2015/03/08 - 2015/03/25
3365位(同エリア5996件中)
愛走路さん
天平の古道をいく 県道 府道 5号線
京都府道・滋賀県道5号木津信楽線(きょうとふどう・しがけんどう5ごう きづしがらきせん)は、
京都府木津川市を起点に滋賀県甲賀市信楽町中野に至る主要地方道である。この道は742年、奈良時代に紫香楽宮と恭仁宮とを結ぶ古道でした。
府道5号線から
国道163号にぶつかり右折
木津川に沿って 国道24号へ
泉大橋を渡る
国道24号線から
法華寺を経由して
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
信楽の街を抜け
恭仁京
平城京跡へ
ボランティアガイドさんがたいへん丁寧に
説明してくれた。
さわやかな青年だった。
「詳しいですネ!」と何回も言われた。
とっておきの場所も紹介してくれた。 -
驚きは、資料館も
駐車場も すべて無料
所管は、
文化庁文化財部 -
表示もしっかりしている
日本語と英語のみというのは
あまりにもったいない。 -
奈良交通バス停留所
-
平城宮跡
-
平城京遷都1300年にあたる2010年に復元された平城宮第一次大極殿。
第一次大極殿が実際に平城宮にあったのは、平城京遷都(710年)
直後から、恭仁京(くにきょう)遷都(740年)までの
わずか30年間ほどのことでした。
恭仁京遷都にともなって、平城宮の大極殿が移築され、
工事に4年ほどかかって743年に完成したと『続日本紀』に書かれています。
ところが都は、745年に再び平城京に戻ることになり、せっかく移築された大極殿は、恭仁宮に取り残されることになりました。
そして746年に山背(やましろ)国分寺に施入され、
国分寺の中心建物である金堂となる。
やがてその金堂も882年に焼失してしまいました。
1970年から実施された平城宮の第一次大極殿の発掘調査では、
大極殿の規模や平面プランが山背国分寺金堂と一致することが明らかになり、
大極殿の移築記録の正しさが証明された。
なお、第一次大極殿は、藤原宮(694〜710年)の大極殿が
平城宮へ移築されたものである可能性も指摘されています。
もしそうであるならば、
第一次大極殿は、都の移転とともに場所や名前を変えて、
200年近い間、歴史の移り変わりを見守り続けたことになる。 -
平城宮跡 基礎石
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奈良盆地をやさしく抱く山々
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平城宮跡
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館内も撮影OK
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第一次大極殿
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平城宮跡 案内板
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平城宮跡 井戸
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平城宮跡 石畳
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平城宮跡 土塀
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平城宮跡
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平城宮跡から
奈良市街中心部 -
大極殿
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東院庭園
近鉄大和西大寺駅下車 徒歩30分
JR奈良駅前から奈良交通バス西大寺行
平城宮跡下車 徒歩10分
休園日 月曜日(月曜日が祝日の場合は、その翌日)年末年始休園
開園時間 9時00分〜16時30分(入園は、16時00分)
入園料 無料
ボランティアガイドの若者が
ぜひに と勧めてくださった 庭でした。 -
東院庭園
「続日本書紀」に見える
「東院」にあたる -
東院庭園
朱塗りの柱 欄干が眩しい -
東院庭園
築山の
中心の石組 -
東院庭園
太鼓橋から
隅楼を見る -
東院庭園
築山石組 -
東院庭園
特別名勝となっている
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