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■恒例(高齢^^;)のGW車旅〜岡山・鳥取・島根・広島・福岡・大分・山口県を走る<br /> 第12編 〜鉄の歴史博物館&田部家の白壁土蔵群編〜<br /><br />∇鉄の歴史博物館HPより/島根県雲南市吉田町<br />・鉄の発生<br /> それまで石や木の道具しか使っていなかった人々が、鉄のくわやすきなどの道具を手にした時、その様子はどんなだったでしょうか。<br /> 人々は、それらを使って原野を開拓し、稲作農業をおこしていきました。「鉄」は人々にとって、生活に役立つ金属、命を支える金属として、とても貴重な存在となっていったのです。<br />・鉄をつくる<br /> 弥生時代の終わり頃になると、鉄をつくる技術が伝えられ、各地で鉄づくりが発達しました。<br /> 特に吉田町には良い砂鉄があり、木炭にする木もたくさんあったので、鉄づくりに適した土地として非常に盛んに鉄づくりが行われました。<br /> 砂鉄と木炭を使った独特の鉄づくり…この方法を「たたら製鉄」といいます。<br /> 室町時代までは、「野だたら」といって、山の中ほどで、風のよく吹く所など斜面に炉を築いて鉄を作っていました。<br />  江戸時代になると、雨が降っても濡れないように高殿という建物を作り、その中で鉄を作るようになりました。これを「永代だたら」といいます。<br /> 吉田町の菅谷地区にある高殿は、その名残りです。これは今から250年くらい前に作られたものといわれています。<br /> たたら製鉄は、まる一日かけて炉を作ることから始まります。炉をかわかしたあと、木炭を入れ、ふいごで風を送って火をおこし砂鉄を入れます。<砂鉄を入れる→木炭を入れる→砂鉄を入れる>これを3日から4日間繰り返し、最後に炉をこわして鉄を取り出します。<br /> 一回の作業は、「一代」(ひとよ)といわれていました。<br />  この間、「村下」(むらげ)と呼ばれる技師長の勘と経験が、できた鉄の品質を大きく左右しました。不眠不休の大変な仕事だったのです。<br />・鉄のもたらしたもの<br /> たたら師たちが苦労して作り上げた鉄は、刀や大砲など武士たちの戦争の道具にも使われましたが、何よりも庶民の生活を向上させ豊かにするための材料として、欠かせないものでした。<br /> 家を建てるにも、橋を造るにも、鉄の道具・材料は大きな役割を果し、金や銀よりも大切にされていたといわれます。<br /> このようにして、鉄は農業を中心とした日本の産業や文化の発展に大きく貢献してきたのです。<br />・鉄山師 田部家<br /> 蔵のなかでは、田部家について紹介してあります。<br /> 日本一の山林王として知られるほどたくさんの山を持っていた田部家は、室町時代には「たたら製鉄」を始めたと伝えられています。<br /> 田部家ではどのようにして鉄が作られていたのか、また、そこに働く人々の給料はいくらだったのかなど、今でも興味ある内容を古い文書で見ることができます。<br />・鍛冶集団<br /> たたらで作られた鉄は、多くの人々の手を経て生活の場へと姿を変えていきました。<br /> 鋼造り、大鍛冶、馬・人・船による流通、小鍛冶…。鋼造りの眼、大鍛冶の労働は当時の人の技と生活を私たちに語りかけてきます。<br />・村の鍛冶屋<br /> 今ではほとんど見られなくなりましたが、昭和の中頃まではたいていの町や村にこのような鍛冶屋がありました。<br /> 鍛冶屋は、町や村の生活に欠かせないくわ、すき、おのなどの道具類を作っていました。<br /> そしてこの材料の鉄は、もちろん、たたら場で作られていたのです。民家では、この鍛冶屋の作業場へご案内します。