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2025年1月パリ旅行で、モンマルトル界隈を、懐かしく散策した。でもパリの1月は、風が大変冷たいです。<br />旅行時期を2025年1月に変更した。<br /><br /><br />(2014年12月)<br />朝、小雨の中、ホテルを9時に出発し、モンマルトル散策です。<br />今回は、ムーランルージュ前から丘に向かって上がり、途中で有名画家達が出没した辺りを巡ります。そして、最後は、サクレクール寺院正面から、パリ市内を見下ろします。<br /><br />表紙フォトは、自作油絵 ”ラ・メゾンローズ” F12号を旅の記憶に載せてます。

パリ市内散策(モンマルトル編、小雨に濡れて煙る通りも静かで良い雰囲気です。2025年1月に再びモンマルトルを散策して来ました。))

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2025/01/19 - 2025/01/19

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ムッシュ

ムッシュさん

2025年1月パリ旅行で、モンマルトル界隈を、懐かしく散策した。でもパリの1月は、風が大変冷たいです。
旅行時期を2025年1月に変更した。


(2014年12月)
朝、小雨の中、ホテルを9時に出発し、モンマルトル散策です。
今回は、ムーランルージュ前から丘に向かって上がり、途中で有名画家達が出没した辺りを巡ります。そして、最後は、サクレクール寺院正面から、パリ市内を見下ろします。

表紙フォトは、自作油絵 ”ラ・メゾンローズ” F12号を旅の記憶に載せてます。

旅行の満足度
5.0
  • メトロ Branche駅前のムーランルージュ。早朝の通勤時間帯につきネオンは有りません。ここからモンマルトルの丘に向かい散策します。(2014年12月撮影)

    メトロ Branche駅前のムーランルージュ。早朝の通勤時間帯につきネオンは有りません。ここからモンマルトルの丘に向かい散策します。(2014年12月撮影)

  • ここからモンマルトルの丘に向かって Rue Lepic通りを歩きはじめます。なだらかな坂道を登る。(2014年12月撮影)

    ここからモンマルトルの丘に向かって Rue Lepic通りを歩きはじめます。なだらかな坂道を登る。(2014年12月撮影)

  • 登り始めて、最初のcross roadに、先ずは、映画”アメリ”でお馴染みのカフェ”Café des Deux Moulins”。(2014年12月撮影)<br /> 映画ではアメリのアルバイト先でした。<br />

    登り始めて、最初のcross roadに、先ずは、映画”アメリ”でお馴染みのカフェ”Café des Deux Moulins”。(2014年12月撮影)
    映画ではアメリのアルバイト先でした。

  • 続いて、 Rue Lepic通りを道なりにカーブしながら登ってゆく。登り坂の途中にヴィンセント・ヴァン・ゴッホがアトリエを構えた家がありました。<br />1886~88年の2年間居住した。<br /><br /><br />これが説明ボード。歴史的なもの有名家屋には、こんな表示がされてます。<br />

    続いて、 Rue Lepic通りを道なりにカーブしながら登ってゆく。登り坂の途中にヴィンセント・ヴァン・ゴッホがアトリエを構えた家がありました。
    1886~88年の2年間居住した。


    これが説明ボード。歴史的なもの有名家屋には、こんな表示がされてます。

  • 元【ゴッホのアトリエ】への入口。(2014年12月撮影)<br />54 Rue Lepic 75018 Paris<br />ゴッホが弟のテオと暮らしていたアパートの扉。

    元【ゴッホのアトリエ】への入口。(2014年12月撮影)
    54 Rue Lepic 75018 Paris
    ゴッホが弟のテオと暮らしていたアパートの扉。

  • 更に坂道を昇る。<br />この路地の正面左に、ルノワールの絵で有名な「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」があります。(2014年12月撮影)<br />昔のような公園ではなく、洒落たレストランとなり、名前だけを踏襲してる。

    更に坂道を昇る。
    この路地の正面左に、ルノワールの絵で有名な「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」があります。(2014年12月撮影)
    昔のような公園ではなく、洒落たレストランとなり、名前だけを踏襲してる。

