2014/07/10 - 2014/07/12
1564位(同エリア27620件中)
阿蘇美忍さん
1867年、高宗が乾清宮(コンチョングン)を建てる際にその南側に池を掘りました。
そして、池の真ん中に島を造ってそこに香遠亭を建てました。
又、木で造った陸橋に酔香橋(チィヒャンギョ)という名前を付けて、散歩を楽しんだと言われています。
香遠亭は後方の北岳山(ブガッサン)と調和し、素晴らしい姿を誇る代表的な東屋で、オススメスポット。
此処は、景福宮の中で最も美しい景色が自慢の場所です!
動画も是非、御覧ください。
https://plus.google.com/u/0/photos?pid=6035088508192972034&oid=111367616953169968724
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- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
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本当に此処にいると時間を忘れます。
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今回は、三時間程でした。
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でも、大半が観れていません。
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中に、食事をする所は無いかと思います。
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と、言う事は半日単位が良いところでしょうかね?
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午後から半日なら、廻れるかな?
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今回、遊び人が入場したのが午前10時頃ですから・・
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本当に、全てを観るのは大変かも知れません。
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長い塀です。
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こちらにも♪
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宮殿の後でしょうか?
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しかし、広大な面積です。
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自然散策ですね♪
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次回に来るとしたら、お弁当持参?
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持ち込み可能でしょうかね?
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長閑ですね♪
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直ぐに隠れますが、野生のリスが居ます。
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人を見ると、隠れます。
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全部廻るだけで、大変です。
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乾清宮
1873年(高宗10年)、 高宗皇帝により建てられ、高宗とその妃の明成
(ミョンソン)皇后(閔妃)が暮らした場所。 -
1895年(高宗 32年)、明成皇后が日本からの刺客により殺害された、
悲運の場所としても有名。 -
日本統治時代の1915年に撤去されましたが、2007年10月に復元されました。
