2014/06/20 - 2014/06/20
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junemayさん
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個人旅行は何度も経験済みですが、海外の一人旅は久々。友人からフランスのトゥールーズから1時間位の距離にあるロット川のクルーズに誘われたのをきっかけに、その前後にイタリア、スペインを旅しようと計画したのが今回のたび。どこを歩くかは余り深く考えないで、大雑把な計画と宿泊先だけを決めていざ出陣です。スーツケースをなるべく持たなくて良いよう、駅近の安いホテルにこだわりました。ガイドブックも必要な分だけコピーして、途中で捨てられるよう準備。衣類も最低限に抑えたつもりでしたが、旅行中毎日快晴に恵まれたため、結果的には無駄な衣類が随分と出ました。昼はともかく、夜一人でレストランに入る勇気がないため、簡易クッカーを購入。スーパーで購入した食料で自炊もしました。好きな場所に好きなだけいたいという希望が叶った1ヶ月のたびとなりました。
日程表
6月3日(火) 羽田→フランクフルト→ベネチア
6月4日(水) ベネチア
6月5日(木) ベネチア
6月6日(金) ベネチア→フレンツェ
6月7日(土) フィレンツェ→シエナ→サンジミニャーノ→フィレンツェ
6月8日(日) フィレンツェ
6月9日(月) フィレンツェ
6月10日(火) フィレンツェ→ルッカ→ピサ→ラスペチア
6月11日(水) ラスペチア→チンクエテッレ→ラスペチア→ポルトベーネレ→ラスペチア
6月12日(木) ラスペチア→サンレモ
6月13日(金) サンレモ→ベンティミッリヤ→サンレモ
6月14日(土) サンレモ→ニース→トゥールーズ
6月15日(日) トゥールーズ→アルビ→コルドシュルシエル→アルビ近郊
6月16日(月) アルビ近郊→カオール→船旅開始(Le Lot)
6月17日(火) 船中泊(Le Lot)
6月18日(水) 船中泊(Le Lot)
6月19日(木) 船中泊(Le Lot)
6月20日(金) 船中泊(Le Lot)
6月21日(土) ラロックデザルクス→フィジャック→ロカマドール
6月22日(日) ロカマドール→フィジャック→カオール
6月23日(月) カオール→トゥールーズ→フィゲレス
6月24日(火) フィゲレス→カダケス→フィゲレス
6月25日(水) フィゲレス→ファルサ→プボル→ジローナ→フィゲレス
6月26日(木) フィゲレス→バルセロナ
6月27日(金) バルセロナ
6月28日(土) バルセロナ→モンセラ→バルセロナ
6月29日(日) バルセロナ
6月30日(月) バルセロナ→フランクフルト→
7月1日(火) →羽田
今朝、ツアーの仲間のうちHさん母子、Nちゃんがボートを離れ、パリに旅立ちました。残ったのは、3人のフランス人、Kちゃんと私だけ。Nちゃんと仲が良かったPatriciaはこの日一日涙ぐんでいました。本当に急に寂しくなりました。Eric達はあと3日間クルーズを続けますが、私は明日フィジャックへ、Kちゃんは明後日、留学先のモンペリエにそれぞれ出発します。今日はやることもなく、のんびり休養日。当初カオールまで戻ることを考えていたのですが、私の重たいスーツケースは日曜日までに宿泊先のカオールのホテルに運んでもらえることになったので、今晩泊まる場所は、カオールからフィジャックへ行くバスの通り道沿いなら、どこでもOKとなりました。
そこで白羽の矢がたったのが、ラロックデザルクス。カオールからわずか3kmの地点ですが、丘の上の教会がとても印象的な小さな町。朝、ブージエを出発したボートは、一路ラロックデザルクスを目指します。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- その他
- 交通手段
- 船 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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今日も水門をいくつかくぐって、ゆったりのボート・クルーズが続きます。
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ロット川は、美しいのだけれど、5日目ともなれば、いくら気がつかない私でも色々と目に付きます。たとえば、ボートから出る排水・・・台所で使った水はそのままロット川に排出。洗剤を使っているんですよ。「使うな!」という指示もなし。タンク式の水洗トイレはどういう構造になっているのか、いまいちわからなかったけれど、これもポットンなのでしょうか?
