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〔旅のテーマ〕<br />川中島古戦場を訪れる。<br />松代大本営跡を訪れる。<br /><br />〔同行者〕<br />高校、大学の同級生(33)<br /><br />〔日程〕<br />■JR長野駅(長野市・合流場所)<br />■八幡原史跡公園(同)<br />■長野市立博物館(同)<br />■典厩寺(同)<br />■妻女山展望台(同)<br />■松代城(同)<br />■真田宝物館(同)<br />■真田邸、文武学校(同)<br />■おぎのや長野店(同・昼食)<br />■松代大本営跡(同)<br />■象山記念館(同)<br />■気象庁精密地震観測室(現松代地震観測所・同)<br />■エムウェーブ(同)<br />■もみじ茶屋(同・夕食)<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />

信州、男ふたり旅

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2013/09/22 - 2013/09/22

15569位(同エリア31890件中)

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norisuke

norisukeさん

〔旅のテーマ〕
川中島古戦場を訪れる。
松代大本営跡を訪れる。

〔同行者〕
高校、大学の同級生(33)

〔日程〕
■JR長野駅(長野市・合流場所)
■八幡原史跡公園(同)
■長野市立博物館(同)
■典厩寺(同)
■妻女山展望台(同)
■松代城(同)
■真田宝物館(同)
■真田邸、文武学校(同)
■おぎのや長野店(同・昼食)
■松代大本営跡(同)
■象山記念館(同)
■気象庁精密地震観測室(現松代地震観測所・同)
■エムウェーブ(同)
■もみじ茶屋(同・夕食)






同行者
友人
一人あたり費用
1万円 - 3万円
交通手段
高速・路線バス 新幹線 自家用車 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 20日から4日間、長野県を周遊する高校、大学の同級生(33)に1日だけ合流する今回の旅。当日は、上田市に宿泊している同氏と8時ごろにJR上田駅で合流予定だったが、自分が寝坊をしてしまい長野新幹線の東京始発に乗車できなかったため急遽予定を変更する事態に。二番列車には何とか間に合い、8時半過ぎに長野駅で無事合流することができた。まずは同氏の愛車で約15分、八幡原史跡公園の「武田信玄・上杉謙信両雄一騎討の像」を見学=写真=。

    20日から4日間、長野県を周遊する高校、大学の同級生(33)に1日だけ合流する今回の旅。当日は、上田市に宿泊している同氏と8時ごろにJR上田駅で合流予定だったが、自分が寝坊をしてしまい長野新幹線の東京始発に乗車できなかったため急遽予定を変更する事態に。二番列車には何とか間に合い、8時半過ぎに長野駅で無事合流することができた。まずは同氏の愛車で約15分、八幡原史跡公園の「武田信玄・上杉謙信両雄一騎討の像」を見学=写真=。

    川中島古戦場史跡公園 名所・史跡

  • 同公園内の川中島大合戦図。

    同公園内の川中島大合戦図。

  • 同公園内の長野市立博物館=写真=はギフトショップのみ見学。

    同公園内の長野市立博物館=写真=はギフトショップのみ見学。

    長野市立博物館 美術館・博物館

  • 同公園から約10分、第4次川中島の合戦で討ち死にした武田信繁の墓がある典厩寺へ。拝観料は200円。

    同公園から約10分、第4次川中島の合戦で討ち死にした武田信繁の墓がある典厩寺へ。拝観料は200円。

    川中島典厩寺記念館 美術館・博物館

  • 同寺内の閻魔大王像。

    同寺内の閻魔大王像。

  • 同寺から約15分、第4次川中島の戦いで上杉謙信の陣があった妻女山へ。

    同寺から約15分、第4次川中島の戦いで上杉謙信の陣があった妻女山へ。

    妻女山 自然・景勝地

  • 展望台から激戦が繰広げられた川中島・八幡原を望む=写真=。歴史愛好家としてとても感慨深い。

    展望台から激戦が繰広げられた川中島・八幡原を望む=写真=。歴史愛好家としてとても感慨深い。

    妻女山 自然・景勝地

  • 妻女山から約20分、11時ごろ、松代城(海津城跡)に到着=写真=。真田宝物館のホームページによると、松代城は、武田信玄と上杉謙信が信濃の覇権を競った川中島合戦で、武田側の拠点として築城されたといわれています。千曲川の流れを外堀とする天然の要塞で、当時は「海津城(かいづじょう)」と呼ばれました。江戸時代、真田氏が松代藩主となると、松代城を中心に真田10万石の城下町が発展しました。明治の廃城にともない建物が壊されたため、長い間石垣を残すのみでしたが、1981(昭和56)年、新御殿(真田邸)とともに国の史跡に指定されました。その後、長野市により環境整備工事が行われ、2004(平成16)年に櫓門・木橋・石垣・土塁・堀などが復元されました。桜の名所としても知られ、4月中旬頃、見頃を迎えます、とのこと。

