍寺に着きました
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ろくろと万年筆?
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万年筆??
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惟喬親王墓所と思われます
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金龍寺を高松御所として読経三昧の日々を送っていた
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大皇器地祖神社
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太い杉が有りますね
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天狗堂へは登山届が必要なようです
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駐車場の南には清流の御池川、結構涼しいです
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帰る途中に道の駅立田となりの森川はす田に立ち寄ってみました、つぼみ数が増えていますね
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水がなくなっていますが・・・
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