2014/03/12 - 2014/03/12
1722位(同エリア4190件中)
クッキーさん
海中道路を走った後、本土を北上、横断して東シナ海に面した万座毛へ向かいます。
昼食を恩納道の駅でとったあと、南下して座喜味城跡へ。
三つの城跡を堪能した後、かでな道の駅に寄り、8時間の個人観光を終了。
その後、夕方の国際通りでショッピングタイムです。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- タクシー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
海中道路から万座毛へは約50分ほど。沖縄本島を横切るので、予想以上に時間がかかりました。
空からは今にも雨が降ってきそうで、海の色も鉛色。
手前に見える深い緑色がわずかに沖縄らしさを感じさせます。
時間があればあの先まで行きたいところですが空模様も気になるところ。 -
万座毛といえば、この象の鼻。
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曇り空にも関わらず、この日に訪れた中で観光客の数が一番の場所でした。
18世紀初頭の琉球王尚敬(しょう・けい)がこの地を訪れたときに「万人を座するに足る毛」と称讃したのがその由来。「毛」とは沖縄のことばで「原っぱ」のことだそうです。
あたり一面に広がる草原。天然芝だそうです。その周りの遊歩道を歩いて、 -
東シナ海。
隆起サンゴ礁の断崖。
珊瑚礁がこんなふうになっちゃうんですね。 -
対岸に見えているのはANAインターコンチネンタル万座ビーチリゾートホテル。
沖見えているのは美ら海水族館がある本部半島。
海に浮かんでいるかのような岩。
古いサンゴ礁が琉球石灰岩になり、根元が波に削られてあんな形になるそうです。 -
こちらの崖は色が少し違っています。黒色千枚岩という名護層かも。
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透明度がすごい。
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万座ビーチの白い砂浜。
左の岩塊は完全にキノコ形をしています。 -
万座毛の名の由来である広大な場所。
曇り空のもと冬枯れの芝生の上には、ちょっと腰を下ろす気にはなれません。 -
運転手さんが教えてくれた岩のトンネル。
下に見える砂浜と海。 -
返す返すも、この日の天気が残念。
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万座毛の北側。
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パイナップルに似た美味しそうな果実を発見。
これはアダン(タコノキ科)といって、日本では南西諸島だけに見られる常緑低木です。主として海岸に群生し、幹から多数の支柱根を出します。果実は小さな実が集まってできており、パイナップルの果実によく似ています。
食用には全く適さないそうです。 -
アダンの根っこ。
成長とともに太い枝が横に展開し、そこから気根(支柱根)を垂らして接地。この支柱根が木を安定させ、風倒を防いでいるそうです。
タコノキ科とは、よく名付けたものです。 -
恩納道の駅で昼食です。ドライバーさんお勧めの道の駅です。
「恩納村水産物直売店」では「うにソースのムール貝」「各種天ぷら」をお買い上げ。 -
「豚三郎」で「てびち唐揚げ」
他にもタコスサンド、ジュシーおにぎりを買い、テーブル席で食べました。
他にもソーキそばなどよりどりで、観光地価格ではなくお手頃価格でリーズナブルでした。
メニューが多すぎてなかなか決まりません。 -
昼時は過ぎていましたが、次々に観光客が訪れる人気の道の駅のようです。
運転手さんに、地元のお菓子を手土産に持参していたのですが、お返しに、沖縄ドーナツ・サーターアンダギーをいただきました。 -
南下してやってきた本島中部・読谷村(よみたんそん)にある座喜味城跡。
高倉がお出迎え。
娘は、母の決めたルートにはあまり興味がないらしく、ここでリタイアして車内でお昼寝。 -
茅葺き屋根の下の様子。
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駐車場から出たところの広場の先、正面には幅の広い階段があり、その両側に世界遺産の石碑が見えます。
ここ読谷村は一番豊かな村だと、ドライバーさん。
そう、この座喜味城跡の東には嘉手納弾薬庫などの米軍施設があるんです。 -