  • 現在の「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」。(2014年12月撮影)<br />レストランのようです

    現在の「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」。(2014年12月撮影)
    レストランのようです

  • ムランドラギャレットの正面。(2014年12月撮影)<br />ムーラン・ド・ラ・ギャレット:Moulin de la Galetteは、「ギャレットの風車」の名を持つダンスホールで、現在はレストランに。入口と奥の庭など当時の風車小屋の名残をとどめ、労働者や、モデルや多くの画家も集まり非常に賑わっていたらしい。ゴッホやルノワールによる「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」やロートレックやピカソの絵画、ユトリロのリトグラフなどが名画として残っている

    ムランドラギャレットの正面。(2014年12月撮影)
    ムーラン・ド・ラ・ギャレット:Moulin de la Galetteは、「ギャレットの風車」の名を持つダンスホールで、現在はレストランに。入口と奥の庭など当時の風車小屋の名残をとどめ、労働者や、モデルや多くの画家も集まり非常に賑わっていたらしい。ゴッホやルノワールによる「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」やロートレックやピカソの絵画、ユトリロのリトグラフなどが名画として残っている

  • ルノワールの作品「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」

    ルノワールの作品「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」

  • レストランを過ぎて更に進むと、ジャン=バティスト・クレマン広場にでる。(2014年12月撮影)

    レストランを過ぎて更に進むと、ジャン=バティスト・クレマン広場にでる。(2014年12月撮影)

  • 【洗濯船】の名で知られるピカソのアトリエ跡【Bateau-Lavoir】(2014年12月撮影)

    【洗濯船】の名で知られるピカソのアトリエ跡【Bateau-Lavoir】(2014年12月撮影)

  • 【アトリエ洗濯船】(2014年12月撮影)<br />ピカソや多くの画家が、集まった所。<br />洗濯船(Le Bateau-Lavoir)は、パリのモンマルトルにあった安アパートの名前。ラビナン通り13番(13 Rue Ravignan)。 1904~1909年まで、パブロ・ピカソが恋人のフェルナンド・オリビエと共にここに住んだ。アメデオ・モディリアーニら他の貧乏な画家達もここに住み、アトリエを構えた。<br />ギヨーム・アポリネール、ジャン・コクトー、アンリ・マティスらもここに出入りし、活発な芸術活動の拠点となったが、1914年以後は多くはモンパルナスなどへ移転した。<br /><br />洗濯船と名づけたのは詩人のマックス・ジャコブ。細長い長屋風な建物で、歩くとギシギシ音がして、セーヌ川に浮かんでいる洗濯用の船とそっくりであることから名づけられたらしい。(ウイキペディアより)

    【アトリエ洗濯船】(2014年12月撮影)
    ピカソや多くの画家が、集まった所。
    洗濯船(Le Bateau-Lavoir)は、パリのモンマルトルにあった安アパートの名前。ラビナン通り13番(13 Rue Ravignan)。 1904~1909年まで、パブロ・ピカソが恋人のフェルナンド・オリビエと共にここに住んだ。アメデオ・モディリアーニら他の貧乏な画家達もここに住み、アトリエを構えた。
    ギヨーム・アポリネール、ジャン・コクトー、アンリ・マティスらもここに出入りし、活発な芸術活動の拠点となったが、1914年以後は多くはモンパルナスなどへ移転した。

    洗濯船と名づけたのは詩人のマックス・ジャコブ。細長い長屋風な建物で、歩くとギシギシ音がして、セーヌ川に浮かんでいる洗濯用の船とそっくりであることから名づけられたらしい。(ウイキペディアより)

  • クレマン広場から、一端上りを止めて、ラビナン通りを少し下ります。程なく、アトリエ洗濯船(安アパートの名前。ラビナン通り13番(13 Rue Ravignan)でピカソが住んでいた歴史的場所)があります。(2014年12月撮影)

    クレマン広場から、一端上りを止めて、ラビナン通りを少し下ります。程なく、アトリエ洗濯船(安アパートの名前。ラビナン通り13番(13 Rue Ravignan)でピカソが住んでいた歴史的場所)があります。(2014年12月撮影)

