2014/10/03 - 2014/10/06
825位(同エリア4055件中)
アーサーさん
一寸ロシアのことが知りたくて モスクワに3泊、サンクトペテルブルクに4泊して、それからバルト海周辺のロシアと関係が深い フィンランドとタリンにも足を延ばして 旅してきました。これは「ロシアはどうなっているのだろう?」https://ssl.4travel.jp/tcs/t/editalbum/edit/10939060/の続編です。
ロシアの極東側の隣国日本は ヨーロッパ側の歴史や関係をあまり知らないなぁと思いました。その駆け足旅行記です。
表紙の写真はタリン市聖オレフ教会の塔から旧市街を撮ったものです。プロテスタントとロシア正教の両方の教会が見えました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 船 徒歩
- 航空会社
- アエロフロート・ロシア航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
(8)10月3日(金)
①
今日も 今回のロシアで最期の朝食をしっかり食べ、
地下鉄駅「プローシャチ・レーニナ」に隣接するフィンランド駅に向かう。 -
②
昨日 確認しておいたように フィンランド行の超特急783番に乗るところは、駅の左側の別の入口。
狭い 臨時的な駅舎だが 実質的な出国手続きの場所になる為か、警備は厳しい。
カウンターでパスポートのチェックを受ける。それから化粧品などの狭い免税店が続く。
写真は その駅舎の出入り口。 -
③
最終 セキュリティを抜けて 列車に乗り込むのを待っている間に セキュリティエリア側を写す。 -
④
超特急783番の列車。あまり乗車する人はみかけず。 -
⑤
ホーム越しに見える在来線の列車に ドアの所で煙草を吸う人を見かける。ロシアの人は喫煙率がまだ高いと思う。
超特急783番は 予定通り 11時25分出発。(ヘルシンキまで3時間半の旅) -
⑥
ヘルシンキまでの停車駅は7つで、内ロシア側は一駅のみ。 -
⑦
車内の様子。ガラ空き。 -
⑧
座席横に 電源コンセントも準備されていた。 -
⑨
湖水の自然豊かなエリアを通る。
女性の出国管理係官が回ってきて、機械的にパスポートに出国印を押し、出国カードを回収する。
出国の為か 係官に緊張は全くない。 -
⑩
ロシア最後の駅。
記念にロシア国旗を写す。 -
⑪
ロシア、フィンランド共に 木材の産出エリアなのか 一杯木材を積んだ列車をよく見かける。 -
⑫
フィンランド領内に入ると、農耕エリアが散見され始め、 -
⑬
風景は結構 豊かそう。
ロシアでは刈り取った跡しか見なかったのに。 -
⑭
昼食代わりに サンクトペテルブルグの地下鉄駅近くで買っておいた 野菜入りのパン(27ルーブル)を食べる。
後ほど 見学がてらに食堂車にも行ってみたが、本格的レストラン風で満席。 -
⑮
男性のフィンランド側の入国管理係員が回って来て、パスポートを出す。英語で入国目的と滞在ホテルを質問されただけで スムーズに入国印を押してくれる。
写真の立っている黒い制服の男性が係員。腰に銃は持っていたが。 -
⑯
フィンランドの駅
見かける人達の服装とか駅の表示デザインとかが 何かすっきりしている。
ヨーロッパに入ったという気がして来る。 -
⑰
街並みも 都市計画の為か すっきりしていて 全体にロシアとは異なる。 -
⑱
ヘルシンキに近づくにつれ それは顕著になる。
生活の豊かさを感じる。
帰国して、調べると 2013年のデーターで 一人当たりGDP
フィンランド 49,000ドル 日本38,500ドル ロシア14,600ドル
フィンランドは人口530万人。日本の感覚では 少ない人数。 -
⑲
列車は 時差が1時間あり、定刻14時に ヘルシンキ中央駅に着いた。
写真は783番列車の先頭部分。 -
⑳
駅近くの予約していたScandic Simonkentt・ ホテルまで歩いて行った。
駅前は 駅自体が改造工事中で少しすっきりとはしていなかった。
写真はホテルの玄関。
スムーズにチェックイン。 -
21)
ホテルは少し古いが 部屋は充分広く 木の材料を多用していて アットホームのくつろぎを感じた。 -
22)
早速 港のマーケット広場近くの 観光案内所に出かける。
途中 道を間違えたが 親切な女性に的確に修正・案内され 時間は30分程掛かったが、15時過ぎに案内所に着く。
案内所の女性も 非常に親切で 片言日本語混じりで対応してくれる。
まず 予約しておいた 「ヘルシンキカード」を受け取り、即時に有効化して貰う。次に 明日のオーディオツアーの予約を頼んだが、受付時間外で 明日10時に再度来るように言われる。また明後日に予定している タリン行きの船についても 時間外で明日のこととなる。それから アラビア工場のアウトレットの行き方を教えて貰い、トラムでそこに向かう。 -
