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 明日香村といってもここは村ではない。およそ村のイメージとは大きくかけ離れている。それもそのはずで、このあたりは飛鳥浄御原京(あすかきよみはらきょう)や藤原京の都があったところで、数々の遺跡が多く残されている地域なのである。むしろここは明日香市といってもいいくらいの賑やかな地域である。人の多さは勿論である。その人の多さは観光客によるものであるが、全国から教科書で見たことのある遺跡を訪ねて来るのだから頷ける。その代表的な遺跡が高松塚古墳であろう。そんな人のために道路や商店などが整備されていてここには村の不便さは欠片(かけら)もないのである。<br /> 明日香村は奈良盆地の一部であってここには大和三山(やまとさんざん)も散在している。その山とは、畝傍山、天の角山、耳成山である。<br /> 『春すぎて 夏きにけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香久山』は、百人一首にも採用された新古今和歌集の中の持統天皇の和歌として有名である。近くには持統天皇の古墳もある。そんなことを知れば古代史や古典文学愛好者にはたまらない魅力の村が明日香村なのである。<br /> 明日香村の探報に、9月の三連休に訪れてみた。この地域はレンタサイクルで回るのがいいらしい。駅の周辺にレンタサイクル屋さんが多数散在している。しかし、体力に自信のない僕は車で行けるところまで行き、一泊ホテルに泊まって周辺を回ってみることにした。<br /> 明日香村にはこれといったホテルがないので、近くの橿原市にある橿原ロイヤルホテルを予約した。ここが気にって予約をしたわけではない。ネットでホテルを検索してみるとどこも満室になっていて、家の近所の旅行代理店に頼むと橿原ロイヤルホテルを取ってくれたのである。しかしこのホテルに宿泊してよかったと思っている。<br /> 家から明日香村まではおよそ3時間ほどかかる。明日香村に着いて、あちこち見て回って、夕方くたくたになってホテルに帰ると風呂に入って体を休めずにはいられない。橿原ロイヤルホテルには温泉付きの大浴場があったのである。これにはとても有り難かった。とにかく良かった。温泉の大浴場には檜風呂と岩風呂があり、男湯と女湯が日替わりで入れ替わる。到着した日は岩風呂に入り、翌日の朝は檜風呂に入れたのですっかり疲れも取れてしまったのである。”ホテルに温泉付き”、これって、あちこち見て回るには最高ではないだろうか。<br /> 明日香村で、今回訪れた場所を次に記しておくと、<br /> 1日目、石舞台古墳、岡寺、飛鳥寺、甘樫丘展望台、橿原ロヤルホテル泊、<br /> 2日目、中尾山古墳、高松塚古墳、鬼の雪隠遺跡、亀石遺跡、橘寺である。<br /> 以上が明日香村探報の日程であるが、これの一つ一つについて感想を記していくと字数がいくつあっても足らないので、印象に残ったものだけを記しておきたい。<br /> それは高松塚古墳と飛鳥寺である。<br /> 二日目、橿原神宮前駅に隣接する橿原ロイヤルホテルを朝の10時に出発すると、車で約15分ほどの高松塚古墳に向かった。ここは整備された一帯が飛鳥公園になっていて駐車場にも無料で車を停めることができる。車を降りるて公園内の遊歩道を10分ほど歩いて行くと小高い丘の上に高松塚古墳が見えてきた。<br /> そこを目指して山の周辺を縫うように歩いて行くと、直径23メートル、3段に積み上げられた円墳が時空を超えて空から僕に向かって舞い下りてくるように迫ってきた。