2014/06/01 - 2014/06/01
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fuzzさん
奇跡の一本松って知ってるだろうか
岩手県陸前高田市は高田松原で有名な海岸だ。
その高田松原にあった7万本は1本を残して全て津波で流された。
陸前高田市の津波による死者・行方不明者は約2000人。
そして流された7万本の中で、たった1本の松が今も生きて立っている。
-
私の旅行記が、これで100冊目になる。
100冊目は私にとって記念になるだろうから、何を出そうかとすごく考えたよ。
とっておき、そう。とっておき。 -
淳子、やっと来たよ。
本当は、ここに来るのが怖かったよ。
待ったでしょ。ごめんね、やっと会いに来たよ。 -
みなさんは岩手県陸前高田市ってご存知でしょうか。
「高田松原」って聞いたことがあるでしょうか。
ここは、かつて「高田松原」と呼ばれた、それは美しい海岸がありました。 -
地図の白い部分は広田湾です。
地図でも分かるように、まるで町に家がないみたいな地図です。 -
そして、私は地図の「現在地」にいます。
ここは駐車場になっています。無料です。
何もない所に駐車場があって、他県ナンバーの車が沢山停まっています。 -
「高田松原」は、景勝地として有名で陸前高田市のシンボルでした。
江戸時代に植えられた長寿の松が白砂の海岸と共にある姿は見事でした。 -
2011年3月11日午後3時23分以前の高田松原の風景。
長さ2km、7万本の松で有名だった高田松原。 -
今まで少しずつ、岩手の震災後の様子を旅行記で記してきました。
北は久慈市から宮古、山田、大槌、釜石、大船渡まで。
やっと陸前高田に来ました。
遠いわけではありません。来たくなかったのです。 -
今は「高田松原」とは言いません。
ないんです、「高田松原」は。
バス停の名も「奇跡の一本松」となっています。
「高田松原」はないのです。 -
岩手の震災後の復興工事の現場などを見てきて、ここが一番です。
なにが一番かと言いますと、何もないのです。
そして、まるで未来都市でも出来るかのような巨大コンベアーなるモノがそびえ立っています。 -
私は、主人の父が脳梗塞で倒れる迄、居住する市で保健推進委員と言うのをしておりました。
その際、陸前高田市の同じく保健推進委員の交流でここに訪れた時以来です。
震災の前です、ここに来たのは。 -
そうそう、陸前高田市民体育館。
そこで陸前高田市と市民の健康のためのディスカッションをしたり
ニギニギ体操の普及についての意見交換、実演をしました。 -
ニギニギ体操・・・って知らないですよね(笑)
市民の方々に簡単に出来る運動を保険推進委員で各地区に広めていました。
陸前高田市でも同じ取り組みをしているので視察と交流をさせて頂きました。 -
その市民体育館もないです。
そしてここ陸前高田市は歌手の「千昌夫」さんの故郷です。
その昔は「キャピタルホテル1000」のオーナーで資産家として有名でした。
昭和のあなたなら、きっとご存知よね。他にも武勇伝がありますから。 -
車を止めた駐車場から歩いて「奇跡の一本松」に会いに行く。
ここからは車では行けないようで、看板がところどころに立っています。
見逃しはしないと思います。
あまりにも周りに何もないので小さな看板すら見落としはしないはずです。 -
看板の矢印通りに歩いて行く。
遠くに見えてきた・・・・
ここまで来るのに、何人かの人とすれ違う。
明らかに観光客のようだ。 -
観光って言っていいのか分からないが。
鎮魂・・・きっとそうだろう。 -
海側と反対方向は、このように3kmにも及ぶ巨大ベルトコンベア。
未来都市が出来るのだろうかと思われるような景色が広がる。
ここら辺は、すっかり波にさらわれたので、山から土を運んでいる。 -
遠くに見えるが、やはり一本だけだ。
-
時々すれ違う人も無言だ。
ご夫婦で訪れている方々も、何一つ言葉がない。
ここはそういう神聖さを感じずにはいられない。 -
元々あった高田松原のあたりには工事の重機などが入っている。
現在、高田松原津波復興祈念公園(防災メモリアル公園)
の基本構想検討調査中であります。 -
このベルトコンベアは山から削り出した土をかさ上げする高さまで
運ぶために設置されています。