23)
写真は 乗車したトラム。
「歩き方」が勧めていたように まずトラムで市内主要部分周回を経験し、街の概略を掴んだ方が 後々便利かもしれない。
トラムの乗り方は簡単だが 最初に乗った時は 間違いなくアラビア工場に行くのかどうか不安だった。(途中で時間調整の為か 長く停車することがあり、女性の運転手に尋ねて、間違ってないか確認した。) -
24)
それで着いた アラビア工場。一帯の大きな敷地 工場群。
写真はその一角のショップ部分。 -
25)
2階に上がって、ブランド別になった店を見て回る。
遅い時間で 客はあまり居なかった。
商品は わざわざフィンランドまで来て買うものではなしと ちょっと買えなかった。
最期に 日本人客が多く居た店で 記念にムーミンの皿を2枚買った。
(後で空港などの通常販売店で確認したら アウトレット店の為 約半分の価格で購入できていた。) -
26)
それから 中心部に戻り、日本食のレストラン「連」に行く。
写真のように 小さな店で トラムを降りて 探して行かないと行きつかない。
(トラムをを降りた通りの一つ後ろ側の通り。)
中に入ると
映画「かもめ食堂」のように 一人の若い日本人女性がいた。 -
27)
お客は60%位は日本人。
安心して にぎりに お茶に -
28)
ブタの生姜焼き定食と一杯注文した。合計30ユーロ。
特段 美味くはないが 気分は日本に帰ったよう。
女性にも好感が持てた。がんばれよ! と心の中で応援して店を出た。 -
29)
帰途 ヘルシンキは 勝手に安心できる街との感じがして ホテルに戻った。
写真は 夜のヘルシンキの大通り。
ヘルシンキ市の人口、56万人。東京都と比較して人口密度43%。
久し振りに 風呂に入って ゆっくり眠った。 -
(9)10月4日(土)
①
ホテルの朝食も 普通に美味い。 -
②
食後 歩いて 街の中心部にある「元老院広場」に出かける。
広場の中央にはロシア皇帝のアレクサンダー2世の立像があった。
(後方は「ヘルシンキ大聖堂」)
小国フィンランドは 当時の大国 デンマーク、そして隣国スウェーデンに後進国として侵略され、更にロシアに支配されて抵抗した歴史を持つのに ロシア皇帝の像が残るのは ちょっと不思議だった。
後で ウィキペディアで調べると 「開明的な啓蒙君主であったロシア皇帝アレクサンドル2世の下、「自由の時代」を謳歌し、フィンランド人の民族的基礎が着々と築かれていった。今でもフィンランド人はアレクサンドル2世を敬愛しており、」と書かれていて 納得。 -
③
「ヘルシンキ大聖堂」側から 広場を見渡す。 -
④
大聖堂の内部は 新教プロテスタントの教会らしく 簡素。 -
⑤
それから 10時のオープンを待って 観光案内所に行き、予約等をする。
オーディオバスツアーは 午前の部は満席で 午後の部で確保。
明日のタリン行の乗船切符は予約。手配手数料を若干だが取られた。
(残念ながら 土、日運行分にヘルシンキカード割引は使用できないとのこと。)
それで 予定が空いた午前中に「スオメンリンナの要塞」を行こうと フェリー乗り場に向かう。
近くの「マーケット広場」にも 土曜日の為か 店舗がオープンし始める。 -
⑥
市営フェーリの船着き場から丁度フェリーが出航するところで 乗船できず。
岸壁で 煙草を吹かして見送り、近くの丘の上の「ウスペンスキー寺院」へ向かう。 -
⑦
丘の上の寺院。ロシア正教の建物らしく 玉ねぎ型の屋根トップ。 -
⑧
教会の内部にもイコンの掲示。
内部には観光客が多かった。
後で調べたら フィンランドの 現在のロシア正教の信者比率は1%位。 -
⑨
「ウスペンスキー寺院」からヘルシンキ大聖堂」側を写す。 -
⑩
1時間足らずの待ち時間で 次のフェリーに乗る。
ヘルシンキカード利用。 -
⑪
約15分の乗船で 世界遺産「スオメンリンナの要塞」の島に着く。
写真は島からヘルシンキ方面を写す。対岸が見える近さ。 -
⑫
島の城壁の中は紅葉で満杯。 -
⑬
午後のバスツアーの予約もしていたので、最初の島のみを見学する。
この島々の要塞は 1808年から1929年の間 ロシアの海軍基地として 使用されたとか。 -
⑭
日本語の案内パンフレットもあり、日本の「茶室」もあるらしいかったが
残念ながら またの機会とする。 -
⑮
島の景観美が広がる。
飛び抜けた観光ポイントは見当たらなそうだが 歴史も含め 全体に上手く観光地化している。
市の中心から 20分の手軽さも含め、成功事例と言えよう。
日本でも 見習うところ多し。 -
⑯
島には住民も 普通に併存していて、公園で島の子供達の遊ぶ姿が見えた。 -
⑯