    妻女山から約20分、11時ごろ、松代城(海津城跡)に到着=写真=。真田宝物館のホームページによると、松代城は、武田信玄と上杉謙信が信濃の覇権を競った川中島合戦で、武田側の拠点として築城されたといわれています。千曲川の流れを外堀とする天然の要塞で、当時は「海津城(かいづじょう)」と呼ばれました。江戸時代、真田氏が松代藩主となると、松代城を中心に真田10万石の城下町が発展しました。明治の廃城にともない建物が壊されたため、長い間石垣を残すのみでしたが、1981(昭和56)年、新御殿(真田邸)とともに国の史跡に指定されました。その後、長野市により環境整備工事が行われ、2004(平成16)年に櫓門・木橋・石垣・土塁・堀などが復元されました。桜の名所としても知られ、4月中旬頃、見頃を迎えます、とのこと。

    松代城跡 名所・史跡

  • 復元された土塁が見事。

    復元された土塁が見事。

    松代城跡 名所・史跡

  • 同城からすぐの真田氏に関する資料館、真田宝物館へ。

    同城からすぐの真田氏に関する資料館、真田宝物館へ。

    真田宝物館 美術館・博物館

  • 同館見学後は、江戸末期に建てられた城外御殿「真田邸」へ。

    同館見学後は、江戸末期に建てられた城外御殿「真田邸」へ。

    真田邸 名所・史跡

  • 邸内の日本庭園。

    邸内の日本庭園。

  • 九代藩主の義母の住まいとして建てられた御殿、居室内はなんとなく女性的。

    九代藩主の義母の住まいとして建てられた御殿、居室内はなんとなく女性的。

  • 真田邸に隣接する文武学校へ=写真=。真田宝物館のホームページによると、文武学校は、文武を奨励した松代藩八代藩主・幸貫が水戸の弘道館にならって計画し、九代・幸教の時代に完成した松代藩の藩校です。藩士の子弟が学問と武道を学ぶ場として、1855(安政2)年に開校しました。教室にあたる文学所、武術を学ぶ剣術所、柔術所、弓術所、槍術所などが配置されています。当時の時間割には東洋・西洋の医学、小笠原流礼法、西洋の軍学なども組み込まれており、先進的な教育が行われていました。各地の藩校の多くが幕府の学問所にならって敷地内に孔子廟を設け、儒教を重んじる風習がありましたが、文武学校には設けていないことからも、近代的な学校の先駆けであったことがうかがえます。建物は、創建時の姿を現在に伝る貴重な遺構で、1953(昭和28)年に国の史跡に指定されています。武道の稽古や大会に使われている剣術所・槍術所をはじめ、江戸時代の面影をそのままに質実な空気漂う敷地内は、映画や時代劇のロケにもしばしば利用されています、とのこと。写真は弓道場。<br />

    真田邸に隣接する文武学校へ=写真=。真田宝物館のホームページによると、文武学校は、文武を奨励した松代藩八代藩主・幸貫が水戸の弘道館にならって計画し、九代・幸教の時代に完成した松代藩の藩校です。藩士の子弟が学問と武道を学ぶ場として、1855(安政2)年に開校しました。教室にあたる文学所、武術を学ぶ剣術所、柔術所、弓術所、槍術所などが配置されています。当時の時間割には東洋・西洋の医学、小笠原流礼法、西洋の軍学なども組み込まれており、先進的な教育が行われていました。各地の藩校の多くが幕府の学問所にならって敷地内に孔子廟を設け、儒教を重んじる風習がありましたが、文武学校には設けていないことからも、近代的な学校の先駆けであったことがうかがえます。建物は、創建時の姿を現在に伝る貴重な遺構で、1953(昭和28)年に国の史跡に指定されています。武道の稽古や大会に使われている剣術所・槍術所をはじめ、江戸時代の面影をそのままに質実な空気漂う敷地内は、映画や時代劇のロケにもしばしば利用されています、とのこと。写真は弓道場。

  • 同校内の道場では市民武道家が稽古に励んでいた。

    同校内の道場では市民武道家が稽古に励んでいた。

  • 真田邸や文武学校周辺はとても趣がある雰囲気。

    真田邸や文武学校周辺はとても趣がある雰囲気。

    真田邸 名所・史跡

  • 次は、2012年に廃止された長野電鉄屋代線の旧松代駅へ。

    次は、2012年に廃止された長野電鉄屋代線の旧松代駅へ。

    旧松代駅 名所・史跡

  • レールは撤去されていたが、駅舎は当時の雰囲気いっぱいだった。

    レールは撤去されていたが、駅舎は当時の雰囲気いっぱいだった。

  • 同駅から約15分、13時ごろ、「おぎのや長野店」で昼食。峠の釜めしとなめこ汁=写真=をおいしくいただく。

    同駅から約15分、13時ごろ、「おぎのや長野店」で昼食。峠の釜めしとなめこ汁=写真=をおいしくいただく。

  • 同店から約30分、松代大本営跡に到着=写真=。Wikipediaによると、松代大本営跡(まつしろだいほんえいあと)は、太平洋戦争末期、日本(当時の大日本帝国)の国家中枢機能移転のために長野県埴科郡松代町(現在の長野市松代地区)などの山中(象山、舞鶴山、皆神山の3箇所)に掘られた地下坑道跡である。このうち現在、象山地下壕(ぞうざんちかごう)が一般公開(無料)されている、とのこと。また、地下坑道の総全長は10キロを超えるという。<br />