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当初は特別観覧のみでしたが現在は一般公開されています。
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香遠亭
1867年、高宗が乾清宮(コンチョングン)を建てる際にその南側に池を掘り、池の真ん中に島を造ってそこに香遠亭を建て、木で造った陸橋に酔香橋
(チィヒャンギョ)という名前をつけ、散歩を楽しんだそう。 -
香遠亭は後方の北岳山(ブガッサン)と調和し、
素晴らしい姿を誇る代表的な東屋で、オススメスポット。 -
ここは景福宮の中で最も美しい景色が自慢の場所です!
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此処からは、景福宮☆基本コース!を、順番に御紹介致します。
1.光化門(クァンファムン)★写真とは文章の関連は有りません★
1395年(太祖4年)に初めて建てられた光化門は、景福宮の正門で王室と国家の権威を象徴していた門。日韓併合後の1927年、朝鮮総督府の建物が建てられたことによって解体され、現在の国立民俗博物館の入口側に移転されました。解放後の1950年、朝鮮戦争の時に焼失してしまいましたが、1968年2月、現在の位置に移転し、復元されました。光化門は全体的に均衡と調和を成し、壮麗な外観を持つ最も優れた闕門(王宮の門)という高い評価を受けていてます。 -
2.興礼門(フンレムン)★写真とは文章の関連は有りません★
光化門と勤政門(クンジョンムン)の南北の中心軸線上に位置する2階建ての建物で、1916年に朝鮮総督府が建てられたことで、興礼門をはじめとする行閣などが撤去されました。しかし2001年10月、85年ぶりに興礼門と興礼門の周辺が復元され、昔の姿を取り戻しました。ちなみに李朝の正宮である景福宮は古代東洋の制にしたがい、全部で3つの大門があります。1つめが外側を代表する光化門、2つめが景福宮全体の大門である興礼門、そして3つめが朝礼が行われていた勤政殿の出入口である勤政門。ふだん宮殿の外から勤政殿に出入りする時は、光化門と興礼門、勤政門を通ることになります。また興礼門と勤政門にわたる空間は王を護衛する兵器や軍事訓練を担当する近衛隊が配置された場所。こちらで王の安全が最優先されていました。 -
3.勤政殿(クンジョンジョン)★写真とは文章の関連は有りません★
国宝第223号。勤政殿は景福宮の正殿として当時、宮殿の正殿の建物の中では最も大きく、多包様式の建物で現存する最大の木造建築物。勤政殿では王が臣下の朝礼を受け、公式な国家儀式を行ったり、宴会が催され、また外国の使臣との接見が行われました。宮殿は2階建てで、中をのぞくと1階と2階が吹き抜けになっていて、天井まで見渡すことができます。天井中央の竜の姿や丹青(王宮などの木造建築の壁、柱、天井などにさまざまな文様を鮮やかな色彩で描くこと)など華麗さと雄壮さを兼ね備えた優れた建築物です。勤政殿は1395年(太祖4年)建立されましたが、文禄・慶長の役で焼けてしまい、その後李朝末期の1867年(高宗4年)11月に興宣大院君が再建、2001年に復元工事が終了しました。 -
4.慶会楼(キョンフェル)★写真とは文章の関連は有りません★
国宝第224号。慶会楼は国王と臣下が参席する重要な宴会や外国使臣を接待する宴会場でしたが、誰もが自由に出入りできる場所ではありませんでした。慶会楼は国王と臣下が出会いを楽しむ場所という意味からつけられた名前で、看板の字は太宗(テジョン・李朝第3代王)の王世子(皇太子)だった譲寧大君(ヤンニョンデグン)が書いたもの。池の真ん中には2つの島があり、東側にある四角い島に慶会楼があり、景色もとてもいいところとなっています。1412年(太宗12年)、太宗の命令によって慶会楼は創建されましたが、文禄・慶長の役で焼失。その後、1867年(高宗4年)、興宣大院君によって現在の姿に再建されました。 2005年からは特別観覧が開始され、内部の観覧には事前予約が必要です。 -
5.思政殿(サジョンジョン)★写真とは文章の関連は有りません★
勤政殿の後方に位置し、国王が御前会議を行い、各種政策を決定するなど臣下と国事を行っていた便殿(王が居住し、執務を行った宮殿)のひとつ。勤政殿が国家の公式儀式が行われる空間に対し、思政殿は王がふだん居住しながら政事を見きわめていた便殿でした。思政殿の名前には「国王が深く考え、国を治めなければならない」という意味が込められています。ちなみに思政殿の前には天、地などの千字文の名前が付けられた倉庫があり、ここは活字を保管していた活字倉庫と伝えられていますが、倉庫に番号を付けたものだという説もあります。 -