博物館・レストラン・売店等の色んな施設も整備されていて 係り員もフレンドリー。
案内所の公衆トイレも すっきりしたデザインで豊かさを感じる。 -
⑰
着岸してくる帰りのフェリー。
中国人旅行者も多い。
帰りのフェリーの中で 横に座った幼児連れの 若い中国人夫婦も 個人旅行で身なりが垢抜けしていて とっても豊かそう。 -
⑱
フェリーから ヘルシンキの岸壁を写す。
「ヘルシンキ大聖堂」「ウスペンスキー寺院」も両立して見え、スウェーデンのストックホルムとを結ぶ大型フェリーも見える。 -
⑲
それから 大分露店の出店も増え 観光客も増えた マーケットを見て ツアーバスの乗り場に向かう。
露店で小物を買おうとしたが、ユーローで換算するとちょっと手が出ない。食べ物のテントも 席の空いていそうな店は 間が悪くて注文できず。 -
⑳
直ぐ横の 目抜き通り「ボホヨイスエスプラナーデ通り」。綺麗な通り。
球状に仕立てた 花付の街路樹に気付き 写真を撮る。
この右角に お世話になった観光案内所があった。 -
21)
エスプラナーデ公園のこの写真を撮った手前が ツアーバスの待合場所。
20分位遅れてバスは来た。
この手前 公園内に 昔からの「いわれ」のあるレストランがあり、多くの人が利用していた。 -
22)
乗車したツアー用の大型バス。ヘルシンキカードで利用。女性のツアー添乗員一名。
バスは ゆったり満席の乗客で埋められる。 -
23)
座席前には 個別の日本語のオーディオガイドもあり。
(ただ 便利だが機械的な案内で印象に残りにくい。) -
24)
バスは市内近郊を2時間近くかけて回ってくれる。
だいたいヘルシンキの概要は分かる。
冬季には この海も氷結するとか。午前中訪ねた「スオメンリンナの要塞」の島にも歩いて行けるそうだ。 -
25)
かって栄えた造船ドッグ跡。
これから 産業遺跡として再開発するそうだ。 -
26)
そして 「作曲家シベリウスを記念した公園」
バスはここだけ下車観光。 -
27)
1952年のヘルシンキオリンピックの会場。
(そんなに大規模ではない。日本の古い県営スポーツセンターの感じ。)
ロシア革命後、フィンランドも 独立後に赤軍と白軍との内戦、第2次世界大戦と戦乱の時代を過ごした。特に第2次世界大戦はドイツと共にソ連と戦った時もあり、敗戦国として多額の賠償を負担させられたとか。
そんな小国 フィンランドで 敗戦後7年少しで よくオリンピックが開催できたなぁと不思議に思っていた。
あの時代 オリンピック開催は ショービジネス化したり、国力誇示の為でなく 開催することに意味があったのかなぁと思った、勿論 フィンランドの底力の労苦もあったであろうが。 -
28)
現代的な建築「ヘルシンキ・ミュージックセンター」(日本人も設計に関与したとか。)等を見て。 -
28)
そして 写真の改装中の中央駅前広場に回り、それから 出発地に戻った。 -
29)
解散後、ボホヨイスエスプラナーデ通りのイッタラの店でトイレを借りた。(無料)
ロシアと較べ 敗戦国だったのに現在のフィンランドの豊かさ 安らぎをまざまざと感じた。
生活の中のデザインと調和が心を豊かなものにする。 -
30)
それから 駅前のアテネウム美術館に寄る。
工事中だが 一階は正面から入館できた。
2階、3階は警備員に止められて入場できず。(理由不明。) -
31)
一階の左側部分だけしか見れなかった。右側はカフェ? -
32)
フランスのルオー? -
33)
モディリアーニ?
セザンヌ、ゴーギャン と有名作家の絵がいくつかあった。 -
34)
それから 現代美術館「キアズマ」に行くが 改装工事中で入場できず。
騎乗の像は 今もフィンランド国民の尊敬を集める「マンネルヘイム元帥・大統領」。
ソ連との難しい関係を切り抜け、フィンランド独立、繁栄の基礎を築いた人物らしい。
(後日ゆっくり調べてみようと思った。) -
35)
美術館の横の道。表面が茶色に色分けされたところが 自転車の為の道路。
慣れていないので 歩道と勘違いして歩いていて 自転車が横を通り過ぎやっと気付くことが数度あった。日本人観光客は要注意。
左側の建物はフィンランド国会議事堂。 -
36)
それから 駅に戻り、明後日の空港行きのバス乗り場と時間を確認し、2番のトラムで「テンペリアウキオ教会」に行く。
(本日午後の観光ツアーバスでは 教会で何かイベントがあるらしく通過していた。)
写真はトラム降り場から教会入口に向かう道。 -
37)
中に入ると
自然の岩を残して 採光を考慮した それ程大きくない教会。
不思議な感覚。(自然信仰の時代に戻ったよう。) -
38)
出来上がったものを見れば どうと言うことは無いとも言えるが やはり世界から見に来るだけのことはある。デザインの創造の力だろうか?