  • アトリエ洗濯船の展示ウインドウ。(2014年12月撮影)

    アトリエ洗濯船の展示ウインドウ。(2014年12月撮影)

  • アトリエ洗濯船の展示ウインドウ(2014年12月撮影)

    アトリエ洗濯船の展示ウインドウ(2014年12月撮影)

  • ジャン=バティスト・クレマン広場で、→の方向に進むと、モンマルトル美術館、テルトル広場、サクレクール寺院に行ける。(2014年12月撮影)

    ジャン=バティスト・クレマン広場で、→の方向に進むと、モンマルトル美術館、テルトル広場、サクレクール寺院に行ける。(2014年12月撮影)

  • 振り返り、坂道下方を見る。

    振り返り、坂道下方を見る。

  • 「アトリエ洗濯船」を後にして、再びモンマルトルの丘を目指して上がります。左手にクレマン広場を見ながら狭い坂道を。

    「アトリエ洗濯船」を後にして、再びモンマルトルの丘を目指して上がります。左手にクレマン広場を見ながら狭い坂道を。

  • 上り切って右折すると、前方に Le Consulat Restaurant(ルコンスラ) が見える。(2014年12月撮影)<br />モンマルトルの風景フォトにしばしば出ているレストラン。<br />ここはモンマルトルでも古くからあるお店の一つで、ピカソやシスレー、ゴッホ、モネ、ロートレック等が集ったところ。ユトリロの描いた「Le Consulat」は現在ポンピドゥーセンターに収蔵されています。<br />数々の映画にも登場して、ウッディ・アレンの「世界中がI Love You」に出た。かつての絵描きたちを思いながら一息つくのにいいかも知れません。

    上り切って右折すると、前方に Le Consulat Restaurant(ルコンスラ) が見える。(2014年12月撮影)
    モンマルトルの風景フォトにしばしば出ているレストラン。
    ここはモンマルトルでも古くからあるお店の一つで、ピカソやシスレー、ゴッホ、モネ、ロートレック等が集ったところ。ユトリロの描いた「Le Consulat」は現在ポンピドゥーセンターに収蔵されています。
    数々の映画にも登場して、ウッディ・アレンの「世界中がI Love You」に出た。かつての絵描きたちを思いながら一息つくのにいいかも知れません。

  • ルコンスラの向かい側には 【La Bonne Franquette】レストラン。(2014年12月撮影)<br />18 Rue Saint-Rustique 75018 Paris, フランス<br />+33 1 42 52 02 42<br />http://www.labonnefranquette.com/   フランス料理店<br /><br />創業は1890年。<br />ゴッホをはじめピサロやシスレー、ロートレック、ルノワール、モネ、セザンヌ、など名だたるアーチストが集った場所。昔の名前はラ・ガンゲットといったそうです。<br />ゴッホはこの店の庭をラ・ガンゲットという名の絵画に残し、ルノワールもまた舟遊び仲間の昼食会 という名の絵を描いています。<br /><br />この坂を左方に下ると、la maison rose があります。

    ルコンスラの向かい側には 【La Bonne Franquette】レストラン。(2014年12月撮影)
    18 Rue Saint-Rustique 75018 Paris, フランス
    +33 1 42 52 02 42
    http://www.labonnefranquette.com/   フランス料理店

    創業は1890年。
    ゴッホをはじめピサロやシスレー、ロートレック、ルノワール、モネ、セザンヌ、など名だたるアーチストが集った場所。昔の名前はラ・ガンゲットといったそうです。
    ゴッホはこの店の庭をラ・ガンゲットという名の絵画に残し、ルノワールもまた舟遊び仲間の昼食会 という名の絵を描いています。

    この坂を左方に下ると、la maison rose があります。

  • ゴッホ関連<br />【カフェ・レストラン“オーヴェルジュ・ド・ラ・ボンヌ・フランケット”】(2014年12月撮影)<br />右はサクレクール寺院へ、左は下りでラ・メゾンローズやラパンアジルへ。