6.康寧殿(カンニョンジョン)★写真とは文章の関連は有りません★
国王が生活する内殿の中心となる建物で、国王が仕事を終えた後に寝室として使われていた場所。康寧殿は1395年(太祖4年)創建され、国王が健康で安らかであれば人民も安らかでいられるという意味から康寧殿という名前がつけられたそう。東西両側に「井」という字の形に9つの部屋を設け、国王はその真ん中の部屋で休み、周りの8つの部屋では女官たちが宿直していました。また、寝殿の室内には家具を置かなかったそう。康寧殿の東側には東の小さな寝殿「東小寝」の延生殿(ヨンセンジョン)、西の小さな寝殿「西小寝」の慶成殿(キョンソンジョン)があり、また延吉堂(ヨンギルダン)などの付属の建物があります。日本統治時代に撤去されましたが、1994年に復元されました。 -
7.交泰殿(キョテジョン)★写真とは文章の関連は有りません★
康寧殿のすぐ後ろにあった王妃の寝室で、中宮殿の建物。王妃の住まいなだけに、景福宮の中で最も華麗に飾られ、表は両儀門(ヤンウィムン)で康寧殿と通じ、裏には人工庭園である峨嵋山(アミサン)が広がっています。王妃はここに居住し、内命府のさまざまな仕事を処理していました。交泰殿の名前は陰陽が調和を成す易経の泰卦(六十四卦のひとつ)からとられた名前と言われています。現在の建物は日本統治時代に撤去されたものを1994年に復元したものです。 -
8.峨嵋山(アミサン)★写真とは文章の関連は有りません★
人の手によって造られた交泰殿の裏庭。韓国では昔から庭に花壇を造ったりせず、裏庭のほうが充実していました。峨嵋山は中宮殿の深い裏庭で、誰もが出入りできるという場所ではありませんでした。傾斜面には長く整えられた石を4段に積んで花壇を造り、段の上には梅、ボタン、ユスラウメ、クロフネツツジなどの花の咲く木や松の木、エノキ、ケヤキなどを植え、園林が造られました。その間には石鉢、日影台、石蓮池、洗心台(心を洗い清める場所)などの造形物が置かれています。 -
9.香遠亭(ヒャンウォンジョン)★写真とは文章の関連は有りません★
1867年、高宗が乾清宮(コンチョングン)を建てる際にその南側に池を掘り、池の真ん中に島を造ってそこに香遠亭を建て、木で造った陸橋に酔香橋(チィヒャンギョ)という名前をつけ、散歩を楽しんだそう。香遠亭は後方の北岳山(ブガッサン)と調和し、素晴らしい姿を誇る代表的な東屋で、オススメスポット。ここは景福宮の中で最も美しい景色が自慢の場所です! -
10.乾清宮(コンチョングン)★写真とは文章の関連は有りません★
1873年(高宗10年)、 高宗皇帝により建てられ、高宗とその妃の明成(ミョンソン)皇后(閔妃)が暮らした場所。1895年(高宗 32年)、明成皇后が日本からの刺客により殺害された、悲運の場所としても有名。日本統治時代の1915年に撤去されましたが、2007年10月に復元されました。当初は特別観覧のみでしたが現在は一般公開されています。 -
11.神武門(シンムムン)★写真とは文章の関連は有りません★
景福宮の北門。1443年(世宗25年)に建設されました。李朝時代は北岳山からの怒気を防ぐためにといつも開けられていたと伝えられています。また神武門を出ると目の前には青瓦台(チョンワデ)があり、写真撮影が可能。
※あまりに青瓦台に近づきすぎると警備中の警察官から注意されることがあるので、ご注意を! -
12.維和門(ユファムン)★写真とは文章の関連は有りません★
興礼門を通り過ぎ、永済橋を渡って左側を見ると出入口がひとつありますが、ここが維和門。もともと維和門の外側には大臣が勤政殿などを出入りする以前、集まって国事を論議していた賓庁(ビンチョン)があり、宮殿の外にいた官員は光化門と興礼門、維和門を経て賓庁へ入っていったそうです。 -
13.勤政門(クンジョンムン)★写真とは文章の関連は有りません★
宝物(国宝と重要文化財の間)第812号。景福宮の正殿である勤政殿の正門として、1867年(高宗4年)、勤政殿とともに建立されました。現存する李朝王宮の正殿正門のうち、唯一中層の建物として残っている門。勤政門は国家の大行事がある時にのみ使用され、普段は門が閉じられていました。臣下は武班と文班に区別され、文班は東側の日華門(イルファムン)を、武班は西側の月華門(ウォルファムン)を使用していたそう。 -