音楽会も開かれているそうだが納得。
写真は二階から祭壇側を写す。 -
39)
それから トラムで街の中心に戻り、高級百貨店「ストックマン」に入る。
確かに品揃えは凄いが、日本の百貨店を見てきたものには 想像の範囲。
時間も無かったので 細かくは見ていないが 目新しいものは無かった。 -
40)
マリメッコのブランド店とか家具のデザイン店とか目には付いたが、価格も高い。 -
41)
最期に百貨店内の系列のスーパーも覗いた。広くて 閉店間際で客も一杯いたが 対面販売の店員が不足し、一顧客としては 対応に不満が残った。
結局 サンドイッチ2個等を買って帰る。1個4.5ユーロー
写真はホテルの自室で食べたサンドイッチ。 -
41)
帰り道 見かけた路上パフォーマンスのグループ。 -
42)
ホテルに帰り、地下のサウナ室に行く。サウナエリアに係りの人も居ず、無人でちょっと不気味。
最初は一人だったが 後で二名入ってくる。一人はスウェーデン、もう一人はオランダ人みたいだった。
裸でサウナに入ると 自然に饒舌になることを体験。サウナ自体は日本と変わりが無く、むしろ日本の温泉併設の方がゆったりと出来ると思った。
その晩 サウナで暖まりよく眠った。
写真は静かな三階居室部分の廊下。いつも朝の食堂は一杯だったので 客数の多さに驚く。 -
(10)10月5日(日)
①
私の泊まったホテルの朝食営業時間は 土曜日、日曜日、平日と異なっていた。
平日は6時半からだが、日曜日は8時からと遅くなっていた。 働く人のことを考えた時間設定にしているのだろうか。合理的と言えばそうだが。
おいしく たっぷり食べて 今日はエストニアのタリンへ。 -
②
私の予約したフェリーは市の南西 ランシ・ターミナルから出航するために9番のトラムに乗る。
行きが10時半出航12時半タリン着 帰りが16時半出航18時半ヘルシンキ着の予定で
実質タリン滞在時間は3時間半の短い時間。
(まぁ バルト3国の一角に 瞬間触れただけの旅になることは分かっていたが、朝7時出航の便だと ホテルを6時前に出なければならないし、帰りの便を一本遅らすと ホテル帰着が22時を超えてしまい 帰国準備の用意が出来ないと思い 諦めた。)
日曜の朝だが トラムには予想以上の人が乗ってくる。 -
③
トラム内の表示に このエリアの天気情報が現れていた。気温は9度位らしい。
トラムに始めて乗った日 ヘルシンキ中央駅で 突然男女の係員が乗ってきて、検札を開始した。私の前に座った老人に近い不健康そうな男性が無賃乗車らしくて 摘発を受けた。機械的処理のように 係員はどこかに電話で連絡して 日本の交通違反の切符を切るようにして 紙片を渡して立ち去った。男性はフィンランド語で泣き言らしきことを言い続ける。私を含めて周囲は無視。居心地の悪さに固まる。結構キツイ フィンランドの現実。 -
④
トラムの終着駅で降りて、ターミナルに入る。2階にタリン行の受付カウンターがあった。
予約券と乗船券を交換して、乗船改札の列に並ぶ。
荷物検査の記憶は無いが 国内線飛行機の搭乗と同じ感じ。
写真は広い受付カウンターエリア。 -
⑤
改札後 大きなターミナルで 成田空港並みに 乗船ゲートまで ターミナル内を歩かされる。 -
⑥
やっと フェリーが見えて来て、(予想していたより大型。)乗船ブリッジに至る。 -
⑦
乗船した客は 手馴れたように 航行時間二時間を過ごすベストポジションを目指す。
私は 様子が分からないので 取りあえず上部甲板に行き、喫煙所でホッとして煙草を吹かす。
直ぐに 船は 予定の10時半より 少し早く出航。30分前には乗船手続きを終了して下さいと観光案内所の人に言われていたが 成程と納得。
途中に案内掲示があり、概略レイアウトは分かる。
6階から9階が乗客の居室部分で 6階に免税店もあるみたい。 -
⑧
船が動き出すと 甲板は風が強いので 下に降りる。
途中出会った、ダックスフンド?