ダンプカーで運ぶと10年かかる作業をこのコンベアで運ぶことで2年に短縮できます。 -
2012年に、ANAで創立60周年の記念イベントで「ゆめジェット」のデザイン募集があった。
その時、この「奇跡の一本松」をデザインにした力作を出品しましたが
残念ながら落選しました(*ノωノ)
そのデザイン画をお見せしたかったのですが、どこに行ったものやら・・・ -
まだ土が盛られている作業中なので、ここら辺は低地です。
高台へ避難するにも、ここら辺は見事に平地が続いています。
今まで見た岩手の沿岸の復興工事の状況とは全く違った様子を目にします。 -
海抜0ってこういう事だろうか。
-
近くに行く前に、望遠で撮る。
今日はお天気に恵まれた。
実は、あの日3月11日も、かなりお天気が良かった。
ここ陸前高田市はどうだっただろう。 -
海抜が低い関係もあるのか午前8時から午後5時までの間のみ
一本松へ通じる橋は開かれている。 -
時間になるとこの扉は閉じられるのでしょう。
-
この橋を渡って一本松に会いに行く。
-
あれから3年以上経つが、全国から会いに来る人が絶たない。
その人々を待って、松の木はずっと立っているように見えます。 -
この松を残すべきか、残さぬべきかで論争はあったようだ。
この松を残すために「奇跡の一本松保存募金」が行われた。
みなさんの中にも募金なさった方々がおられるかもしれませんね。 -
2012年7月からはじまり翌年2013年7月で目標の一億五千万円が集まりました。
この募金を元にした保存作業が2013年5月に完了し、同年7月3日に完成式典が行われました。
写真は、そのほぼ一年後現在の一本松です。(2014年6月)
松の葉は弱々しくあるものの、幹はしっかりと立っています。
副木で支えられることなく。 -
あまりに近くで撮影しているので下の様子を撮ることが出来ませんでしたが
松の木の周りにはチェーンが張ってあり、中に入って松の木を触ることが
出来ない様になっています。
本当は世界の神々を拝んできたこの手で触ってパワーを与えられたらと思ったのですが。 -
奇跡の一本松としての記載があります。
外国から来られる方々のために英語でもあります。 -
鎮魂
希望
復興
これらの象徴として一本松はここに立っています。 -
松の木のすぐそばには「ユースホステル」の被災した建物がそのまま残っています。
このユースホステルは全壊してしまったのですが、この建物が盾になって
この一本松だけが流されずにすんだという事です。 -
命の恩人のユースホステルと共にこの一本松は生き続けるのでしょう。
-
淳子、今日はとても穏やかで暖かい日だね。
貴方みたいなまぶしい太陽が差しているよ。
そーいえば淳子は、真っ白な歯を出して笑顔全開の女の子だったよね。
テニスで年中真黒に日焼けしてカッコよかったよ。 -
淳子の娘さん二人が帰る家は、なくなってしまったね。
あの時期、淳子んトコの長女もうちの息子と同じく大学卒業あと何日という頃だったね。
あの時は、お互い就職活動中の子供を持つ親として大変だったね。 -
そうそう、その頃だよね、次女のお嬢ちゃんも高校の卒業式も終わって、
これから大学に入学するための準備に追われていたね。
長女のお姉ちゃんは、この時まだ就職が決まっていなかったね。
2011年の大卒の学生は100年に一度の就職難と言われていたものね。 -
淳子はさあ、東京で働いてる友達に会いに行って娘さんの就職について相談してたね。
同じ年の子供を持つ親として、その苦労や心情は同じだったよ。 -
それが就職どこの騒ぎじゃなくなっていたね。
本当に辛かったよ。 -
ここの防波堤は2016年3月15日に完成予定。
高さ3mの防波堤と、高さ12mの防波堤の2本が建設されます。
その2本の防波堤の間に、新たな高田松原を作る構想です。
想像してみてください、また新しく高田松原は出来るのです。 -
水門の工事は2017年2月28日に完成予定。
なので本当に今は建設ラッシュって状況を肌で感じます、ここに来ると。 -
この橋も平成6年に完成されて、まさかその17年後にこんな事になろうとは
誰が予測しただろうか。 -
こうして一本だけ残って、これからの陸前高田市を見守っていくんだろうね。
-
水門は2017年に完成・・・か。
最近また、地震が来るようになったね。
今月は何度あっただろうね。 -