イチオシ
14.永済橋(ヨンジェギョ)★写真とは文章の関連は有りません★
興礼門と勤政門の間に流れていた禁川(クンチョン)の上にかかっていた石橋。1426年(世宗8年)に名前がつけられたといわれています。長さは13.3m、幅が10.3mの永済橋の真ん中には魚道があり、石橋の左右にある花崗石が積まれた護岸には4頭のヘテ(日本のこま犬のようなもので、善悪を見分けることのできる想像上の動物。獅子と似ているが頭の真ん中に角があり、宮殿の左右に石像がある)が立ち、とっても印象的です。 -
15.万春殿(マンチュンジョン)★写真とは文章の関連は有りません★
国王の臣下と国事を行っていた思政殿の東側にあった便殿(王が居住し、執務を行った宮殿)。李朝時代の国王は便殿で臣下と国事について議論し、聖賢の本を読み、時には臣下と宴会を開いたとされています。1867年(高宗4年)、興宣大院君が景福宮を復元する際に建てられましたが、朝鮮戦争(1950年)で焼けてしまいました。現在の建物は1988年に昔の姿に再建されたものです。 -
16.千秋殿(チョンチュジョン)★写真とは文章の関連は有りません★
国王が臣下と国事を行っていた思政殿の西側の便殿。この建物は文禄・慶長の役で焼失したのを1865年(高宗2年)に再建したもの。当時、政治・経済・文化の面で優れた業績を残した世宗(セジョン)大王と集賢殿(チピョンジョン・宮中に設置した学問研究機関)の学者たちがここでさまざまな新しい文物を創り出しました。 -
17.慶成殿(キョンソンジョン)★写真とは文章の関連は有りません★
康寧殿の西側にある付属の建物。寝殿である康寧殿(カンニョンジョン)の東西両側に置かれた小寝(小寝殿)のうち、西側の方の小寝殿。「天地の生と成をお手本とし、政治を明るくする」という意味から延生殿と慶成殿とつけられたそう。 -
18.延生殿(ヨンセンジョン)★写真とは文章の関連は有りません★
康寧殿の東側にある付属の建物で、寝殿である康寧殿(カンニョンジョン)の東西両側に置かれた小寝(小寝殿)のうち、その東側の方の小寝殿。上にもあるように「天地の生と成をお手本とし、政治を明るくする」という意味から延生殿と慶成殿とつけられたそう。 -
19.欽敬閣(フンギョンガッ)★写真とは文章の関連は有りません★
1438年(世宗20年)、蔵英実(科学者)が王命によって建てたもの。時刻と方位、季節を調べることができる化学器具である玉漏機輪が設置されてていました。玉漏機輪は、いわば自動の水時計。1553年(明宗8年)に焼失し、その翌年に再建されましたが、日本統治時代に撤去されました。現在の建物は1995年に復元したものです。 -
20.含元殿(ハムォンジョン)★写真とは文章の関連は有りません★
主に仏事を行った場所。いつ建てられたのかは定かではありませんが、世宗の時に建てられたと推定されています。朝鮮王朝は儒教国家でしたが世宗など多くの王と王妃が仏教に心酔していたという記録が残っています。何度かの消失を経て1888年(高宗25年)に復元されましたが、景福宮の他の内殿と同じく1917年の昌徳宮大火災後、昌徳宮再建のために取り壊されました。現在の建物は1995年に復元されたものです。 -
21.慈慶殿(チャギョンジョン)★写真とは文章の関連は有りません★
宝物第809号。慈慶殿は景福宮を再建した興宣大院君が、交泰殿東側の紫薇堂(チャミダン)の敷地に趙大妃である神貞皇后(李朝第23代国王・翼宗の妃)のために建てた宮殿。慈慶殿は44間の規模で、西側に必要なときだけ火を焚いて煖房できる寝房・福安堂(ブガンダン)と、昼間滞在する中央の慈慶殿、夏は涼しく過ごせるように東南側の楼閣である清燕楼(チョンヨンル)で構成されています。また慈慶殿の裏庭にある壁と西側の花の壁は、李朝時代を代表する美しい壁となっています。現在の建物は1888年(高宗25年)に再建されたもの。 -
22.資善堂(チャソンダン)★写真とは文章の関連は有りません★
東宮の建物の一部として世子(王位を継承する王子のこと)が居住し、王位に就く前に勉強していた場所。北闕図(景福宮の全体配置図)によれば、東宮は世子が百官から朝礼を受けていた正堂である継照堂(ケジョダン)、世子と世子嬪(世子の正妃)の住まいとして使われた内堂の丕賢閣(ピヒョンガッ)、世子が先生を招いて勉強をしていた春坊(チュンバン)、世子を護衛する兵士が留まっていた桂坊(ケバン)などで構成されていたそう。東宮の建物は日本統治時代にすべて撤去され、1999年に資善堂と丕賢閣のみ復元されました。資善堂の周囲を囲む長い回廊の行閣は世子の世話をする女官たちが住んでいた場所で、部屋と大きな棟、台所、門などからなります。 -
