熱川温泉・北川温泉旅行記(ブログ) 一覧に戻る
 伊豆半島には一度も行ったことがなかった。学生時代を東京で過した僕にとっては気になっていた場所である。そこでゴールデンウィークを利用して行くことにした。<br /> 伊豆といえばなんといっても有名なのが『伊豆の踊子』である。事前に『伊豆の踊子』の文庫本を近所の本屋で買ってあらためて読んでみることにした。学生時代に読んだことはあったがそのときは、これがなぜ恋愛小説と云われるのか分からなかった。また内容も淡々としていてたいして面白い小説だとも思わなかった。しかし、今回あらためて読み直してみると、なんと清廉な美しい小説なんだろうと思い直した。年を経て分かるのかもしれない。その素晴らしさは冒頭の二行にもう表れている。<br /><br /> −道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓(ふもと)から私を追って来た。−<br /><br /> なんと清々しい表現であり簡潔な文章表現ではないだろうか。そして言うまでもなく美しいのである。僕はこの小説の雰囲気を求めて、今回伊豆の旅に出たのである。<br /><br /> 東京駅を午前11時発の「スーパービュー踊り子五号」に乗り伊豆熱川まで行った。『伊豆の踊子』は、修善寺温泉から湯ヶ島を通り天城峠を越えて下田までの出来事を描いている。もちろん川端康成二十歳の頃の大正七年の出来事なので徒歩での旅行であるが、平成の現在は、特急列車で二時間の旅である。特急には「踊り子」と「スーパービュー踊り子」の二種類があるが、僕は今回天井までガラス張りの「スーパービュー踊り子」を使った。”スーパービュー”というだけあって眺めがいいのはいうまでもない。また停車駅も、品川、横浜、熱海、伊東、伊豆高原と、伊豆熱川まで東京駅から五駅しかないのも有難い。終点は伊豆急下田である。<br /><br /> 東京駅内で駅弁をしこたま買い込むと「スーパービュー踊り子五号」に乗り込んだ。ゴールデンウィークのことで東京駅は凄い人混みである。ホームに溢れんばかりの観光客がひしめいていたが、乗り込むと全席指定なのでゆっくり列車の旅を楽しめた。<br /> 車窓から熱海のお城を眺めたり、伊東の椰子の木を眺めているうちに、伊豆熱川駅にあっというまに到着した。<br /> 駅には旅館の送迎バスが迎えに来ていた。この駅は熱川温泉の最寄駅であるが、駅の周辺にもう湯気が上がっており温泉街という風情を醸し出している。僕の宿泊する旅館は「吉祥CAREN」。まあまあ高級な旅館である。到着して分かったことだが、じつは熱川温泉の旅館ではなくすぐ近くの北川温泉(ほっかわおんせん)の旅館だった。駅が伊豆熱川駅なのでてっきり熱川温泉の旅館だと思っていた。送迎バスの運転手によると、ゴールデンウィークのことでいつも通る幹線国道は渋滞とのこと。そこで北川温泉までは山道を抜けて行くということである。これがイレギュラーのことながらまたまた伊豆を感じられて良かったのである。そこには『伊豆の踊子』を彷彿とさせる山の風景があったのである。<br /> 山を下ると、北川温泉が待っていた。ここは海岸沿いに九軒ほどの温泉旅館が立ち並んでいる。僕の泊まる旅館は「つるや吉祥亭」の別館の「吉祥CAREN」である。本館に泊まる客を降ろしてから五分ほどでここに着いた。洋館風のしゃれた旅館である。