階段は松林の中に続いています。座喜味城跡の城門まで琉球松の林が続き、整備された公園のようです。
入場は無料で、おまけにいつでも入場できるので、明け方や夕暮れ時に訪れたり、写真を撮影したりするには絶好のポイントだそうです。
ここで夕日を待って・・と考えもしましたが、この後は那覇まで戻らなくてはいけないので却下。 -
二の郭の城門が中央に見えています。
地面の色が、これまでの城とは違っていて赤土です。
城門の右手に張出した城壁があります。城内に攻め入ろうとする敵を横から攻撃するための工夫だそうです。 -
座喜味城の城門は、2つとも石でできたアーチ門になっています。アーチ式石門は、本土では見られず、中国から伝わったと考えられています。
アーチがかみあう中央には、アーチ門の強度を補強するために、他のグスクでは見られない「くさび石」がはめられています。 -
沖縄の世界遺産・ホームページより
鳥瞰すると細長い形をした城が多い中で、この城はバランスのよい正三角形に近い形をしています。
二つの郭は、まるで星形のような入り組んだ形に城壁が曲がりくねっています。
これには、敵から攻められにくくすることと、座喜味の土質が国頭マージと呼ばれる柔らかい赤土であったため、城壁の強度を高める目的があったのだそうです。 -
最初の城門をくぐると二の郭に入ります。
この城壁に惹かれて左手に進んでゆくと、両側を城壁に囲まれた通路のような道があります。通路の右側には見事な城壁が高くそびえています。
上の地図では、二の郭上方へ進んだ場所です。その先が、袋小路になっている武者隠しです。
座喜味城は、名将であり名築城家とも呼ばれた護佐丸が、ゼロから築き上げた琉球戦国時代の要塞として最高傑作のグスクといわれています。
護佐丸は、山田城(現在の恩納村山田)の山田按司(あじ。山田を統治していた豪族のこと)の子で、若い頃、中山(ちゅうざん)王の命令で北山(ほくざん)討伐に参加して戦果を挙げ、後に今帰仁城の監視を任されていました。
そのときに見た今帰仁城の軍事的要塞としての機能や構造を参考にして、座喜味城を築城したといわれています。 -
たぶん、突き当たりにあった石垣は、亀甲積みとも野面積みとも見える、かなり粗雑な石垣です。
座喜味城の特徴は、城壁が直線ではなく曲がりくねっていることや、敵を袋小路に追い込むための「武者隠し」など、徹底的に戦に備えた強固な軍事要塞となっていることです。
しかし皮肉なことに、護佐丸が18年余りを過ごした座喜味城は、戦をすることが一切ありませんでした。その後、護佐丸は王の命令で次の赴任先である中城城へと移り住むことになったのです。
そして、戦がなかったからこそ、一部を沖縄戦で破壊されたものの、大変保存が良い状態で、今日に残っているのです。 -
右は、一の郭側の城壁。
まるで屏風がそびえているみたい。 -
石積みに関しては一様ではなく、比較的低い部分には横方向に目地のそろった布積みが多く、一部では相方積みや野面積みなども見られます。
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武者隠しの細い通りから、二の郭を。
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二の郭。入ってきた城門が右手に見えています。
広い空間ですが平坦ではなく、右手が高く左手の城壁に近づくにつれて低く傾斜しています。 -
二の郭から一の郭に通じるアーチ門です。階段を登ってくぐるこの門も、最初の門と同じく重厚で緻密な造りです。
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アーチ門のアップ。
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一の郭。
じっくり見ることもなく、早速城壁の上からの俯瞰。
二の郭に比べると平坦な場所です。中央に建物跡の礎石が並んでいます。礎石は大きなものや小さなものがあり、あまり整然と並んでいるという感じではありません。正殿跡らしいです。
沖縄のグスク内には一般的には御嶽(ウタキ。聖地のこと)があるものですが、座喜味城には見られません。これは、戦闘のための要塞としての機能に特化したグスクであったためと考えられています。 -
城壁に登ると見晴らしがよく、周囲に山がないのでかなり遠くまで見渡すことができます。
この方向に通称「象の檻」が見えるそうなのですが、気がつきませんでした。 -
城壁の上から一の郭を俯瞰。
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城壁の上から二の郭を俯瞰。