<br /> 今にも動き出しそうな鍛冶師たちの手足の動き、熱気、息づかいまでが、肌を通して伝わってくるでしょう。<br /><br />▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町<br /> 吉田村は昭和61年3月16日「鉄の歴史村」を宣言。その象徴ともいえる田部家は、1707年から1906年までの間に21の蔵を建築しました。<br /> その土蔵群の中には鉄蔵、扶持蔵などがあり、吉田村が日本のたたら製鉄の中心地であり、鉄と共に栄えた村であった証しとなっています。  <br /><br />▼鉄山師の町歴史館/島根県雲南市吉田町<br /> 吉田町の「田部家土蔵群」の前にある無人観光案内施設「鉄山師の町歴史館」。<br /> 館内には鉄山師「田部家」とともにある吉田町の歴史を学べるパネルや本、スクリーンなどの設備もあり、学習室やセミナー会場としても利用できる。<br />〈鉄山師の町吉田町〉<br /> 雲南市吉田町は鉄山経営者「田部家」を中心に、たたら製鉄の町として栄えてきた。<br /> たたら製鉄には原料である良質な砂鉄の他に、燃料となる薪の原料としての「山林」、そして砂鉄を取るための「水」という自然の資源が必要。<br />それらを管理し、一大産業として成熟させ吉田町の「人」の生活を支えてきた鉄山師「田部家」とともにある。<br />〈田部家と企業城下町〉<br /> 吉田のまちは自然の地形を利用しながら機能的に作られた町並みになっている。<br /> 田部家を中心とした有力者が住む本町通り、お寺が立ち並ぶ聖域としての山側エリア、飲食、日用品店、小鍛冶屋などサービス機能を持つ川原町筋、川を挟んで反対側は鉄の加工を行う大鍛冶場や職人の長屋がある鍛冶屋原。<br /> このようにそれぞれ異なるエリアが小路を通じて有機的に結びついており、今でも当時の面影を残す町の姿が見られる。<br /><br />≪3日目≫<br />◆出雲市駅前Hを出発<br />▼出雲大社/島根県出雲市大社町<br />▼道の駅「大社ご縁広場」吉兆館/島根県出雲市大社町<br />▼旧JR大社駅/島根県出雲市大社町<br />▼浜山湧水群水汲み場/島根県出雲市浜町<br />▼出雲文化伝承館/島根県出雲市浜町<br />▼県道51号線<br />▼国道54号線(出雲神話街道)<br />▼鉄の歴史博物館/島根県雲南市吉田町<br />▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町<br />▼鉄山師の歴史館/島根県雲南市吉田町<br />▼吉田公園/島根県雲南市吉田町<br />▼菅谷たたら山内(古い町並み)/島根県雲南市吉田町<br />▼山内生活伝承館/島根県雲南市吉田町<br />▼鉄の未来科学館/島根県雲南市吉田町<br />▼道の駅「掛合の里」/島根県雲南市掛合町<br />▼道の駅「ゆめランド布野」/広島県三次市布野町<br />▼国道54号線(出雲神話街道)<br />▼国道2号線<br />◆広島市の自宅泊<br />≪4日目≫へつづく・・・<br /><br />【手記】<br /> 恒例(高齢)^^のGW車旅。GW後半は混雑しそうなので4/29〜5/3の間で岡山から鳥取〜島根〜広島〜山口〜北九州辺りを古い町並み散策をメインとしてウロチョロして来ました。走行距離は1710kmでした。<br /> 雲南市吉田町の菅谷たたら山内と山内生活伝承館と鉄の未来科学館は過去に2度ほど訪れたことがありますが、鉄山師の歴史館・白壁土蔵群は初めての訪問です。<br /><br />※今が旬の旅日記を優先してアップしているため、GWの車旅編が後まわしになって今ごろアップしている次第です。ご容赦のほどお願いいたしま〜す。