<br /> 宿に着いてからのチェックインは通常と違い宿泊客がロビーで待っていると係が各テーブルにやってくる。テーブルごとの個別のチェックインをするのである。極めてサービスが行き届いている。併せて館内設備の説明などもしてもらえるので快適にチェックインを受けることが出来る。またロビーには宿泊客用の雑誌や書籍が用意されているので何冊でも貸し出してもらえる。選択された本の趣味もいいのでセンスの良さを感じた。僕は直木賞を取ったばかりの黒川博行の『破門』を借りてチェックアウトするまでの空き時間に読んでいた。<br /> 部屋に入るとどの部屋もすべてオーシャンビューである。僕の部屋も相模湾が綺麗に見渡せて美しい。この日は生憎の曇天であったがそれでも空と海の美しさを堪能できる窓からの眺望であった。温泉はナトリウム・カルシウムの塩化物泉である。男女の露天風呂は夜中に入れ替わりになっている。風呂上りには、休憩室にお替り自由の麦茶とスポーツドリンクが用意されているので、乾いた喉を潤すには丁度いいサービスである。館内だけでなく本館にある「アメリカが見える露天風呂」という黒根岩風呂も利用できるそうである。実際には目の前に伊豆大島が見えるのだが。<br /> また「吉祥CAREN」だけのサービスなのが、タオルやバスタオルは部屋から持っていかなくてもいいということである。こんな旅館は見たことない。いつも風呂にタオルとバスタオルが用意されていて何枚使っても自由なのである。であるから、使い終わってタオルを部屋に持って帰って干す必要がないのである。こんな旅館は初めてであった。もちろんウェルカムサービスが用意されていたのは言うまでもない。レストランで、目の前でパンケーキを焼いてくれた。このようにサービスが徹底しているのである。<br /> 夕食はというと和洋折衷のコース料理。これがまた美味であった。メインディッシュの伊豆牛の美味さは堪らないといったところ。とにかく何から何までサービスが行き届いているのである。サービスやおもてなしに徹底した旅館であるということが出来ると思う。<br /> 客室係に勧められていたので朝焼けを見に、朝四時の露天風呂に行ってみた。相変わらずの曇天であったが、露天風呂と伊豆の海の絶景を堪能することが出来た。木々の間から、朝焼けの伊豆の海が空との境界の中で光って見えた。これは至福の時を与えてくれる。<br /> 『伊豆の踊子』でも露天風呂の場面がある。これを次に記すと、<br /><br /> −仄暗(ほのぐら)い湯殿の奥から、突然裸の女が走り出してきたかと思うと、脱衣所の突鼻(とっぱな)に川岸へ飛び下りそうな恰好で立ち、両手をいっぱいに伸ばして何か叫んでいる。手拭いもない真裸だ。それが踊り子だった。若桐(わかぎり)のように足のよく伸びた白い裸身を眺めて、私は心に清水を感じ、ほうっと深い息を吐いてから、ことこと笑った。(中略)私は朗(ほが)らかな喜びでことことと笑い続けた。頭が拭われたように澄んで来た。微笑がいつまでもとまらなかった。−<br /><br /> 僕には裸身の踊子は見えなかったが、伊豆の朝焼けの海は、いつまでもこころが和(なご)む美しさだった。僕もことこと笑っていた。<br /><br /> 伊豆の、熱川の北川温泉は、まことにことこと笑える、清々しい温泉ということができるのではないだろうか。<br /> 満足のいく、伊豆の旅であった。<br />