<br /> この古墳の来歴をいうと、古墳があることは以前から知られていた。しかし、この古墳を一躍有名にしたのが1972年に発見されたあの有名な壁画である。いわゆる高松塚壁画。この壁画があまりにも素晴らしく、日本史における一大発見といわれ、その後教科書には必ず掲載されるという大変な事件となったのである。<br /> 発見のきっかけは一人の村人であった。村人がショウガを貯蔵しようとこの遺跡の周辺に穴を掘ったところ穴の奥に古い切石が発見されたことによる。村人の通報により、橿原考古学研究所と関西大学が共同でここを発掘調査したところ、今まで知られていなかった石室が検出されたのである。そしてその石室内からは極彩色に彩られた壁画が出現したのである。これまで、日本の古墳や石室内からは記号らしき書き物のようなものはあったが、このような極彩色の絵画はなかったのである。これは古代史を覆(くつがえ)す大発見であった。しかもその壁画は芸術的にも素晴らしく、石室の四つの壁に描かれていたのである。石室は東西南北に向かっており、それぞれ方角を司る、玄武(北)、青竜(東)、白虎(西)、の図が描かれ、天井には北斗七星をはじめとする星座さえも描かれていたのである。ただ残念なのは南の朱雀だけは盗掘にあったため原型はなかった。さらに東壁と西壁にはそれぞれ男女の群像が四人ずつ、計16人が見事な色彩感覚で当時の人間の生活様式が分かるように描かれていたのである。まさに歴史上の大発見であった。<br /> 現在はこの現物を生で見ることはできないが、高松塚古墳のすぐ下には高松塚壁画館がありこの中で発見当時の様子をレプリカで見ることができる。レプリカであるがこれだけでも充分高松塚壁画の素晴らしさを満喫できるものである。<br /> 壁画館の中に入ると中は小さいが、それは壁画自身が小さいからだろうと思う。教科書で見る高松塚壁画は大きく見えるものであろうと思う。レプリカだがその壁画は繊細で優美で小さく気品に満ちているものである。古代のロマンをまざまざと見た思いがした。ここに埋葬された被葬者はいったい誰であろうかというのは興味の湧くところであるが、いまだによく判っていない。天武天皇の皇子だという説を含めて四人の候補者が挙がっているが結論は出ていない。被葬者の歯や顎の骨から40代から60代の男性であろうということだけは推論されている。さらに学者によって人物はまちまちだけでなく、埋葬された年代もまちまちなので、高松塚古墳の謎が益々深まるばかりなのである。それがまた興味をそそるのである。<br /> いずれにしてもこの下段23メートル、中段18メートル、上段5メートルの三段の円墳と、石室に描かれた壁画は、まさに古代史のロマンそのものということが出来るだろう。<br /> 2014年の現在、1300年前の日本へタイムスリップするここ高松塚古墳は、”タイムマシン”に違いないのである。<br /><br /> タイムマシンに乗って、もう一つ古代へ駆け巡ってみようと思う。それは飛鳥寺である。ここは日本最古の寺でもある。<br /> 仏教伝来が538年といわれているからその50年後の588年に蘇我馬子(そがのうまこ)の発願によって日本最初の寺が建てられたのである。当時は法興寺といった。<br /> 現在、日本国内にある寺の数は7万以上といわれているが、これはコンビニの数より多いのである。コンビニはおよそ3万。そんなお寺の隆盛を見るのはこの飛鳥寺が存在することから始まるのである。