2014/10/26 - 2014/10/26
213位(同エリア363件中)
ひま人さん
「由良の門を渡る舟人かちを絶え ゆくへも知らぬ恋の道かな」 百人一首に「由良の門」として詠われた丹後由良は、青く広がる日本海を前にして白い浜が広がる景勝の地です。また『山椒大夫』の安寿姫と厨子王の物語を伝える伝説の地でもあります。今回は、西舞鶴駅からローカル列車・北近畿タンゴ鉄道(KTR)に乗車して、沿線風景を楽しみながら由良川鉄橋を渡りました。西隣の栗田(くんだ)には海軍航空隊の基地が置かれましたが、いま跡地は京都府立海洋高校などに変貌して平和な風景を保っています。そして栗田半島の獅子崎稲荷神社「雪舟観」は、室町時代の山水画家・雪舟が、国宝「天橋立図」を画いた所と伝えられています。伝説や画題、そして負の歴史にも彩られた丹後由良周辺を散策しました。
写真は舞鶴市田辺城資料館。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 観光バス JRローカル 私鉄 徒歩
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舞鶴市田辺資料館。田辺城大手門(復元)。
近世の幕開けとなった天正8年(1580年)、丹後国は細川藤孝、忠興親子の領国となります。細川氏は、現在の伊佐津川と高野川に囲まれた平野部に田辺城を築きました。これ以後、田辺城は細川・京極・牧野氏の居城として約290年間、領内統治の中心的存在でした。明治6年(1873年)田辺城は廃城とされ、本丸付近は現在舞鶴公園となっています。 -
資料館内部の「細川幽斎(藤孝)像」
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田辺城彰古館(しょうこかん)、昭和15年建設。館内には、市指定文化財「糸井文庫」の錦絵資料から「酒呑童子」「安寿と厨子王」「浦島太郎」などの資料を展示しています。
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田辺城天守台跡。
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北近畿タンゴ鉄道(KTR)の前身は国鉄宮津線で、地元住民の熱望を受け、大正13年(1924年)4月に西舞鶴駅ー宮津駅間が開通、大正14年11月には「宮津線」として網野駅までが全線開通しました。昭和7年(1932年)には豊岡まで延伸されました。国鉄の経営悪化に伴い、昭和57年に第三セクター宮福鉄道株式会社が設立され、JR宮津線を引き継いで平成元年「北近畿タンゴ鉄道」として新たに発足しました。
西舞鶴駅。停車中の車両は国鉄時代のジィーゼル車です。 -
西舞鶴駅で乗車した一両のジィーゼル車。三つ目の「栗田駅」で降車しました。
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丹後神埼駅から丹後由良駅間の由良川鉄橋は、全長551m、川面からの高さわずか6mという日本一水面に接した鉄橋です。残念ながら車内からの撮影で水面と鉄橋の間隔が見えません。
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降車した「栗田駅」。
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栗田駅舎。
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元海軍航空隊基地跡には京都府立海洋高校となっています。
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京都府立海洋高校の門柱は、元海軍航空隊時代の門柱を利用しています。
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旧海軍航空隊時代の滑走路跡。栗田湾の海上よりこの滑走路に着陸したそうです。
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奈具海岸に建つ「森鴎外文学碑」。森鴎外の小説「山椒太夫」の安寿姫と厨子王の舞台となったところです。
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獅子崎稲荷神社参道の鳥居。
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獅子崎稲荷神社の参道を登った小高い所が、雪舟観といわれ、ここから見た天橋立を雪舟が画いています。
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雪舟「国宝・天橋立図」。この絵は京都国立博物館に9月13日にオープンした「平成知新館」(常設展示間)で実物を見ることが出来ます。
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