2015/02/05 - 2015/02/05
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ドクター白鳥さん
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グランヴィアを出立。
昨日と同様、JRで東福寺に向かう。
今日は龍吟庵。
重森三玲のお庭が人気。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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今朝も狭い商店街を抜け東福寺に向かう
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法性寺(ほっしょうじ)
藤原氏のお寺
東福寺は、もともとはこのお寺の境内に伽藍が建てられた -
洛陽三十三所観音霊場 21 法性寺
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東山本町陵
この地が第八十五代・仲恭天皇(ちゅうきょうてんのう)の陵墓の可能性があると考えられたからです。
仲恭天皇(ちゅうきょうてんのう)は、第八十四代・順徳天皇の第一皇子で、承久三年(1221)に僅か二歳で即位しました。幼児の即位の背景として、順徳天皇が父の後鳥羽上皇と共に「承久の乱」の準備に専念する必要があったからとされます -
京都を感じる日々★古今往来Part1・・・京都非観光名所案内より引用
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京(京都)の五条と伏見とを結ぶ街道
伏見街道第3の橋
以下ウィキより
明治6年架橋の三ノ橋(「伏水街道第三橋」)(東山区本町)と四ノ橋(「伏水街道第四橋」)(伏見区深草・藤森)は、今なお現役で、京都市内では貴重な石造アーチ橋 -
今日は中門から
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日下門
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境内が見えてくる
ここからだと西からの横入り
禅堂と本堂 -
通天橋へと続く回廊
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経堂
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本堂
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本堂内部
本尊釈迦三尊像(中尊は立像、脇侍は阿難と迦葉)は、明治14年の火災後に万寿寺から移されたもので、鎌倉時代の作 -
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竜の絵は堂本印象
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イブキ
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三門
ウィキより
応永32年(1425年)に足利義持が再建し、現存する禅寺の三門としては日本最古のものである。上層に釈迦如来と十六羅漢を安置する折衷様の五間三戸二重門である(「五間三戸」とは正面の柱間が5つ、うち中央3間が通路になっているという意味、「二重門」は2階建ての門だが、「楼門」と違い、1階と2階の境目にも軒の出を作るものを言う)。 -
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勅使門から三門を
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こちらが本来の入り口
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四隅の角柱は、太閤が補修でつけたもの
太閤柱 -
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ほれぼれ
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本堂に戻る
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こちらは昭和の建築
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いよいよ龍吟庵に
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東福寺三世住持、大明国師=無関普門の住居跡および塔所
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偃月橋(えんげつきょう)をわたる
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方丈が見えてきた
最古の方丈建築 -
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3つのお庭がある
最初は白砂の無の庭 -
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表門
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三玲はもともとは画家志望で、作庭家ではないという
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龍の稲妻が露払い
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西の龍の庭に
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あまりピンとこない
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これが龍の頭
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冬枯れで
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通天橋が見渡せる
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紅葉の時期にはもちろん見えない
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義満筆
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不離の庭
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国師を守る2匹の犬という
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赤石に雨が降るとあずき色に輝くという
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方丈屋根
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庫裏
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方丈
寝殿造りと書院造りの過渡期
義満筆、上手くはない -
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庫裏屋根
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方丈に
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さいなら
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表門、表から
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偃月橋(えんげつきょう)をもどる
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天井の梁に築年が
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東福寺最古の橋
一度も焼けていない -
こちらは東福寺の方丈
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菊のご紋
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東福寺の庫裏
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通天橋へ続く
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日下門にもどる
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門を抜け
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右折し、駅へ戻る
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臥雲橋
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龍吟庵方面
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通天橋
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東福寺駅に戻り、今度は京阪に乗リ移動
地下鉄に乗り換え、今出川まで行き、接待所で雲竜をいただく予定。
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