ここに実際に足を運んで、この目で見ると本当にすごいよ。
「希望のかけ橋」と呼ばれているのもうなずける。
鉄腕アトムの未来都市でも出来るのかとか・・・
あ、鉄腕アトムの未来都市って今現在より前の事だよね(´艸`*) -
こうして浜によくいる虫だって・・・
生きているんだ友達なんだ〜♪
強いなあ君は(*^▽^*) -
カッパ君たち。
パンダ君やゾウさんも見かけるよね。
何年か前から工事現場でもこのようなユーモラスなのが置かれて
なんか癒されるよね。 -
この巨大コンベアが奇跡の一本松と並ぶ復興の観光?名所と言う方もおられるようです。
プラス面に感じ取る方、マイナス面に感じ取る方、色々でしょう。
でも、そんな外野の声もありながらも現実的に工事は進んでいます。 -
120mの山を40mまで削って、その土をベルトコンベアで運び
高田町のかさ上げなどに使われ新しい街を作ります。 -
日本の技術ってえものに驚きを感じ、身震いがする思いです。
でも、街がなくなってからでなければ、防災の街を作ることが出来なかったなんて。
仕方ないことだけど。本当に仕方ないことだけど。 -
こうして浸水地域のかさ上げを工事をしています。
かさ上げした土地は、新しく住宅や商店の集積地になります。
そしてここには中心市街地が誕生するのです。 -
陸前高田は漁業が盛んです。
漁業は復活して、ワカメ・ホヤ・カキ・ホタテ・アワビ・ウニなど
他の三陸リアス式海岸の漁場と同様に海の幸が沢山採れます(´艸`*) -
ウニの口開けが始まる季節ですよ、6月は(*^▽^*)
毎年梅雨が入って6/20辺りから岩手のウニの口開けが始まりますよ。
みなさん、ウニの旬の時期を覚えておいてくださいね(*^^)v -
巨大コンベアの辺りは舗装されている道路に土や砂が沢山あり、ザラザラします。
アラブの開発中の荒れた砂だらけの土地を連想させます。
ちょっと風が吹くと目に砂が入りそうです。 -
道路わきの花々が、そんな殺伐とした空間の癒しになっています。
-
陸前高田雇用促進住宅
海に向かって立っている1号棟の4階部分までは完全に波にのまれている。
裏に2号棟があるが、1号棟が防波堤の役割になってしまったようだ。 -
以前、私も別の市の市営住宅に住んだことがありますが、屋上へは立ち入れません。
屋上ヘは避難できない造りなのです。
こちらの雇用促進住宅はどうだったのか今さら知りたくもありません。 -
一本松を見に行くところの駐車場では木で出来た「御札」が売られていました。
津波で流された松を集めて、こうして御札を作ったそうです。 -
一つ500円。
「すみませーん、一つ下さい」
「それでは、あなたがイイと思う札をじっくりと選んでくださいね」と言われ
本当に真剣に選びました(@_@;) -
「この代金で陸前高田の復興の寄付になります。ありがとうございました。」と言われました。
なんか、買って良かったなあ(´▽`*)
そして、陸前高田の観光案内、ここの工事の状況などの資料を頂いた。
過去の高田松原の写真は、その資料から載せました。 -
帰る途中の道でイオンの建設現場を発見。
そうか、ここにもイオンが出来るのか。 -
釜石もイオンが出来た当初は喜ばれたのに、街の小売り店をはじめとする商店街が栄えなくなっているという地元ニュースを見たばかりだ。
生きて行くという事は命の次にあるものまでも守らなければならない。
シビアだ。 -
カーナビも2011年3月以前の陸前高田の街は出ていない。
今の様子はこれだ。
まわりに目印となる建物が一切ない。一切だ。 -
元々あった道だけが今も残っている。
街はなくなっても道はつながっている、私の家まで。
そして日本中に、あなたの街に。 -
淳子、遠くない将来、新しい高田松原の景色が見られるよ。
陸前高田も新しい街に、防災の街に生まれ変わるよ。
ずーっと見守っていて。 -
あの日、2011年3月11日
陸前高田の避難所に津波から逃れるため避難しに行って被災した淳子。
いつまでもここで貴方が嫁いだ陸前高田を見守っていて。
明るく利発で学校のアイドルだった淳子へのオマージュとしてこれを記録。
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この旅行記へのコメント (40)
-
- chekimanさん 2025/10/04 18:48:21
- お久しぶりです!