Solitary Journey [1583] 白壁土蔵のある昔ながらの素敵な町並み。たたら製鉄の町「吉田町」を歩く。<鉄の歴史博物館>島根県雲南市

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2015/04/29 - 2015/05/03

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MechaGodzillaⅢ&703

MechaGodzillaⅢ&703さん

■恒例(高齢^^;)のGW車旅〜岡山・鳥取・島根・広島・福岡・大分・山口県を走る
 第12編 〜鉄の歴史博物館&田部家の白壁土蔵群編〜

∇鉄の歴史博物館HPより/島根県雲南市吉田町
・鉄の発生
 それまで石や木の道具しか使っていなかった人々が、鉄のくわやすきなどの道具を手にした時、その様子はどんなだったでしょうか。
 人々は、それらを使って原野を開拓し、稲作農業をおこしていきました。「鉄」は人々にとって、生活に役立つ金属、命を支える金属として、とても貴重な存在となっていったのです。
・鉄をつくる
 弥生時代の終わり頃になると、鉄をつくる技術が伝えられ、各地で鉄づくりが発達しました。
 特に吉田町には良い砂鉄があり、木炭にする木もたくさんあったので、鉄づくりに適した土地として非常に盛んに鉄づくりが行われました。
 砂鉄と木炭を使った独特の鉄づくり…この方法を「たたら製鉄」といいます。
 室町時代までは、「野だたら」といって、山の中ほどで、風のよく吹く所など斜面に炉を築いて鉄を作っていました。
 江戸時代になると、雨が降っても濡れないように高殿という建物を作り、その中で鉄を作るようになりました。これを「永代だたら」といいます。
 吉田町の菅谷地区にある高殿は、その名残りです。これは今から250年くらい前に作られたものといわれています。
 たたら製鉄は、まる一日かけて炉を作ることから始まります。炉をかわかしたあと、木炭を入れ、ふいごで風を送って火をおこし砂鉄を入れます。<砂鉄を入れる→木炭を入れる→砂鉄を入れる>これを3日から4日間繰り返し、最後に炉をこわして鉄を取り出します。
 一回の作業は、「一代」(ひとよ)といわれていました。
 この間、「村下」(むらげ)と呼ばれる技師長の勘と経験が、できた鉄の品質を大きく左右しました。不眠不休の大変な仕事だったのです。
・鉄のもたらしたもの
 たたら師たちが苦労して作り上げた鉄は、刀や大砲など武士たちの戦争の道具にも使われましたが、何よりも庶民の生活を向上させ豊かにするための材料として、欠かせないものでした。
 家を建てるにも、橋を造るにも、鉄の道具・材料は大きな役割を果し、金や銀よりも大切にされていたといわれます。
 このようにして、鉄は農業を中心とした日本の産業や文化の発展に大きく貢献してきたのです。
・鉄山師 田部家
 蔵のなかでは、田部家について紹介してあります。
 日本一の山林王として知られるほどたくさんの山を持っていた田部家は、室町時代には「たたら製鉄」を始めたと伝えられています。
 田部家ではどのようにして鉄が作られていたのか、また、そこに働く人々の給料はいくらだったのかなど、今でも興味ある内容を古い文書で見ることができます。
・鍛冶集団
 たたらで作られた鉄は、多くの人々の手を経て生活の場へと姿を変えていきました。
 鋼造り、大鍛冶、馬・人・船による流通、小鍛冶…。鋼造りの眼、大鍛冶の労働は当時の人の技と生活を私たちに語りかけてきます。
・村の鍛冶屋
 今ではほとんど見られなくなりましたが、昭和の中頃まではたいていの町や村にこのような鍛冶屋がありました。
 鍛冶屋は、町や村の生活に欠かせないくわ、すき、おのなどの道具類を作っていました。
 そしてこの材料の鉄は、もちろん、たたら場で作られていたのです。民家では、この鍛冶屋の作業場へご案内します。
 今にも動き出しそうな鍛冶師たちの手足の動き、熱気、息づかいまでが、肌を通して伝わってくるでしょう。

▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町
 吉田村は昭和61年3月16日「鉄の歴史村」を宣言。その象徴ともいえる田部家は、1707年から1906年までの間に21の蔵を建築しました。
 その土蔵群の中には鉄蔵、扶持蔵などがあり、吉田村が日本のたたら製鉄の中心地であり、鉄と共に栄えた村であった証しとなっています。