伊豆の温泉

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2015/05/04 - 2015/05/05

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nakaohideki

nakaohidekiさん

 伊豆半島には一度も行ったことがなかった。学生時代を東京で過した僕にとっては気になっていた場所である。そこでゴールデンウィークを利用して行くことにした。
 伊豆といえばなんといっても有名なのが『伊豆の踊子』である。事前に『伊豆の踊子』の文庫本を近所の本屋で買ってあらためて読んでみることにした。学生時代に読んだことはあったがそのときは、これがなぜ恋愛小説と云われるのか分からなかった。また内容も淡々としていてたいして面白い小説だとも思わなかった。しかし、今回あらためて読み直してみると、なんと清廉な美しい小説なんだろうと思い直した。年を経て分かるのかもしれない。その素晴らしさは冒頭の二行にもう表れている。

 −道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓(ふもと)から私を追って来た。−

 なんと清々しい表現であり簡潔な文章表現ではないだろうか。そして言うまでもなく美しいのである。僕はこの小説の雰囲気を求めて、今回伊豆の旅に出たのである。

 東京駅を午前11時発の「スーパービュー踊り子五号」に乗り伊豆熱川まで行った。『伊豆の踊子』は、修善寺温泉から湯ヶ島を通り天城峠を越えて下田までの出来事を描いている。もちろん川端康成二十歳の頃の大正七年の出来事なので徒歩での旅行であるが、平成の現在は、特急列車で二時間の旅である。特急には「踊り子」と「スーパービュー踊り子」の二種類があるが、僕は今回天井までガラス張りの「スーパービュー踊り子」を使った。”スーパービュー”というだけあって眺めがいいのはいうまでもない。また停車駅も、品川、横浜、熱海、伊東、伊豆高原と、伊豆熱川まで東京駅から五駅しかないのも有難い。終点は伊豆急下田である。

 東京駅内で駅弁をしこたま買い込むと「スーパービュー踊り子五号」に乗り込んだ。ゴールデンウィークのことで東京駅は凄い人混みである。ホームに溢れんばかりの観光客がひしめいていたが、乗り込むと全席指定なのでゆっくり列車の旅を楽しめた。
 車窓から熱海のお城を眺めたり、伊東の椰子の木を眺めているうちに、伊豆熱川駅にあっというまに到着した。
 駅には旅館の送迎バスが迎えに来ていた。この駅は熱川温泉の最寄駅であるが、駅の周辺にもう湯気が上がっており温泉街という風情を醸し出している。僕の宿泊する旅館は「吉祥CAREN」。まあまあ高級な旅館である。到着して分かったことだが、じつは熱川温泉の旅館ではなくすぐ近くの北川温泉(ほっかわおんせん)の旅館だった。駅が伊豆熱川駅なのでてっきり熱川温泉の旅館だと思っていた。送迎バスの運転手によると、ゴールデンウィークのことでいつも通る幹線国道は渋滞とのこと。そこで北川温泉までは山道を抜けて行くということである。これがイレギュラーのことながらまたまた伊豆を感じられて良かったのである。そこには『伊豆の踊子』を彷彿とさせる山の風景があったのである。
 山を下ると、北川温泉が待っていた。ここは海岸沿いに九軒ほどの温泉旅館が立ち並んでいる。僕の泊まる旅館は「つるや吉祥亭」の別館の「吉祥CAREN」である。本館に泊まる客を降ろしてから五分ほどでここに着いた。洋館風のしゃれた旅館である。
 宿に着いてからのチェックインは通常と違い宿泊客がロビーで待っていると係が各テーブルにやってくる。テーブルごとの個別のチェックインをするのである。極めてサービスが行き届いている。併せて館内設備の説明などもしてもらえるので快適にチェックインを受けることが出来る。またロビーには宿泊客用の雑誌や書籍が用意されているので何冊でも貸し出してもらえる。選択された本の趣味もいいのでセンスの良さを感じた。僕は直木賞を取ったばかりの黒川博行の『破門』を借りてチェックアウトするまでの空き時間に読んでいた。
 部屋に入るとどの部屋もすべてオーシャンビューである。僕の部屋も相模湾が綺麗に見渡せて美しい。この日は生憎の曇天であったがそれでも空と海の美しさを堪能できる窓からの眺望であった。温泉はナトリウム・カルシウムの塩化物泉である。男女の露天風呂は夜中に入れ替わりになっている。風呂上りには、休憩室にお替り自由の麦茶とスポーツドリンクが用意されているので、乾いた喉を潤すには丁度いいサービスである。館内だけでなく本館にある「アメリカが見える露天風呂」という黒根岩風呂も利用できるそうである。実際には目の前に伊豆大島が見えるのだが。
 また「吉祥CAREN」だけのサービスなのが、タオルやバスタオルは部屋から持っていかなくてもいいということである。こんな旅館は見たことない。いつも風呂にタオルとバスタオルが用意されていて何枚使っても自由なのである。であるから、使い終わってタオルを部屋に持って帰って干す必要がないのである。こんな旅館は初めてであった。もちろんウェルカムサービスが用意されていたのは言うまでもない。レストランで、目の前でパンケーキを焼いてくれた。このようにサービスが徹底しているのである。
 夕食はというと和洋折衷のコース料理。これがまた美味であった。メインディッシュの伊豆牛の美味さは堪らないといったところ。とにかく何から何までサービスが行き届いているのである。サービスやおもてなしに徹底した旅館であるということが出来ると思う。
 客室係に勧められていたので朝焼けを見に、朝四時の露天風呂に行ってみた。相変わらずの曇天であったが、露天風呂と伊豆の海の絶景を堪能することが出来た。木々の間から、朝焼けの伊豆の海が空との境界の中で光って見えた。これは至福の時を与えてくれる。
 『伊豆の踊子』でも露天風呂の場面がある。これを次に記すと、

