2013/07/20 - 2013/07/20
4位(同エリア21件中)
まみさん
2013/07/20土 ノヴゴロド観光2日目
・クレムリン再び(約4時間)
ロシア100年祭記念碑
聖ソフィア聖堂
ソフィースカヤ鐘楼
州立博物館&宝物展
~夕方、サンクトペテルブルグに戻る
・スーパーでおみやげの買い物
【サンクトペテルブルグ泊:ゴーゴリ・ホテル】
ノヴゴロド2日目の本日は、立案時は近郊のユーリエフ修道院と木造建築博物館に行く予定でした。この2ヶ所ともバスで簡単にアクセスできるようです。
しかし、ノヴゴロド1日目の昨日、市内観光のハイライトともいうべき聖ソフィア大聖堂まで観光できたものの、その聖ソフィア大聖堂を含め、クレムリン内をもっとゆっくり見学したかったし、博物館の中にも入りたかったと心残りだったので、だったらわざわざ郊外に行かずに、心ゆくまでクレムリン観光をしようではないか、と予定を変更しました。
ところが、市内観光なら朝早く出かけなくても大丈夫、と気が緩み、ゆっくり寝坊してしまい、観光を開始したのは11時になってしまいました。
これではノヴゴロドに泊まった意味がない~!
ということもないか。
ゆっくりできたのは、泊まったおかげですし、ノヴゴロドのホテルは、サンクトペテルブルグのような大都市よりもコスト・パフォーマンスが良くて、気に入りました。
※ノヴゴロドのホテルの写真とレポートはこちらのハイライト旅行記にまとめました。
「2013年ロシア旅行~13年ぶりの再訪を3年前にあきらめた旅行計画で実現~ハイライトその5【ノヴゴロドのホテルと朝食編】」
http://4travel.jp/travelogue/10800145/
それに、このロシア旅行も2週間経過し、15日目。
成田着だけの日を含めて全行程18日なのですが、終盤に近づいてきて、やはり疲れがたまってきたせいもあるでしょう。
と言いたいところですが、昨日、夕食をとったカフェでWIFIが快適につながったこともあって、疲れているのに早くホテルに戻って夜早く寝ようとしなかったことも確かです。
どうもサンクトぺテルブルグに着いてから、私の活動時間帯が夜に向かってずれてきてしまっていました。
いくら23時まで明るい白夜に近い夏のロシアといっても、まだ明るい夕方遅くに町散策はできても、時間制限のある見どころは逃してしまいます。
だから、夜型になりやすい私の悪習に歯止めをかけねば。本日を含めて、あと残り2日半なのですから。
というわけで、朝早くからテキパキと行動できていたら、心残りだった市内観光をした後でも、ユーリエフ修道院か、木造建築博物館か、どちらか郊外の見どころを見に行けたかもしれません。
あるいは、ガイドブックにのっていないミュージーアムなどもあったし、イリーナ通りやヤロスラフ宮廷跡に限らず、市内の少し離れたところにも素敵な可愛らしい教会が林立しているので、そのいくつかが回れたかもしれません。
しかし実際は、ノヴゴロド観光2日目の本日は、クレムリンをもう一度じっくり回るだけで終わってしまいました。
ただし、その中には、州立博物館見学も含まれています。
鐘楼も登りました。
また、内部撮影は不可でしたが、聖ソフィア大聖堂ももう一度じっくり見学しました。
買い物もしてしまいました。ホテルの売店や聖ソフィア大聖堂内で。
ノヴゴロドの方がサンクトペテルブルグよりもおみやげの物価もずっと安いと聞いていたし、もうスーツケースを持っての移動は帰国時しかありません。ノヴゴロド1泊2日は、本日の夕方に戻るサンクトペテルブルグのホテルに預けて、軽装で来ています。
なので、おみやげに良さそうと思ったら、迷わず買ってしまいました。
※ノヴゴロドで買ったおみやげも含めて今回の旅行で買ったものの写真とレポートは、こちらのハイライト旅行記にまとめました。
「2013年ロシア旅行~13年ぶりの再訪を3年前にあきらめた旅行計画で実現~ハイライトその16【おみやげやチケット半券などゲットしたもの】(完)」
http://4travel.jp/travelogue/10820753/
ノヴゴロドからサンクトペテルブルグに戻るまでバスで4時間ほどかかってしまうので、観光は15時半には切り上げて、ホテルに預けた荷物を引き取って、駅に向かいました。
サンクトペテルブルグ行のバスは16時半に乗れました。
ただ、本日、雨こそ降らなかったけれど、終日曇天で、建物の写真を撮るには背景が白飛びしてしまう残念な空模様でした。
ところが人がノヴゴロドを去ろうってときになって、雲が晴れて、澄んだ湖のような美しい青空が見えてきました。ちょっと、いや、とってもくやしい。
クレムリン内の建物を、あんなステキな青空を背景に撮れていたら……!