川面をよくよく見ると、穏やかな淵の部分には白い泡が沢山浮かんでいたりします。
環境を汚したくない者としては複雑だなあ・・・こんなことしていて、本当に大丈夫なんだろうか・・・なんてね。 -
お昼ごろラロックデザルクスに到着。岸辺にあるピクニックスペースでパスタ・カルボナーラのランチです。
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ボートから見える町の教会、なんとフィジャックに行くバスは、あの教会のまん前に止まるんですって!これなら、乗り遅れることもなさそうです。
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わずかばかりの岸辺では、町の人達がテントを組み立てるのに余念がありません。明日6月21日はフランスでは「音楽の日」la Fête de la Musique。毎年夏至の日に行われていて、今年でなんと32回目を迎えるのだそうです。パリ祭は知っていたけれど、夏至の日に行われるこの「音楽の日」は初耳でした。
この日は、国の至るところで様々な音楽、クラシック、ロック、ジャズ、レゲエ、ボサノバ、それこそ何でもござれだそうです。ライブもあればCD、DVDもあるそうですが、会場となるのは、全ての町や村。小さな人口500人のこの町も例外ではありません。 -
食後、フランス人3人は、水着に着替え、気持ち良さそうに泳ぎだして、フランス式ヴァカンスを満喫しておりましたが、う〜ん・・・ちょっとこの川で泳ぐ気にはなれない気分でした。3人の泳ぐ姿を日陰でひたすら見物。
うーん。ものすごく暑いけれど、意を決して町歩きに参りましょう。 -
町歩きは、現在総児童数38名の小学校の校門からスタート。門扉のデザインがなんとも楽しくて想像力をかきたてる作品になっていますね。
この辺りではローマ時代から人の定住が見られ、ローマ人がカオールまで引いた水道施設および橋を維持管理するため、12世紀頃町が作られたようです。町名の一部Arcsは水道橋が3連のアーチ式だったことによります。ラロックはこの町の領主の名前です。
橋自体は1370年に、イギリス軍に利用されるのを防ぐ為に取り壊されています。というのも、その頃、フランスとイギリスは百年戦争の真っ最中。1360年頃はイギリスが現フランス領土の半分以上を占領していた時代でした。 -
世界史はすっかり忘却のかなたなので、少し調べてみました。
百年戦争は、フランスの王位継承をめぐるイギリスとフランスの戦いで、1339年のイギリスによる宣戦布告から1453年のボルドー陥落までの約120年間戦われました。
世継ぎなく亡くなったシャルル4世の従兄弟(フランス)と甥(イギリス)の間の戦い。いわば親戚同士の争いは、初めイギリス側が優位に進め、先ほど書きましたが、1360年にはフランスの領土の半分以上をイギリス軍が占領していました。その後、ジャンヌ・ダルクの活躍によりイギリス軍が形勢不利となり、結局イギリス軍はカレー以外の領土を失って終わるのですが、なぜこんなことを書いたかと言うと、今回旅したロット川沿いの地域だけでも、その頃に建てられた「イギリス人の城」というのが数箇所残っているからなんです。
チャペル・サン・ロック という矢印があるので、こちらに行って見ましょう。 -
街道を行く旅人や物資を運ぶ人から通行税を取り立てるために建てられた塔が残っていました。入口も窓もない、ただの四角い塔ですが、ロット川からは良く見えました。
税の取立ては1305年に法律が出来るまで行われたそうです。それにしても、それからすでに700年以上たっているのに、いまだに健在とは! ご立派! -
塔を過ぎて暫く行くと、ほら、丘の上にチャベル・サン・ロックが見えてきました。
注目すべきは、チャベルが建っているオーバーハングした岩の中に見える城壁のようなもの。これがイギリス人が作った城です。写真は撮りませんでしたが、ブージエにあったのも、天然の石灰岩の一部をレンガでふさいだ、同じ形式の簡単な城もどきでした。百年戦争は、とにかく長かったので、こういう自然の岩を利用して、手っ取り早く陣地を確保したのでしょうね。
残念ながら、足場が悪くて、これ以上近づくことが出来ませんでした。 -
サン・ロック礼拝堂を目指して、丘を登ってきました。ここから見るロット川の流れは、満々と水を湛え、まさに平和そのものです。
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丘の上のチャペル・サン・ロックと、その下にイギリス人の城の一部がここからも見えますね。
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チャペル・サン・ロックはかなり古い建物に見えますが、1850年に再建されたものだそうです。本当に見晴らしの良い、特等席に鎮座しています。