▼鉄山師の町歴史館/島根県雲南市吉田町
 吉田町の「田部家土蔵群」の前にある無人観光案内施設「鉄山師の町歴史館」。
 館内には鉄山師「田部家」とともにある吉田町の歴史を学べるパネルや本、スクリーンなどの設備もあり、学習室やセミナー会場としても利用できる。
〈鉄山師の町吉田町〉
 雲南市吉田町は鉄山経営者「田部家」を中心に、たたら製鉄の町として栄えてきた。
 たたら製鉄には原料である良質な砂鉄の他に、燃料となる薪の原料としての「山林」、そして砂鉄を取るための「水」という自然の資源が必要。
それらを管理し、一大産業として成熟させ吉田町の「人」の生活を支えてきた鉄山師「田部家」とともにある。
〈田部家と企業城下町〉
 吉田のまちは自然の地形を利用しながら機能的に作られた町並みになっている。
 田部家を中心とした有力者が住む本町通り、お寺が立ち並ぶ聖域としての山側エリア、飲食、日用品店、小鍛冶屋などサービス機能を持つ川原町筋、川を挟んで反対側は鉄の加工を行う大鍛冶場や職人の長屋がある鍛冶屋原。
 このようにそれぞれ異なるエリアが小路を通じて有機的に結びついており、今でも当時の面影を残す町の姿が見られる。

≪3日目≫
◆出雲市駅前Hを出発
▼出雲大社/島根県出雲市大社町
▼道の駅「大社ご縁広場」吉兆館/島根県出雲市大社町
▼旧JR大社駅/島根県出雲市大社町
▼浜山湧水群水汲み場/島根県出雲市浜町
▼出雲文化伝承館/島根県出雲市浜町
▼県道51号線
▼国道54号線(出雲神話街道)
▼鉄の歴史博物館/島根県雲南市吉田町
▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町
▼鉄山師の歴史館/島根県雲南市吉田町
▼吉田公園/島根県雲南市吉田町
▼菅谷たたら山内(古い町並み)/島根県雲南市吉田町
▼山内生活伝承館/島根県雲南市吉田町
▼鉄の未来科学館/島根県雲南市吉田町
▼道の駅「掛合の里」/島根県雲南市掛合町
▼道の駅「ゆめランド布野」/広島県三次市布野町
▼国道54号線(出雲神話街道)
▼国道2号線
◆広島市の自宅泊
≪4日目≫へつづく・・・

【手記】
 恒例(高齢)^^のGW車旅。GW後半は混雑しそうなので4/29〜5/3の間で岡山から鳥取〜島根〜広島〜山口〜北九州辺りを古い町並み散策をメインとしてウロチョロして来ました。走行距離は1710kmでした。
 雲南市吉田町の菅谷たたら山内と山内生活伝承館と鉄の未来科学館は過去に2度ほど訪れたことがありますが、鉄山師の歴史館・白壁土蔵群は初めての訪問です。

※今が旬の旅日記を優先してアップしているため、GWの車旅編が後まわしになって今ごろアップしている次第です。ご容赦のほどお願いいたしま〜す。

同行者
一人旅
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
自家用車
  • ■恒例(高齢^^;)のGW車旅〜岡山・鳥取・島根・広島・福岡・大分・山口県を走る<br /> 第12編 〜鉄の歴史博物館&田部家の白壁土蔵群編〜<br /> GW後半は混雑しそうなので4/29〜5/3の間で岡山から鳥取〜島根〜広島〜山口〜北九州辺りを古い町並み散策をメインとしてウロチョロして来ました。走行距離は1710kmでした。

    ■恒例(高齢^^;)のGW車旅〜岡山・鳥取・島根・広島・福岡・大分・山口県を走る
     第12編 〜鉄の歴史博物館&田部家の白壁土蔵群編〜
     GW後半は混雑しそうなので4/29〜5/3の間で岡山から鳥取〜島根〜広島〜山口〜北九州辺りを古い町並み散策をメインとしてウロチョロして来ました。走行距離は1710kmでした。

  • ▼国道54号線(出雲神話街道)道の駅・掛合の里/島根県雲南市掛合町<br /> 出雲をあとにして国道54号線を南下、途中の「道の駅・掛合の里」で休憩です。

    ▼国道54号線(出雲神話街道)道の駅・掛合の里/島根県雲南市掛合町
     出雲をあとにして国道54号線を南下、途中の「道の駅・掛合の里」で休憩です。

  • ▼国道54号線(出雲神話街道)道の駅・掛合の里/島根県雲南市掛合町<br /> 掛合の里は、とんがり帽子にオレンジ色の屋根が目をひく建物があります。昔何度か立ち寄ったことがある。

