1975/02/20 - 1975/02/25
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ノスタルジアさん
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今から41年前の昭和49年7月23日から3月7日までの225日間かけて
ナホトカ航路、シベリア鉄道を往復して
ヨーロッパ、モロッコを船、列車、バス、ヒッチハイクで旅しました。
高所恐怖症なので飛行機には現在まで一度も乗った事がありません。
乗り物による移動距離は60,806.8キロ、地球1.52周でした。
観光白書によると昭和49年の日本人の海外旅行者数が200万人、
平成24年度は1849万人、40年ほどで10倍近くなりました。
そんな当時の旅行の資料と写真を少しづつアップして行きます。
今回は、ウィーンを離れて再びモスクワへ。
旅行していて次の国に向かう時は、期待と不安が交錯するものだが、
ソ連については、昨年の悪夢ばかりが甦り、不安のみが胸に迫って
来たのである。
それならばソ連を外して飛行機で帰国すれば良い、と思うのが普通だと
思うが、飛行機の場合、事故率は低いが、事故が起きれば
死亡率ほぼ100%なので乗らないのである。
今回それにも増して心配だったのは昨夏、モスクワの国営旅行社
インツーリストで抜き取ったインツーリスト側の旅行計画書をどうやって
入出国検査で見つからないように日本まで持ち帰るかだった。
原本は日本の友人宛てに送っていたので、万一没収されても仕方がないと思ったが、それだけで済むのかどうかも心配だった。
身体(衣服)に、荷物の中に、あるいは車内に、隠すか、
ソ連側国境駅ブレストに着く寸前まで迷った。
結局、隠すのではなくソ連のガイドブックや今回の旅行日程表と一緒に
テーブルの上にさりげなく置く事にした。
というのも、ソ連の入国検査は「ここまでやるのか。」と思うくらい厳しいので、絶対見つけられると思ったからである。
隠していれば追及がそれだけ厳しくなると思ったからである。
それで見つけられた時は、言葉が分からない振りをして没収覚悟に
する事にした。
ブレスト駅に19時に着いた。 車両は20時15分にワルシャワから
到着するショパン号に連結されて21時45分発車する。
ソ連の入国審査は所持品、荷物検査は国境警備隊、手続きは事務系が行う。
いきなりものものしい格好で懐中電灯を持った警備隊員が2人入って来た。
コンパートメントの乗客は自分一人だった。
天井の蛍光灯を器具ごと外したり、床のじゅうたんをひっくり返したり、
寝台のマットをひっくり返したり、リュックから荷物を全部出したり、
所持品を出さしたりした。ボディチェックは無かった。
そのうち一人が部屋に入って来て、コートを着て降りろ言い、
ホームに降りて見ると降ろされたのは自分一人だけだった。
列車の下を青白いサーチライトで明るくして警備隊員たちが潜り込んでチェックしていた。
映画「007」の世界である。
もう駄目かと正直思った。入国拒否か、ソ連にとって好ましからざる人物としてブラックリストに載っているのだろうか?
でもそれはあり得ないと思った。
なぜなら好ましからざる人物ならビザは出ない筈である。
やはり抜き取った旅行計画書の件だろうか?とあーでもない、こーでもないと考えていた。
足元は靴では無く、裸足にサンダルなのでとにかく冷たく寒かった。
そのうち、警備隊員と事務系の係官2人がやって来て、
こちらの方をちらちら見ながら処遇について話し合っているようだった。
「ここで降ろして、徹底的に調べようか、」「これくらいなら入国してもいいか、」そんな感じの会話に思えたが、
ロシア語なので全く分からないので、息が詰まる思いで成り行きを
見守っていた。
遂に処遇をが決まったようだ、息詰まる瞬間だった。
一人がこちらに向かって列車に戻れと言った。
全身の力が抜けた。車内に戻ると荷物の中身はベッドの上に出されたままだった。
抜き取った旅行日程表も無事だった。
なぜ、ホームに降ろされたのか未だに分からない。今まで40ヶ国行ったが、ソ連ほどの厳しい入国チェックを受けた国は無い。
分からないと云えば、パスポートにはソ連の入出国のスタンプがなぜか押されてないのである。
ソ連側に自分の記録は存在しないのかもしれない。
2月22日
ショパン号はモスクワベラルーシ駅に9時47分珍しく定刻に到着した。
昨夏、モスクワを追い出された時の駅である。
ソ連の駅名は変っている。ベラルーシ方面に行くのでベラルーシ駅、レニングラード方面に行くのでレニングラード駅、
東京に東京駅ではなく、大阪方面に行くので大阪駅があるようなものだ。
旅行者、田舎者にとってはその方が分かり易いかもしれない。
指定されたホテルは何と昨夏、泊まる予定だったメトロポールなのである。
今回はスケジュール通りだったせいか、ホテル内のインツーリストから
呼び出しを受ける事も無かったが、事務所を覗くとあの頭に来た
女職員がまだいるではないか。
目の前に行って「俺の顔を憶えているか?」と凄もうかと思ったが、
思わぬ事態になるかもしれないと思って止めた。
ご参考まで
青年は荒野をめざす Vol.4 シベリア鉄道 イルクーツク~モスクワ
モスクワでとんでもない事が!