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扉は施錠してあったので、鍵穴から中を窺いました。中はがらんとしていて、祭壇と聖人ロックの像以外は何もありませんでした。長年使われていない様子です。いや、祭壇の前に供えられたお花は最近のもののようです。
聖ロックは、ペストに対する守護聖人とされたことから、古くから崇敬の対象となってきたそうです。絵画や肖像では、裂傷を負った脚を見せて立ち、傍らにはパンをくわえた犬が描かれていることが多いとか。 それで、この像も傷のある左足を見せているんですね。あっパンをくわえた犬もいますね。 -
村の特等席から見た、ラロックデザルクスの町です。まだ数百m歩いただけなのに、こんな展望が望めるなんて、ラッキーです。船旅がなければ、絶対に来ることがなかったフランスの片田舎の町。大勢の人でごった返すサン・シル・ラポピーより、観光客など一人もいないこの町のほうが、親愛の情を持って眺めることが出来たような気がしました。
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引き続き、景色を独り占めです。30℃をとうに超えた午後のラロックデザルクスの町です。
この右手をずっと行った方に、ラロック家の城 Le château de Polminhacもあったそうですが、気がつきませんでした。私有地で、一般には公開されていないようです。 -
丘を下りて来ました。もう少し奥へ歩いていこうかな・・・と思いましたが、何にもなさそうなので、途中から戻りました。もう少し歩いていれば、お城が発見できたのにと今悔やんでいます。
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だいぶ傷んだレンガ造りの古い建物。何に使われていたのかなあ・・・
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前の写真の建物の正面はこんな具合。半分はトンネルになっていて、その下を道路が延びていました。
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どんなにゆっくりと歩いても、30分かからずに一周できてしまうくらいの町です。
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この道も、思わず上っていきたくなるような道です。あの曲がった先に何があるのか・・・
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町の教会は、以前墓地に建っていた古い教会を取り壊し、前の幹線道路の工事にあわせて、1850年に建てられました。先ほど行ったサン・ロック礼拝堂の再建と同じ頃ですね。
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係留地前へと戻ってきました。バス停かな?と思って覗いた看板が面白かったので1枚。
カオール3km、パリ575kmはわかるけれど、その次がなぜニューヨーク? -
この日は金曜日。仕事を終えたEricの友人達が家族連れでやってきて、夜はまたまたバーベキューとなりました。昼間使ったピクニック・テーブルを独占して、大酒盛りが続きました。というわけで、夜はともかく、昼間ゆっくり過ごせたので、明日からの一人旅後半に向けて、良い骨休めが出来ました。
大勢でしゃべりながら食べる食事は本当に美味しいです。船旅自体が初めてでしたが、旅の仲間のお陰で、そして現地の人達がいる心強さから、安心して初めてのロット川クルーズを終えることが出来、感謝で一杯です。 -
で、あくる土曜日朝8時35分、大勢の仲間に見送られて、リュック一つという軽装で、ラロックデザルクスから再び一人旅に戻りました。
教会の前に、カオールからのバスが無事時間通り到着。キスとハグを繰り返した後に、5日間の船旅終了です。 -
バスからの写真は、例によって例のごとく、ろくなものが写っていませんでした。これは、ラロックデザルクスの隣町辺りの教会です。
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そして、数少ないバスの乗客が急に立ち上がり、一斉にカメラを向けたのは、やはり、あの美しいサン・シル・ラポピーの町でした。
無様な写真ですが、通路の反対側に移る暇もないほど、あっという間に町は通り過ぎていきました。朝日の中で、今日も町は神秘的に輝いて見えました。
続きは、イタリア、フランス、スペイン勝手気ままな町歩きのたび その47 フィジャック(1)で。
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