- 4トラ、長い間さぼっていました。
ごめんなさい。
fuzzさん、病気療養だったことも知りませんでした。
ごめんなさい。
あの頃、そうです、ボクがインドで大怪我をして、4トラの皆んなに心配をかけていた時のことです。
fuzzさんを始め皆んなからの励ましやお見舞いメッセージ、たわいない話しが出来たことが嬉しくて、入院中の楽しみでした。
その時のお返しじゃないですけど、何もしなくて、連絡もしなくても、何も知らなくて、ごめんなさい。
fuzzさんがボクの口コミを面白がってくれて、旅行記を書くよう誘ってくれて、それがきっかけで旅行記を書いてみたらfuzzさんが感想を送ってくれて、それがまた嬉しくて、また、旅行記を書いて……
少しずつ、ボクの旅行記を読んでくれる人が増えていって、皆んなからの感想を聞きたくて、また、旅行記を書いて……
fuzzさんがボクのあの無用に長い口コミに目を止めてくれたから、4トラでの仲間ができました。
そんな仲間の一人、まむーとさんがボクのことを覚えていてくれていました。
ありがたいと思います。
fuzzさんがきっかけで広がった4トラの中間は大切にしないといけないだすよね。
fuzzさんの訃報を知って、真っ先におもいだしたのはこの旅行記です。
「お互い健康で生きていれば会える日も来ますね。きっと。」
(残念です。それから、ごめんなさい。)
淳子さんとfuzzさんはボクの心の中で生き続けています。
どこかの旅の下でfuzzさんに会いにいきます。その時は、いつものように感想を教えてくださいね。
fuzzさんに出会えたことに感謝しています。
本当にありがとうございました。
-
- chekimanさん 2020/03/11 22:32:56
- .........
- たまたまテレビを観たら、偉い人たちが黙祷をしていました。
あの日、多くの人が亡くなりました。
だけど、それは、この黙祷をしている時間ではなくて.........
そんなことをぼんやり考えていたら、仕事中だったのに、まぶたが熱くなってきて.........
淳子さんのことを思い出しました..........。
PS
fuzzさん、お久しぶりです。
旅行記は読むのも書くのもサボっていますが、元気に旅行は行っていますw
外国行きの飛行機が欠航になってしまったので、国内旅行と思い、来月の秋田、岩手、青森の周遊旅行を計画中ですw
- fuzzさん からの返信 2020/03/12 13:19:30
- Re: .........
- chekimanさん、お久しぶりです。
お元気に旅行されているのですね、良かったです。
前に旅行先で大変な事故にあわれて以来、旅行されているのか心配してました。
また、インドコミュでは私のフォートラの青春時代みたいな時を共に過ごさせて頂いて感謝しています。青春時代ってぇのは難しいモノですね(笑)
私は、ラムロールちゃんさんと昨年初めてお会いしました。
淳子の事を思い出して下さってありがとうございます。
もうあんな思いをするのは嫌ですね。
津波が100年に一度位は来る気持ちで小さい頃からいましたが、あんなに家も人も街ごと波にさらわれるとは考えた事はありませんでした。
来年で10年。その時は沿岸地方を回ってみたいと思っています。
秋田・岩手・青森周遊ですか!