 −仄暗(ほのぐら)い湯殿の奥から、突然裸の女が走り出してきたかと思うと、脱衣所の突鼻(とっぱな)に川岸へ飛び下りそうな恰好で立ち、両手をいっぱいに伸ばして何か叫んでいる。手拭いもない真裸だ。それが踊り子だった。若桐(わかぎり)のように足のよく伸びた白い裸身を眺めて、私は心に清水を感じ、ほうっと深い息を吐いてから、ことこと笑った。(中略)私は朗(ほが)らかな喜びでことことと笑い続けた。頭が拭われたように澄んで来た。微笑がいつまでもとまらなかった。−

 僕には裸身の踊子は見えなかったが、伊豆の朝焼けの海は、いつまでもこころが和(なご)む美しさだった。僕もことこと笑っていた。

 伊豆の、熱川の北川温泉は、まことにことこと笑える、清々しい温泉ということができるのではないだろうか。
 満足のいく、伊豆の旅であった。

  • 東京駅でスーパービュー踊り子に乗り込む。ゴールデンウィークはホームに人が溢れている。

    東京駅でスーパービュー踊り子に乗り込む。ゴールデンウィークはホームに人が溢れている。

  • スーパービュー踊り子の車内。窓が大きい。

    スーパービュー踊り子の車内。窓が大きい。

  • スーパービュー踊り子の車窓から、熱海を過ぎる頃、熱海城が見えた。

    スーパービュー踊り子の車窓から、熱海を過ぎる頃、熱海城が見えた。

  • 伊東に着くと、椰子の木が南国情緒を醸し出す。

    伊東に着くと、椰子の木が南国情緒を醸し出す。

  • 吉祥CARENの入り口。モダンな洋風建築。

    吉祥CARENの入り口。モダンな洋風建築。

  • 玄関入口のロビー

    玄関入口のロビー

  • フロント。ここではチェックインはしない。各自はロビーのテーブルで個別にチェックインをする。

    フロント。ここではチェックインはしない。各自はロビーのテーブルで個別にチェックインをする。

  • 綺麗に清掃された客室。窓からは相模湾が一望できるオーシャンビューである。

    綺麗に清掃された客室。窓からは相模湾が一望できるオーシャンビューである。

  • 夕食は和洋折衷のコース料理。これは前菜の箱盛り。

    夕食は和洋折衷のコース料理。これは前菜の箱盛り。

  • メインディッシュの伊豆牛のステーキ。堪らなく美味であった。

    メインディッシュの伊豆牛のステーキ。堪らなく美味であった。

  • デザートのフルーツ。これも美味しい。

    デザートのフルーツ。これも美味しい。

  • 午前四時の露天風呂。相模湾が木々の間から清々しい景色を見せてくれる。

    午前四時の露天風呂。相模湾が木々の間から清々しい景色を見せてくれる。

  • 旅行前に読んだ『伊豆の踊子』、新潮文庫版。

    旅行前に読んだ『伊豆の踊子』、新潮文庫版。

  • 本館の前にある海沿いの黒根岩風呂。白波が目の前に打ち寄せて来る。

    本館の前にある海沿いの黒根岩風呂。白波が目の前に打ち寄せて来る。

  • ロビー脇にある書籍コーナー。宿泊中何冊でも借りられる。趣味のいい本が揃っている。

    ロビー脇にある書籍コーナー。宿泊中何冊でも借りられる。趣味のいい本が揃っている。

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