2014/06/11 - 2014/06/12
45位(同エリア202件中)
ベームさん
6/11(水)、17日目。
前回ランの旅行記で書いたような事情でタクシーでランスにやってきました。
ランスはパリの東北東約140キロ、シャンパーニュ・アルデンヌ地方最大の都市です。人口22万人。
ここはなんといってもノートルダム大聖堂が有名です。過去25人のフランス国王が聖別・戴冠式を挙げ、かのシャルル7世もジャンヌ・ダルクに導かれてここで戴冠しています。これによりシャルルは自信をつけジャンヌを疎んじるようになっていったのは皮肉です。
先の大戦でランスはドイツ軍により壊滅的打撃を受けたが、その意趣返しかどうかはわかりませんが、1945年5月8日にここランスでドイツ軍は連合国軍に対し無条件降伏文書に調印しています。しかし街は綺麗に復興しました。
写真はノートルダム大聖堂。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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SNCFのストのせいでランス滞在時間が短くなり、フジタ礼拝堂、トー宮殿をパスせざるを得なかったのは残念でした。
ラン、ランス、地図左上。 -
ランス駅。
ランからタクシーで。96ユーロ、チップ込みで100ユーロ払いました。
ナントからパリへのTGVといい交通費で予定外の出費です。フランス国鉄SNCFが大嫌いになりました。
これで何とか今日中に大聖堂とサン・レミ聖堂は見られそうです。 -
ホテルは駅前のグラン・ドテル・コンチネンタル。
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ホテルで教えてもらいバスでサン・レミ聖堂に向かいました。
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サン・レミ聖堂。
聖レミ/サン・レミ/聖レミギウスの遺骨と聖油を納めるために11世紀に建てられました。
北フランスにおけるもっとも重要なロマネスク建築。 -
西暦496年、メロヴィング朝フランク王国のクローヴィスはランス司教レミによりカトリックの洗礼を受けた。当時はまだフランス、ドイツ、イタリアなどの国は無く、フランク王国がその原型となった。
異教徒だったゲルマン民族のフランク族がカトリックに改宗したことは、フランク族の国フランク王国が教会の権威をバックにガリアの地を制圧していくのに大いに力となった歴史的な出来事でした。 -
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堂内は荘厳な雰囲気に包まれています。
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以下サン・レミ聖堂です。少しでもその雰囲気を感じていただけたらと思います。
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大燭台。
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サン・レミが眠っています。
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歴史上重要な三つの洗礼の浮彫。
中央キリスト、左アウグスティヌス、右クローヴィスの洗礼。 -
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聖櫃が納められているようです。
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ピエタ。
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キリストの埋葬。
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側廊。
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サン・レミにより洗礼を受けるクローヴィス。
聖堂の横に建っています。 -
クローヴィスに洗礼を施す聖レミギウス。
WEBより。
洗礼と言えば額に水で十字をかくのだと思っていましたが、元は大きな洗礼盤にドボンと身体ごと浸かったのです。 -
次はバスでノートルダム大聖堂へ。
オペラ座前で下車。 -
オルフェオとかドン・ジョヴァンニの演目があります。
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パリの生活。
2014年6月28日、土曜日、20時30分開演。 -
ヴェスル通り。
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裁判所。
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トレゾール通りの先に大聖堂が見えました。
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ランからタクシーを使ってでも見たかった大聖堂。
13~15世紀にかけて建築されアミアン、シャルトルの大聖堂とともにヨーロッパで最も重要なゴシック建築と言われます。
第1次世界大戦で甚大な被害を受けましたが見事に再建されています。 -
ノートルダム大聖堂。
496年フランク王国クロヴィウスがランスの聖レミにより洗礼を受けたのを嚆矢として1233年のルイ8世から1824年のシャルル10世まで25人の国王がここで戴冠を行っています。
1429年にはジャンヌ・ダルクの導きによりシャルル7世がここで戴冠を受け正式にフランス国王となります。それまでは自称フランス国王でした。 -
先ず外観を見て回ります。
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北側。
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北翼廊扉のタンパン。
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南側。
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正面/西側に戻ります。
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正面左側扉口の立像。
正面には三つの扉があります。中央のは工事中で見られません。 -
ここに有名な「微笑みの天使」像があります。右端です。
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微笑みの天使。
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光が強すぎます。
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吸い寄せられるような神秘の微笑みです。
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絵葉書です。
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左扉口の右側。
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右側扉口。