来月ですか・・難しいですね・・・
何が「難しい」と言いますと、本当はお会いしたいのですが岩手オフ会も2件中止になったので本当に残念ながら今回はお会いできないな~と。
色々あったインドコミュの事とかお話出来たらと思ったのですが。
お互い健康で生きていれば会える日も来ますね、きっと。
昨年、韓国に行った旅行記を出されているのですね。
おじゃまさせていただきます(*^_^*)
fuzz
- chekimanさん からの返信 2020/03/12 22:29:38
- Re: .........
- あの頃、ぼくらは熱く真剣だった!
”青春”の例えはピッタリですね。
青春時代を共に過ごした仲間に再会する。
考えただけでもワクワクしてきます。
本当だったら、一週間後にはウズベキスタンにいるはずでした。
それが、今月になって、飛行機欠航の連絡が来て.........
それだったら、どこでもいいから、行けるところに.......
なんて、思ってチケットを検索をして、外務省の渡航情報を見て......
そんな望みは数日の内に完璧に絶たれて.......
東北に春が来る頃には状況が変わっているといいのですが.......
いつの日か、お会いできる日を楽しみにしています。
-
- イチローさん 2016/12/17 19:33:13
- 今まで生きてきた中で一番驚いたこと…
- あの日、のんびりとした午後を過ごしていた私です。
勤務中ではありますがゆったりとした午後でした。
なんか大きな地震があったみたいです、という北海道の方からのコメントを頂きました。
もと従業員から携帯に電話が…
「日本が危ない!」を連呼する、大声で連呼する。
ただ事ではない、と思い家族に連絡をしてみた。
最初はなかなかつながらなかった。
2時間くらいしてやっと妹の携帯につながった。
幸い我が家の人々には被害はなかった。
ちょうどその2週間後くらいに帰国する予定があった。
帰国して見て驚いた。
節電を呼びかける放送、貼り紙、が目に付く。
テレビをつけてもニュースがほとんど。
ニュースとニュースの間に震災の特番が入っている様な雰囲気。
コマーシャルも自粛(?)。
あの当時滞在約2週間で得たものは震災のニュースを見ると息苦しくなるということでした。
一種のPTSDのようなものです。
今でも東日本大震災関連の記事やニュース、動画などを見ると胸が苦しくなります。
涙腺もゆるゆるになります。
でも私は現地へ行っていません。実際の被害をこの目で見ていません。
被災地の方々がどういう思いを胸に日々生活しているのか、想像もつきません。
fuzz さんのリポートにあった様に復興が進んでいる所もあるでしょう。
メディアに紹介されている所などは復興の早い所だと思います。
しかしまだまだ放置されている所も決して少ないとは思いません。
観光目的でも取材でもまずは人が東北を訪れ、交通機関を使い食事や買い物をして経済を活性化させることです。
幸い、建設業は仕事があるみたいですがこういう被害の後は好き勝手にできない部分もあってなかなか大変そうです。
忘れたいけど絶対に忘れてはならない。風化させてはならない出来事。
3月11日が訪れなくても思い出して多くの犠牲になった方々の命が無駄にならないような生活を心がけたいと思っています。
私の生涯の中で忘れたくても忘れられない一番衝撃を受けた出来事。
それが東日本大震災です。
犠牲になった方々の冥福を祈る事、助かった方々の今後の生き方を応援して行きたいと思っています。
具体的にできる事はほとんどありません。
でもそういう気持ちをいつも持ち続けて行きたいです。
機会を見つけて東北を訪れたいという気持ちもあります。
多分今でも生々しい傷跡を見せられたら正視出来ない可能性もあります。
口先だけでなく必ず向き合いたいと思います。
早期復興を心よりお祈り申し上げます。
- fuzzさん からの返信 2016/12/18 17:12:44
- RE: 今まで生きてきた中で一番驚いたこと…
- イチローさん、引き続きおたよりします。
あの日は大変でした。
たしか二日前に母とフランス旅行から帰国したばかりでした。
大学卒業を控えた息子と母と東京から一緒に岩手に戻りました。
実家の母は津波被害のひどい所に住んでいます。