http://4travel.jp/travelogue/10958780
青年は荒野をめざす Vol.5 モスクワ~国境~ポーランド ワルシャワ
国境で国際列車ショパン号が消えた!
http://4travel.jp/travelogue/10959851
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.5
- ショッピング
- 2.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
旅行記の周辺地図
昭和50年2月20日
ウィーン〜チェコスロバキア車中
2月21日
チェコスロバキア〜ポーランド〜ソ連車中
2月22日〜25日
モスクワ -
ウィーンから帰国までのスケジュール表
-
昭和50年2月20日
ソ連の当時の国際列車時刻表 -
昭和50年2月20日
ソ連の当時の国際列車路線図 -
昭和50年2月20日〜22日
ローマからモスクワまでの列車時刻表
ローマ発0時40分発のモスクワ行きはウィーン南駅に18時05分に着き、
21時59分に発車する。モスクワまでは、チェコスロバキア、ポーランドを
経由する。
列車に乗った時、何とも懐かしい匂いを感じた。詩的な意味では無く、
ソ連の臭いそのものであった。
1986年に上海から蘇州まで乗った列車はこの時の列車と全く同じ型だったが、
ソ連の匂いとは違う中国の匂いだった。
それは体臭、生活臭、環境臭の違いから染みついたと思う。 -
昭和50年2月21日〜22日
ワルシャワからモスクワまでのショパン号の時刻表
ウィーンから乗った列車はソ連の国境駅ブレストに19時00分に着き、
20時15分、ブレスト駅に着くワルシャワからのショパン号に連結されて
21時45分にモスクワに向かう。当然、時間通りに運行されることはなく、
その為主要駅、国境駅の停車時間は大幅な余裕時間が取ってあった。 -
昭和50年2月20日〜22日
当時、手帳に書いていた列車時刻表 -
昭和50年2月20日
列車切符カバー -
昭和50年2月20日
ウィーン南駅21時52分発モスクワ行列車指定席券
367号車座席21番 料金382シリング6,513円、税12シリング205円で
合計394シリング67,18円。 -
昭和50年2月20日
ウィーン南駅〜チェコスロバキア ブジェツラフ駅
85キロ56シリング955円 -
昭和50年2月20日〜22日
急行料金20シリング341円 -
昭和50年2月21日
オーストリア・チェコスロバキア国境駅ブジェツラフ〜
チェコスロバキア・ポーランド国境駅テレスポル
乗車券347シリング5,916円 -
昭和50年2月20日
チェコスロバキアのビザ -
昭和50年2月20日チェコスロバキア入国スタンプ
昭和50年2月21日チェコスロバキア出国スタンプ -
昭和50年2月21日
ポーランド・ソ連国境駅ブレスト〜モスクワ
乗車券354シリング6,035円 -
昭和50年2月21日
ポーランドのビザと入国スタンプと出国スタンプ -
昭和50年2月21日
ソ連ブレスト駅で7ドル1,995円両替 1ルーブル407.99円 -
昭和50年2月22日
モスクワ
朝食クーポンのカバー 1枚1ルーブル388円 -
昭和50年2月22日
モスクワ
朝食クーポンの説明文 -
昭和50年2月22日
モスクワ 赤の広場の絵葉書
赤の広場はメーデーや革命記念日に大行進が行われる所として馴染みが深いが、
昔から多くの歴史的事件がこの広場で繰り広げられた。
ロシア語では「赤い」という言葉はまた「美しい」という意味を持ち、
この広場も「美し赤の広場」という意味である。
https://www.youtube.com/watch?v=tDXDjNBjq6c -
昭和50年2月22日
モスクワ レーニン廟とスパスカヤ塔
レーニンの遺骸がガラスケースに納められ、特殊の保存処置が施され、
オレンジ色のスポットライトでまるでろう人形に生前そのままの顔かたちが
暗闇の中に浮かび上がっていた。
廟の前には一目見ようとする人々の長蛇の列を作っていて、1時間待ちだったが、
外国人だと分かると優先的に中に入れてくれた。 -
昭和50年2月22日
モスクワ
買い物レシート 1,30ルーブル504円
モスクワは深夜でも一人で歩いていても安全で警官から呼び止められ
こともなく、地下鉄、市内観光も自由気ままに出来た。
ただ、国営のグム百貨店に行っても欲しい物は特になく、社会主義国家の
サービス精神ゼロ、販売商品の貧弱さが目立ったのである。 -
昭和50年2月22日
モスクワ メトロポールホテルでの夕食レシート