<br /> 5世紀から6世紀の日本は物部氏と蘇我氏の争いの時代であった。<br /> 朝鮮伝来の仏教を広めようとする蘇我氏と、これに反対して日本古来の神道を重んずる物部氏は互いに争っていた。そんななか厩戸皇子(聖徳太子)と手を組んだ蘇我馬子は物部守屋(もののべのもりや)を殺害し物部一族を滅ぼしたため、以後仏教が広がることになったのである。ここにおいて、もし物部守屋が勝っていたなら、以後日本には仏教は広がらなかったであろうと思われる。また、現在、お寺が各地に存在しないかも知れないのである。そんな、原点ともいうべき寺がこの飛鳥寺なのである。<br /> 創建当時の飛鳥寺は現在の20倍の寺域の寺であったようである。<br /> 寺の中心には五重塔を擁し東西に金堂があり、その外側を回廊を巡らした壮麗な寺であったようである。しかし、現在はこれがあの飛鳥寺?、と思ってしまうほどの小さな寺である。飛鳥寺では、なんといっても有名なのはあの『飛鳥大仏』である。これまで何度も火災を繰り返し、そのたびに建て替えられてきた飛鳥寺であるがこの『飛鳥大仏』だけは創建当時の様子を偲ばせている。それは1400年の時を超え現在も生き続けているのである。作者は鞍作鳥(くらつくりのとり)といわれている。仏像としてもまた最古である。大仏といえばなんといっても東大寺の大仏が有名であるが、この飛鳥大仏は約3メートルの坐像である。お顔立ちは、安らかで、ふくよかなほほ笑みさえ浮かべている。<br /> この仏像を見た印象を作家・五木寛之は次のように書いているので紹介しておきたい。<br /> <br /> −その前に立ったとき、大きな衝撃を感じた。大げさに聞こえるかもしれないが、私は電気に打たれたように茫然と立ちつくしたのだ。<br /> なんという表情をしていらっしゃるのだろう。<br /> 考えるというか、思惟するというか、言葉で表現できないような不思議な雰囲気をもっていて、なんとも魅力的だ。私はしばらくその場を離れることができなかった。<br /> お顔はシンメトリーではなく、少し傾いでいるように見える。<br /> どこからか語りかけてくるような声を感じる。私もこれに応えたいという気持ちになる。なぜか、この仏さまは私が来るのを待っていてくださったのだ、と思えてならない。−<br /> (五木寛之著『百寺巡礼・関西編』より)<br /><br /> 五木寛之は”この仏さまは待っていてくれた”といっているが、おそらく日本のどこに住む人でも、日本人なら待っていてくれるのではないだろうか、そんなふうに思えるのである。日本の原点がそこにあるからである。<br /> 門前に”飛鳥大仏”と刻まれた石碑が建っていた。これは江戸時代後期に堂宇が再建されたときの石碑である。飛鳥寺の現在の住所は奈良県高市郡明日香村飛鳥である。飛鳥寺の里は、畝傍山、天の香久山、耳成山の大和三山に囲まれた狭い場所である。この人口7千人足らずの小さな村が、6世紀から7世紀にかけての日本の中心だったことは間違いないのである。<br /> 終わりに、五木寛之が飛鳥の地に立ったときの言葉を記して、この旅行記の締めくくりとしたい。(上記同著より)<br /><br /> −あらためて周囲を見回してみた。こんもりとした緑の山に囲まれた田園風景のなかに、幻のように飛鳥寺の壮観な伽藍が浮びあがってくる。日本は古代国家の草創期に、渡来人の英知と技術を結集してつくられた寺。(略)、飛鳥大仏は静かにほほえみを浮かべながら、そんな悠久の歴史を見守っている。−<br /><br /> 

