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<6日目><br /><br />■6月8日 ムリギノ村からキーロフ市へ<br /><br /> 03:00起床。眠い目をこすりながらトイレに向かうと、キッチンでこの家の主人、リュドミラさんが忙しく朝食の準備に立ち働いている。どうやら前夜から眠らずに朝の準備をしてくれていた様子。友達の友達の友達というだけの関係なのに、まるで昔からの親友のようなにこやかな笑顔と快活な挨拶。世話になったお礼に何か日本の土産を渡したいと思うが、手元には何もない。精一杯元気な挨拶を返す。<br /><br /> フレンチトースト、ブリヌイ、紅茶の朝食を美味しくいただき、04:20に全員そろって出発。リュドミラさんが家の前で手を振りながら見送ってくれる。天気予報は雨と聞いていたが、空は曇空。雲の切れ目からうっすらと青空がのぞきかけている。<br /><br /> 朝霧が立ちのぼるビャートカ川沿いの道を軽快に歩く。5kmほど先の休憩地(ギルソボ)まで、木立を縫って、ほどよい散歩道が続いている。道は地道だ。前日の雨の名残りで、ところどころに小さな水たまりがあるが、しつこい泥濘はない。ビャートカ川の両岸は自然のままだ。生い茂る草の合間からゆったりと流れる川面が銀色の光を反射させながら顔をのぞかせる。<br /><br /> ギルソボはビャートカ川にかかる鉄橋の根元に広がる小さな町だ。やはり小さな教会があり、祈りの声が響いてくる道端で40分ばかり休憩。6:00ちょうどに先頭の十字架集団が動き出したあと、少したってから私たちも出発する。ギルソボから先は、簡易舗装の一般道を3時間ほど続き、その先に片側3車線の広い幹線道路がつながっている。幹線道路をしばらく歩くと、キーロフ市内に向かう分岐点が現れる。小雨が断続的に降ったり止んだりしているのを除けば、歩きやすい道だ。幹線道路では交通規制が徹底していて、車は3車線のうちの1車線だけを使って走り抜けていく。<br /><br /> 同行のジーマ君が、ロシア正教のしきたりや日々の生活の戒律、行進しながら参加者がしきりに唱えるアカフェストと呼ばれる聖典の意味などを解説してくれる。ロシア正教が属する東方正教会は、カトリック、プロテスタントと並ぶキリスト教の一大潮流なのだが、「キリスト教=一神教=絶対の神」という図式だけではよく理解できない。キーロフ行進をともに歩いてみた感触では、ロシアの人々の宗教観や信仰心というものは、ロシアの自然と社会に沁みこんだ生活の一部として理解した方がいいような気もする。<br /><br /> 今日で行進も最終日だ。ロシア人たちは何を思いながらこの道を歩いているのだろうか。<br /><br /> 2回目の休憩の後、9時ごろに広い幹線道路に出たのを機に、人の列が横5?6列に広がった。キーロフ市内までもうすぐだ。行進の列にどことなくほっとした空気が漂う。先導役のジーマ氏一家や、ユーリー先生、セルゲイ氏、ロマン氏らと肩を並べてあれこれ話をしながら歩いた。<br /><br />以下は、行進の合間の会話の断片を拾い集めたものだ。<br /><br />■ジーマ夫妻の場合;この行進は子供たちの成長にとって大事な行事なんだ<br /><br /> ジーマ氏は38歳。キーロフ市内で「ミュンヘン」(ドイツ料理)、「アガタ」(ロシア料理)という2つのレストランを経営している。現在、さらに3つめのレストランの出店を準備中で、これは日本料理店になるそうだ。若いがやり手のビジネスマンだ。<br /><br /> 2000年から毎年キーロフ行進に参加している。最初は、キーロフからベリカレツコエまでの片道だけ参加した。現在のようにコース途上に知り合いもなく、ずっと野宿して歩いた。足にマメができてひどい目にあった。「もう二度と歩かない」と思ったが、翌年からも結局、毎年参加している。<br /><br />「歩くと心がすっきりするんだ。」<br /><br /> 家族も引き連れて歩くようになった。息子のイリヤ(14歳)は6歳から片道参加し、10歳から往復参加した。往復参加は今年でもう5回目だ。ニキータ(10歳)は今年で4回目の参加。最初はやはり片道参加で、今年初めて往復参加に挑戦した。<br /><br />「息子たちの成長にとってもこれは大事な行事なんだ。ニキータは最後までやり遂げると思う。」<br /><br /> 妻のスベトラーナさん曰く。<br /><br />「時に泣きじゃくる幼子を抱えて歩くのは母親にとってはとっても辛いことよ。けれども、この困難な道を1年に一度歩くことで、ロシア人は本当のロシア人になれると思うの。信仰の意味を体感させるいい機会なのよ」<br /><br />■ユーリ先生の場合;行進の目的は各人がもっと神に近づくこと<br /><br /> ユーリ・セルゲービッチ先生は73歳。1959年に大学を卒業し、母校(高校)で文学の教師になった。専門はドストエフスキー。1970年代に卒業間際のリュドミラさんを教えた。<br /><br />「リュドミラは『聖書研究会』というサークルを組織するなど、学生時代から活発な女性だった。ソ連時代でもそういうサークルは認められていたんだ。」<br /><br />「弾圧の時代にも屈せず、ロシア正教を生きながらえさせたのは『女性たちの信仰の力』だ。」<br /><br /> ユーリ・セルゲービッチ先生は今回初めてキーロフ行進に参加した。<br /><br />「できれば死ぬまでにもう一度、もっと信仰を深く感じ取るために参加したい。ロシア正教の信者は皆、この行進に参加するとよいと思う。参加者が多いのはいいことだが、参加者がそれぞれ何を感じ取るかがもっと大事だ。ただ歩いたから信徒であるというわけではない。神を信じて歩いている人は、もっと神に近づくことができる。行進の目的は、各人がもっともっと神に近づくことなのだ。」<br /><br />「歩いていると、楽な時、苦しい時、波があるのは当然だ。善と悪が心の中で争っているのだから。その心の葛藤が人を神に近付けてくれる。」<br /><br /> 私のようなロシア正教の信者でもない門外漢が行進に参加することをどう思うか聞いてみた。<br /><br />「神は愛だ。だから、ロシア正教の信者でない人が参加することも喜ぶべきことだよ。正教の信者でなくてもこの行進から何かを感じ取ることができるだろう。それでいいんだよ。」<br /><br />■セルゲイ氏の場合;ロシアの大自然が信仰の力を育んだ<br /><br /> セルゲイ氏は、さほど熱心な正教の信者ではないと自分で言う。ただ、スピリチュアルなものには関心が強く、チベットや南米など世界各地のエネルギー・スポットを訪ねて旅行している。<br /><br />「私が外国に旅行するのは、その土地のエネルギーを感じとるためだ。大自然のエネルギーを感じとることで心身をリフレッシュさせることができる。」<br /><br />「このキーロフ行進では参加した人々のもつエネルギーを感じた。どんな困難にも耐えて、道を切り開く力をロシア人に与えているのは、ロシアの大自然であり、この自然とともに育まれてきた信仰の力だと思う。」<br /><br /> ロシアの大自然と、ロシア正教の信仰と、どちらがより多くロシア人に力を与えていると思うか、ちょっと意地悪に聞いてみた。一瞬躊躇したセルゲイ氏は、しかし、断固として言った。<br /><br />「それはやはり信仰の力だ。」<br /><br />(つづく)<br />

