2015/05/16 - 2015/05/16
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dapuqiaoさん
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秦皇島は「秦の始皇帝」が仙人を求めてこの地に来た事から、秦皇島と呼ばれるようになったそうです。
秦皇島にはその時代から明、清に至る歴史の足跡が残っています。
出張のついでに土曜日にそれらの遺跡を訪ねてみました。
今回も昨年8月の広州に続いてローカルスタッフの陳君との二人旅です。
行程
5/15(金)
上海浦東空港 → 秦皇島(山海関)空港
秦皇島(山海関)空港 → 市内、工作。
5/16(土) 秦皇島遊覧 by Charter Taxi
市内(ホテル) → 求仙入海処
求仙入海処 → 老竜頭景区
老竜頭景区 → 山海関古城
山海関古城 → 孟姜女廟景区
孟姜女廟景区 → 角山長城
角山長城 → 北戴河(老虎石公園)
北戴河 → 市内(ホテル)
5/17(日)
秦皇島(山海関)空港 → 上海浦東空港
写真
山海関・天下第一関
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- タクシー 飛行機
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
5/16 10:36
老竜頭景区から次に向かったのは、天下第一関景区。
着いたところは、東西南北の大街が交差する所に建つ鐘鼓楼。 -
鐘鼓楼。
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鐘鼓楼の近くに「雄関古道壮山海」と刻まれた石碑があり、中国の観光客がたむろしている。
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鐘鼓楼から東に向かう東大街の突き当りが「天下第一関」になります。
包車をこの辺りで待たせて、左右の土産物屋をひやかしながら天下第一関へと向かいます。 -
石牌の向こうが天下第一関です。
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チケット売り場(右)と西門。
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5/16 10:47 天下第一関広場 & 東門。
秦皇島の東北10km 、華北と東北の交通要所に位置する山海関には、東門、西門、南門、北門があり、 各城門の上には城楼が築かれている。
東門は最も壮観であり“天下第一関”の額が架かっている。 -
「天下第一関」とは、東から数えて最初の関所であること。
明代は山海関より西側を「関内」と称し、東側の満洲を「関東」と言ったそうで、かつて日本の租借地であった関東州や、そこに駐留した関東軍の名称もこれに由来しているそうです。 -
万里の長城 山海関。
鐘鼓楼の石碑に刻まれていた雄関(= 険しい関所)と言われる通り、塞外からの敵の侵入を守る堅牢な万里の長城の要塞でもあった山海関。
しかし、不落の要塞だった山海関も明末にドルゴン率いる清の軍に呉三桂の裏切り(?)もあって破られ、明は滅亡し、清が中華王朝となった。 -
天下第一関広場から城壁の上へと登ってみます。
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城壁は北へと続いています。
観光用の貸し自転車、主に二人乗りで親子やアベックが利用しています。
われらは歩いて行きます。 -
途中、太鼓(有料 2元)があったり、・・・
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景区の鐘鼓楼が左手に見えたり、・・・
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左右の景色を楽しみながら、前方の建物 = 臨閭楼を目指します。
そして、さらに向こうに広がる山波は、・・・ -
角山でしょう。
中腹に長城が続いているはずですがよくわかりません。 -
5/16 11:03 臨閭楼へ到着。
1584年に建てられたそうな。
中は土産物屋さんです。 -
観光用に整備されているのはここまでのようです。
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向こう側には整備されていない城壁が山海関を取り囲んでいます。
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天下第一関広場へと戻ってきました。
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5/16 11:15
天下第一関内の広場に戻るとみやげようの餅をついています。 -
天下第一関を出るとそこは「古城歩行街」、歩行者天国です。
元の鐘鼓楼へと戻ります。 -
途中には、由緒ありそうな井戸がありました。
