1974/08/14 - 1974/08/17
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ノスタルジアさん
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今から41年前の昭和49年7月23日から3月7日までの225日間かけて
ナホトカ航路、シベリア鉄道を往復してヨーロッパ、モロッコを
船、列車、バス、ヒッチハイクで旅しました。
高所恐怖症なので飛行機には現在まで一度も乗った事がありません。
乗り物による移動距離は60,806.8キロ、地球1.52周でした。
観光白書によると昭和49年の日本人の海外旅行者数が200万人、
平成24年度は1849万人、40年ほどで10倍近くなりました。
そんな当時の旅行の資料と写真を少しづつアップして行きます。
今回は、スイスのルツェルンで暑い暑い4日間でした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
旅行記の周辺地図
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昭和49年8月14日から28日
スイスホリディパス 2等車で15日間14,000円
ミュンヘンで次は、だんだん日が短くなる涼しい北欧を目指そうかと
思っていたが、シベリア鉄道で一緒だったスイス人から夏のスイスは
高山植物が咲き乱れ1年中で一番美しい季節だから北欧より先に行くべきだと言われたりしていたので迷ったが、結局アドバイスを受け入れた。 -
昭和49年8月14日から28日
スイスホリディパスの路線図
黒くなぞった路線を利用した。
29日からはユーレイルパスを使った。
8月14日、ミュンヘン発10時38分でチューリッヒ行きの列車に乗った。
チューリヒで乗り換えて1時間余りでルツェルンに着いた。
車窓からのスイスの農村風景は実に美しい。
時々大小の湖が見えたが逆光のせいか、美しさは感じられなかった。
それにしても今日は1日中暑かった。 -
昭和49年8月14日
ルツェルンで両替20ドルで5,700円 1スイスフラン 96.94円 -
昭和49年8月14日
ユースホステルホステルハンドバッグの凡例 -
昭和49年8月14日から3泊したルツェルンのユースホステル
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昭和49年8月14日から3泊したルツェルンのユースホステル
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昭和49年8月14日から3泊したルツェルンの
ユースホステルのスタンプ -
昭和49年8月15日
ルツェルン カペル橋で
カペル橋はルツェルンの象徴ともいえる瓦ぶきの屋根のある橋で、
14世紀初に造られた。
橋の長さは200メートル余りで直線ではなく、途中で2度折れ曲がっている。
橋の途中にある高さ43メートルの8角形をした水の塔は中世、
外敵に対する見張り台として、橋は湖水から攻めて来る船に対して
街を守る役目をはたしていた。
その後、たびたび補修されたが、姿は昔のままである。 -
昭和49年8月15日
ルツェルン カペル橋で
橋上には街の歴史を描いた110の絵馬がある。
16世紀初に描かれ、18世紀に作り直された。
橋の名カペル(礼拝堂)というのは、
北詰に聖ペトロ礼拝堂があるから。
1993年の火災により、橋の大部分と、ほとんどの絵は焼失してしまったが、すぐに再建された。 -
昭和49年8月15日
ルツェルン 瀕死のライオンの記念碑の前で
天然の岩壁に浮き彫りにされた瀕死のライオンは
フランス宮廷の親衛隊として雇われていたスイス人たちが
革命のさなか、チュイルリー宮殿でルイ16世を守り通して
戦死したのを記念したもの。
傭兵は昔からスイス人の出稼ぎの一つで忠誠心の高い事で
名高かった。
フランス革命の時、フランス兵たちは、皆革命側についたが、
スイスの傭兵たちは最後まで王の側だった。
ライオンは槍を突き立てられ、死に瀕しながらもブルボン王朝
の紋章の付いた盾を持っている構図である。 -
昭和49年8月16日
ルツェルンで両替30ドルで8,550円 1スイスフラン 96.94円 -
昭和49年8月16日
ツークの湖で湖水浴
スイスに入って3日目、毎日猛暑で喘いでいた。
そんな時ユースホステルの日本人2人と暑いから
湖に泳ぎに行こうと云う事になった。
チューリヒからルツェルンまで車窓から幾つかの大小の湖で
湖水客を見たからである。
ユースのフロントで訊くとルツェルンから28キロのツークが
お勧めだというので列車に乗って出掛けた。 -
昭和49年8月16日
ツークの湖で湖水浴
ツークの湖水浴場は入場料0.6スイスフラン60円だった。
大勢の家族連れで賑わっていた。
驚いたのは多くの白鳥も一緒で泳いでいると優雅に付いてくるのである。
中には母親が幼児を白鳥の背に乗せると白鳥は1,2メール程飛んで
子供は喜んで大はしゃぎしていた。
日本では信じられない光景である。
今から思えば湖水浴に出掛けた事は時間の無駄で失敗だった。
スイス人は山など珍しくなく暑ければ湖水浴に出掛けるのだろう。
実際、湖には旅行客は自分たち以外いなかった。
暑ければスイスだから山に行けば良かったのだった。
ルツェルンの南15キロにある雄大な眺望で有名なピラトゥス標高2,121メートルに
行けば良かったのだった。
ルツェルンの旅番組で必ずリポーターが訪ねる所である。
旅番組を見る度に3日間もいて行かなかった事を後悔している。 -
昭和49年8月14日〜16日
ミュンヘンからルツェルンまでの移動距離217.6キロ、
横浜港からルツェルンまでの移動距離12,638.4キロ
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