2015/05/23 - 2015/05/23
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tsunetaさん
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後0時に美の山山頂を発ち、和銅黒谷の方へ下山を開始した。約2.3キロの距離を約1時間の予定で聖神社に到着するようにゆっくりと歩いた。 途中、桑の木が生い茂ったところを歩き、美味しい桑の実を食べることができた。 午後1時に予定通り、聖神社に到着した。
○聖神社について・・・説明文による
和銅の発見、献上を喜ばれた朝廷は、勅使を遣わし祝山に神籬(神霊の宿るところ)を建てて金山彦尊を祀り祝典を挙げました。聖神社の創建は和銅元年2月13日で、祝山から銅洗堀を隔てて、蓑山(箕山、美野山、美の山)を背にした清浄の地を選んで遷座せられ、オホヒルメムチノミコト(天照大神)、クニトコタチノミコト(国常立尊)、カムヤマトイワレヒコノミコト(神武天皇)が併せ祀られました。
その創建当時、採掘された和銅石13個(神社に現存するのは大小2個)と、元明天皇下賜の銅製の蜈蚣(百足)雌雄一対が御神宝として納められ、今に伝えられています。
養老6年(722)11月13日には元明天皇を元明金尊として合祀し、秩父の総社と称されました。社殿は創建以来数度の改築があり、現在に残るのは文化4年(1807)8月再建のもので、昭和38年(1963)社殿を秩父市中町の今宮神社本殿から移築改修したことにより、旧本殿は脇に移され、大国主命を祀る和銅出雲神社として奉斉されています。ところで、現社殿ですが、一間社流造りの本殿と入母屋造りの礼拝殿からなり、江戸中期宝永6~7年(1709~10)の建築で、大宮郷の工匠大曽根与兵衛によって建立されました。彫刻は桃山期の遺風をわずかに残した活気に満ちたものです。「聖神社の社殿」として秩父市指定有形文化財になっています
*写真は聖神社と和同開珎が右側に見られる
- 旅行の満足度
- 4.5
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下山途中にはアザミの花がかなりみられた
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ヒョウモンチョウとアザミの花
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登山路を抜けて里山に迄下りて来た
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登山路を抜けて里山に迄下りて来た
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里山より両神山が見られる
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聖神社、和銅採掘露天掘り跡の方へ進む
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午後1時10分に聖神社に到着
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和同開珎がある聖神社
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和銅と和同開珎の説明・・・説明文による
和同開珎(わどうかいちん、わどうかいほう)は、708年(和銅元年)に、日本で鋳造・ 発行された銭貨である。 ... 現在の埼玉県秩父市黒谷にある和銅遺跡から、和銅(にき あかがね、純度が高く精錬を必要としない自然銅)が産出した事を記念して西暦708年1月11日に慶雲5年が和銅元年と改元されました。 既に621年に唐で発行された通貨「開元通宝」にならい、和同開珎銀銭が5月,銅銭が8月と続けて日本の通貨が発行され誕生した。 -
聖神社と黒谷の獅子舞の説明
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ユニークな狛犬
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ユニークな狛犬
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和銅出雲神社
旧本殿は脇に移され、大国主命を祀る和銅出雲神社として奉斉されています -
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銭神様のご利益・・・説明文による
奥には銅製のムカデが保管されてるそうです。足がたくさんあるムカデは、お金に困らないと言われています。ここで参拝すると、金運や開運のご利益を受けることが出来るということで、全国から金運を上げたい人達が集う神社になりました。
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