2012/03/08 - 2012/03/10
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Dwind_999さん
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ホーチミンから陸路でカンボジアに入り、首都プノンペンに行ってきました。
プノンペンにおける観光名所となっている、「キリングフィールド」と「トゥールスレン博物館」は、観光や名所という言葉を使うのも気が引けるような、かつて、狂気に満ちた阿鼻叫喚の地獄絵図が展開された地。
そこではいまだに、犠牲になった人たちの怨念漂うかのような不気味で重苦しい空気に満ち溢れ、すこぶる居心地の悪い所でした。
「負の遺産」といわれる場所はその不幸な歴史の記憶ゆえに、そこを訪れる人に負のオーラを浴びせるような目に見えない働きがあるようにも感じられます。
そんなプノンペンでの3泊でしたが、時にはアンコール (Angkor)ビールを飲んで滅入った心と暑さに疲れた体を癒しました。
<当時のレート>
1リエル=\0.02
1VND=\0.004
US$1=\80〜\83
プノンペン現地では$1=4000リエル
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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3月8日(木)、TNKトラベル・デタムオフィス前に6時半(7時出発)集合ということでしたが、そこには欧米人ツーリストが1人いるだけで、スタッフが来たのは6時45分。
このオフィス前からバスに乗ると思っていたら、私だけバイクタクシーのうしろに乗って「フォー・クイン」の斜め前、9月23日公園にある「仮設バスターミナル」に連れて行かれました。
バス(トイレ付)はここから出るとのことで、なんのことはない、宿から自分で歩いて行った方が近かったです。
しかもTNKで買ったプノンペン行きバスチケットは$13。フォー・クイン前にある「サパコ・ツーリスト」で直接買えば$10。知りませんでした。
7時10分に出発したバスの中で、回ってきたスタッフにパスポートとカンボジアのビザ代金$25を渡しました。 -
ホーチミンを出発して2時間後の9時15分、ベトナム・モックバイ(Moc Bai Border Crossing)のボーダーゲートに到着。
モクバイ国境 散歩・街歩き
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イミグレーションでの手続きは、パスポートを預かったバススタッフが代行してくれるので楽チンですが、勝手がよくわからないままに出国審査の列に並びます。
しばらくするとバススタッフが名前を読み上げ、順番にパスポートを渡してくれました。
パスポートにはすでに出国スタンプが押されていたので、そのまま出国審査のゲートを通過し、再びパスポートをバスのスタッフに預けます。 -
ベトナム側の出国審査を終えると、今度はすぐ近くにあるカンボジア側のバベット(Bavet Border)のボーダーゲートに来ました。
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ここでも要領を得ないままに、皆のあとについて入国審査の列に並びます。
しばらくしてから先ほどと同じように順に名前を呼ばれてパスポートを返却されました。パスポートにはいつの間にかビザのシールが貼られ、入国カードも記入済みで、署名蘭にもわけのわからない文字が記されていました。
バスのスタッフから受け取ったパスポートと出入国カードを出して入国審査を受け、入国スタンプが押されたパスポートと出国カードをもらいました。 -
カンボジアの入国審査を通り、そのあとゲートで喉元に何か当てられてピッと体温チェック。
その後さらに、センサーに右手全体をかざし何かのチェック。LEDランプが赤、オレンジ、緑と変化します。
続けて左手全体をスキャンし、次に右手親指、左手親指の指紋採取をするという念の入れよう。
10時過ぎ、無事カンボジア入国を果たし再びバスに乗ってバベットのボーダーゲートを後にしました。 -
カンボジアに入ってすぐ、10時半前でしたがたぶん朝ごはんのつもりなのか、道路沿いの食堂で約30分の休憩。
指さし注文でおかず乗せご飯を食べました。
この店を仕切っているいかめしい女将が従業員を叱り飛ばしながら、テーブルを回ってはおかずの量を見て勘定します。ベトナムのお金で6万ドン(\240)で支払いました。
いつもイラついたような女将が近くをうろつくので、食べていても飯がマズくなります。実際、マズかったですが。
スープの中の野菜の詰め物も、私の口には合わなかったです。
プノンペンからの復路もこの店で昼食タイムとなりましたが、もう食べる気にはなれずパスしました。 -
食事休憩のあと、バスは直線道路の多い道を走って13時10分にプノンペン中心部、オリンピックスタジアムそばのシアヌーク通りにある「サパコ・ツーリスト」(Sapaco Tourist)前に到着。
