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平成27年3月16日、板橋宿をあとにして、東十条の十条冨士塚、名主の滝公園、王子稲荷神社、旧渋沢庭園などを巡って、JR上中里駅から帰途に就いた。表紙の写真は名主の滝公園である。

旧中山道と旧日光御成道を歩く その2(名主の滝公園など)

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2015/03/16 - 2015/03/16

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山帽子

山帽子さん

平成27年3月16日、板橋宿をあとにして、東十条の十条冨士塚、名主の滝公園、王子稲荷神社、旧渋沢庭園などを巡って、JR上中里駅から帰途に就いた。表紙の写真は名主の滝公園である。

旅行の満足度
4.5
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
JRローカル 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 十条冨士塚。冨士塚とは江戸時代の人々が、信仰のよりどころとして石や土を盛って、あるいは自然の小高い山を利用して、富士山の神を祀ったもので、かつては各地にあった。

    十条冨士塚。冨士塚とは江戸時代の人々が、信仰のよりどころとして石や土を盛って、あるいは自然の小高い山を利用して、富士山の神を祀ったもので、かつては各地にあった。

  • 十条冨士塚の正面。石段を上ると頂上部に小さな社が鎮座している。

    十条冨士塚の正面。石段を上ると頂上部に小さな社が鎮座している。

  • 十条冨士塚の頂上部。かつてはここから富士山が眺望できたはず。

    十条冨士塚の頂上部。かつてはここから富士山が眺望できたはず。

  • 十条冨士塚頂上部に立つスダジイの古木

    十条冨士塚頂上部に立つスダジイの古木

  • 名主の滝公園入口。嘉永年間(1848~1854)に王子の名主・畑野孫八が自邸に造った江戸情緒豊かな庭園。土地の斜面を巧みに利用して、自然の風景を取り入れている。園内の滝は古来「王子の七滝」といわれた滝の一つ。

    名主の滝公園入口。嘉永年間(1848~1854)に王子の名主・畑野孫八が自邸に造った江戸情緒豊かな庭園。土地の斜面を巧みに利用して、自然の風景を取り入れている。園内の滝は古来「王子の七滝」といわれた滝の一つ。

  • 名主の滝公園の男滝

    名主の滝公園の男滝

  • 椿の花と水しぶきを上げる男滝

    椿の花と水しぶきを上げる男滝

  • 名主の滝公園内の園路

    名主の滝公園内の園路

  • 名主の滝公園。あずま屋と独鈷の滝。独鈷の滝の水は枯れていた。

    名主の滝公園。あずま屋と独鈷の滝。独鈷の滝の水は枯れていた。

  • 名主の滝公園の女滝

    名主の滝公園の女滝

  • 名主の滝公園内の園路

    名主の滝公園内の園路

  • 名主の滝公園内。橋の奥で女滝が流れ落ちている。

    名主の滝公園内。橋の奥で女滝が流れ落ちている。

  • 名主の滝公園。瓦や石でデザインされた路地。

    名主の滝公園。瓦や石でデザインされた路地。

  • 名主の滝公園正門

    名主の滝公園正門

  • 落語「王子の狐」で知られる王子稲荷神社

    落語「王子の狐」で知られる王子稲荷神社

  • 王子稲荷神社

    王子稲荷神社

  • 王子神社

    王子神社

  • 音無親水公園。小平市東部に源流がある石神井川(音無川)は西東京市、練馬区、板橋区、北区と流れ堀船で隅田川に注ぐが、現在ここ音無橋付近からは暗渠となって、飛鳥山公園とJRの線路の下を流れている。そしてここ音無橋付近には旧流路が残っており、そこを利用して整備されたのが音無親水公園である。

    音無親水公園。小平市東部に源流がある石神井川(音無川)は西東京市、練馬区、板橋区、北区と流れ堀船で隅田川に注ぐが、現在ここ音無橋付近からは暗渠となって、飛鳥山公園とJRの線路の下を流れている。そしてここ音無橋付近には旧流路が残っており、そこを利用して整備されたのが音無親水公園である。

  • 音無親水公園

    音無親水公園

  • 飛鳥山公園の一角に残る旧渋沢庭園(曖依村荘跡)。渋沢栄一の別荘、後本亭となる。住居などは昭和20年の空襲で瀬焼失したが、大正期に建てられた「晩香盧」と「青淵文庫」が残っている。

    飛鳥山公園の一角に残る旧渋沢庭園(曖依村荘跡)。渋沢栄一の別荘、後本亭となる。住居などは昭和20年の空襲で瀬焼失したが、大正期に建てられた「晩香盧」と「青淵文庫」が残っている。

  • 青淵文庫

    青淵文庫

  • 晩香盧

    晩香盧

  • 旧日光御成道(現在の本郷通り)。旧日光御成道は旧日光街道の脇街道であり、将軍が日光東照宮へ参詣するときに利用された。また、岩槻藩の参勤交代でも使われたことから岩槻街道ともいわれる。日本橋を出て本郷追分で中山道と分かれ、幸手宿で日光街道と合流する。都内の旧日光御成道は現在の本郷通りが主要ルートである。

    旧日光御成道(現在の本郷通り)。旧日光御成道は旧日光街道の脇街道であり、将軍が日光東照宮へ参詣するときに利用された。また、岩槻藩の参勤交代でも使われたことから岩槻街道ともいわれる。日本橋を出て本郷追分で中山道と分かれ、幸手宿で日光街道と合流する。都内の旧日光御成道は現在の本郷通りが主要ルートである。

  • 本郷通りにある西ヶ原一里塚。旧日光御成道の二番目の一里塚(一番目は本郷追分)。

    本郷通りにある西ヶ原一里塚。旧日光御成道の二番目の一里塚(一番目は本郷追分)。

  • 西ヶ原村の総鎮守である七社神社

    西ヶ原村の総鎮守である七社神社

  • 本郷通り沿いにある平塚亭。私の愛読書でもある内田康夫の小説の主人公である浅見光彦の住まいの近くにあると設定されている。小説の中ではお団子が名物とされているので、ぜひ食べようと店内をのぞくと、案外手狭な感じであり、先客が数人いたまで、残念ながらそのまま平塚神社を通って上中里駅から帰途についた。

    本郷通り沿いにある平塚亭。私の愛読書でもある内田康夫の小説の主人公である浅見光彦の住まいの近くにあると設定されている。小説の中ではお団子が名物とされているので、ぜひ食べようと店内をのぞくと、案外手狭な感じであり、先客が数人いたまで、残念ながらそのまま平塚神社を通って上中里駅から帰途についた。

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