キーロフ十字架行進 歩きながらの対話 生活の一部としてのロシア正教(13)

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2012/06/03 - 2012/06/08

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JIC旅行センター

JIC旅行センターさん

<6日目>

■6月8日 ムリギノ村からキーロフ市へ

 03:00起床。眠い目をこすりながらトイレに向かうと、キッチンでこの家の主人、リュドミラさんが忙しく朝食の準備に立ち働いている。どうやら前夜から眠らずに朝の準備をしてくれていた様子。友達の友達の友達というだけの関係なのに、まるで昔からの親友のようなにこやかな笑顔と快活な挨拶。世話になったお礼に何か日本の土産を渡したいと思うが、手元には何もない。精一杯元気な挨拶を返す。

 フレンチトースト、ブリヌイ、紅茶の朝食を美味しくいただき、04:20に全員そろって出発。リュドミラさんが家の前で手を振りながら見送ってくれる。天気予報は雨と聞いていたが、空は曇空。雲の切れ目からうっすらと青空がのぞきかけている。

 朝霧が立ちのぼるビャートカ川沿いの道を軽快に歩く。5kmほど先の休憩地(ギルソボ)まで、木立を縫って、ほどよい散歩道が続いている。道は地道だ。前日の雨の名残りで、ところどころに小さな水たまりがあるが、しつこい泥濘はない。ビャートカ川の両岸は自然のままだ。生い茂る草の合間からゆったりと流れる川面が銀色の光を反射させながら顔をのぞかせる。

 ギルソボはビャートカ川にかかる鉄橋の根元に広がる小さな町だ。やはり小さな教会があり、祈りの声が響いてくる道端で40分ばかり休憩。6:00ちょうどに先頭の十字架集団が動き出したあと、少したってから私たちも出発する。ギルソボから先は、簡易舗装の一般道を3時間ほど続き、その先に片側3車線の広い幹線道路がつながっている。幹線道路をしばらく歩くと、キーロフ市内に向かう分岐点が現れる。小雨が断続的に降ったり止んだりしているのを除けば、歩きやすい道だ。幹線道路では交通規制が徹底していて、車は3車線のうちの1車線だけを使って走り抜けていく。

