1961/07/02 - 1961/07/03
772位(同エリア1729件中)
ソフィさん
1961年7月3日フランスは行きたしされど遠かりし8 − パリに文明の匂いを嗅ぐ
眺望のよい、アテネの丘。
夕日を浴びながらすする、トルコ・コーヒーの香り。
軍人の息子を持つ、おばあさんの歓待。
私に懐いてくるお孫さんの、快活な明るい笑顔。
もうしばらくここに居たかったが、後ろ髪引かれながら、おいとまする。
あたりの人に訊ねまくりながら、都心行のバスを見つける。
ホテルへの道すがら、小学生の坊が「こんにちは」と、声を掛けてくる。
ここの子供は、余程外国人に慣れているのだろうか。
「おじさんはどこのファンなの?」
プロサッカーのことらしいが、私には皆目知識がない。
公園のキオスクまで案内してくれ、彼の勧めてくれるチームのピンバッジを買って、胸に挿す。
アテネの夜、ホテルの窓からアクロポリスの丘が見える。
パルテノン神殿の柱列が、明るく夜空に輝いている。
「アァ、ついにヨーロッパの地を踏んでいるのだ」
そうした実感が、しみじみと胸にこみ上げ、感慨に浸る。
明日は、憧れのパリと出会える。
寝付かれないまま、これからのヨーロッパ生活を、大まかにプランニング。
滞在中の行程については、フランス政府からまだ十分に情報を得ていないが、私は四季を通じてのヨーロッパを経験したい。
東欧は無理だろうが西ヨーロッパ各国を訪ねたい。
そのためにはスカンジナヴィア、イギリス、ベネルクス、スイス・オーストリア、イタリア、イベリアと、少なくとも合計3か月、6回の旅を企画する。
だが、フランス政府の条件として、フランス国外に出るときは、給費をカットすることになっている。
うまく許可が取れるかなァ〜?
西ドイツは訪ねたい場所が多いので、週末を利用して、パリからの小旅行を繰り返したい。
残された9カ月は、フランス各地を3カ月かけて巡り、6カ月をパリ滞在に充てる。
パリでは滞在費を節減するため、大学都市(シテ・ユニヴェルセール)に住むのが良いようだ。
しかし学生の居住希望が多いため、私のような社会人は空室の確保が困難らしい。
うまく潜り込めることができるだろうか?
いつの間にか、熟睡。
翌7月3日は、ローマ経由パリ便に乗り、夕刻近くパリ・オルリー空港に到着する。
フランス政府からの案内書通り、アンヴァリッドのエアターミナルに行く。
エアターミナルのホテル案内「オテッス・ド・パリ」で部屋を予約。
部屋は、広場を隔てて向かい側、重いトランクを提げても歩いてゆける距離だった。
中年のおばさんが一人、やさしく迎えてくれた。
夜外出し、カルチエラタンで、食事。
初めてこの街にやって来たばかりの私が、誰にも訊かずに地下鉄に乗れたことは、驚きだった。
「この街は進んでいる。これが文明の進化というものだろうか」
パリ最初の印象である。
2015.1.27片瀬貴文記
注)写真は2006年撮影
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 3.5
- 交通手段
- 徒歩
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
20