    同店から約30分、松代大本営跡に到着=写真=。Wikipediaによると、松代大本営跡(まつしろだいほんえいあと)は、太平洋戦争末期、日本(当時の大日本帝国)の国家中枢機能移転のために長野県埴科郡松代町(現在の長野市松代地区)などの山中(象山、舞鶴山、皆神山の3箇所)に掘られた地下坑道跡である。このうち現在、象山地下壕(ぞうざんちかごう)が一般公開(無料)されている、とのこと。また、地下坑道の総全長は10キロを超えるという。

  • 内部は想像していたよりはるかに広く本格的。

    内部は想像していたよりはるかに広く本格的。

  • 松代大本営跡見学後はすぐのところにある、幕末に活躍した松代藩士・佐久間象山(1811-64)に関する資料を展示する「象山記念館」へ。写真は同館に隣接する象山神社の象山像。

    松代大本営跡見学後はすぐのところにある、幕末に活躍した松代藩士・佐久間象山(1811-64)に関する資料を展示する「象山記念館」へ。写真は同館に隣接する象山神社の象山像。

    象山記念館 美術館・博物館

  • 同館から約15分、松代大本営の施設や地下坑道跡を利用して地震観測などを行う気象庁精密地震観測室(現松代地震観測所)へ。写真は観測室前に広がる山並み。

    同館から約15分、松代大本営の施設や地下坑道跡を利用して地震観測などを行う気象庁精密地震観測室(現松代地震観測所)へ。写真は観測室前に広がる山並み。

  • 観測所などが入る建物=写真=は、天皇皇后両陛下の御座所や宮内庁の庁舎として太平洋戦争末期に建設。

    観測所などが入る建物=写真=は、天皇皇后両陛下の御座所や宮内庁の庁舎として太平洋戦争末期に建設。

  • 復元された御座所を窓の外から見学。

    復元された御座所を窓の外から見学。

  • 観測所庁舎内の見学エリア。

    観測所庁舎内の見学エリア。

  • 同観測所から約30分、16時ごろ、「エムウェーブ」へ=写真=。1998年の長野オリンピックのスピードスケート会場として使用された同施設、館内には「長野オリンピック記念館」が併設されている(後ほど見学)。

    同観測所から約30分、16時ごろ、「エムウェーブ」へ=写真=。1998年の長野オリンピックのスピードスケート会場として使用された同施設、館内には「長野オリンピック記念館」が併設されている(後ほど見学)。

    エムウェーブ 長野市オリンピック記念アリーナ 名所・史跡

  • スケート場では地元の中高生らが練習に励んでいた。

    スケート場では地元の中高生らが練習に励んでいた。

  • その後、善光寺の参道前にある同行者の宿泊先に車を止め、路線バスでJR長野駅へ。駅前の東急百貨店でお土産を購入し、駅前の繁華街にある居酒屋「もみじ茶屋」へ=写真=。

    その後、善光寺の参道前にある同行者の宿泊先に車を止め、路線バスでJR長野駅へ。駅前の東急百貨店でお土産を購入し、駅前の繁華街にある居酒屋「もみじ茶屋」へ=写真=。

    もみじ茶屋 グルメ・レストラン

  • 富山在住の同級生も合流し、地酒や地元で養殖された信州サーモン=写真=などをおいしくいただいた後、21時ごろの新幹線に乗り、帰宅の途に就く。<br /><br />〔旅の感想〕<br />領土があって、その上で市井の人々の営みがある。それを「国(くに)」というのであれば、国中が焼け野原になってもなお、ごく一部の指導者らが地下深くに篭り続けながら国を運営しようとした松代大本営はまったくの茶番だったといわざるを得ない。なぜこんな茶番に人々は熱狂してしまったのかということを、旅を通じてこれからも考えていきたいと思う。松代大本営の訪問はまさに百聞は一見に如かずだった。

    富山在住の同級生も合流し、地酒や地元で養殖された信州サーモン=写真=などをおいしくいただいた後、21時ごろの新幹線に乗り、帰宅の途に就く。

    〔旅の感想〕
    領土があって、その上で市井の人々の営みがある。それを「国(くに)」というのであれば、国中が焼け野原になってもなお、ごく一部の指導者らが地下深くに篭り続けながら国を運営しようとした松代大本営はまったくの茶番だったといわざるを得ない。なぜこんな茶番に人々は熱狂してしまったのかということを、旅を通じてこれからも考えていきたいと思う。松代大本営の訪問はまさに百聞は一見に如かずだった。

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