井戸は一方が円形、もう一方は四角形をしていて、この水を飲むと科挙の試験に合格出来たらしい。 -
5/16 11:25
鐘鼓楼付近に戻ってきましたが、この辺りは街並みを整備中のようです。 -
山海地区のレストランでまたまたヒラメを頼んじゃいました。
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5/16 13:32 孟姜女廟へ到着。
猛姜女のお話はいろんな言い伝えがあるようです。
秦の始皇帝の時代、長城造りの人夫として徴用された夫に衣類を届けに来た彼女は、夫が工事中に人柱として亡くなった事を知り、悲しみにくれ慟哭する。
すると万里の長城が崩壊し、長城に埋め込まれていた夫の亡骸が発見される。
大体はこんな感じでしょうか。 -
孟姜女廟から北西に見える角山、あの辺りの長城が伝説の長城なのでしょうかね。
あの万里の長城の建設には、1里に付き1人の生贄が必要であったと言われています。 -
孟姜女廟の全景図。
廟は、宋代に建造され、明代の1594年に再建されたそうな。 -
長城を凝視する孟姜女の像。
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階段を登って廟へと向かいます。
廟の入り口には「貞女祠」とあります。
次のような伝説から貞女となったのでしょう。
長城を崩壊させたところに始皇帝が訪れるが、咎めるどころかその美しさに妃にと望む。
夫の埋葬などのさまざまな願いをし、かなえられたところで始皇帝を批判し去っていったそうです。 -
孟姜女殿。
孟姜女さんと左右に男女の童(わらべ)が立っているとの事。 -
5/16 13:40
こちらが祀られている孟姜女さんとわらべ達。 -
望夫石。
こちらの石の上から万里の長城にいる夫を望んだとの由。 -
こちらのお宅、姜宅となっています。
伝説では、孟姜女さんは、竹から生まれたかぐや姫のごとく、瓜から生まれたそうで、その瓜の所有権=娘の所有権をめぐって姜さんと孟さんが争い、和解して娘は孟姜女と両家の名字を名乗ることになったそうです。 -
夫である范喜良との出会いも伝説化されており、ここはその場面を模しているようです。
書生であった范喜良んが長城人夫と言う労役を命ぜられ、役人に捕まえられそうになって逃げ込んだのが、孟姜家の庭だったというわけです。
さて、孟姜女廟の次は、彼女が泣き崩した(?)角山長城です。 -
5/16 14:37
角山長城へ到着。 -
毛沢東の有名な言葉が石に刻まれています。
「不到長城非好漢」= 長城に登らなければ男じゃないよ。 -
まっすぐ進むと前方に長城が見えてきます。
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角山を駆け上る長城。
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右手山中にはこんな櫓(?)も。
あの辺りが孟姜女によって崩された長城???、そんなはずはないよね。 -
右手に登ると、・・・
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長城が続きます。
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結構登ってきた感じがしますが、・・・
この辺りまで登ればで「好漢」と言ってもらえるのでしょうか。 -
5/16 14:54
この辺りで後ろを振り返って見ると。
ここから山海関まで続いていたのであろう長城の跡が見えます。 -
明の万里の長城はここから八達嶺を経て嘉峪関まで続いているんですね。
さらに上の城郭までは、・・・遠慮しました。 -
5/16 15:10
角山長城を後にして、北戴河へと向かいます。
北戴河は、清朝の光緒年間(1890年代)に開発・開放された避暑地として有名です。 -
5/16 16:10
到着したのは、北戴河景区の中の老虎石公園です。 -
渤海に面して砂浜が続いています。
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毛沢東の時代、北戴河は、党幹部の保養地として一般の立ち入りが制限され、7月になると必ず休養に行き、その間、重要な議題を話し合う非公式の会議(「北戴河会議」と呼ばれる)が数多く開かれたとの事。
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海岸縁は土産物屋がならぶ観光地で、観光客も多い。
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こちらは、土産物屋さんですが、北戴河の特産って何?
やはり海産物が多いようです。 -
5/16 16:20
北戴河を後にしてホテルへ戻ります。 -
5/16 19:10
夕食はホテル近くの「全聚徳」で北京ダックです。 -
北京ダックは、2人で一只は多すぎるので半只をオーダー。
久しぶりの北京ダック、美味でした。
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