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二の郭。
右側が武者隠しの方向です。 -
「防御の面から考えた場合、井戸が無いなどこの城の構造には疑問が多く残る。これは、北山を滅ぼしてその脅威が無くなった直後に造られたという時代背景を考えると、防御的城塞というよりはむしろシンボル的な城、山田城より貿易に有利な港に近い場所にあえて移転したことなどから、貿易管理センター的な城ということでおよそ理解できる。
実際、15世紀中頃の中国製陶磁器が最も多く出土しており、この城のある読谷の地に東南アジアの影響を受けた織物(読谷山花織)や焼き物(喜名焼)が存在していることからも、護佐丸が盛んに海外貿易を展開したことが伺える。」という記述を発見。
こちらの見方の方が頷けるところ。 -
二の郭・入口の門を内側から。
こちらのアーチの中央にも「くさび石」がはめられているのがよくわかります。
城壁の厚さなど、まるで西洋の城を思わせます。 -
骨壷はほとんど美術品レベルです。
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こんな物体も野外展示されていました。
サトウキビ絞り器? -
石臼かも。
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30分弱で道の駅かでなへ。
小雨の中、中に入り、隣接する米軍嘉手納飛行場が一望できる展望フロアへ向かいます。
こんな天気にもかかわらず、見学客で溢れていました。降り止まない雨で、皆さん屋根のある部分に固まっています。 -
展望フロアと基地の間には「安保の丘」が。ずっと以前のニュースでよく耳にした場所です。
丘というより土手っていう感じ。 -
「この場所に道の駅を作ることに意義を感じ、国や米軍とも調整を続け、道の駅を作るのに10年かかった」のだそうです。
基地に面して、防音壁とほぼ同じ高さである2階建て以上の建物を作ってはいけないという規制も交渉で乗り越えた結果、4階にあたる屋上の展望フロアからは、広大な基地内を見渡すことができます。 -
軍用機。
毎日のように戦闘機を撮影に来るマニアの方もいるのだとか。 -
日常の生活に隣り合う戦争の影を垣間見る思いです。
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展望室から下りてくる途中、大戦の頃の展示パネルを見学。
那覇に戻る途中、ふと横を見ると米軍のトラックが走っていたり、米軍宿舎を見たり・・・ニュースでしか知ることのなかった沖縄の基地の存在を身近に感じました。 -
16:25
国際通りの真ん中辺りで降ろしてもらいました。
若干駆け足でしたが、希望通りのコースを廻り、3つもの世界遺産を訪れることができて大満足の一日となりました。
ドライバーさんから聞いた話。
こちら沖縄では、「中」の字は「仲」と表す人が多いのだとか。国仲涼子さん、仲間由紀恵さんなどが有名です。仲宗根美樹さんもいましたね。
中城城跡の「中」は人べんがない方。当時の豪族に遠慮して一般庶民は「仲」の字を用いたそうです。
国際通りやその脇道を歩くこと2時間余り。
ここでの主役は娘です。
昼間の興奮と疲れでグッタリしている母を尻目に、喜々としてお目当ての品を探して歩いていました。
ホント、興味関心の方向が違うのね。 -
夕食は、国際通りから少し入ったところにある、あれんじというお店。
ここも、昨日お土産物屋のお兄さんに勧められていたところです。 -
今夜も泡盛です。
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注文は、娘にお任せ。
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二人だと少しずついろいろ食べられるのがいいですね。
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海の幸も。
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店内のようす。
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今日も歩いてホテルに到着です。
明日は観光バスで、今帰仁城跡と美ら海水族館へ行きますよ。
朝早いので、夜遊びはせず、早めの就寝です。
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