ノヴゴロドのクレムリン内は、モスクワのクレムリンに似ていると思いました。
お手本にされたのであれば、ノヴゴロドの方でしょう。
モスクワと違ってノヴゴロドのクレムリンのいいところは、大統領府といったものものしいものがないため、警備はうるさくなく、立ち入り禁止のエリアも特になく、のびのびと散策できること。
市民も通り抜けるだけの地元の人々も多そうでしたし、ベンチもいくかあって座るところも十分あったので、公園としても気軽に過ごせそうです。
ちなみに、ノヴゴロドで買った写真入りのパンフレットを見ていたら、行くのをやめたユーリエフ修道院も木造野外建築博物館も思った以上に見応えありそうで、私好みでした。
なので、いつかぜひノヴゴロドを再訪して、それらをリベンジしたいです。
思えば、よく知らないままノヴゴロドにあこがれて行ってみたいと思ったのは13年前の2000年の初ロシア旅行の最中でしたが、それを13年ごしに叶えることができました。
思い続けていればチャンスはまたきっとある、と信じたいです。
<2013年ロシア旅行:簡易旅程>
7/06土 出国&モスクワ到着
7/07日 モスクワ1日目(国立歴史博物館と民芸品博物館)
7/08月 モスクワ2日目(クレムリン)
7/09火 モスクワ3日目(トレチャコフ美術館)
7/10水 ズズダリ
7/11木 ウラジーミル
7/12金 モスクワ4日目(コローメンスコエ)
7/13土 ペトロザヴォーツク経由でキジ島へ
7/14日 ソロヴェツキー島1日目
7/15月 ソロヴェツキー島2日目(ザヤツキー島エクスカーション)
7/16火 サンクトペテルブルグ1日目(ロシア民族学博物館ほか)
7/17水 サンクトペテルブルグ2日目(エルミタージュ美術館)
7/18木 パヴロフスク宮殿&庭園
7/19金 ノヴゴロド1日目
7/20土 ノヴゴロド2日目★
7/21日 サンクトペテルブルグ3日目(宗教博物館・ユスポフ宮殿ほか)
7/22月 サンクトペテルブルグ4日目(ロシア美術館)&出国
7/23火 成田空港着
※この旅行記の対象の日に★印をつけました。
詳細旅程はこちら。
「2013年ロシア旅行~13年ぶりの再訪を3年前にあきらめた旅行計画で実現させた旅行【旅程一覧】」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10797557
準備編や帰国後の全体の感想は、ブログ「まみ's Travel Diary」(http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/)に掲載しました。
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
滞在ホテルの目の前のきれいに整備された公園とノヴゴロド州行政府の建物
ノヴゴロド州行政府の建物の向こうがもうクレムリンです。 -
ノヴゴロド州行政府の建物の前の兵士の像
いかにも元・ソ連らしい彫像です。
ただ、なんの闘いの兵士をたたえたものか。あるいは慰霊するものなのかはわかりませんでした。
供えられた花輪はお菓子みたいにきれいでした。
造花だったと思います。日本との考え方が違うのか、あるいは東欧の傾向なのか、お墓も含めてお供えの花にわりと造花が使われるように思います。 -
クレムリンの入口の外灯
全体的にもおしゃれな外灯ですが、剣が刺さった王座に左右からクマが構えているデザインに興味津々! -
クレムリン内のコンサートホールの建物
-
コンサートホールのチケット売り場の扉と壁に掲載された今後の日程
秋にバレエ「ジゼル」の公演予定があるらしく、近くに宣伝看板がありました。 -
昨日はちらっとしか見なかったこの記念碑をまずはリベンジ!
