2001/05/11 - 2001/05/28
1773位(同エリア7014件中)
愛吉さん
旅行記イタリア追想2001の続篇です。
今回はシエナからアルベロベロ迄の旅で、途中ローマ、ナポリを通過します。
13年前の旅でフィルムからスキャンし、デジタル化した写真で構成しています。
風景その他、現在とは違っているかも知れません。
表紙はローマ、トレビーの泉
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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5月16日
朝フィレンチェを発ち、トスカーナを代表する古都シエナに到着しました。
中世には、フィレンチェと覇を競った都市国家の一つで、今尚中世の面影を残しています。
通りの向うに天上の建物と云われるドウオーモの鐘楼が見えて来ました。 -
シエナのドウオーモ
全て大理石で出来ています。 -
市役所とマンジャの塔。
昔は宮殿でした。 -
マンジャの塔に登ります。
向うにドウオーモが見えます。 -
足元に広がるガンボ広場。
ガンボとは世界一美しいの意味です。
奥に見えるのは、フォンテガイア。 -
5月16日午後は、アッシジです。
この地に生まれ又埋葬された聖フランチェスコの功績を讃え、1253年に完成したのがこのサン・フランチェスコ聖堂で、今尚多くの巡礼者を集めます。
内陣には、フランチェスコの生涯を描いた多くのフレスコ画で飾られますが、1997年の地震で破損し、ようやく復元出来た直後でした。
従い屋内での写真撮影は禁止されて居ます。
今夜はアッシジ泊まりです。 -
5月17日 ローマに到着しました。
昼食迄の150分簡単なローマ見物をし、午後テルミニ駅からユーロスターでバーリーに向います。
ローマは帰途2泊して半日をバチカン美術館の見学、その後ほぼ1日フリータイムでしたが、ここに纏めてアップします。
先ずコロッセオ。 -
デリ・アンジェリ教会
ミケランジェロが遺跡を教会に造り直した教会。 -
フォロ・ロマーノ。
シーザーが暗殺された元老院も残り、古代ローマが息吹ます。 -
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カンピドリオ広場へのコルドナータ。
ミケランジェロが遺跡の上に造った広場。
登るにつれて景観が変わり、躍動感溢れる広場として有名です。 -
カンピドリオ広場
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正面に建つ市役所の入口。
遺跡の上に建ち、地下2階はそのまま利用しています。 -
真実の口
ローマの休日の真似をします。 -
チルコ・マツシモ。
ローマ時代、戦車競技が行われた場所。
映画ベンハーの戦車競技はここが舞台でした。 -
スペイン階段と教会。
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スペイン階段からの眺め。
正面はコンドデッティー通り。 -
コンドデッティー通りに在るカフェグレコ。
1760年開業、ゲーテ、バイロン、スタンダール等の有名人が訪れました。
日本の皇太子殿下もイギリス留学中に訪れサインを残し、それが壁に展示されて居ました。 -
私達も立寄り、記念にコースターを持ち帰りました。
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サンタンジェロ城
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トレビの泉
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ヴァチカン美術館の入場券。
朝一番に行きましたが、2時間ほど並びました。 -
ヴァチカンのピエタ像。
ミケランジェロの最高傑作です。
ミケランジェロによると、聖女は年を取らないそうで、20代の女性のままです。 -
5月17日夕刻、アルベロベロに到着。
ホテルに現地御土産屋のイタリヤ人と結婚した日本女性が待っており、一緒に歩きながら彼女の店に向います。 -
円錐形に自然石を積み上げた独特の屋根を持つ白い家が続きます。
トゥルッリと呼ばれますが、どうしてこうなったかは、色々な説が有り正解は不明です。 -
家に灯が入りました、ホテルに戻りましょう。
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5月18日 マテーラに到着。
岩盤の傾斜地に幾重にも層を成して密集する洞窟住居。サッシと呼ばれます。
石器時代から人が住み始め、20世紀に入ると急激な人口増加により住環境が悪化、幼児の死亡率が高まった為、1950年以降政府が近くに集合住宅を建設、強制的に移住させた結果無人の地となりました。
調査によると教会が150、住居が3000戸、移住した人数1万5千人だそうです。
現在は世界遺産に登録されて居ます。 -
先ずは展望台から眺めます。
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坂を下り、住居跡を見て回ります。 大きな家、小さな家、色々あります、又教会には多くの壁画が残っています。
中には天井が抜け落ちた家も在りました。
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5月18日 ソレントに泊まります。
ホテルのテラスからの眺め。 -
5月19日 カプリ島に向います。
ソレント港からは蒸気船。 -
カプリ島が見えて来ました。
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青の洞門の手前で手漕ぎボートに乗換ます。
入口が小さいので、波の収まるのを待ち、船頭の合図で乗客は後ろに寝転んで頭を低くし一気に突入します。 -
青の洞門の内部です、インクブルーの水の色、手を入れると青色に染まりそうです。
全員感嘆の声を上げます。でも滞在時間は5分程。 -
次は小型バスに乗換、島の頂上を目指します。
細い断崖の道を、かなりのスピードで走り、手に力が入ります。
頂上からの眺めは、ご覧の如く絶景です。 -
カプリ島の住宅価格は、東京並みだそうです。
世界のセレブが集まりますからね。 -
カプリからナポリに戻って来ました、今日はナポリ泊りです。
夕食までフリータイム、先ずサンタルチア港の展望台。
ナポリを見て死ねと言わしめた展望台、向うにベスビオ火山が煙を上げ、手前に港が広がる雄大な眺めです。
これで安心して死ねます。 -
港の入口にある卵城。
その後考古学博物館を訪ね、明日行くポンペイの出土品を事前勉強します。 -
5月20日 ポンペイ見学です。
ポンペイは西暦79年8月24日午後1時頃、ベスビオス火山の大噴火による降灰と火砕流により埋没したローマの余暇地で、当時の人口は約2万人、犠牲者は2千人を数えます。
発掘は18世紀に開始されましたが、地中保存の為一部手付かずで残されて居ます。
尚石膏で型どりした遺体も展示されて居ました。 -
フォロ、市民が集まる広場。
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大邸宅、モザイクもあります。
尚参考までに当時の日本は、未だ弥生式土器時代、卑弥呼誕生の300年前の出来事です。 -
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パンやの址
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鳥のくちばしから水が出る仕組みに成っています。
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アポロンの神殿
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円形競技場
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今夜はローマ泊です。
明日は1日ローマ見物、明後日日本に帰ります。
お読み頂き有難う御座いました。
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