ホーチミンへ戻るときもここでチケットを買ってこの前からバスに乗りました。 -
一応目星をつけていた「ナリン・ゲストハウス」(Narin Guest House)に3泊することにしました。
1泊$15のエアコン付の部屋。 -
宿を出てシアヌーク通りを東方向、モニボン通りの方へ歩いていきます。
プノンペンの街では、バイクの後ろに座席を取り付けたトゥクトゥクが多く走っていました。 -
午後の暑い中を歩いていき、両替商が並ぶ通りで5千円を両替しましたが、「ドルでいいか?」と聞いてきたのでついイエスと頷くと、$60と2000リエルを渡されました。
カンボジアではUSドルがそのまま通用するようですが、お釣りはほとんどカンボジアの通貨リエルで返ってきます。(たまにドルで払ってドルでお釣りがくることもありましたが)
ということで、プノンペンではUSドルとリエル両方を使うことになりました。 -
両替した後、あまりの暑さに喉が渇き、通りかかった近くのレストランでビールだけ注文。
カンボジアに来るとやはりアンコールビール。330mlの缶で3000リアル(\60)。
$10札で支払おうとすると大きすぎると言われ、$1札で払いました。
やはりリエルも持っていた方がいいので、あとで$20を8万リエルに両替。
ストローを出されたのでそれで飲んでみましたが、チューチュー飲むビールは減り方が少なくて長持ちするように感じられますが、爽快なのど越しは期待できませんね。 -
オルセー・マーケット近くの自転車屋が並ぶ通り。
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オルセー・マーケットの前に来ました。
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日用雑貨から衣類、食料品と何でも揃う地元民ご用達のオルセー・マーケット。
オルセー マーケット 市場
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アジアの大きな市場と同じく、店舗が隙間なくびっしりと並び、ちょっと息苦しさを感じるオルセー・マーケットの中。
いろんな種類の細長の米が売られていました。 -
マーケットの中の食堂街。
平日の16時頃ですが、賑わっていました。 -
オルセー・マーケット近くの通り。
裸でビリヤードをする男たち。 -
オルセー・マーケット近くの通りで商う屋台。
皮をむいた1本のバナナをビニールで挟んで叩いて長方形に伸ばし、てんぷら粉をつけて油で揚げる「揚げバナナ」。
衣がついているので大きく感じられます。
1つ500リエル(\10)の、揚げ立ての熱々のバナナにかぶりつきます。
これが私の好みに合っていてなかなかの美味しさ。
2つぺろりと平らげました。 -
揚げバナナ屋台の近くには、別な揚げ菓子の店がありました。
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頭の上に大きなアルミ皿を乗せて器用に歩く女性。
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アヒルなどの鶏のローストを吊るしている店。
肉の脂がぽたりぽたりと落ちていました。 -
18時前、通りのレストランでカンボジア風焼きそば?のようなものをいただきました。6500リエル(\130)。
ここで飲んだアンコールビール小瓶は4000リエル(\80)。 -
焼きそばを食べた後さらに、今度は少し大きめのレストランでフライドライス$3(\240)。
アンコールビールは小瓶が$1(\80)でしたが、小皿に入ったピーナツがついてきたのでいいつまみになりました。$5札で支払い。
ピーナツ付きのビールが気に入った私は、後日この店を探しましたが、街歩きが好きなくせに方向音痴気味の私は見つけることができず、残念な思いをしました。 -
食事を終えて、小雨が降りだしたモニボン通りを歩いて宿に引き返します。
宿近くのコンビニでチョコパイやビスケット、ミネラルウォーター1.5L($0.62=約\50)を買いましたが、価格表示はすべてUSドル表示。
支払いはドルでもリエルでもいいようですが、ポケットの中はUSドルとリエルでごちゃごちゃになりました。
この「スマイル・ミニマート」の男女の店員、支払いを終えたあとに必ず笑顔で両手を合わせてワイ(合掌)をしてくれるので、なんだか嬉しくなります。 -
朝の8時、托鉢の僧が地元の人から喜捨を受けていました。
このおばあさん、長い時間両手を合わせて拝んでいました。 -
宿の前の通りからトゥクトゥクに声をかけて「キリン・グフィールド」までの往復の値段交渉をし、お約束のふっかけ料金で最初$30と言ってきたのを$10で話をまとめ、シートに座りました。
私は座席を一人で占領していますが、同じトゥクトゥクなのに前方の車は人を満載。
ホコリが舞い込んでくるのでマスクとサングラスで防ぎます。 -
30数分でプノンペンの南12kmにある、ポルポト政権時代の大量虐殺の地、通称「キリング・フィールド」に到着。