かにかくに、ロマン溢れる明日香村

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2014/09/14 - 2014/09/15

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nakaohideki

nakaohidekiさん

 明日香村といってもここは村ではない。およそ村のイメージとは大きくかけ離れている。それもそのはずで、このあたりは飛鳥浄御原京(あすかきよみはらきょう)や藤原京の都があったところで、数々の遺跡が多く残されている地域なのである。むしろここは明日香市といってもいいくらいの賑やかな地域である。人の多さは勿論である。その人の多さは観光客によるものであるが、全国から教科書で見たことのある遺跡を訪ねて来るのだから頷ける。その代表的な遺跡が高松塚古墳であろう。そんな人のために道路や商店などが整備されていてここには村の不便さは欠片(かけら)もないのである。
 明日香村は奈良盆地の一部であってここには大和三山(やまとさんざん)も散在している。その山とは、畝傍山、天の角山、耳成山である。
 『春すぎて 夏きにけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香久山』は、百人一首にも採用された新古今和歌集の中の持統天皇の和歌として有名である。近くには持統天皇の古墳もある。そんなことを知れば古代史や古典文学愛好者にはたまらない魅力の村が明日香村なのである。
 明日香村の探報に、9月の三連休に訪れてみた。この地域はレンタサイクルで回るのがいいらしい。駅の周辺にレンタサイクル屋さんが多数散在している。しかし、体力に自信のない僕は車で行けるところまで行き、一泊ホテルに泊まって周辺を回ってみることにした。
 明日香村にはこれといったホテルがないので、近くの橿原市にある橿原ロイヤルホテルを予約した。ここが気にって予約をしたわけではない。ネットでホテルを検索してみるとどこも満室になっていて、家の近所の旅行代理店に頼むと橿原ロイヤルホテルを取ってくれたのである。しかしこのホテルに宿泊してよかったと思っている。
 家から明日香村まではおよそ3時間ほどかかる。明日香村に着いて、あちこち見て回って、夕方くたくたになってホテルに帰ると風呂に入って体を休めずにはいられない。橿原ロイヤルホテルには温泉付きの大浴場があったのである。これにはとても有り難かった。とにかく良かった。温泉の大浴場には檜風呂と岩風呂があり、男湯と女湯が日替わりで入れ替わる。到着した日は岩風呂に入り、翌日の朝は檜風呂に入れたのですっかり疲れも取れてしまったのである。”ホテルに温泉付き”、これって、あちこち見て回るには最高ではないだろうか。
 明日香村で、今回訪れた場所を次に記しておくと、
 1日目、石舞台古墳、岡寺、飛鳥寺、甘樫丘展望台、橿原ロヤルホテル泊、
 2日目、中尾山古墳、高松塚古墳、鬼の雪隠遺跡、亀石遺跡、橘寺である。
 以上が明日香村探報の日程であるが、これの一つ一つについて感想を記していくと字数がいくつあっても足らないので、印象に残ったものだけを記しておきたい。
 それは高松塚古墳と飛鳥寺である。
 二日目、橿原神宮前駅に隣接する橿原ロイヤルホテルを朝の10時に出発すると、車で約15分ほどの高松塚古墳に向かった。ここは整備された一帯が飛鳥公園になっていて駐車場にも無料で車を停めることができる。車を降りるて公園内の遊歩道を10分ほど歩いて行くと小高い丘の上に高松塚古墳が見えてきた。
 そこを目指して山の周辺を縫うように歩いて行くと、直径23メートル、3段に積み上げられた円墳が時空を超えて空から僕に向かって舞い下りてくるように迫ってきた。
 この古墳の来歴をいうと、古墳があることは以前から知られていた。しかし、この古墳を一躍有名にしたのが1972年に発見されたあの有名な壁画である。いわゆる高松塚壁画。この壁画があまりにも素晴らしく、日本史における一大発見といわれ、その後教科書には必ず掲載されるという大変な事件となったのである。
 発見のきっかけは一人の村人であった。村人がショウガを貯蔵しようとこの遺跡の周辺に穴を掘ったところ穴の奥に古い切石が発見されたことによる。村人の通報により、橿原考古学研究所と関西大学が共同でここを発掘調査したところ、今まで知られていなかった石室が検出されたのである。そしてその石室内からは極彩色に彩られた壁画が出現したのである。これまで、日本の古墳や石室内からは記号らしき書き物のようなものはあったが、このような極彩色の絵画はなかったのである。これは古代史を覆(くつがえ)す大発見であった。しかもその壁画は芸術的にも素晴らしく、石室の四つの壁に描かれていたのである。石室は東西南北に向かっており、それぞれ方角を司る、玄武(北)、青竜(東)、白虎(西)、の図が描かれ、天井には北斗七星をはじめとする星座さえも描かれていたのである。ただ残念なのは南の朱雀だけは盗掘にあったため原型はなかった。さらに東壁と西壁にはそれぞれ男女の群像が四人ずつ、計16人が見事な色彩感覚で当時の人間の生活様式が分かるように描かれていたのである。まさに歴史上の大発見であった。
 現在はこの現物を生で見ることはできないが、高松塚古墳のすぐ下には高松塚壁画館がありこの中で発見当時の様子をレプリカで見ることができる。レプリカであるがこれだけでも充分高松塚壁画の素晴らしさを満喫できるものである。
 壁画館の中に入ると中は小さいが、それは壁画自身が小さいからだろうと思う。教科書で見る高松塚壁画は大きく見えるものであろうと思う。レプリカだがその壁画は繊細で優美で小さく気品に満ちているものである。古代のロマンをまざまざと見た思いがした。ここに埋葬された被葬者はいったい誰であろうかというのは興味の湧くところであるが、いまだによく判っていない。天武天皇の皇子だという説を含めて四人の候補者が挙がっているが結論は出ていない。被葬者の歯や顎の骨から40代から60代の男性であろうということだけは推論されている。さらに学者によって人物はまちまちだけでなく、埋葬された年代もまちまちなので、高松塚古墳の謎が益々深まるばかりなのである。それがまた興味をそそるのである。
 いずれにしてもこの下段23メートル、中段18メートル、上段5メートルの三段の円墳と、石室に描かれた壁画は、まさに古代史のロマンそのものということが出来るだろう。
 2014年の現在、1300年前の日本へタイムスリップするここ高松塚古墳は、”タイムマシン”に違いないのである。