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右だ左だとややこしいですが、正面に三つの扉があり、その各々の左右に立像があります。
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中に入ります。
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見上げる身廊の高さ38m。
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バラ窓。
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シャガールのステンドグラス。
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シャガールは良いとしてもランス大聖堂との組み合わせには疑問があります。
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こういった類のものも大聖堂にはどうかと。大聖堂には陳腐ですが聖書の場面などがふさわしいと私は思います。
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さすがランスの大聖堂、ジャンヌ・ダルクの祭室がありました。
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ジャンヌ・ダルク。
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ジャンヌ・ダルクはオルレアン解放の後の1429年7月17日聖別のためシャルル7世をランスに導き、シャルルは正式にフランス国王として戴冠した。
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聖堂の模型。
その後両者の運命は別れていく。
ジャンヌの活躍を疎ましく思いはじめたシャルル、戦争遂行の考えの相違などで王とジャンヌの間に隙間風が漂うようになる。 -
ピエタ。
シャルルの援助の無いままコンピエーヌ包囲戦に赴いたジャンヌはブルゴーニュ軍に捕らえられ、イングランド軍に売り渡された。 -
シャルルは身代金の支払いを拒み(当時捕虜は身代金を支払えば釈放された)、1431年5月、ジャンヌはルーアンで火刑となり、19歳の命を閉じた。
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一方シャルル7世はブルゴーニュ軍と和平を結び、着々と勢力を整え、ついにはカレーを除きイングランド軍をフランスから追い出し100年戦争を終わらせた。
荒廃したフランスを復興するのに功績を上げるとともにその後の絶対王政の道を付けた。 -
さすがにシャルルも負い目を感じたのか、1456年復権裁判でジャンヌの名誉を回復させている。
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パリのノートルダム大聖堂ほどの荘厳さはありませんが壮麗な聖堂です。
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大聖堂の前にはジャンヌの騎馬像がありました。
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観光地お決まりのプチトラン。
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もう一度正面から。
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後姿。
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隣接するトー宮殿。
大聖堂の宝物などが収蔵されています。時間がないので入りませんでした。 -
クロワトゥル通り。
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ロワイヤル広場。
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フォーラム広場。
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コルベール通り。
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通りの先にランス市庁舎。
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ランス市庁舎です。
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フランス銀行。
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駅の方に戻ってきました。
マルス門。 -
唯一残っている3世紀頃の城門。
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駅前から続く緑地帯の北端にあります。
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駅前の緑地帯。
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コルベール像。
ランス生まれ。ルイ14世の財務総監として重商主義政策を推進。
1619~1683年。 -
コルベール広場。
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ホテルに戻ってホテルのレストランで夕食。
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ランスに来たからにはとシャンパンを注文。
グラスで12.6ユーロもしました。ワインなら4~5ユーロといったところ。通の人にはなんだこれしきかもしれませんが、私にとっては今まで飲んだ最も高価なお酒です。
まあ年季の入った給仕が目の前でボトルを傾けて注いでくれるのを見るのも悪くない。 -
何とかいう肉料理。
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シャンパンのてまえちょっと奮発して〆て37ユーロ。
雰囲気の良いレストランで、エリートビジネスマン風、地元のプチブルジョワ風の客が次々と入ってきました。 -
高いシャンパンを飲んで気分も高揚、いい気持ちでぶらぶらしました。
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ホテルから続くドゥルーエ・デルロン通り。
通りの両側はオープンテラスがびっしり、客もびっしり。 -
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通りの真ん中に建つ像。
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ホメオパシーの店。
同種療法、同病療法と言われるもので、日本ではあまり見ないがフランス、ドイツではときどき見かけます。 -
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イングリッシュパブ、ザ・シャーロック。
SNCFには泣かされましたがまあ大聖堂とサン・レミ聖堂だけでも見ることが出来てよかったです。明日はナンシーへ。
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