「ロシア史を象徴するロシア1000年記念碑
リューリクの即位から1000周年を記念して、1862年に造られた記念碑。碑の基台には、ロシアの歴史を彩った支配者や英雄、文化人らの彫像が並んでいる。ちなみに、中段南の盾を持った兵士がリューリク。左に順にアレクサンドル・ネフスキーとして知られるウラジーミル公、ミハイル・ロマノフ皇帝、北面にピョートル大帝、イワン大帝、そして初めてモンゴルを破ったドミトリー・ドンスコイとロシア史の有名人が並ぶ。下段東側にエカテリーナ2世が、女性でただひとり選ばれている。」
(「地球の歩き方 ロシア(2012〜2013年版)」より)
十字架を支える天使たちの向きからすると、こちらが正面側だと思います。
王杖を持ち、右手を胸に当てているのはピョートル大帝でしょう。 -
長いローブとおひげと帽子のような王冠姿はおそらくイワン大帝
イワン大帝(3世)は、ロシアをモンゴル支配(タタールのくびき)から解放して、モスクワ大公国の版図を拡げて、モスクワ・ロシア側からするとロシア統一の祖です。
でも逆にノヴゴロド側からいうと、ノヴゴロドを征服してモスクワ大公国に組み入れた征服王です。 -
上段のイワン大帝がいるあたりの下段には……
-
ロシア史から唯一選ばれて刻まれている女性であるエカテリーナ2世の姿あり
女性像が他にないわけではなかったです。
キエフ公国で為政者階層では最初にキリスト教に改宗し、後に聖人とされたオリガ妃がいたようです。
ひざまずいているのはポチョムキンです。
エカテリーナ2世の愛人の1人ですが、寵愛を受けたおかげで軍事才能を発揮するチャンスを得てさまざま戦績を挙げた軍人、として私の中にインプットされている人物。
「ロシアの軍人、政治家。スモレンスク県の小地主貴族の出身で、1762年のエカチェリナ2世擁立のクーデタに参加して近衛少尉となり、70年以来、女帝の寵を得て出世の道をたどった。68‐74年のトルコとの戦争には将軍として出征し、74年陸軍参議会副総裁となり、プガチョフの乱の鎮圧を指導し、75年ザポロージエのコサック本営を廃止した。83年にはクリム・ハーン国の併合に成功し,黒海北岸地方の開拓と黒海艦隊、商船隊、港湾の建設に多大の功績を上げた。」
(世界大百科事典より引用)
http://kotobank.jp/word/%E3%83%9D%E3%83%81%E3%83%A7%E3%83%A0%E3%82%AD%E3%83%B3 -
盾を持つのは、ロシアの創始者とされているリューリク
-
足蹴にされる辮髪のモンゴル兵、だから足蹴にしているのはおそらく初めてモンゴルを破ったというドミトリー・ドンスコイ
-
盾を持つリューリクと、十字架を掲げるウラジーミル1世
リューリクの盾には「1000年」と刻まれています。 -
ものすごいおひげのおじいさんはどなた?