人なつっこかったが、カメラを向けたら 嫌がってか 下を向いてしまった。 -
⑨
子供専用遊び場。 -
⑩
化粧品の免税店。 -
⑪
お酒などの免税店。スーパーの陳列方法。
免税店は タリンに着く時は 商品が売れず、ヘルシンキに着く時に 当然だが売れる。 -
⑫
船の前方客室部分は複数階に渡って 吹き抜けになっていて、前方にステージがあり ディスクジョッキーらしき人が何かをやっていた。 -
⑬
豪華客船もどきを演出して それなりに旅を楽しませる趣向。
食べ物関係は 各種が揃い モールの食堂街のよう。 -
⑭
1人旅で 下手に座れば 飲み物などを注文しなければならなくなると思い、プラプラ船内を歩き見つけた 免税品店横の一角。ここで 居眠り。 -
⑮
見えてきた タリンの街。 -
⑯
同じEUで入国手続きは無し。
同じく長いターミナルを 人の流れに沿ってひたすら歩く。
写真は着岸したDターミナル。 次のヘルシンキ行の乗船車両がたくさん見えた。
大きな海上物流ルート。両国間の近さと太い結びつきを実感。 -
⑰
滞在時間が限られているので まず高くて目立つ 聖オレフ教会を目指す。 -
⑱
16世紀から17世紀の約100年の間 落雷で焼け落ちる前 この教会は建物として世界一の高さ(159M)を誇ったとか。確かに灯台代わりにはなったであろう。現在の高さは塔の先端まで124M。 -
⑲
教会の内部は プロテスタントらしく 説教の続きを信者が熱心に耳を傾けていた。 -
⑳
ちょっと 迷ったが 2ユーロ払って 塔の上に登ることにする。
これは きつかった。約60Mの垂直高低差。
一人分の回り階段の幅スペースしかないないところを 急角度で登り、降りする。
たまたま 降りてくる人が少なくて 交叉が稀だったので助かった。
息を切らし 登って見渡すと 満足すべき光景。海側を写す。
先程着岸したDターミナルが 結構遠くに見える。 -
21)新市街が向こうに広がる。タリンは思いのほか大きな都市。
人口約40万人。人口密度はヘルシンキと同じくらいで、東京都の半分以下。
ここは バルト海に面したフィンランド湾の南の出口に位置する都市。
湾の最深部の都市サンクトペテルブルクまで 平坦な道で約400キロ。高速道路ならば 4時間の距離。 -
22)
南に 旧市街、その小高い丘に城壁に囲まれた一角が見える。 -
23)
せめて 塔の見える辺りまで と思い 塔を降りて 歩き出す。 -
24)
城壁をくぐり。 -
25)
城壁沿いの 絵描きさんの絵を見て、 -
26)
最初の塔の教会「アレクサンドル・ネフスキー聖堂」が 坂の上に見えてくる。 -
27)
ロシア正教らしい 玉ねぎ状のトップと
入口上に掲げられた絵 -
28)
教会内では それなりの信者の祈る姿を見る。
タリンはロシア人の比率がまだ高いことを感じる。
(後日調べたら37%位らしい。) -
29)
教会前の広場では 何かの市民集会が 穏やかに開かれていた。
警備の警官の車両は見かけたが 緊張感は無し。
この後ろ ピンクのところが「トームベア城」(今は政府機関が入っているとか。)らしかったが 集会に近付き過ぎるのを恐れて見逃す。 -
30)
それから 更に登って
ルター派の「聖母マリア大聖堂」へ。
何か催しが行われているらしく 入口で丁寧に入場を断られる。 -
31)
結構大きな教会。 -
32)
それから 狭い路地を通っていたら 偶然 「コフトゥの展望台」が現われ 眺望が見事に広がる。
先程 登った「聖オレフ教会」が見える。
時計を見たら3時に近い。残念だがこれ以上は進めない。今回の旅は ここから日本に引き返すことにする。
その記念に 展望台の横のお土産物店で「鍋つかみ」を買った。 -
33)
更に横のカフェの看板を見たら クロワッサンとコーヒーのセットが3.5ユーロ(安い。) お腹も空いたので 入ることにする。 -
34)
店内の装飾も 個性的で 清潔。
エストニアは一人当たりGNPが約19千ドルと統計上はロシアの1.3倍ぐらいだが、物価を考慮すれば もっと差がありそう。生活の豊かを実感。 -
35)
写真は 先ほど記念に買った鍋つかみ と美味しかったコ−ヒ。 -
36)
帰途 出会ったもう一つの展望台からの眺め。
旧市街下町方向と背後の新市街。 -
37)
城壁と塔に別れを告げ -
38)
雰囲気のある坂道を降りる。 -
39)
絵になる風景が続く。 -
40)
途中で 木製のフライパン返しを購入したところ。 -
41)
それから
旧市街の中心 ラエコヤ広場の旧市庁舎の所に出て -
42)
広場には オープンカフェが広がり 楽しそうだが 立ち寄る時間が無く 通り過ぎる。 -
43)
何かの歴史遺産の「壁片」が展示されている通りを抜け、 -
44)
昔の市街への陸路の正門だった「ヴィル門」から港に向かう。
門の外には花屋さんが 何故か軒を連ねていた。 -
45)
写真は 港の近くの 市の観光紹介看板?