    ゴッホ関連
    【カフェ・レストラン“オーヴェルジュ・ド・ラ・ボンヌ・フランケット”】(2014年12月撮影)
    右はサクレクール寺院へ、左は下りでラ・メゾンローズやラパンアジルへ。

  • 坂道をすこし下ると、「ラ・メゾン・ローズ(la maison rose)」が見えて来ました。(2014年12月撮影)<br />ブルヴォワール通り:Rue de l&#39;Abreuvoiと、ソル通り:Rue des Saulesの角にユトリロの絵にも登場する、今は可愛らしいピンク色の建物のラ・メゾン・ローズ:?La Maison Rose?がある。<br />当時、ルノアールやピサロがこの辺りに住み、モディリアーニやピカソ、マチスにアポリネールなどの貧乏芸術家たちがたむろしていた様です<br />

    坂道をすこし下ると、「ラ・メゾン・ローズ(la maison rose)」が見えて来ました。(2014年12月撮影)
    ブルヴォワール通り:Rue de l'Abreuvoiと、ソル通り:Rue des Saulesの角にユトリロの絵にも登場する、今は可愛らしいピンク色の建物のラ・メゾン・ローズ:?La Maison Rose?がある。
    当時、ルノアールやピサロがこの辺りに住み、モディリアーニやピカソ、マチスにアポリネールなどの貧乏芸術家たちがたむろしていた様です

  • モンマルトルの坂道をランニングしてる人<br />

    モンマルトルの坂道をランニングしてる人

  • 「ラ・メゾン・ローズ(la maison rose)」(2014年12月撮影)<br />ピンクの可愛い外観ですが、ユトリロが描いたころはもっと白っぽい感じでした。 このレストランを描いた絵は今はオランジュリーにあります。 <br />

    「ラ・メゾン・ローズ(la maison rose)」(2014年12月撮影)
    ピンクの可愛い外観ですが、ユトリロが描いたころはもっと白っぽい感じでした。 このレストランを描いた絵は今はオランジュリーにあります。

  • ラ・メゾン・ローズ(la maison rose)(2014年12月撮影)<br />ブルヴォワール通り:Rue de l&#39;Abreuvoiと、ソル通り:Rue des Saulesの角にユトリロの絵にも登場する、今は可愛らしいピンク色の建物のラ・メゾン・ローズ:?La Maison Rose?ががある。当時、ルノアールやピサロがこの辺りに住み、モディリアーニやピカソ、マチスにアポリネールなどの貧乏芸術家たちがたむろしていた様です<br />

    ラ・メゾン・ローズ(la maison rose)(2014年12月撮影)
    ブルヴォワール通り:Rue de l'Abreuvoiと、ソル通り:Rue des Saulesの角にユトリロの絵にも登場する、今は可愛らしいピンク色の建物のラ・メゾン・ローズ:?La Maison Rose?ががある。当時、ルノアールやピサロがこの辺りに住み、モディリアーニやピカソ、マチスにアポリネールなどの貧乏芸術家たちがたむろしていた様です

  • ラ・メゾン・ローズ(la maison rose)前の坂道。<br />

    ラ・メゾン・ローズ(la maison rose)前の坂道。

  • ラ・メゾン・ローズ(la maison rose)(2014年12月撮影)<br />

    ラ・メゾン・ローズ(la maison rose)(2014年12月撮影)

  • ラ・メゾン・ローズ(la maison rose)(2014年12月撮影)<br /><br />この道路を下って、次のクロスにラ・パン・アジルがあります。

    ラ・メゾン・ローズ(la maison rose)(2014年12月撮影)

    この道路を下って、次のクロスにラ・パン・アジルがあります。

  • cafeのラ・メゾン・ローズ(La Maison Rose)です。(2025・1月撮影)<br />店はclose.<br />壁の色も少し褪せているようです<br />

    cafeのラ・メゾン・ローズ(La Maison Rose)です。(2025・1月撮影)
    店はclose.
    壁の色も少し褪せているようです

  • これは、自作の「ラ・メゾン・ローズ」油彩 F12号を、旅の記憶に描いた作品。

    これは、自作の「ラ・メゾン・ローズ」油彩 F12号を、旅の記憶に描いた作品。

  • 更に、坂を下ると、「オ・ラパン・アジル」に到着。(2014年12月撮影)<br />シャンソン酒場「ラパン・アジル」。夜はにぎやかなことでしょう。

    更に、坂を下ると、「オ・ラパン・アジル」に到着。(2014年12月撮影)
    シャンソン酒場「ラパン・アジル」。夜はにぎやかなことでしょう。

  • オ・ラパン・アジル(2014年12月撮影)