正教会史の重要人物かしら。 -
下段でも十字架を持つウラジーミル1世
ウラジーミル1世は正教会をモスクワ大公国の国教とすることにした王です。
ウラジーミル1世が右手で差すのは洗礼盤でしょう。 -
十字架を持つウラジーミル1世と、子供を洗礼させようとしている信者の女性
-
イチオシ
ロシア1000年記念碑と聖ソフィア大聖堂
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木立と外灯のシルエットと共に
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イチオシ
白い雲がたちこめる中に記念碑の十字架を支える天使のシルエットを
実に絵になります、この記念碑は! -
イチオシ
水たまりに映った時計塔(鐘楼)
夜のうちに雨が降ったようです。
こういう水鏡のある景色は大好き@ -
実物の時計塔(鐘楼)を、ほんのり顔を出した青空を背景に
時計塔の下の建物は1433年のグラノヴィータヤ宮殿。
モスクワのクレムリンにもグラノヴィータヤという名の宮殿があるな、と思ったら、グラノヴィータヤは「大司教の」という意味らしいです。
本日のノヴゴロドでの天候は、雲が立ち込めたら少しだけ晴れたりして、ここぞというときに青空に恵まれた方が珍しかったです。 -
イチオシ
そして再びノヴゴロドのハイライトともいうべき世界遺産の聖ソフィア大聖堂を見学する
昨日見学したときはミサの時間とバッティングしたのでゆっくりできなかったため、もう1度見学しました。
内部撮影は不可。
現役の教会なので入場料不要。
教会内の売店でちょっと買い物をしてしまいました。
「聖ソフィア大聖堂
クレムリンの中心であるこの現役の大聖堂は、1050年に完成しました。大聖堂は、攻撃や火災に耐えられるように設計された、シンプルな要塞のような外観でした(以前あった木造教会は焼失しました)。玉ねぎ型ドームはおそらく14世紀に増築されたものですが、そうであってもこれらは最もロシアらしい建築の最初の例です。西側の扉は12世紀のもので、青銅製で聖書の場面が浮彫で描かれており、中にはアーティスト自身もいます。内部のイコンは14世紀のもので、それより古いものは反対側にある州立博物館に収められています。」
(「Lonely Planet Russia(6th Edition, March 2012)」より私訳) -
イコンが残る西側
ツアー客が集まっているのを見て、あの扉も注目すべきポイントだったとガイドブックの記載を思い出しました。 -
まずは西側に残るイコンにズーム
テーマは聖三位一体かな。
ロシア語で「聖なる」と「3」と書かれている気がするので。 -
車輪と2本の柱のモチーフの浮彫の模様に注目
中世ノヴゴロドの教会建築の特徴だと思います。 -
ツアー客が去った後にいよいよ私も青銅の扉をじっくり眺める
-
ライオンの頭の取っ手と聖書の場面が描かれた青銅の扉
-
長細く味のある人物像
左は、洗礼者ヨハネの母となるエリザベツに挨拶にきた聖母マリア、右はヘロデ王による子供虐殺をからくも逃れ、エジプトへ向かう聖母子とヨハネ。 -
ライオンの取っ手に注目すると……
なんと口の中に人の姿が!
そして取っ手の両端にも獣の顔@ -
左側のライオンの取っ手の口の中には3人も!