母が帰宅して翌日だったでしょうか、突然それはやってきました。
私も岩手に住んではいるものの県南内陸部に住んでいましたので地震被害
だけが大変で、水も電気もとまっていて、スーパーもコンビニも閉店。
ガソリンスタンドも閉店で、何もかもがストップしてしまいました。
沿岸にすむ母の安否をしったのは2週間後位だったでしょうか。
その2週間は、母の事を心配し過ぎて気が狂いそうでした。
最近、友人の葬式で地元に帰りましたが、相変わらず地元の友人たちの話は
津波から抜け出せていなかったです。やっと仮設住宅から出られて家を建てたとか
うちの近所の公園は仮設住宅がまだ沢山あり、そこで被災者が生活しています。
わが家は父が津波を心配して、私が中学生に上がる年に高台の土地を購入したおかげで
津波被害にはあいませんでしたが、家が大丈夫でも生活をする街の機能が途絶えて
しばらくは本当に大変でした。国道も通れない、ガソリンがない、鉄道はストップ、
あの日には戻りたくないですね。
私は今、盛岡という所に住んでいて津波や震災の話はどこからも聞こえませんが
実家に戻ると、まだあの日の続きです。
私自身も時々忘れてしまう事がありますが、亡くなった親戚、友人を思うと
忘れてはならない、でも先を進んでいかなければならないと複雑です。
実家の母は、その時期になると日本にいたくないようで、来年のその時期は
母と私はイギリスへ旅行します。
地元に住んでいる高齢の母にすれば、あの日を思い出すのは地獄なのでしょう。
あたたかいメッセージ、ありがとうございました。
fuzz
-
- akikoさん 2015/03/14 23:01:44
- 陸前高田のある松のその後
- fuzzさん、こんにちは
去る11日は東日本大震災から4年目の日となりましたね。
今日は「伝説の一本松」を拝見し、fuzzさんの陸前高田の一本松と友人だった淳子さんへの特別な思いを知ることができました。
大切な友人を亡くした心の傷は4年経ったからといって癒えることはないと思いますが、思い切って現地を訪れられて一歩だけ前に進めたのではないでしょうか。
数日前、京都の東山で開催されている「東山花灯路」に行ってきました。東山一帯に灯りの道がつづくのですが、真福寺という清水寺近くのお寺に、陸前高田の流出松を使って造られた仏像が据えられているのを見かけました。とっても立派な大日如来坐像でしたよ。
話によると、真福寺のご本尊を新調する予定だったところに、東日本大震災が起き、依頼先の京都伝統大学校の学生さんたちの考えで、津波で流された名勝高田松原の松を使うことを決定。鎮魂と復興の祈りをこめ、一万人以上の方々が『ひとノミ、ひと削り』に参加して、みんなで造り上げた思いのこもった仏像なんだそうです。そして今、遠く関西の地で一本松の仲間だった松が仏像になって残っているんです。
このことをfuzzさんにも知ってもらいたくて書き込みをしました(^^)
どうか1日も早く陸前高田が新しい街になり、新しい高田松原の景色が復活しますように・・・
akiko
- fuzzさん からの返信 2015/03/15 10:08:39
- RE: 陸前高田のある松のその後
- akikoさん、おはようございます。
京都の東山の御仏像に高田の松が使われていたとは。
本当に、本当に、ありがたいことです。
私達岩手県人にとって、高田松原は特別です。
復興のシンボルと言われ、一本だけになってしまった今でもあの景勝地の
景色は目を閉じると残っています。
京都伝統大学校のホームページを今、拝見しました。
陸前高田復興プロジェクトとしての活動内容を拝見して感動しています。
いつ行けるか分かりませんが、京都の清水寺に行って拝ませて頂きたいと思います。
京都は高校の修学旅行以来、一度も行ったことがありませんが、
とても良いお話をakikoさんから伺ったので、京都行きのきっかけを頂いたような
そんな思いがします。ありがとうございました。
fuzz
-
- chekimanさん 2015/03/14 21:24:56
- 震災関連のテレビを見ていて想ったこと
- fuzzさん、こんばんは
さっき、録画していたNHKスペシャル「“あの日の映像”と生きる」を見ました。