2ルーブル776円 -
昭和50年2月23日
モスクワ 赤の広場 スパスカヤ塔
クレムリン城壁の塔の中で、最も美しいと云われ、
高さ74メートル、直径6メートルの大時計が付いている。
19世紀半ばに取り付けた重さ約25トンの鐘、10個の鐘の音が15分毎に
時を告げるほか、昼夜正12時にはソ連国歌を奏でるのである。
この塔の奥にあるクレムリンに共産党幹部の黒塗りの車が厳戒態勢の中
時々出入りしていた。 -
昭和50年2月23日
モスクワ メトロポールホテルでの昼食レシート
二人分で3.40ルーブル1,319円 -
昭和50年2月23日
モスクワ河とクレムリンの絵葉書
クレムリンとは城とう意味で、1156年、ユーリー・ドルゴルーキー公が
この地に館を構え、土塁と木柵で砦を造ったのがクレムリンの始まりであり、
その周囲に出来た村が発展してモスクワとなった。
その後、城は次第に東北方に拡張されて、木柵は石の城壁となり、
15世紀末にほぼ現在のような壮麗な20の塔を持つ城壁が出来上がった。
城壁の全長は2,000メートル、高さは5〜19メートルある。
赤の広場に面して深い濠がありはね橋が架かっていた。
1961年にはクレムリン大会宮殿が建てられ、今日に至る数世紀の間に
度重なる戦火を経て、僧院、宮殿、教会が加えられた構内は、この国の
文化と歴史の上に完成された一大屋外博物館である。 -
昭和50年2月23日
クレムリン イワン大帝の鐘楼の絵葉書
1505年に着工され、1600年にポリス・ゴドノフの時代に完成した。
金色のキューポラを戴く鐘楼は高さ81メートルで、長い間モスクワ最高の
建物であり、城の望楼の役目も果たした。
重さ70トンの主鐘を始め21個の鐘が付いている。 -
昭和50年2月23日
クレムリンの城壁の絵葉書
城壁には一部を区切って、ゴーリキー、レーニン夫人、ガガーリンなどと
共に片山潜、ジョン・リードなど外国共産党員の遺骨、遺灰が納められている。 -
昭和50年2月23日
モスクワ大学の絵葉書
ソ連における名門大学の代表格とされ、世界的にもよく知られた
総合大学の1つである。
18世紀の科学者ミハイル・ロモノーソフの建言によって、1755年に創設され、
幅450メートル、高さ240メートルの32階建て、両翼18階建て、12階建ての
宿舎がある。
1953年に完成された現在の超高層の建物は、レフ・ルードネフの設計による
「スターリン様式」の代表作である。
1953年以来、ほとんどの学部がモスクワ南東の雀が丘にある。
1974年現在、総室数45,000、理工科系141の学部で構成され、
32,000名の学生が学んでいる。
予科コースには76ヶ国から2,500人の外国人留学生も学んでいる。
-
昭和50年2月23日
モスクワ メトロポールホテルの
売店「ベリョースカ」の買い物レシート6.52ルーブル2,530円 -
昭和50年2月23日
モスクワ メトロポールホテル
売店「ベリョースカ」での買い物レシート
15.40ドル4,389円 -
昭和50年2月23日
モスクワ 国立歴史博物館入場券 20カペイカ77.6円
石器時代から革命前までのロシアの歴史を物語る多数の資料が
展示されていた。 -
昭和50年2月23日
モスクワ メトロポールホテル
売店「ベリョースカ」での買い物レシート
26.99ドル7,692円
ソ連での土産品としてマトリョーシカ人形、ウォッカ、毛皮の帽子、
琥珀のネクタイピン、木製の置物、煙草などを買った。 -
昭和50年2月23日
モスクワ メトロポールホテルでの夕食レシート
2.78ルーブル1,079円 -
昭和50年2月24日
モスクワ ボリショイ劇場の絵葉書
赤の広場のすぐ近くに建つオペラとバレエの殿堂。
8本の円柱が支える建物正面の屋根上には、4頭立てのローマ式戦車の銅像が
配され、この建物にいっそうの威厳と風格を与えている。 -
昭和50年2月24日
モスクワ メトロポールホテルでの朝食レシート
二人分で2.45ルーブル950円 -
昭和50年2月24日
モスクワ 国民経済成果博覧会
1939年、ここで開催された常設全国農業博覧会がもとになり、1959年に
各産業を網羅した常設博覧会に拡大された。
216ヘクタールという広大な敷地はさながら公園のようで、78の展示館がある。
ソ連の宇宙開発の歴史と現状が実物大の模型が見られる科学アカデミー宇宙館が
最も面白かった。 -
昭和50年2月24日
モスクワ メトロポールホテルでの夕食レシート
二人分で5.53ルーブル2,146円
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