入口で$2払いました。
各国語対応の説明オーディオ貸し出しは$3でしたが、何だか気乗りせずやめときました。ほとんどの人は借りていたようですが。 -
映画「キリング・フィールド」はもちろん観ましたが、『最初に父が殺された―飢餓と虐殺の恐怖を越えて』という本を読んでいたので、ポルポト率いるクメール・ルージュの狂気の所業が脳裏に蘇り、実際この地を踏んで怖気を振るう思いがしました。
極端な原始共産主義社会の建設を目指すポルポトは、都市居住者、資本家、技術者、学者や知識人などの頭脳階級は革命の妨げになるとして、次々と処刑を断行していきました。
この慰霊塔内には犠牲者の頭蓋骨などが多数安置されていたり、死体を埋めた穴ぼこや、ため池などもあり、全体に不気味な雰囲気が漂い重苦しさに包まれていました。
一通り歩いて周り、15分間のビデオ上映を観て、あまり写真を撮る気にもなれず1時間ちょっとで出てきてしまいました。 -
表で待っていたこのホンダバイクのトゥクトゥクに再び乗り、プノンペン中心部へ引き返します。
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プノンペン市街に戻ってきました。
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プノンペン最大の市場「セントラル・マーケット」でトゥクトゥクを降りると、建物の中にちょっと入ってみました。
貴金属や衣料・雑貨、民芸品・食料品などいろいろな店がひしめき合っていました。セントラルマーケット 市場
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アジアの市場はどこも同じように、混沌とした猥雑さの中に庶民の生きるエネルギーを感じさせてくれます。
だけど生臭い肉売り場は足早に通り過ぎます。 -
何かの飲み物を商っている、バイクの横に取り付けた屋台。
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セントラル・マーケットを出てトンレサップ川方面へ行こうとしますが、方角がよくわからず地図に見入っていると、そばにいたおじさんが教えてくれました。
しかし、自分が思っていたのと逆の方向を指し示すので半信半疑だったけどこれが正解でした。やはり私は方向音痴なのかも。
プノンペンの街はフランス統治時代の都市計画の影響で、碁盤の目のように通りが走っているので比較的わかりやすいのですが。
昼ごろようやくトンレサップ川にたどり着きました。
向かうに見えるのは、クメール・ルージュによって破壊されていた橋を日本の援助で修復したという「カンボジア日本友好橋」(Chroy Changvar)。
橋の両側には歩道もあるということでしたが、暑さの中を歩き疲れたのでここまでにしときました。
現在は日本友好橋のすぐとなりに、中国が建設した「カンボジア中国友好橋」(Chroy Changvar?)が開通しているそうです。 -
昼頃になったので、トンレサップ川近くの中央郵便局前にあったローカルなレストランに入りました。
アンコールビール小瓶(3500リエル)で喉を潤し、フライドライス(8000リエル)と「Fried PIG」を頼んだつもりが間違えて持ってきた何だかよくわからない辛いスープ(8000リエル)。 -
食事をした食堂の目の前が中央郵便局だったので、ふと思いついてここからポストカードを2通出しました。
絵葉書も切手も、それぞれ1つ2000リエル(\40)。プノンペン中央郵便局 建造物
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中央郵便局近くの小高い丘にある、1373年建立の「ワット・プノン」(Wat Phnom)に来ました。
登り口の階段両側には七頭のナーガが配されていました。
ペン夫人の伝説がある寺院で、「プノン」はクメール語で丘を意味し、「ペン夫人の丘」と言われていたことから、「プノンペン」という町の名前になったそうです。ワットプノン 寺院・教会
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街を歩いていると、氷をノコで切っているところに出会いました。
午後の暑いときだけに、見ているだけでも清涼感を呼び起こしてくれます。 -
黒のスカートに白のブラウスの女学生たち。
足元はやはりサンダルがほとんど。 -
薪をくべて油を熱っしながら揚げるバナナ。
ホーチミンでも揚げバナナの屋台があるらしいですが、見つけられなかったのは残念。 -
オルセー・マーケット近くの揚げバナナの屋台、けっこう地元の人が買っていくので次々に揚げあがり、わりと熱いのにありつけます。
プノンペン滞在中の3日間、1日に2つは食べていた1つ500リエル(\10)の揚げバナナ。
プノンペンではこれが一番満足度の高い食べ物と思えた、安上がりな私です。 -
16時頃ゲストハウスに戻るとなんと停電中。エアコンが使えないではたまらない。
仕方ないのでこのゲストハウスの2階テラスがレストランになっているので、ビール小瓶(US$1)を飲みながら復旧を待ちました。 -