    オ・ラパン・アジル(2014年12月撮影)

  • オ・ラパン・アジル(2014年12月撮影)<br />.『キャバレ・Au Lapin Agile、オ・ラパン・アジル』<br />常連の画家アンドレ・ジルが手鍋を飛び越すウサギの絵を描いた。このお店の常連だったピカソは食事代として道化師(アルカカン)を描いた絵を置いていったらしい。アポリヌール、プールボ、マックス・ジャコブも足繁く通ったという。ア・ラパン・アジルは、ピカソ、モディリアニ、ユトリロが描き止めた。

    オ・ラパン・アジル(2014年12月撮影)
    .『キャバレ・Au Lapin Agile、オ・ラパン・アジル』
    常連の画家アンドレ・ジルが手鍋を飛び越すウサギの絵を描いた。このお店の常連だったピカソは食事代として道化師(アルカカン)を描いた絵を置いていったらしい。アポリヌール、プールボ、マックス・ジャコブも足繁く通ったという。ア・ラパン・アジルは、ピカソ、モディリアニ、ユトリロが描き止めた。

  • オ・ラパン・アジル(2014年12月撮影)<br />(意訳=跳ねるウサギ。建物2階右壁にウサギの絵がある)

    オ・ラパン・アジル(2014年12月撮影)
    (意訳=跳ねるウサギ。建物2階右壁にウサギの絵がある)

  • cafe・パブのラパン・アジル(LAPIN/AGILLE)です。(2025・1月撮影)<br />壁の色もピンク統一ですね。店のサインが白色に変わってる。

    cafe・パブのラパン・アジル(LAPIN/AGILLE)です。(2025・1月撮影)
    壁の色もピンク統一ですね。店のサインが白色に変わってる。

  • cafe・パブのラパン・アジルです。(2025・1月撮影)<br />正面の道は、シスレーも描いている

    cafe・パブのラパン・アジルです。(2025・1月撮影)
    正面の道は、シスレーも描いている

  • モンマルトル北面のブドウ園(2014年12月撮影)<br />左サン・ヴァンサン通りと右ソル通りに面する角地。<br />ラパン・アジルの四つ角にモンマルトル葡萄園がある。モンマルトルの丘の唯一の葡萄園。<br />当時は、ブドウ園でワインを作り、モンマルトル麓の酒場に供給していたとか。

    モンマルトル北面のブドウ園(2014年12月撮影)
    左サン・ヴァンサン通りと右ソル通りに面する角地。
    ラパン・アジルの四つ角にモンマルトル葡萄園がある。モンマルトルの丘の唯一の葡萄園。
    当時は、ブドウ園でワインを作り、モンマルトル麓の酒場に供給していたとか。

  • 葡萄園をサン・ヴァンサン通り沿いに歩き、次の角を右折。モンスニー通りです。<br />モンスニー通りの階段を上がり、再びモンマルトルの丘に向かう。<br />階段を上り切って、下方を見る。<br />これが、サクレクールに向かうモンスニーの石段です。

    葡萄園をサン・ヴァンサン通り沿いに歩き、次の角を右折。モンスニー通りです。
    モンスニー通りの階段を上がり、再びモンマルトルの丘に向かう。
    階段を上り切って、下方を見る。
    これが、サクレクールに向かうモンスニーの石段です。

