2014/05/30 - 2014/05/30
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ベームさん
5/30(金)、5日目。
今日はシノンに行き午後トゥールに戻ります。快晴です。
シノン城は10世紀に造られたようですが、今の城を築いたのはアンジュー伯アンリ、後のイングランド王ヘンリー2世です。
プランタジネット家アンジュー伯はフランス王と臣従関係にありますが姻戚関係からアキテーヌ、ノルマンディー公国などフランス南西部の大部分をその領地としている大領主でした。
そのアンリが1154年母方からイングランド王位継承権を与えられイングランド王ヘンリー2世として即位しました。ここにイングランドとフランスに大きな領土を持つ大国アンジュー帝国が出現したのです。その領土はフランス王カペー家のそれをはるかに凌駕する物でした。
時のフランス王はフィリップ2世(尊厳王)でなかなかの策士でした。ヘンリーの妃アリエノール、息子のリチャード(後の獅子心王リチャード1世)をそそのかし共同してヘンリーに対抗したのです。
身内に背かれフィリップ2世に敗れたヘンリー2世は1189年ここシノン城に退却し傷心の内亡くなりました。
後を継いでイングランド王になった息子の獅子心王リチャード1世はフランス王フィリップ2世と共同で十字軍を派遣しましたがフィリップに裏切られ、その後苦難と戦いに明け暮れ1199年戦いで受けた傷が元で父と同じここシノンで亡くなりました。
リチャード1世の後を継いだ弟ジョン欠地王は無能で、フランス王フィリップ2世に次々とフランスの領土を奪われ、その代にはアキテーヌ地方を残すのみとなりもはや帝国とは言えなくなりました。欠地王というあだ名で呼ばれています。この綽名のいわれはいろいろ説があるようですが。
1066年のノルマンディー公ギヨームのイングランド征服以来フランスとイングランド、特に王位継承の関係は分かりにくいです。
そのような歴史があったとしても、なんといってもシノンの名を歴史にとどめているのはジャンヌ・ダルクでしょう。
1412年フランスはロレーヌの田舎ドンレミに生まれたジャンヌが12歳の時「シャルルを助けイングランド軍を駆逐し、シャルルをランスに導きフランス王の戴冠をさせよ」との神のお告げを聞いたのでした。
1429年17歳の時ジャンヌはついに起ちました。550キロの道のりを当時シノン城に籠っていた王太子シャルル(のちのシャルル7世)に会いに行ったのです。
シャルルに謁見したジャンヌは神のお告げを伝えシャルルを励ましました。後は歴史の示す通りです。
オルレアンを解放しフランスを救ったジャンヌは1430年5月コンピエーヌでブルゴーニュ軍に捕らえられイギリス軍に引き渡されました。1431年5月、シャルル7世にも見放されたジャンヌは哀れ19歳の若さでルーアンで火刑台上の露と消えました。
1446年ローマ教皇は復権裁判でジャンヌを無罪とし(ジャンヌは魔女として裁かれた)、1920年には列聖(聖人となる)されました。
写真はヴィエンヌ川に架かる橋の上からのシノン城。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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シノンは人口9千人ほどの小さな町です。
トゥレーヌ地方のワインの主要産地で、城の後方にはブドウ畑が広がっていました。
「ガルガンチュアとパンタグリュエル物語」の作家フランソワ・ラブレーの生地です。 -
7:42トゥール発のTERでシノンに向かいました。
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車窓風景。
農業大国の豊かな平地。 -
昨日バスで来たアゼー・ル・リドーを通りました。
バスで良かったです。駅前にはタクシーなどありそうにもありません。 -
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シノン駅着8:31。
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シノン駅。
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駅前風景。
昨日と打って変わって快晴です。 -
駅前から続くドクター・ピエール・ラブジール通り。
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11・ノヴァンブル/11月11日通り。
1918年11月11日は第1次世界大戦休戦記念日です。 -
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勇ましいジャンヌ・ダルクの騎馬像が建っていました。
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ロワール川の支流ヴィエンヌ川。
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支流と言っても大きな川です。
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橋の袂のシノン生まれのフランソワ・ラブレー像。
「ガルガンチュア物語」、「パンタグリュエル物語」の作者。 -
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ヴィエンヌ川。
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ヴィエンヌ川に架かる橋の途中からシノン城を望む絶景。
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ヴィエンヌ川の段丘の上に聳えるシノン城。
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ズーム。
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右の塔はシノン城の時計塔。
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絵葉書で見るとこんな素晴らしい景観です。
対岸からの写真です。 -
時計塔。
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橋を戻りカルノー通り。
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旧市街地に入ります。
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古い道が交差する四つ辻グラン・カロワ。
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城の時計塔。
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グラン・カロア/大きな四つ辻。
小さな四つ辻です。 -
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グラン・カロアに建つ古きシノンと水運の博物館。別名三部会館。
1199年リチャード獅子心王が戦いに傷つきこの館で亡くなった。
1428年にはシノン城に籠る王太子シャルルが三部会を開いている。 -
「1428年この館で三部会が開催された」。
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王の代官の館。
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古い街並みが残るオート・サン・モーリス通り。
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シノン城の城壁が望めます。
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サン・モーリス教会。
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グラン・カロワに戻ってきました。
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片隅に古い小さな井戸みたいなものがあります。
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なになに、「1429年3月、ジャンヌ・ダルクが馬から降りるためこの井戸の縁石に足を下ろした。」
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その井戸の前の道ジャンヌ・ダルク通り。
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ジャンヌ・ダルク通りを登りつめると、
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シノン城の城壁が現れました。
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振り返る。