この番組の中で、市民会館へ避難していた家族を津波で無くした陸前高田の男性が紹介されていました。
彼は自宅ビルのかたづけをしていて助かったのですが、その時に撮影した16秒間の津波の映像を長い間見れなかったそうです。
2年前に市民会館が取り壊されるのをきっかけに映像を見るようになり、今では月命日に映像をみながら亡くなった家族のことを想うそうです。
番組を見ながら僕が想っていたのは、2日前にfuzzさんの旅行記を通して知った淳子さんのことでした。
淳子さんは僕の心の中にも居るようです。
chekiman
- fuzzさん からの返信 2015/03/15 09:51:02
- RE: 震災関連のテレビを見ていて想ったこと
- chekimanさん、おはようございます(#^.^#)
私も、先日3月11日に各局で放送されていた震災関連の放送を観ていました。
特にご家族を亡くされた方々は辛い日々を今まで送った事だろうと思うと
私もあの時、他人事ではなかったので、あの日を思い出すと今でも涙が出ます。
沿岸の宮古市に母が1人で住んでいるので、市役所へ行ったり病院へ行ったり
買い物に出かけたりして津波に襲われてしまったのではないかと気が狂うような
思いでした。電話も、もちろん携帯電話もつながらず、メールを送っても
送信されず、私のところも電気も水もなく、ガソリンスタンドも閉まったままで
電車もバスも不通の状態。母のいる宮古に行けるはずもなく。
母が無事だと分かったのは震災から一週間後?10日後?
もう忘れるものですね。
あの日を思うと、たいていの事は我慢できたし辛く思えなかったけど、月日が経つと
悲しい事や辛いことも癒されるもので、これも風化って事になりますか。
でも、人間の精神力ってすごいなあって思ってます。
辛いことも、いつまでもその時の辛さを維持できず和らぐものなのだなあと。
淳子の事を知らないchekimanさんの心にも生き続けるなんて、言葉では
うまく言い表せませんが、ありがとうございます。
fuzz
-
- morisukeさん 2015/03/10 02:08:24
- もう4年ですね。
- fuzzさん、こんばんは。
突然コメントして申し訳ありません。
たまたまなのですが、陸全高田の記録を拝見させて頂きました。
記録をたどる度に当時の事が思い出されて、涙が出てきました。
私は当時宮城で仕事をしていました。
あの日、私自身は何ともなかったのですが、翌日海岸近くまで様子を見に行った際に、あまりの光景にただ茫然と立ち尽くしていた覚えがあります。
気付けば地元の人と一緒に瓦礫の撤去作業に加わっていましたが、あの冷たさ・痛み・泥の臭いは一生忘れることが出来ないと思うのです。
亡くなられたfuzzさんのお友達にはただご冥福を祈るばかりです。
私も先の震災で友人を亡くしましたが、
彼の分までこの素晴らしい世界を見て聞いて感じて、とことん楽しんでやろうと思っています。
ネコ
- fuzzさん からの返信 2015/03/11 08:28:50
- RE: もう4年ですね。
- morisukeさん、おはようございます。
今日はひどい大雪です。
吹雪で高速道路も通行止めになったりと大変です。
昨夜、たまたま昨日、テレビで陸前高田の一本松の特集をしていたのを観ました。
インドネシアの大津波の時も、同じように一本だけ海松が残ったと。
その苗を陸前高田市に寄贈したらしいのですが、岩手の極寒では育つはずもなく
枯れてしまったそうです。
津波にも耐えたのに、寒さには負けてしまったようです。
今日は一日、色々な事を考えて過ごす一日になります。
旅行記を見ていただいて、書込みまでして頂いてありがとうございます。
fuzz
-
- miracleさん 2015/02/17 21:48:52
- 命と魂
- fuzzさん、こんばんは。
今日は、大きな地震がありましたね。
なぜか偶然にも、今日、fuzzさんのこの旅行記を拝見しました。
物事に偶然はないといいますが・・・。
お友達、みなさまのご冥福をお祈りいたします。
・・・生きていれば、いろいろなことがありますね。
私も、先に旅立った・・方たちのことを思い出しました。
けれど、この世での命はなくなっても、魂は永遠と思います。
一本松、神々しいですね。