この近くで 大型スーパーを行くとき見かけていたので 帰りに寄ろうと考えていたが 時間が無く果たせず。 -
46)
やっと戻ってきた Dターミナル。
切符のバーコードの読み取りチェックのみで乗船開始。 -
47)
殆んどの客が キャスター付のスーツケース等を引き 話に聞く 戦後の買い出し部隊みたいな格好で乗船する。 -
48)
帰りの船は 来た時の船とは違っていた。
乗船して 甲板の喫煙所で煙草を吸っていたら 船は直ぐに動き始めた。 -
49)
タリンの旧市街は 道が複雑で 迷い易かった。(私がタリンの観光情報を充分に持ってないことも理由だが。)
また 現地で寄りたいところも予想以上に増え、滞在時間も限られていた中で、スマフォのMAPS.MEはその威力を充分に果たしてくれた。この道具が無ければ、タリンの旅の楽しさも半滅したであろうと思う。感謝。 -
50)
写真は遠ざかって行くタリン。
「ウィキペディア」によれば
1980年代後半、ソ連の崩壊の兆しとともに独立の気運が高まり、1988年、タリン近郊の「歌の原」に約30万人(当時エストニア全土の人口は約150万人)が集い、ソ連により禁止されていたエストニアの民謡などを歌う事件があった。これによりますます独立の気運は高まり、1989年にはタリン、リガ、ヴィリニュスのバルト三国の3都市を「人間の鎖」で結ぶ運動に100万人が参加した。1991年に独立を達成。このことからエストニアの独立は「歌による革命」とも言われることがある。
「人間の鎖」は 当時のテレビの画像で見た記憶がある。その発端になったタリンの歌による抵抗。今もエストニアの豊かさはロシアの人々に伝わり、底流で大きな流れとなっている気がした。 -
51)
短い滞在経験だが
タリンが見どころの多い街であることは分かった。
いつか ゆっくり バルト三国を巡っても良いかなぁと思った。
フィンランドと異なり、NATO加盟国の選択もしている。
小国だが地政学的にも重要な国々 面白い国々。
航跡を見ながら そんなことを思った。 -
52)
船内は8階、9階とベッド部屋になっている部屋が多く、1人で行き場がない。
半分間違えて ビュッフェに入り、料金を払って食事をとる。27ユーロ。 -
53)
見かける周りの席の フィンランド人も良く食べる。私も負けずに食べるが敵わない。食材は安いものが多い。 -
54)
フィンランド人はデザートも食べる量が凄い。
ただ 果物関係はなかった。 -
55)
食後覗いた 船内のスーパーでも 彼らは 酒類を中心にまだ買う。ケースで買う人を含めてレジが長蛇の列。さっき キャスターで船に運び込んだのは何なの?と思うほど。
船内は無税ということで理解出来るが 結局 エストニアとフィンランドとの物価の差があるとしか考えられない。
大量の買いこんだ商品と共に 下船して行く人を見ると ここで生きるのも大変という気がして来る。
下船口に 銃を持った兵士が3名ほどいたが 通関のチェックは無し。 -
56)
タリンからの帰りの船のあと 乗車したトラムは満席で大量の持ち込んだ商品で満杯。中年の女性の横に私は立ったが 残念ながらロシアのように 席を替わってはくれなかった。
写真は帰ってきたホテルの玄関。周りの商店のショーウインドウに赤々と光はついているが 店内は無人。
考え方の差なのは分かるが、これも空しい。 -
57)
ホテルの部屋にある 水のボトルの価格は5ユーロー。観光地の売店で約1ユーロ、スーパーではもっと安い。
日本でもそうかもしれないが、コストを無視した 取れるところで取る考えの強さに 辟易とはする。
部屋で私は水道水を飲んだが、やっぱり引っかかるものはあった。
写真は ホテルの煙草喫煙所。風が当たって 寒かった。健康に害するものを吸うのだから 自己責任と 言うより 社会から排除すべきとこと。この福祉国家も私が生きるには厳しそう。 -
(11)10月6日(月)
①
早朝6時半より少し前に食堂を開けてくれて チェックアウトも瞬時に終了して、駅前6時50分発の空港行バスに乗車できた。
最期にヘルシンキカードの割引適用を受けて、満足。
この大型バスの運転手さんも 女性。トラムの運転手さんも女性が殆んどだった。
フィンランドで 女性が普通に社会進出しているのは よく見かけた。
写真は 今日もしっかり 急いで食べた朝食。(みかんはポケットに入れたが。) -
②
空港に着いて、国際線のカウンターに行ったが、搭乗予定のエアロフロートのカウンターが見当たらない。どこにあるのか係りの人に尋ねたら、FINAIRのカウンターを指さす。
その方向に歩き、カウンターの前の女性に再度尋ねたら、自動チェックイン機を説明してくれる。
写真はFINAIRが運営する共通荷物預かり所。 -
③
よく分からなかったが その女性が私を自動チェエクイン機に案内して パスポ-トを出して 画面を日本語表示に切り替えるように教えてくれる。そこからは日本語の画面指示に従って簡単。
写真はその航空会社共通のチェエクイン機周辺。後方は荷物預かりカウンター。 -
