2014/05/29 - 2014/05/29
83位(同エリア384件中)
ベームさん
5/29(木)、4日目。
午前中ショーモン・シュル・ロワール城を見てトゥールに行き、すぐバスでアゼー・ル・リドー城へ行くことにしました。
列車到着からバスの発車時間まで23分しかないので急ぎました。
ところがバス停が分からず親切なご婦人に助けられたと思ったら今度は切符売り場、券売機が見当たらない。バスの運ちゃんに車内でなくそとで切符を買ってこいと言われたからです。
発車時間ぎりぎりにバスに戻って切符売り場なんてないよ、と言うとバスに乗れ、という仕草をする。お金を払うと切符がきれているから切符は出せないと言う。始発のバスで切符が切れている。日本の運行管理体制からは考えられないことです。
アゼー・ル・リドー城:アンドル川に囲まれた16世紀初頭のルネッサンス建築の傑作。バルザックが「アンドル川のダイヤモンド」と称えたという。しかし今日は曇天でダイヤモンドではなく銅のお城でした。
今の城館の建つ前は砦があった。100年戦争時、一時ここはブルゴーニュ派が占拠しており、あるとき対立する王太子シャルルがアルマニャック派の兵士とともに砦のそばを通りかかった。
砦からブルゴーニュ派の兵士がシャルルに向かって「私生児、私生児!」と囃したてた。激怒したシャルルは砦を襲い兵士354人を皆殺しにし同時に砦も徹底的に破壊した、という歴史があるそうです。
シャルルが激怒したのは理由があります。シャルルはシャルル6世と王妃イザボーの子であり、ゆえに王太子であるわけです。ところがイザボーはとかく乱行の噂があり本当の父はシャルル6世かどうか疑わしいと当時から言われていた。母イザボー自身もシャルルは不義の子だというようなことを言っていた。
もしそうならシャルルは王太子ではなく王位継承権もないことになる。だからシャルルにとって「私生児」という言葉は死活問題だったのです。
城は16世紀前半に財を成した町人により建てられ、采配はその妻が振るったことにより女性的で優美な形をしています。その後フランソワ1世などの手を経て今は国有になっています。
写真は町の小さな教会のジャンヌ・ダルク像。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー 徒歩
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ショーモン・シュル・ロワール城からトゥールに着き、その足でアゼー・ル・リドー城を見に行きました。
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オンザン駅。
オンザン11:28発のTERでトゥール11:57着。 -
トゥール駅。
午後の予定は2案ありました。
1.トゥールを歩く。翌日シノン城、アゼー・ル・リドー城。
2.アゼー・ル・リドー城に行く。翌日シノン城、トゥール。
トゥールに着いて2.に決めました。トゥール12:20発アゼー・ル・リドー行バスがあるので効率的と思ったのです。 -
アゼー・ル・リドー市役所前のバス停。
ところがトゥール駅前のバス停は沢山あってどこから出るのか分からない。幾つかバス停の標識をを見ていると1人のご婦人がどこに行くのかと訊いてくれた。アゼー・ル・リドーへ行きたい、とこたえるとご婦人も知らないらしかったがわざわざ他の人に訊いてまでして調べてくれた。オルレアンでも経験したがフランスでも個人個人ではとても親切な人がいる。国民性ではなく個人の問題だと思います。 -
アゼー・ル・リドー市庁舎前。
やってきたバスに乗り運転手から切符を買おうとすると外で買えという。バスターミナルをあちこち探すが切符を売っているところは無い。発車時間が迫ってくる、いやもう過ぎている。バスにかけ戻りどこにも切符は売っていないというとじゃあここで払えという。最初からそう言ってくれればよいのに。
お金を払っても切符を呉れない。切符は?と訊くと発券機が切符切れだという。
どういうことだ。お金を受け取っても切符は発行しない。ではお金はどこに行くの?。
バスは定刻より7分遅れで発車しました。 -
アゼー・ル・リドー市役所。
まあなんとか来られました。午前中ショーモン・シュル・ロワールであんなに良い天気だったのに、黒い雲が厚く今にも雨が降り出しそうです。 -
市役所。
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ヨーロッパ広場。姉妹都市の名前があります。
左上:? ラスネ。左下:イギリス、クロストン。
右上:ポルトガル、ニサ。右下:ポーランド、ドゥビエッコ?。 -
空は暗く人気は少なく侘しい町です。
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バルザック通り、シャトー通りなどを歩いてお城を目指す。
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オープンテラスにも客は疎ら。
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お城の取っ付きです。ここでチケットを買います。
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入り口。
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ようやく観光客の姿が。街中ではほとんど見かけませんでした。
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アゼー・ル・リドー城。
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中庭。
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ロワール川の支流アンドル川から引いた水路。
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バルザックが「アンドル川にはめ込まれたダイヤモンド」と称したそうですがこのくもり空では映えませんねぇ。
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水面に浮かぶ優雅な姿を想像していたので少しがっかり。
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絵葉書。
晴れた日のアゼー・ル・リドー城。
確かにダイヤモンドです。 -
中庭に面したファサード。
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天井。
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屋根を支える骨組みはオーク材。
軽くするためでしょう。 -
しっかりした構造です。同行の友人は建築士なので興味ありそう。
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大広間。
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どの城も城内の展示物はどこも同じです。
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水浴のガブリエル・デストレ。
アンリ4世の愛妾。
この絵はあちこちで見かけます。何処のが元の絵なんでしょう。シャンティイのコンデ美術館のかも知れません。 -
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ビリヤードの間。
18世紀のタピスリー。 -
城を出て街中を歩きます。
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この頃かなりの雨となっています。
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アンドル川。
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サン・サンフォリアン教会。
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トゥールの聖マルタンの生涯。
トゥールの司教だったのでこう呼ばれます。 -
右が馬上のマルタンで、物乞いする貧者に自分の衣を切り裂き、半分与える場面です。
マルタンはその時ローマ軍の兵士で、貧者はキリストでした。その後マルタンはローマ軍の兵士を辞め、キリスト者になります。数々の奇跡を行い、トゥールの司教に迎えられました。 -
マルタンは最初司教になるのを嫌がり、逃げてガチョウ小屋に隠れましたが、ガチョウが騒ぐのでとうとう見つかってしまい、やむなく司教になったそうです。
地方で伝道中に亡くなり、遺骸は司教をしていたトゥールに船で運ばれました。
右の絵はその場面でしょう。 -
ジャンヌ・ダルク像がありました。
ジャンヌはここから少し先にあるシノン城で王太子シャルルに謁見していますから当然アゼー・ル・リドーにも寄っていたでしょう。 -
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雨が降り、人気のない道。
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灰色の町。
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幼稚園のようです。
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うう、侘しい。
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市役所前のバス停に戻りバスを待ちます。
午前のショーモン・シュル・ロワール城と晴れ、午後のアゼー・ル・リドー城と雨、明暗を分けた一日でした。 -
やって来たのはなんとここに来た時のバスと同じ、運転手も同じ人でした。
やはり切符の発券は無し。
1日中切符の発券なしで走っているのだろうか。なんといい加減な運行管理のことよ。車体の文字を見るともぐりではなくれっきとした公営バスです。
トゥールに戻り今日、明日と2泊します。 -
トゥール駅。
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