2015/03/19 - 2015/03/19
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Wind99さん
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出張で宮城県仙台市を基点として、2日間、訪問先をレンタカーで廻ってきた。
2日間とも予定がズレたため、時間が余ったので近くを廻ってみたが、行ってみると、ほとんどが、以前に来たことを思い出す有様。(もちろん覚えていた所も若干あったが・・・)
時が経っても、同じ場所を選んでしまうことに苦笑。
(1)宮城県名取市~福島県相馬市~多賀城市~塩釜市
- 旅行の満足度
- 3.5
-
東日本大震災から今月で、4年が経過した。
当時宮城県で最も津波の被害者が多かった地区が名取市閖上地区であった。
丁度仙台から相馬へ行く途中であり、TVで見た閖上(ゆりあげ)中学校があったた。
今は使用されておらず、慰霊碑があり顕花されていた。 -
閖上中学校の校門から、海側を望む。
周囲の住宅街は跡形もない更地となっていた。 -
その校門の近くに、プレハブに「閖上の記憶」と書かれた部屋があり入ってみた。
ボランティアスタッフがおり、4年間の活動をビデオを拝見した。
詳しくはないが、閖上悲劇と呼ばれる悲しみを乗り越える活動だ。 -
さらに海側へ行くと、人の出入りが多いところがあった。
日和山(ひよりやま)と呼ばれる標高6.3mの人工の山だ。
先の大津波は、この標高6.3mよりさらに2.1m高い高さで襲ってきたことが、山頂に残った木の幹から分かるそうだ。 -
その山頂からの眺め。
以前の写真を見ると、周囲は住宅で空き地も無かった。
MAPでみると、この辺りは海岸から1.5km程度の近さであった。 -
日和山のすぐ隣にあった東日本大震災の慰霊碑。
左右の石版に犠牲になった方の名前が刻まれている。
慰霊碑の高さは、津波と同じ8.4mとなっている。 -
少し先へ進みし、同じ市内にある雷神山古墳というのがあった。
東北地方で最も大きな前方後円墳だそうだ。 -
主軸160mの大きさという。
この周辺は古墳が多いことから、4世紀の頃から、この仙台周辺に力を持った豪族が居たと思われる。 -
前日は雨で、この日は15度と気温が高く、周囲の地面から水蒸気が湧き上がってくる光景を良く見た。
この気象現象はなんと呼ぶのだろうか。関東では見たこと無い気がする。 -
福島県相馬市に入る。
高速道路の常磐道は今月全線開通したが、この辺りのJR常磐線は大震災後、まだ不通である。橋梁を工事していた。 -
相馬港でも大津波で決壊した海岸堤防の復旧工事中であった。
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さらにその先の松川浦に行こうとするが、松川浦大橋は、通行止めであった。また、日中温度の上昇で霧がひどく何も見えない状態となった。
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松川港の風景。
今、漁業はどうだろうか。心配になる。 -
近くの海岸はきれいで何事も無い様に見える。
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公園の遊具が無残にも曲がっている。津波恐るべし。
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数時間掛かった用事を終え、相馬市から宿泊する塩釜市に行く。
その1つ手前に多賀城市があり、ここはだいぶ前に来たきりであり、再度寄って見た。
多賀城廃寺跡。 -
多賀城廃寺跡は、文献には何も載っていないそうであるが。過去の発掘でその規模が分かっているという。
この寺院は多賀城とほぼ同時に建立された。 -
多賀城廃寺跡と道を挟んで多賀神社があった。
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多賀城跡南門に来た。
ここには多賀城碑があり。覆屋を建て石碑を守っている。 -
覆屋の中の石碑。
724年の多賀城創建と762年の改修を伝える!!
1291年前の出来事が分かるとはなんとすごいことだ。
書道史の上から、那須国造碑、多胡碑と並ぶ日本三大古碑の一つとされる。 -
多賀城へ続く登り階段。
この辺りも懐かしい。前に訪れた記憶が、鮮明になってきた。 -
広大な丘の高台に到達する。
8−10世紀に存続し、その間大きく4回の造営が行われたそうだ。 -
この辺りが中心となった政庁跡だ。
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近くに小さな多賀城神社がある。
以前は駅から歩いてここまで来て、折り返したが、その後あらたに発掘された?かのように周辺はさらに広がっていた。 -
政庁跡よりさらに北側に進むと、ここにも多賀神社が。
このあたりは6月坂地区と書いてあった。
平安時代の役所建物跡(四面廂付建物)や倉庫跡(礎石総柱建物)などが見つかっている。 -
平安時代の石敷道路。
東門と西門を結ぶ16m道路が通っていた。 -
多賀城市からわずか数kmで、塩釜市だ。
宿泊ホテル近くの塩竈神社へ2度目の参拝。
元鐘楼堂で、 室町時代の建物と言われ境内では最も古い建築物。 -
苑地の上から、遠くの海、松島を見ることが出来た。
霞んでいなければ絶景のようだ。 -
振返ると志波彦(しわひこ)神社がある。
「延喜式」の神名帳に記載されている2861社の中でもわずか225社しかない「名神大社」と言う格別の崇敬を朝廷より受けていた神社だそうだ。 -
撫牛(なでうし)
商売が牛のよだれのように細く長くつづくことを祈念して奉納された。 -
東神門から入り、塩竈神社拝殿前に来た。陸奥国一之宮と言われる神社。
左右に文治の灯籠があった。鉄でさびている。芭蕉もこれを見たのだ!
その横に「奥の細道の中で、芭蕉は、この燈籠のいわれを『神殿に古き宝燈あり。鉄(カネ)の扉の面(オモテ)に「文治三年和泉三郎寄進」とあり。五百年来の俤(オモカゲ)今目の前に浮かびて、そぞろに珍し・・・』と書いている。」と説明があった。
」 -
本宮拝殿前に、青銅金象眼入りのおおきな灯籠。
仙台藩、9代藩主・伊達周宗によって、文化年間に寄進された「文化灯籠」である。 -
境内にある推定800年の御神木杉。
-
表参道を上がりきったところから、見下ろす。
表参道 202段 の表記があった。 -
夕食はホテル周辺を2周して探す。人通りはほとんど無く寂しい感じだ。
郷土料理の看板に誘われ入った。
カウンターの主人が、ホヤと水かれいを勧めてくれ、それを頂いた。
ホヤは、あのオレンジ色と表面のぶつぶつが旨そうに見えない。
しかもメニューには、ホヤ酢(夏)とあった・・・季節外れなのか?
ラストワンのホヤを売るため?・・・しかしこれは苦味も無く旨かった。
数百あるかれいの中でも、今日は一番美味しい水かれいがあるから、と言われかれい焼きを頂くが、これは普通の味であった。
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