④
発行された搭乗レシートを持って 直ぐ近くの手荷物預けカウンターの列に並ぶ。
すごく スムーズで速い。カウンターの男性係り員も親切。
新システムを経験すると 現在世界の標準になっている 航空会社別のチェックインの不合理性を感じる。
(但し 新しい仕組みに乗客が慣れるまでは大変だろうが。)
写真は下2枚が モスクワ行きと成田行きの搭乗券、上1枚が成田までの荷物預かり証。 -
⑤
それから いつものように セキュリティを通り、出国手続きをして 免税割戻しカウンターへ。
カウンターは ちょっと分かり難い所にあったが 案内カウンターで尋ねたら 直ぐ横にあった。割戻手続きは簡単な質問で即処理。手際良い処理。(少額だが 帰国して数日後にクレジットカードに返金が記録されていた。)
写真はちょっと分かり難い 割戻手続きのカウンター、この両替え所の後ろ。 -
⑥
国際線の場合、私は何かあるといけないので いつも 飛行機出発2時間前には行っているが、ここではスムーズな処理で 搭乗待合所で約1時間の待ち時間が発生。
待合所も最初ガラガラに開いていたが 搭乗15分位前から 多くの乗客が姿を見せる。スムーズで安定した手続きだと 乗客も時間を有効に使える。
搭乗カウンターの係り員は男性1名で対応。
ホテルを含めて 朝から 男性の応対者は 荷物カウンターの人と、出国係官とこの男性だけ、あとは すべて女性。この国では男は何をしているのかと 暇に任せて思った。
(後で知ったが、フィンランドには 男性に徴兵制が残っていて、女性は志願制だそうだ。) -
⑦
フィンランドが人口530万人の小国で 大きな国から痛められ続けてきた歴史を持ちながら、日本より高い一人当たりGNPを生み出し、豊かな国であることは十分に分かった。人口減少に直面する日本には参考になるであろう福祉国家であることは理解できた。(隣国旧ソ連・ロシアへの理性的な対応も参考になるだろう。)
ただ その効率化等には 努力と痛みも伴っているだろうことも何となく想像できた。
更に これからフィンランドは移民の流入の問題をどう解決して行くのだろうか。
(現在は問題が顕在化していないそうに 見えたが。)
待合所を出ながらそんなことを考えた。
バスで搭乗機に案内され 見上げれば 「FINNAIR」の機体表示。
委託運行か 共同運航は知らないが ここまでロシアの経済は組み込まれているのかと驚く。まぁ相互に経済的メリットがあるのだろうが。 -
⑧
飛行機は定刻9時25分より 少し遅れ離陸。
乗客は満席近く、ロシア人以外にアメリカ人等が半分乗っていた。
殆んどが ビジネス関係の乗客みたい。
写真は提供された簡単な朝食。 -
⑨
1時間40分位の飛行で モスクワの郊外が見えてくる。
少し 曇っている。 -
⑩
12時05分 モスクワにまた戻ってきた。(時差1時間あり。)
トランスファーのカウンターでエアロフロートのチェックを受け、 何故か 意味のない、横の入国チェックみたいな係官の形式的なチェックを受け 搭乗の待合エリアに入る。 -
⑪
成田行きのSU260便が出発するのは20時。8時間弱の待ち時間がある。
計画中 八時間近くもあれば 再入国して モスクワをもっと見るプランもあったが、交通費等とロシア旅行の特殊性(リスク)を吹きこまれていたので諦めていた。地下鉄の券も2枚残っていて 結果的に不可能では無かったと思ったが 後の祭り。
それで 後悔しながら 時間が経つのを ただ待つ。
写真は私が時間を潰した空港搭乗待合室。 -
⑫
空港待合エリアでは喫煙エリアが見当たらない。清掃の小母さんにジェスチャーで煙草の喫煙を示したが、冷たく「ニッヤト。(無い。)」の後に 更に何か小言を言われている感じ。(館内英語放送で「連邦法により禁止されている。」とか流れているのを 後で気付いた。)
写真のように カラスの壁面の外 地上では ロシア人が煙草を吸っている姿を見かけ、恨めしく思う。
見るともなく 清掃の小母さんの動きを目にしていたら 表面金属製の柱を丁寧に磨き上げている。出来具合も確認しながらゆっくりと。実にゆっくりと。そこに監督の女性もやってくる。
東京駅の新幹線乗降プラットフォーム 清掃の女性グループの無駄の無い動きを思い出していた。あれは神業に近いと思った記憶がある。(新幹線の定時発着の縁の下の力持ち。)
どちらが良いのか 判断できないが 日本人なら 手垢が付きやすい 柱の構造、材質 改良を考慮して 全員参加型の清掃マニュアルを決めるだろう。 ここは相変わらずノルマの世界かと 煙草を吸えない腹立ちで思った。
ただ 日本人の勤勉性は 現在は誇るべきものだが これが維持できるかどうかの自信もなかった。 -
⑬
時間つぶしに 空港内のショップも見て回ったが、買うべきものは無い。
唯一期待した 免税の煙草も売っていない。(ヘルシンキ空港にも見当たらなかった。)
残っていた約100ルーブルを利用して 空港内の自販機で水ボトルを買おうとしたが 故障中。
写真は仕方が無いので ユーロを使い 売店で買った水のボトル。6ユーロ?