夜になるとオルセー・マーケット前には野外食堂が出現して賑わいます。
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薄暗がりの中で飲食を楽しむ地元の人たち。
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プノンペン滞在3日目の朝食は、ゲストハウスのレストランで。
フライドエッグwithブレッド&ビーンズ(8000リエル=\160)とホットコーヒー(3000リエル=\60)。
インドシナ3カ国の一つであるカンボジアもかつてはフランスの植民地だっただけに、都市部ではバゲットなどのフランスパンが普通に出されるようです。 -
朝食後、ゲストハウスの下を見ると、昨日キリング・フィールドまで乗ったトゥクトゥクのお兄さん(真ん中の男)が他のトゥクトゥク仲間と暇をつぶしていました。
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何かのパンのような揚げ物を売る屋台。
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「トゥール・スレン博物館」へ行く途中の小さな市場近くの通り。
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歩いて「トゥール・スレン博物館」にやってきました。
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1975年から1979年まで狂気の社会主義改革が断行されたポル・ポト政権下において、反革命分子とみなされた者を次々と連行して収容し、拷問などの残虐行為を行った「「トゥール・スレン収容所」。
その非道な行為を後世に伝えるために収容所跡が博物館として公開されています。
入場料$2払って中に入りました。 -
元は高等学校だった校舎を監獄にした建物で、一歩部屋の中に入ると、過去のおぞましいイメージと共に襲ってくる何だかただならぬ気配に、息をするのも胸苦しくなってきます。
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収容された人たちの顔写真が展示されている部屋。
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数々の拷問の様子や使用した道具の写真やイラスト、実物などが展示されています。
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小さく仕切られたブロック塀の部屋に鎖につながれて収容されていたそうです。
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板で仕切られた狭い独房が連なります。
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2万人以上がここに収容され、そのうち生きてここから出られたのは7人だけだそうです。
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建屋の中の重苦しい空気に圧倒されながらさっと見て回り、10時から始まった1時間のドキュメント映像を観てからここを後にしました。
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歩いて「独立記念塔」(1953年に達成されたフランスからの完全独立を記念して1958年に建造)にやってきました。
もう汗びっしょり。独立記念塔 モニュメント・記念碑
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お昼にレストランで、フライドフィッシュwithココナッツスープ($4)、ライス($1)、そしてアンコールビール小瓶($2)をいただきました。
筒の中に炭火が入っているので、食べている間にもクツクツ煮立つこの料理、まずまずの味でした。$20札で支払い。 -
路上にゴロゴロと積まれたココナッツ売りの屋台。
バイクに乗ったままヤシの実を買っていく女性。 -
宿の2階から見た、ハスの実売り。
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プノンペン最後の夜はゲストハウスで夕食。
チキンカレー(14000リエル=\280)、ライス(1000リエル=\20)、ビール小瓶($1=\80)。ドルとリエルを混ぜて支払いました。
この宿の男と女性二人が、テレビでコメディっぽいカンフー映画に見入っていましたが、時どきケラケラと笑いながら楽しんでいました。 -
通りから見た、ゲストハウス。
2階テラスがレストラン。
翌日は、また国境を越えてホーチミンに戻ります。
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