 タイムマシンに乗って、もう一つ古代へ駆け巡ってみようと思う。それは飛鳥寺である。ここは日本最古の寺でもある。
 仏教伝来が538年といわれているからその50年後の588年に蘇我馬子(そがのうまこ)の発願によって日本最初の寺が建てられたのである。当時は法興寺といった。
 現在、日本国内にある寺の数は7万以上といわれているが、これはコンビニの数より多いのである。コンビニはおよそ3万。そんなお寺の隆盛を見るのはこの飛鳥寺が存在することから始まるのである。
 5世紀から6世紀の日本は物部氏と蘇我氏の争いの時代であった。
 朝鮮伝来の仏教を広めようとする蘇我氏と、これに反対して日本古来の神道を重んずる物部氏は互いに争っていた。そんななか厩戸皇子(聖徳太子)と手を組んだ蘇我馬子は物部守屋(もののべのもりや)を殺害し物部一族を滅ぼしたため、以後仏教が広がることになったのである。ここにおいて、もし物部守屋が勝っていたなら、以後日本には仏教は広がらなかったであろうと思われる。また、現在、お寺が各地に存在しないかも知れないのである。そんな、原点ともいうべき寺がこの飛鳥寺なのである。
 創建当時の飛鳥寺は現在の20倍の寺域の寺であったようである。
 寺の中心には五重塔を擁し東西に金堂があり、その外側を回廊を巡らした壮麗な寺であったようである。しかし、現在はこれがあの飛鳥寺?、と思ってしまうほどの小さな寺である。飛鳥寺では、なんといっても有名なのはあの『飛鳥大仏』である。これまで何度も火災を繰り返し、そのたびに建て替えられてきた飛鳥寺であるがこの『飛鳥大仏』だけは創建当時の様子を偲ばせている。それは1400年の時を超え現在も生き続けているのである。作者は鞍作鳥(くらつくりのとり)といわれている。仏像としてもまた最古である。大仏といえばなんといっても東大寺の大仏が有名であるが、この飛鳥大仏は約3メートルの坐像である。お顔立ちは、安らかで、ふくよかなほほ笑みさえ浮かべている。
 この仏像を見た印象を作家・五木寛之は次のように書いているので紹介しておきたい。
 
 −その前に立ったとき、大きな衝撃を感じた。大げさに聞こえるかもしれないが、私は電気に打たれたように茫然と立ちつくしたのだ。
 なんという表情をしていらっしゃるのだろう。
 考えるというか、思惟するというか、言葉で表現できないような不思議な雰囲気をもっていて、なんとも魅力的だ。私はしばらくその場を離れることができなかった。
 お顔はシンメトリーではなく、少し傾いでいるように見える。
 どこからか語りかけてくるような声を感じる。私もこれに応えたいという気持ちになる。なぜか、この仏さまは私が来るのを待っていてくださったのだ、と思えてならない。−
 (五木寛之著『百寺巡礼・関西編』より)