  • サクレクール寺院が後方に小さく見えてきた。前方のデカイ塔は、貯水塔。<br />そのまま直進するとテルトル広場に向かう。

    サクレクール寺院が後方に小さく見えてきた。前方のデカイ塔は、貯水塔。
    そのまま直進するとテルトル広場に向かう。

  • テルトル広場です。(2014年12月撮影)<br />雨の午前10時頃ですが、人が居ません。12月は寒いものね。

    テルトル広場です。(2014年12月撮影)
    雨の午前10時頃ですが、人が居ません。12月は寒いものね。

  • テルトル広場。画家のおじさん一人。準備中です。(2014年12月撮影)<br />それでは、サクレクール寺院の方に向かいます。

    テルトル広場。画家のおじさん一人。準備中です。(2014年12月撮影)
    それでは、サクレクール寺院の方に向かいます。

  • 画家の広場、テルトル広場です。(2025・1月撮影)<br />画家も、観光客も大勢です

    画家の広場、テルトル広場です。(2025・1月撮影)
    画家も、観光客も大勢です

  • お土産ショップの先に、サクレクール寺院が見えてます。(2014年12月撮影)

    お土産ショップの先に、サクレクール寺院が見えてます。(2014年12月撮影)

  • サクレクール寺院(2014年12月撮影)

    サクレクール寺院(2014年12月撮影)

  • サクレクール寺院正面よりパリ市内の遠展望。(2014年12月撮影)<br />寒い日の雨の午前中、観光客もまだ見えません。出会ったのは数人です。<br /><br />それでは、この辺でモンマルトルを離れ、ピガール広場経由で、ギュスターブ・モロー美術館、オルセー美術館に向かいます。

    サクレクール寺院正面よりパリ市内の遠展望。(2014年12月撮影)
    寒い日の雨の午前中、観光客もまだ見えません。出会ったのは数人です。

    それでは、この辺でモンマルトルを離れ、ピガール広場経由で、ギュスターブ・モロー美術館、オルセー美術館に向かいます。

  • ケーブルを降りて、見上げるサクレクール寺院(2025年1月撮影)

    ケーブルを降りて、見上げるサクレクール寺院(2025年1月撮影)

  • サクレクール寺院の正面より(2025・1月撮影)<br /> ロマネスク・ビザンチン様式の複雑な建築様式に驚かされる。高さ83mの印象的なドームからは、周囲360°を見渡すことができる。一目でそれとわかるドームは、直径16メートル、高さ55メートル

    サクレクール寺院の正面より(2025・1月撮影)
    ロマネスク・ビザンチン様式の複雑な建築様式に驚かされる。高さ83mの印象的なドームからは、周囲360°を見渡すことができる。一目でそれとわかるドームは、直径16メートル、高さ55メートル

  • サクレクール寺院の正面より、パリ市内の展望です。(2025・1月撮影)

    サクレクール寺院の正面より、パリ市内の展望です。(2025・1月撮影)

  • サクレクール寺院の正面より(2025・1月撮影)

    サクレクール寺院の正面より(2025・1月撮影)

  • モンマルトル寺院の内部・裏側(2025・1月撮影)<br />栄光のキリストのモザイク」と呼ばれるこのモザイク画は、鮮やかで深みのある色彩を見せている。復活したキリストは黄金の心を現し、中に入る人の目を引く。<br />これから、荘厳な儀式が始まる様です

    モンマルトル寺院の内部・裏側(2025・1月撮影)
    栄光のキリストのモザイク」と呼ばれるこのモザイク画は、鮮やかで深みのある色彩を見せている。復活したキリストは黄金の心を現し、中に入る人の目を引く。
    これから、荘厳な儀式が始まる様です

  • モンマルトル寺院の院内(2025・1月撮影)

    モンマルトル寺院の院内(2025・1月撮影)

  • モンマルトル寺院の裏側(2025・1月撮影)

    モンマルトル寺院の裏側(2025・1月撮影)

  • モンマルトル寺院の鐘楼?(2025・1月撮影)

    モンマルトル寺院の鐘楼?(2025・1月撮影)

  • ケーブルを降りて、上部を望むとサクレクール寺院でス。

    ケーブルを降りて、上部を望むとサクレクール寺院でス。

  • モンマルトル美術館の入口です(2025・1月撮影)

    モンマルトル美術館の入口です(2025・1月撮影)

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