    ▼国道54号線(出雲神話街道)道の駅・掛合の里/島根県雲南市掛合町
     掛合の里は、とんがり帽子にオレンジ色の屋根が目をひく建物があります。昔何度か立ち寄ったことがある。

  • ▼国道54号線(出雲神話街道)道の駅・掛合の里/島根県雲南市掛合町<br /> 出雲観光で歩き回って疲れたようです・・・30〜40分窓を開けて寝ていました。

    ▼国道54号線(出雲神話街道)道の駅・掛合の里/島根県雲南市掛合町
     出雲観光で歩き回って疲れたようです・・・30〜40分窓を開けて寝ていました。

  • ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町<br /> 吉田町の菅谷たたら山内と山内生活伝承館と鉄の未来科学館は過去に2度ほど訪れたことがありますが、ここ「鉄山師の歴史館・白壁土蔵群」は初めての訪問です。

    ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町
     吉田町の菅谷たたら山内と山内生活伝承館と鉄の未来科学館は過去に2度ほど訪れたことがありますが、ここ「鉄山師の歴史館・白壁土蔵群」は初めての訪問です。

  • ▼吉田の町並み本町通り/島根県雲南市吉田町<br /> きれいな町並みですね。

    ▼吉田の町並み本町通り/島根県雲南市吉田町
     きれいな町並みですね。

  • ▼吉田の町並み本町通り/島根県雲南市吉田町<br />・亀栄堂公園飴本舗<br /> 吉田町の公園の前で作られる飴という意味で、羊羹よりやや硬い、琥珀色をした弾力のある飴菓子だそう〜。

    ▼吉田の町並み本町通り/島根県雲南市吉田町
    ・亀栄堂公園飴本舗
     吉田町の公園の前で作られる飴という意味で、羊羹よりやや硬い、琥珀色をした弾力のある飴菓子だそう〜。

  • ▼鉄の歴史博物館/島根県雲南市吉田町<br /> ここは昔お医者さんをしておられた家を博物館として使っておられるんだそうです。<br /> ・鉄の発生<br /> それまで石や木の道具しか使っていなかった人々が、鉄のくわやすきなどの道具を手にした時、その様子はどんなだったでしょうか。<br /> 

    ▼鉄の歴史博物館/島根県雲南市吉田町
     ここは昔お医者さんをしておられた家を博物館として使っておられるんだそうです。
     ・鉄の発生
     それまで石や木の道具しか使っていなかった人々が、鉄のくわやすきなどの道具を手にした時、その様子はどんなだったでしょうか。
     

  • ▼鉄の歴史博物館/島根県雲南市吉田町<br /> 人々は、それらを使って原野を開拓し、稲作農業をおこしていきました。「鉄」は人々にとって、生活に役立つ金属、命を支える金属として、とても貴重な存在となっていったのです。<br /> ※中は撮影禁止<br />

    ▼鉄の歴史博物館/島根県雲南市吉田町
     人々は、それらを使って原野を開拓し、稲作農業をおこしていきました。「鉄」は人々にとって、生活に役立つ金属、命を支える金属として、とても貴重な存在となっていったのです。
     ※中は撮影禁止

  • ▼鉄の歴史博物館/島根県雲南市吉田町<br />・鉄をつくる<br /> 弥生時代の終わり頃になると、鉄をつくる技術が伝えられ、各地で鉄づくりが発達しました。<br /> 

    ▼鉄の歴史博物館/島根県雲南市吉田町
    ・鉄をつくる
     弥生時代の終わり頃になると、鉄をつくる技術が伝えられ、各地で鉄づくりが発達しました。
     

  • ▼鉄の歴史博物館/島根県雲南市吉田町<br /> 特に吉田町には良い砂鉄があり、木炭にする木もたくさんあったので、鉄づくりに適した土地として非常に盛んに鉄づくりが行われました。<br /> 

    ▼鉄の歴史博物館/島根県雲南市吉田町
     特に吉田町には良い砂鉄があり、木炭にする木もたくさんあったので、鉄づくりに適した土地として非常に盛んに鉄づくりが行われました。
     