 同行のジーマ君が、ロシア正教のしきたりや日々の生活の戒律、行進しながら参加者がしきりに唱えるアカフェストと呼ばれる聖典の意味などを解説してくれる。ロシア正教が属する東方正教会は、カトリック、プロテスタントと並ぶキリスト教の一大潮流なのだが、「キリスト教=一神教=絶対の神」という図式だけではよく理解できない。キーロフ行進をともに歩いてみた感触では、ロシアの人々の宗教観や信仰心というものは、ロシアの自然と社会に沁みこんだ生活の一部として理解した方がいいような気もする。

 今日で行進も最終日だ。ロシア人たちは何を思いながらこの道を歩いているのだろうか。

 2回目の休憩の後、9時ごろに広い幹線道路に出たのを機に、人の列が横5?6列に広がった。キーロフ市内までもうすぐだ。行進の列にどことなくほっとした空気が漂う。先導役のジーマ氏一家や、ユーリー先生、セルゲイ氏、ロマン氏らと肩を並べてあれこれ話をしながら歩いた。

以下は、行進の合間の会話の断片を拾い集めたものだ。

■ジーマ夫妻の場合;この行進は子供たちの成長にとって大事な行事なんだ

 ジーマ氏は38歳。キーロフ市内で「ミュンヘン」(ドイツ料理)、「アガタ」(ロシア料理)という2つのレストランを経営している。現在、さらに3つめのレストランの出店を準備中で、これは日本料理店になるそうだ。若いがやり手のビジネスマンだ。

 2000年から毎年キーロフ行進に参加している。最初は、キーロフからベリカレツコエまでの片道だけ参加した。現在のようにコース途上に知り合いもなく、ずっと野宿して歩いた。足にマメができてひどい目にあった。「もう二度と歩かない」と思ったが、翌年からも結局、毎年参加している。

「歩くと心がすっきりするんだ。」

 家族も引き連れて歩くようになった。息子のイリヤ(14歳)は6歳から片道参加し、10歳から往復参加した。往復参加は今年でもう5回目だ。ニキータ(10歳)は今年で4回目の参加。最初はやはり片道参加で、今年初めて往復参加に挑戦した。

「息子たちの成長にとってもこれは大事な行事なんだ。ニキータは最後までやり遂げると思う。」

 妻のスベトラーナさん曰く。

「時に泣きじゃくる幼子を抱えて歩くのは母親にとってはとっても辛いことよ。けれども、この困難な道を1年に一度歩くことで、ロシア人は本当のロシア人になれると思うの。信仰の意味を体感させるいい機会なのよ」

■ユーリ先生の場合;行進の目的は各人がもっと神に近づくこと

 ユーリ・セルゲービッチ先生は73歳。1959年に大学を卒業し、母校(高校)で文学の教師になった。専門はドストエフスキー。1970年代に卒業間際のリュドミラさんを教えた。

「リュドミラは『聖書研究会』というサークルを組織するなど、学生時代から活発な女性だった。ソ連時代でもそういうサークルは認められていたんだ。」

「弾圧の時代にも屈せず、ロシア正教を生きながらえさせたのは『女性たちの信仰の力』だ。」

 ユーリ・セルゲービッチ先生は今回初めてキーロフ行進に参加した。

「できれば死ぬまでにもう一度、もっと信仰を深く感じ取るために参加したい。ロシア正教の信者は皆、この行進に参加するとよいと思う。参加者が多いのはいいことだが、参加者がそれぞれ何を感じ取るかがもっと大事だ。ただ歩いたから信徒であるというわけではない。神を信じて歩いている人は、もっと神に近づくことができる。行進の目的は、各人がもっともっと神に近づくことなのだ。」

「歩いていると、楽な時、苦しい時、波があるのは当然だ。善と悪が心の中で争っているのだから。その心の葛藤が人を神に近付けてくれる。」

 私のようなロシア正教の信者でもない門外漢が行進に参加することをどう思うか聞いてみた。

「神は愛だ。だから、ロシア正教の信者でない人が参加することも喜ぶべきことだよ。正教の信者でなくてもこの行進から何かを感じ取ることができるだろう。それでいいんだよ。」

■セルゲイ氏の場合;ロシアの大自然が信仰の力を育んだ

 セルゲイ氏は、さほど熱心な正教の信者ではないと自分で言う。ただ、スピリチュアルなものには関心が強く、チベットや南米など世界各地のエネルギー・スポットを訪ねて旅行している。

「私が外国に旅行するのは、その土地のエネルギーを感じとるためだ。大自然のエネルギーを感じとることで心身をリフレッシュさせることができる。」

「このキーロフ行進では参加した人々のもつエネルギーを感じた。どんな困難にも耐えて、道を切り開く力をロシア人に与えているのは、ロシアの大自然であり、この自然とともに育まれてきた信仰の力だと思う。」

 ロシアの大自然と、ロシア正教の信仰と、どちらがより多くロシア人に力を与えていると思うか、ちょっと意地悪に聞いてみた。一瞬躊躇したセルゲイ氏は、しかし、断固として言った。

「それはやはり信仰の力だ。」

(つづく)

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