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シノンの街並み。
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城門・時計塔に繋がるサン・ジョルジュの砦跡。
1489年、イングランド王ヘンリー2世は息子リチャード獅子心王とフランス王フィリップ2世の軍に敗れこの砦に落ちのびたあとここで亡くなっている。
父に背いたリチャードも10年後にシノンで亡くなっており不思議な縁ですね。 -
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城壁の先に時計塔が見えます。
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シノン城入り口。
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開門(9時30分)を待つ人がいます。
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門から入った所。
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下の街から細く見えていた時計塔は正面から見るとこの様になっていました。
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シノン城。
11,12,13,15世紀。
アンドル・ロワール県所有。 -
シノンの町の眺め。
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屋根の色は灰色で統一されています。
先ほど途中まで渡った橋です。 -
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サン・モーリス教会が見えます。
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時計塔から続く広場。
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かって大広間だった暖炉のある壁の部分。建築当時のまま残っています。
壁の後ろの建物部分は後に修復されたもの。 -
かっての城の大広間。
ここがジャンヌ・ダルクがシャルルに初めて謁見した所です。 -
1429年3月ジャンヌ・ダルクはこの広間でシャルル7世を識別した。
1929年500年記念。
識別、としましたがその時シャルルはジャンヌが本当に神の使いかどうか試すため家臣の中に隠れていたという、それをジャンヌはためらいもなく見分けたからです。 -
大広間から奥に進みます。
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その先に三つの丸い塔があります。
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城の西端部分です。
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そのうちの一つクードレー塔がジャンヌの住まいとして与えられたそうです。
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クードレー塔内部。
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空堀。
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ヴィエンヌ川。
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これからイングランド軍、ブルゴーニュ軍と一戦交えようとする武人たちも時にはこの美しい眺めで心を癒したのでしょう。
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城の後ろに広がるブドウ畑。
シノンはワインの名産地。シノン出身の作家ラブレーは「人はワインを造り、ワインは人を造り変える」と言ったそうです。 -
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城内のレストラン。
時間があればここでシノンワインを飲みながら食事をしたかった。時間があればでなく時間を造ればよいのに。私の旅は駆け足で、いつも時間があればの繰り返しです。 -
大広間に続く建物。
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中は展示館になっています。
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展示館。
シノン城前景。右の方に時計塔、真ん中あたりに大広間、左端にクードレー塔。 -
ジャンヌ・ダルク一行シノン城に向け出発。
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ジャンヌ・ダルク、フランスの解放者。
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フランスの救国者ジャンヌ・ダルク。
左上:1429.7.17、ランスにおけるシャルル7世の聖別式。
右上:1430.5.22、ジャンヌ、コンピエーヌで捕らわれる。
中左:ジャンヌ、脱走を試みるも失敗。
中右:牢獄で天の慰めの声を受けるジャンヌ。
中:1431.5.30、ジャンウ、ルーアンでイギリス軍により火刑。
下:ジャンヌの裁判。 -
ジャンヌ・ダルク哀歌。
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テンプルの騎士が屋根の上に立っています。
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時計塔に上りました。
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白日の下、城の廃墟とか美しいヴィエンヌの流れを見ているとここを舞台にした昔の出来事が夢のようです。
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時計塔の天辺。
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古い城では屋根を支える骨組みが木材、というのが多いです。重量を軽くするためです。
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シノンの町。
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街中に降りてきました。
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市庁舎。
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ラベレ通り。
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サン・テチエンヌ教会。
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駅に戻り11時38分の列車でトゥールに帰りました。
SNCFサントル地区路線図。
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この旅行記へのコメント (2)
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- dankeさん 2014/09/20 02:25:03
- シノン 素敵な町ですね
- ベームさん
シノンの旅行記楽しませてもらいました。トゥールからTERに乗る時の駅にあるあのパタパタする昔風の時刻表いいですね。でもその下にアルザスでも見たのと同じスクリーンの時刻表が写っていますから、もしかしたらあのパタパタ時刻表がなくなってしまうのかもしれませんね。あのロケーションでシノンワインを飲みながら食事、本当にしてみたいです。あと時計台の上から見る町と川の眺望も素敵です。勿論、ぶどう畑も!私はロワール地方に最初行こうと思っていて結構調べていたのですが、電車やバス余り乗り継ぎよくないみたいですね。どなたかの旅行記でロワール地方に来る日本人の観光客は以前より減ったとみました。どうしてですかね。
- ベームさん からの返信 2014/09/20 14:32:00
- RE: シノン 素敵な町ですね
- dankeさん、
シノン初めフランス旅行記に沢山ご投票いただき有難うございます。
シノンワインを飲みに是非いらっしゃってください。
ブロワで一泊して循環バスでブロワ城、シャンボール城、シュベルニー城。
トゥールで1〜2泊して列車でアンボワーズ城、シュノンソー城、シノン城、アゼー・ル・リドー城など回れます。
全般的に外国で(私の場合はドイツとフランスだけですが)日本人観光客の姿は少なくなっているような気はします。あるいは隣国の観光客の姿が目立ちすぎるのかも知れませんが。
ベーム
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