23.丕賢閣(ピヒョンガッ)★写真とは文章の関連は有りません★
東宮の建物の一部として世子が臣下と国事を議論するときに使用していた場所。文禄・慶長の役(1592年)の時に焼失したものを1867年(高宗4年)に再建し、この場所で純宗(スンジョン・1874〜1926・李朝第27代王で最後の王)が最後に王子時代を送りました。現在の建物は日本統治時代に撤去されたのを1999年に復元したもの。 -
24.緝敬堂(チッギョンダン)★写真とは文章の関連は有りません★
交泰殿の裏庭である峨嵋山の北側には嬪宮(王世子の妃)が住む数多くの殿閣がありましたが、日本統治時代にほとんどの殿閣と行閣が撤去されてしまいました。現在、緝敬堂と咸和堂だけが残っています。 -
25.咸和堂(ハンファダン)★写真とは文章の関連は有りません★
交泰殿の裏庭である峨嵋山の北側に位置する嬪宮(王世子の妃)のひとつ。現在残っている東側の緝敬堂と西側の咸和堂は廊下でつながってます。現在は空き地に建物がポツリと建っていますが、もともとは行閣として一郭を成していたひとつの居住空間でした。 -
イチオシ
26.集玉斎(チボッジェ)★写真とは文章の関連は有りません★
高宗は1891年、昌徳宮にあった集玉斎を乾清宮の西側に移し、書斎や外交使臣接見所として使用しました。煙瓦を積んで両壁麺を作った当時としては珍しい中国清風の建物で、外から見るとシンプルに見えますが、内部は2階建てになっています。また、両側の協吉堂と八隅亭とは廊下で繋がれています。 -
27.協吉堂(ヒョッキルダン)★写真とは文章の関連は有りません★
正面から見て集玉斎の右側にある協吉堂。中国清風建築の集玉斎とは違い、韓国固有建築のオンドル部屋があり、休憩場所として使用されていました。 -
28.八隅亭(パルジョン)★写真とは文章の関連は有りません★
正面から見て集玉斎の右側にある八隅亭。八角楼閣で柱の上部には清風の華やかな飾りが付いています。こちらも協吉堂と同様に集玉斎とは廊下で繋がっています。 -
29.泰元殿(テウォンジョン)★写真とは文章の関連は有りません★
1868年(高宗5年)、高宗により建立されたと推定されています。泰元殿は太祖(李朝第1代王)の御真影が祀られ、皇后の遺体を奉る殯殿として使用されていました。周囲には永思斎や恭獣斎など儀礼用建物もあり、神聖な一郭を成していました。日本統治時代に撤去されましたが、2006年に現在の姿に復元されました。 -
30.修政殿(スジョンジョン)★写真とは文章の関連は有りません★
石を使って高くて広い基壇を造り、その上に建てたこの建物は国王が国事を行っていた便殿と推定されています。もともと世宗大王の時代にハングルが初めて創り出された集賢殿の建物。建物自体は文禄・慶長の役に焼失した後、放置されていましたが1867年(高宗4年)に再建され、名前も「修政殿」とされました。現在、修政殿は1つ取り残された形になっていますが、以前は周りに壁の役割をする長い回廊である行閣が200間近くあり、また周辺には国事を行ういくつかの官庁がありました。 -
醤庫(チャンコ)★写真とは文章の関連は有りません★
景福宮には味噌・醤油などを保管する大きな醤庫・カメの置き場が2つありました。2005年、発掘調査などに基づいて復元されました。また、2007年からは韓国全土から集めた様々なカメを用途別・地域別に分類して展示しています。 -
景福宮の中、修政殿(スジョンジョン)の前にはカフェ&お土産店の「ボトゥルマル」があります。たくさん歩き周って疲れた時は飲み物を飲んで休憩したり、お土産を探してみるのもイイかも!ここでしか手に入らないお土産が見つかるかも!?
★写真とは文章の関連は有りません★ -
景福宮の施設内には、国立古宮博物館と国立民俗博物館の2つの博物館があるので、時間のある時は立ち寄ってみるのもイイかも!
★写真とは文章の関連は有りません★ -
此処では、お茶の作法も学べます。
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いよいよ、出口が近いです。
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何となく名残惜しい気がしますが・・
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あのチョゴリの女性が、お茶の先生?