  • ▼鉄の歴史博物館/島根県雲南市吉田町<br /> 砂鉄と木炭を使った独特の鉄づくり…この方法を「たたら製鉄」といいます。<br /> 

    ▼鉄の歴史博物館/島根県雲南市吉田町
     砂鉄と木炭を使った独特の鉄づくり…この方法を「たたら製鉄」といいます。
     

  • ▼鉄の歴史博物館/島根県雲南市吉田町<br /> 室町時代までは、「野だたら」といって、山の中ほどで、風のよく吹く所など斜面に炉を築いて鉄を作っていました。<br />  

    ▼鉄の歴史博物館/島根県雲南市吉田町
     室町時代までは、「野だたら」といって、山の中ほどで、風のよく吹く所など斜面に炉を築いて鉄を作っていました。
     

  • ▼鉄の歴史博物館/島根県雲南市吉田町<br /> 江戸時代になると、雨が降っても濡れないように高殿という建物を作り、その中で鉄を作るようになりました。これを「永代だたら」といいます。<br /> 

    ▼鉄の歴史博物館/島根県雲南市吉田町
     江戸時代になると、雨が降っても濡れないように高殿という建物を作り、その中で鉄を作るようになりました。これを「永代だたら」といいます。
     

  • ▼鉄の歴史博物館/島根県雲南市吉田町<br /> 吉田町の菅谷地区にある高殿は、その名残りです。これは今から250年くらい前に作られたものといわれています。<br /> 

    ▼鉄の歴史博物館/島根県雲南市吉田町
     吉田町の菅谷地区にある高殿は、その名残りです。これは今から250年くらい前に作られたものといわれています。
     

  • ▼鉄の歴史博物館/島根県雲南市吉田町<br /> たたら製鉄は、まる一日かけて炉を作ることから始まります。炉をかわかしたあと、木炭を入れ、ふいごで風を送って火をおこし砂鉄を入れます。<砂鉄を入れる→木炭を入れる→砂鉄を入れる>これを3日から4日間繰り返し、最後に炉をこわして鉄を取り出します。<br /> 

    ▼鉄の歴史博物館/島根県雲南市吉田町
     たたら製鉄は、まる一日かけて炉を作ることから始まります。炉をかわかしたあと、木炭を入れ、ふいごで風を送って火をおこし砂鉄を入れます。<砂鉄を入れる→木炭を入れる→砂鉄を入れる>これを3日から4日間繰り返し、最後に炉をこわして鉄を取り出します。
     

  • ▼鉄の歴史博物館/島根県雲南市吉田町<br /> 一回の作業は、「一代」(ひとよ)といわれていました。<br /> この間、「村下」(むらげ)と呼ばれる技師長の勘と経験が、できた鉄の品質を大きく左右しました。不眠不休の大変な仕事だったのです。<br /> 

    ▼鉄の歴史博物館/島根県雲南市吉田町
     一回の作業は、「一代」(ひとよ)といわれていました。
     この間、「村下」(むらげ)と呼ばれる技師長の勘と経験が、できた鉄の品質を大きく左右しました。不眠不休の大変な仕事だったのです。
     

  • ▼吉田の町並み本町通り/島根県雲南市吉田町<br />・鉄のもたらしたもの<br /> たたら師たちが苦労して作り上げた鉄は、刀や大砲など武士たちの戦争の道具にも使われましたが、何よりも庶民の生活を向上させ豊かにするための材料として、欠かせないものでした。<br /> 

    ▼吉田の町並み本町通り/島根県雲南市吉田町
    ・鉄のもたらしたもの
     たたら師たちが苦労して作り上げた鉄は、刀や大砲など武士たちの戦争の道具にも使われましたが、何よりも庶民の生活を向上させ豊かにするための材料として、欠かせないものでした。
     

  • ▼吉田の町並み本町通り/島根県雲南市吉田町<br /> 家を建てるにも、橋を造るにも、鉄の道具・材料は大きな役割を果し、金や銀よりも大切にされていたといわれます。<br /> 