 五木寛之は”この仏さまは待っていてくれた”といっているが、おそらく日本のどこに住む人でも、日本人なら待っていてくれるのではないだろうか、そんなふうに思えるのである。日本の原点がそこにあるからである。
 門前に”飛鳥大仏”と刻まれた石碑が建っていた。これは江戸時代後期に堂宇が再建されたときの石碑である。飛鳥寺の現在の住所は奈良県高市郡明日香村飛鳥である。飛鳥寺の里は、畝傍山、天の香久山、耳成山の大和三山に囲まれた狭い場所である。この人口7千人足らずの小さな村が、6世紀から7世紀にかけての日本の中心だったことは間違いないのである。
 終わりに、五木寛之が飛鳥の地に立ったときの言葉を記して、この旅行記の締めくくりとしたい。(上記同著より)

 −あらためて周囲を見回してみた。こんもりとした緑の山に囲まれた田園風景のなかに、幻のように飛鳥寺の壮観な伽藍が浮びあがってくる。日本は古代国家の草創期に、渡来人の英知と技術を結集してつくられた寺。(略)、飛鳥大仏は静かにほほえみを浮かべながら、そんな悠久の歴史を見守っている。−

 

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
4.0
グルメ
4.0
交通
4.0
同行者
家族旅行
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
自家用車 徒歩
利用旅行会社
JTB
  • 石舞台古墳

    石舞台古墳

  • 石舞台古墳内部

    石舞台古墳内部

  • 飛鳥寺入口。右に飛鳥大仏の石碑が建っている。

    飛鳥寺入口。右に飛鳥大仏の石碑が建っている。

  • 飛鳥大仏

    飛鳥大仏

  • 厩戸皇子(聖徳太子)立像。飛鳥寺にて。

    厩戸皇子(聖徳太子)立像。飛鳥寺にて。

  • 厩戸皇子のお顔。飛鳥寺にて。

    厩戸皇子のお顔。飛鳥寺にて。

  • 創建当時の飛鳥寺全景図

    創建当時の飛鳥寺全景図

  • 飛鳥大仏の須弥壇の前に飾られた仏舎利。唐より持ち帰ったもの。

    飛鳥大仏の須弥壇の前に飾られた仏舎利。唐より持ち帰ったもの。

  • 飛鳥寺近くにある蘇我入鹿の首塚

    飛鳥寺近くにある蘇我入鹿の首塚

  • 岡寺山門

    岡寺山門

  • 岡寺本堂

    岡寺本堂

  • 高松塚古墳

    高松塚古墳

  • 高松塚壁画館入り口

    高松塚壁画館入り口

  • 高松塚古墳の近くの「中尾山古墳」。ご先祖様かも知れないと思い写真を撮りました。

    高松塚古墳の近くの「中尾山古墳」。ご先祖様かも知れないと思い写真を撮りました。

  • 鬼の雪隠遺跡。古墳の土が崩れて石室だけが残ったもの。

    鬼の雪隠遺跡。古墳の土が崩れて石室だけが残ったもの。

  • 亀石遺跡

    亀石遺跡

  • 飛鳥公園内の展示館にあるジオラマ。明日香村全景が見渡せる。

    飛鳥公園内の展示館にあるジオラマ。明日香村全景が見渡せる。

  • 聖徳太子が生まれたとされる、橘寺

    聖徳太子が生まれたとされる、橘寺

  • 橘寺本堂

    橘寺本堂

  • 甘樫丘展望台より明日香村を望む。左に畝傍山、右に天の香久山が見える。

    甘樫丘展望台より明日香村を望む。左に畝傍山、右に天の香久山が見える。

  • 橿原ロヤルホテルフロント

    橿原ロヤルホテルフロント

  • 橿原ロヤルホテル客室

    橿原ロヤルホテル客室

  • 橿原ロヤルホテル朝食のバイキンブ

    橿原ロヤルホテル朝食のバイキンブ

  • 橿原ロイヤルホテル大浴場入口

    橿原ロイヤルホテル大浴場入口

  • 橿原ロヤルホテルロビー

    橿原ロヤルホテルロビー

  • 橿原ロイヤルホテル入口

    橿原ロイヤルホテル入口

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