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あそこも次回は行きたい♪
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住所
ソウル市 鍾路区(チョンノグ)世宗路(セジョンノ)1-1 -
電話番号
(景福宮 文化財案内室)02-3700-3904、3905 -
営業時間
<3−5月、9−10月>9:00-18:00
<6−8月>9:00-18:30
<11−2月>9:00-17:00
※入場は閉宮の1時間前まで。
※状況により、観覧時間の短縮・調整の可能性あり。 -
休業日
毎週火曜日(※祝日と重なった場合は開園)
※2012年旧正月休みなし。 -
料金
【入場料】
満19以上:(一般)3,000ウォン/(団体)2,400ウォン
満7〜18歳:(一般)1,500ウォン/(団体)1,200ウォン
※団体は10名以上
※満6歳以下無料
※韓国国内居住者の満65歳以上無料(永住ビザ取得者も含む)
※1枚で民俗博物館、景福宮、古宮博物館を観覧できます
※チケットは当日のみ有効(再入場可)
<4大宮と宗廟の統合観覧制>
1枚のチケットで5箇所(景福宮、昌徳宮(後苑含む)、昌慶宮、徳寿宮、宗廟)を見学することができる。10,000ウォン(有効期限:1ヶ月)
※1箇所でも使用した場合は払い戻し不可。 -
ホームページ
www.royalpalace.go.kr/ (韓国語、英語) -
その他の情報
※史跡第117号
※太元殿、乾清宮、咸和堂、絹敬堂は現在一般観覧が可能です。
※内部殿閣(康寧殿、交泰殿、慶会楼、乾清宮)は現在解放されています。
※古宮博物館はリニューアルオープンしています。
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<日本語ガイド>
定休日を除く毎日10:00、12:30、14:30
所要時間1時間〜1時間半
スタート場所:興礼門内側 景福宮案内室前
案内電話番号:02-3700-3904
※10〜30名の団体の案内は要予約(学生および30名以上の案内は不可)
※秋夕の自由観覧実施時はガイドがありません。 -
<韓国語ガイド>
(月・水〜土)11:00/13:00/14:00/15:00/16:00(11〜2月15:30)
(日)10:00/12:00/12:30/13:30/14:30(追加案内)
※太元殿、乾清宮、咸和堂、絹敬堂案内(一般案内はなし) -
<英語ガイド>
(定休日を除く毎日)11:00/13:30/15:30 -
<中国語ガイド>
(定休日を除く毎日)10:30/13:00/15:00 -
<太元殿、乾清宮一円案内>
韓国語:11:00、14:00、16:00(外国語案内なし)
スタート場所:乾清宮前 -
<「わたしたちの宮殿道案内」イベント>
上記の時間以外に韓国語の追加案内あり。
日曜日 13:00/13:30/14:00/14:30/15:00
※10名以上の団体の案内は要予約 -
地下鉄3号線キョンボックン(景福宮・Gyeongbokgung・327)駅5番出口を出るとすぐそこに景福宮があります。
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地下鉄3号線アングッ(安国・Anguk・328)駅1番出口を出てまっすぐ。古宮の塀沿いに右へ行くと入口がある。徒歩約10分。
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光化門
(Gwanghwamun 533/???)
ソウル地下鉄5号線
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今回の旅記での一部文章は、韓国観光旅行ガイドソウルナビから引用させて、頂きました。
http://www.seoulnavi.com/ -
此処が出口です。
逆入り禁止です。 -
毎日定時には英国王室の近衛兵交代儀式と比較される華やかさ!
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上品な韓国伝統の宮中文化再現行事「守門将交代儀式」が行われています。
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伝統衣装が着られる無料体験コーナーですが、
光化門を入ってすぐ左側で体験ができます。 -
交代儀式が終わった10時15分から申し込み可能です。
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暑いのに、大変ですね。
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此処で、衣装を借りて写真が撮れます。
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かなりの人が、並んでました。
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此処を歩くと、地下鉄です。
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遅めの昼食は、此処でした。
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ソウルは、今では日本で食べれない「ユッケ」が食べれます。
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もちろん、〆は冷麺で♪
ビール中ビン2本込みで、1万5千ウオン♪
安い♪(^0^) -
店内を一枚♪
今回も私の至らぬ旅記を最後まで御覧いただきまして有難う御座います。
m(__)m
https://plus.google.com/u/0/111367616953169968724/stories/31a513b0-1d74-33f9-85c2-eebb4759604c1472d28a215
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