2014/08/11 - 2014/08/11
195位(同エリア319件中)
京妓さん
競技かるたの益田大会に参加。
その後、隠岐へ渡り、
この地へに流された小野篁の足跡を辿りました。
小野篁は願満寺へ日参する道中、阿古那(あこな)姫に恋をします。
罪を赦され京の都へ帰ることになった時、
篁が阿古那姫のために彫った木像が、あごなし地蔵です。
- 交通手段
- 船 タクシー JALグループ
-
隠岐を訪れる前、色々調べてかろうじて見つけたのが願満寺。
願満寺で小野篁が彫った仏像さえ見ることができたら、
あとはフェリーの時間までボーっしててもいいと思っていたのですが… -
タクシーの運転手さんが、小野篁と阿古那姫の恋の話を教えて下さり、
あごなし地蔵へ連れて行ってくれました。 -
「あごなし」という呼び名の由来を調べていたら、
このような↓ものを見つけました。
http://www.haginotera.or.jp/outline/principal_agonashijizou.php
真偽はわからないですが、個人的には島の伝承↓を信じたい。
http://www.pref.shimane.lg.jp/admin/seisaku/koho/esque/2013/88/03.html -
隠岐の方々と話す中で何度も出てきた、明治の廃仏毀釈。
小野篁は現存するよりもっと沢山の仏像を彫っていたものの、
ほとんど焼失してしまったのだそう。 -
阿古那姫のために残した2体の木像も火をつけられたのですが、
役人が去るのを待って、火中から救い出されたのだとか。
そのため、原形はとどめていないそうです。 -
そのあごなし地蔵、旧暦7月23日の供養の時だけ開帳。
今年のそれは8月18日。今日は11日。
惜しい! 拝みたかった!! -
格子の隙間から見た、お堂の中。
あの奥にあごなし地蔵が…(>_<) いつか必ず再訪しなくちゃ! -
都から隠岐へ渡る時に詠んだのが、
〔第11首/参議篁 (小野篁)〕
わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと
人には告げよ 海人の釣舟
隠岐から都へ戻る時には、歌を残していないのかな? -
【腮無 (あごなし) 地蔵の由緒】
-
小野篁と阿古那姫の悲恋
-
タクシーの運転手さんによると、
島内にもう一ヶ所、小野篁の仏像が安置されている祠があるそうですが、
行政の管理で施錠されているので、実物は見れないとのこと。
でも願満寺のほか、あごなし地蔵尊も訪れることができて大満足です。
運転手さん、お世話になりました \(^o^)/
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