    ▼吉田の町並み本町通り/島根県雲南市吉田町
     家を建てるにも、橋を造るにも、鉄の道具・材料は大きな役割を果し、金や銀よりも大切にされていたといわれます。
     

  • ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町<br /> このようにして、鉄は農業を中心とした日本の産業や文化の発展に大きく貢献してきたのです。<br /> 

    ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町
     このようにして、鉄は農業を中心とした日本の産業や文化の発展に大きく貢献してきたのです。
     

  • ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町<br /> 吉田村は昭和61年3月16日「鉄の歴史村」を宣言。

    ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町
     吉田村は昭和61年3月16日「鉄の歴史村」を宣言。

  • ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町<br /> その象徴ともいえる田部家は、1707年から1906年までの間に21の蔵を建築しました。<br /> 

    ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町
     その象徴ともいえる田部家は、1707年から1906年までの間に21の蔵を建築しました。
     

  • ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町<br /> その土蔵群の中には鉄蔵、扶持蔵などがあり、吉田村が日本のたたら製鉄の中心地であり、鉄と共に栄えた村であった証しとなっています。  <br /><br />

    ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町
     その土蔵群の中には鉄蔵、扶持蔵などがあり、吉田村が日本のたたら製鉄の中心地であり、鉄と共に栄えた村であった証しとなっています。

  • ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町<br /> 

    ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町
     

  • ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町<br /> 

    ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町
     

  • ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町<br /> 

    ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町
     

  • ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町<br /> 奥に見える階段の先に田部家の屋敷があります。

    ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町
     奥に見える階段の先に田部家の屋敷があります。

  • ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町<br /> 

    ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町
     

  • ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町<br /> 土蔵の陰にツルニチニチソウ(蔓日日草)が咲いていました。<br />  花言葉 : 生涯の友情・楽しき思い出など

    ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町
     土蔵の陰にツルニチニチソウ(蔓日日草)が咲いていました。
      花言葉 : 生涯の友情・楽しき思い出など

  • ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町<br /> 蔵の数は15あってそれぞれに嘉永蔵や明治蔵など建てられた時代の名前がつけられているようです。

    ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町
     蔵の数は15あってそれぞれに嘉永蔵や明治蔵など建てられた時代の名前がつけられているようです。

  • ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町<br /> 

    ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町
     

  • ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町<br /> 

    ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町
     

  • ▼吉田の町並み本町通り/島根県雲南市吉田町<br /> 本町通りは石畳が敷かれていてとてもきれいな町並みです。

    ▼吉田の町並み本町通り/島根県雲南市吉田町
     本町通りは石畳が敷かれていてとてもきれいな町並みです。

  • ▼鉄山師の町歴史館/島根県雲南市吉田町<br /> 吉田町の「田部家土蔵群」の前にある無人観光案内施設「鉄山師の町歴史館」<br /> 館内には鉄山師「田部家」とともにある吉田町の歴史を学べるパネルや本、スクリーンなどの設備もあり、学習室やセミナー会場としても利用できる。<br />

    ▼鉄山師の町歴史館/島根県雲南市吉田町
     吉田町の「田部家土蔵群」の前にある無人観光案内施設「鉄山師の町歴史館」
     館内には鉄山師「田部家」とともにある吉田町の歴史を学べるパネルや本、スクリーンなどの設備もあり、学習室やセミナー会場としても利用できる。

  • ▼鉄山師の町歴史館/島根県雲南市吉田町<br />〈鉄山師の町吉田町〉 雲南市吉田町は鉄山経営者「田部家」を中心に、たたら製鉄の町として栄えてきた。<br /> たたら製鉄には原料である良質な砂鉄の他に、燃料となる薪の原料としての「山林」、そして砂鉄を取るための「水」という自然の資源が必要。<br />

    ▼鉄山師の町歴史館/島根県雲南市吉田町
    〈鉄山師の町吉田町〉 雲南市吉田町は鉄山経営者「田部家」を中心に、たたら製鉄の町として栄えてきた。
     たたら製鉄には原料である良質な砂鉄の他に、燃料となる薪の原料としての「山林」、そして砂鉄を取るための「水」という自然の資源が必要。

  • ▼鉄山師の町歴史館/島根県雲南市吉田町<br /> それらを管理し、一大産業として成熟させ吉田町の「人」の生活を支えてきた鉄山師「田部家」とともにある。<br />