左の人物はミサのはじまりの香料入りのお香をまいている聖職者。 -
上はキリストの十字架磔の図、あるいは十字架から下ろしている図かな
下の図のテーマはよくわかりません。
植物をあしらった枠のデザインにも注目。 -
ユザの裏切りのキスの場面
服装の描写がとてもきめ細かいです。 -
聖ソフィア大聖堂の菌のドームと銀のドーム
屋根の下の壁のアーチの模様も可愛いです。 -
せっかくなので鐘楼に上る
-
鐘楼の前に転じされていた17世紀のオリジナルの巨大な鐘
表面の浮彫が非常に凝っていて美しいです。
ぎっしりとキリル文字が彫刻されていました。 -
鐘楼のドーム屋根や屋根の上の十字架や旗にも注目
-
階段を上がった上で入場料を支払う
オリジナルの鐘の展示も含まれ、テラスからの眺望だけを楽しむとしても入場料は変わりません。
150ルーブルでした。
(2013年7月現在、1ルーブル=約3.5円で換算) -
およそ16〜17世紀頃のオリジナルの鐘の展示
-
1543年にノヴゴロドの修道院に設置され1764年まで働いた鐘
表面に施された模様には興味津々。 -
鐘の展示フロアかららに上へ
切符売り場は売店にもなっていて、きれいな音色の卓上ベルなども販売されていました。 -
イチオシ
鐘楼のテラスから眺めた聖ソフィア大聖堂
「聖ソフィア大聖堂で最も重要なイコンは、ノヴゴロドの守護聖人である「しるしの聖母」です。これは、伝説によると、町を1170年の破壊から救ったイコンです。その根拠はさまざまですが、おおよそ次のとおりになります。ズズダリ公とその大軍がノヴゴロド公国攻撃の準備をしていました。情勢はノヴゴロドの人々にとってかなり絶望的で、司祭は町の救いを求めて必死に祈りました。攻撃前夜、司祭は、聖母のイコンがノヴゴロドを救うというビジョンを見たため、彼は教会からイコンを持ち出し、要塞の柱のところに置きました。当然ながら、包囲が開始されてまもなくイコンに矢が当たりました。するとイコンはノヴゴロドの方を向き、聖母の目から涙が流れました。あたりは暗闇に覆われ、ズズダリ軍は混乱して互いを攻撃しはじめました。そこでノヴゴロドの人々は要塞を出て攻撃を開始し、敵をすばやく追い払いました。この中には一抹の真実がある可能性があります。イコンを近くで見ると、聖母の左目の上にV字型の切れ込みがありますが、そこが矢が当たったところだと言われています。ノヴゴロドの州立博物館を訪れたら、戦いの中の3場面を描いた15世紀の絵画に注目してください。(後略)」
(「Lonely Planet Russia(6th Edition, March 2012)」より私訳) -
イコノスタシスの奥の礼拝堂のある丸いくぼみが見える側の聖ソフィア大聖堂
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鐘楼のテラスから眺めたヴォルホフ川と遊覧船
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中州島を挟むように蛇行する雄大なヴォルホフ川の眺め
この先は水源のイリメニ湖へと続くようです。 -
クレムリンの城壁の内側は散策できそう
たぶんできると思いますが、州立博物館の方に行きたかったので割愛。 -
ヴォルホフ川に架かる橋と向こう岸のヤロスラフ宮廷跡と白亜のアーケード
あの教会群にリベンジできるかな、と思ったのですが、ノヴゴロド2日目の本日は市内観光に予定を変更したとはいえ、それで油断してスロースタートとなってしまったので、川向こうまで行く時間はなくなってしまいました。 -
現役の鐘たちを間近で眺める
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ロシア1000年際祈念碑と散策路
ほんとにこの祈念碑は絵になります。
この路の向こうに州立博物館があります。
OKなので、展示の写真を撮りましたが、それはつづきの旅行記にて。 -
第二次世界大戦中の対ドイツ戦争の戦没者に捧げる「永遠の火」
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クレムリンの美しき塔を、黒雲の間から光が差し込んできたドラマチックな背景と共に
クレムリンの城塞の塔は円筒もあれば角柱タイプもあります。
この写真は州立博物館の見学も終わり、クレムリンを出たときに撮りました。
このあとは、チェックアウトしたホテルにいったん戻って預けた手荷物を引き取り、徒歩でバスターミナルに行き、サンクトペテルブルグに戻りました。
でもその前に、ノヴゴロド2日目の旅行記はあと1本続きます。
ノヴゴロド州立博物館の宝物やイコン・コレクション編へ。
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