価格は定かな記憶ではないが、自販機価格100ルーブルよりは高かった。足元を見たボッタくり商法。
写真のもう一つの食品は 空港中探して もう一台あった自販機に 残ったルーブルの硬貨全てを投入して機械が認識した 70ルーブルで買ったワッフル。
なんか まともな信用のおける商売をしていないと 最後まで思った。 -
⑭
電源コンセントも見当たらず スマフォを見続けるわけにもいかず、夕方になり腹も少し減ったので 食堂を探す。10ユーロー以下で探すが 中々ない。
日本にもある フランス系の「PAUL」が出店していたので そこで半額になっていたサラダパックを購入した。 -
⑮
10ユーロ以下でゲットして 納得して 店のオープンカフェで食べた。
実際 ロシアの外食マーケットには 外資が一杯進出していた。
その他の分野にも、外資の資本進出が見られたが 私には工業資本の進出は見られなかった。実際は日本資本の自動車組み立て工場もあるらしいが。
ロシアは狩猟民族の色合いを濃く残しているなぁとの思いが強い。
気候の所為か 農耕の度合いが少ない。
考えてみれば石油資源業も林業も 自然に働きかけて 自然から直接搾取する色合いが強い。農耕の持つ健全性、勤勉性が余り育たなかったのではないかと思った。
ロシアは 農奴制から「社会主義体制」に変わり、健全な自作農を育成する時代が無かったなぁと考えた。
工業資本も 外資が進出して来て その競争力の無さから 市場経済から弾き飛ばされている。
ただ消費市場と資源と軍事力だけの国と言えば言い過ぎだろうか。サラダを食べながら そんなことを思った。 -
⑯
去年の秋訪ねた 旧東側の国は 各種問題があるが 勢いが有った。今回のかっての支配地フィンランドも、エストニアも 第1次産業、第2次産業、第3次産業、第4次産業がバランスよく成長している。そして 各国はどんどんロシア的なものを嫌い、離れて行っている。 取り残されたロシアは 気候風土は激変できないように彷徨っている。
今回 問題になった ウクライナは ロシアにとって 歴史的にも 地理的にも 色々あっても兄弟国のようなもの。ロシアと較べ温厚な気候の為 「ヨーロッパの穀倉」として農業も発達し、ソ連時代には軍需工業も発展したとか。そのウクライナが離反して去って行くのは ロシアにとっては かなり耐え難いこと。
中国とは 中ソ蜜月時代に戻ったように振る舞っているが、数百年に渡る モンゴル民族による支配、圧力を忘れたわけではないだろう。ロシアの民衆は西ヨーロッパを憧れても 中国は憧れていないことは今回の旅でもはっきりした。敵の敵は味方のロジックはいつまでもは続かない。戦術的には採用しても戦略的には採用できない。
ロシアの孤立感は深い。
そんなことを グタグタ考えていたら やっと定刻20時の 成田行きのSU260便の搭乗時間となった。 -
⑰
飛行機には ロシア人が多く、来た時よりも機内は満席に近い客。
相変わらず アテンダントはロシア人だけで 日本語の機内放送も下手な日本語。
ただ 少ない人数でよくやっている気はした。少なくともロシア国内の既得権に守られた職種の人達の動きとは格段の差。
ロシアにもゆっくりとだが 「開かれた国」になり、交流する中で 新しい勤労観を模索する人達が育っているのかと思った。
写真は夕食に出された機内食。腹も減っていたが 結構美味い。 -
⑱
少しは まどろんだが、熟睡はできない。
窓の覆いを開けたら 東の空が明け始める気配。黎明の時。
ロシアで「キリスト教正教会」が復権しているところを多くで見た。同じキリスト教の聖書の教えの元に、交流する中で 信者レベルで影響しあって行く動きも予想できそうに思えた。100年近い宗教抑圧の中で 生き残ってきたパワーは大きいものがあるはず。
その意味で ロシアの混迷は続くが 一方で黎明も近いと期待した。 -
⑲
私の席の隣のロシア人は30歳過ぎの男性。トイレに立つときとか、食事のお盆の上げ下げの時の心遣いとか 不快でない。モニターの操作時のさりないサポートも好感が持てる。私の下手な英語で少しお喋りをした。妙高の方にスキーの指導に行くとか。
新しい 普通の人間が 国境を越えて行き来する世界 何か可能性を感じた。
写真は 最期に食べた朝食。おみくじの様なお菓子が入っていた。 -
(11)10月11日(火)
①
飛行機は10時35分定刻通り 成田に着陸。
着陸時、ロシア人乗客が多い為か、拍手が一斉に起きた。
着陸の安堵と言うよりは これから日本でどうするかの 元気づけの様にも聞こえた。
成田に降り立ったら 20度を超えて温かい。老人の私には有り難いが 寒さの環境の中で耐え抜いて 勤勉性が培われた日本人の気質が いつまで続くか危惧も持った。他人に勤勉性を説くだけの私のような人間が増え、どうしようもなくなる暗い危惧だった。
生きていたら また極寒のロシアに行ってみたい そんな夢を持って 家路についた。
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