    ▼鉄山師の町歴史館/島根県雲南市吉田町
     それらを管理し、一大産業として成熟させ吉田町の「人」の生活を支えてきた鉄山師「田部家」とともにある。

  • ▼鉄山師の町歴史館/島根県雲南市吉田町<br />〈田部家と企業城下町〉 吉田のまちは自然の地形を利用しながら機能的に作られた町並みになっている。<br /> 田部家を中心とした有力者が住む本町通り、お寺が立ち並ぶ聖域としての山側エリア、飲食、日用品店、小鍛冶屋などサービス機能を持つ川原町筋、川を挟んで反対側は鉄の加工を行う大鍛冶場や職人の長屋がある鍛冶屋原。<br /> 

    ▼鉄山師の町歴史館/島根県雲南市吉田町
    〈田部家と企業城下町〉 吉田のまちは自然の地形を利用しながら機能的に作られた町並みになっている。
     田部家を中心とした有力者が住む本町通り、お寺が立ち並ぶ聖域としての山側エリア、飲食、日用品店、小鍛冶屋などサービス機能を持つ川原町筋、川を挟んで反対側は鉄の加工を行う大鍛冶場や職人の長屋がある鍛冶屋原。
     

  • ▼鉄山師の町歴史館/島根県雲南市吉田町<br /> このようにそれぞれ異なるエリアが小路を通じて有機的に結びついており、今でも当時の面影を残す町の姿が見られる。<br />  

    ▼鉄山師の町歴史館/島根県雲南市吉田町
     このようにそれぞれ異なるエリアが小路を通じて有機的に結びついており、今でも当時の面影を残す町の姿が見られる。
      

  • ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町<br /> いいお天気でした。

    ▼吉田の町並み「田部家の土蔵群」/島根県雲南市吉田町
     いいお天気でした。

  • ▼稲わら工房/島根県雲南市吉田町<br /> 中には入っていません。

    ▼稲わら工房/島根県雲南市吉田町
     中には入っていません。

  • ▼稲わら工房/島根県雲南市吉田町<br /> 稲わら細工の展示即売のほか、隣の売店では吉田町で作られている和菓子、ドレッシングなどの加工品、地元の方が持ってこられる野菜などを販売しているそうです。<br />

    ▼稲わら工房/島根県雲南市吉田町
     稲わら細工の展示即売のほか、隣の売店では吉田町で作られている和菓子、ドレッシングなどの加工品、地元の方が持ってこられる野菜などを販売しているそうです。

  • ▼吉田公園/島根県雲南市吉田町<br /> ちょっと登って来ましょう。

    ▼吉田公園/島根県雲南市吉田町
     ちょっと登って来ましょう。

  • ▼吉田公園/島根県雲南市吉田町<br /> 双鹿

    ▼吉田公園/島根県雲南市吉田町
     双鹿

  • ▼吉田公園/島根県雲南市吉田町<br /> 公園から望む「製鉄の町・吉田」の町並み

    ▼吉田公園/島根県雲南市吉田町
     公園から望む「製鉄の町・吉田」の町並み

  • ▼吉田公園/島根県雲南市吉田町<br /> ツツジが満開

    ▼吉田公園/島根県雲南市吉田町
     ツツジが満開

  • ▼吉田公園/島根県雲南市吉田町<br /> 公園から望む吉田の町並み 昔の街並が残っています。

    ▼吉田公園/島根県雲南市吉田町
     公園から望む吉田の町並み 昔の街並が残っています。

  • ▼菅谷たたら山内(古い町並み)/島根県雲南市吉田町<br /> 旅日記は「菅谷たたら山内(古い町並み)・山内生活伝承館・鉄の未来科学館/島根県雲南市吉田町」へとつづきます。<br /><br />   THE END.  つづく・・・<br />

    ▼菅谷たたら山内(古い町並み)/島根県雲南市吉田町
     旅日記は「菅谷たたら山内(古い町並み)・山内生活伝承館・鉄の未来科学館/島根県雲南市吉田町」へとつづきます。

       THE END.  つづく・・・

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