生かされている、今の命、様々な出会いは、奇跡のようなもので、大切にしていきたいです。
ありがとうございました。
miracle
- fuzzさん からの返信 2015/02/18 19:57:18
- RE: 命と魂
- miracleさん、こんばんは。
昨日は、あの時を思い出しました。
結構揺れましたから。
母が1人で宮古に住んでいるので心配して疲れます。
被災地でも仙台などの都会は復興が早くて、今の状態は何もなかったかの
ようですが、岩手の漁村は人口も少なく中心部ではない所の復興はまだまだです。
沿岸の中でも宮古市は人口が一番多いからか復興は目に見えて進んでますが
陸前高田は本当に行って見ると驚きます。
生きている、健康でいる事に感謝して、その喜びをかみしめて暮らしています。
fuzz
-
- こあひるさん 2014/07/12 21:06:33
- 一本残った意味は・・・
- fuzzさん、こんばんは。
このテーマのものに対して、私が感じたことを言っても、うまく伝えることができないし、そちらの思いに対して何を語ればいいのかわかりません。
でも、なぜ1本だけ残ったのか・・・残った方が良かったのか・・・不思議な哀しいような気持ちになります。
その奇跡的にのこった1本へ託された思いや願い・・・希望や絶望を思うと、この松の木の存在の重さや意味を考えさせられてしまいます。
こあひる
- fuzzさん からの返信 2014/07/13 11:21:24
- RE: 一本残った意味は・・・
- こあひるさん、おはようございます。
宮城、岩手の沿岸はどこも工事が進んでますね。
仙台に住む友人が、仙台港あたりに霊が出るとか言って私に聞かせますが、
それを聞いてどう返せば良いのか分かりません。
でも、前に進んでいる事は確かですね(*^▽^*)
こあひるさんの旅行記、仙台のベルギービール・ウィークエンドのように、陸前高田の街の再開や高田松原が完成したら、きっと世界中から沢山の人が集まってお祝いしてくれるだろうと今から楽しみです。
最近、地震がまたちょくちょくありますね。
まだ終ってはいないのだと思い、防災に対する意識を心がけています。
fuzz
-
- わんぱく大将さん 2014/07/10 08:43:46
- なんとも言えません
- fuzzさん
なんとも言えない気分です。つぶさないと新しい物は生まれない?
大将
- fuzzさん からの返信 2014/07/13 09:53:32
- RE: なんとも言えません
- > fuzzさん
>
> なんとも言えない気分です。つぶさないと新しい物は生まれない?
>
> 大将
本当ですね。
既存にあるものを壊してまで新しいモノを作ると言うのは凄く時間とお金が
かかるので、自然に?なくならなければ新しいモノは作れないのでしょうね。
いつか、新しくなった陸前高田の街を紹介する日が来るだろうと楽しみです。
fuzz
-
- hot chocolateさん 2014/07/06 01:51:20
- 胸が詰まる思いです。
- fuzzさま、こんばんは。
陸前高田の海岸にあった7万本の松が、3.11の津波で流され、たった1本だけが
残ったとは、本当に奇跡としか思えません。
この震災で多くの方々が被災されましたが、fuzz様の大切なお友達も
お亡くなりになったのですね。
ご冥福をお祈り申し上げます。
3.11から6か月後の9月、私も名取市閖上地区を訪れました。
住宅地だったところは、基礎を除いて跡形もなく流され、草が茫々に生えていました。
かろうじて残って今は廃校になってしまった小学校の体育館には、ボランティアの
方達によってきれいに洗われ、持ち主を待っている数え切れないほどの写真がありました。
3年の月日が経った今も、そしてこれから何年の月日が経ようとも、
被災された方々の心の傷は、癒えることはないと思います。
1日も早く元の笑顔を取り戻し、力強く生きていただきたいと願っております。
hot chocolate
- fuzzさん からの返信 2014/07/07 10:53:27
- RE: 胸が詰まる思いです。
- hot chocolateさん、おはようございます。
一応、区切りとして思い切って出しました。
先月末にフォートラのオフ会をしました。
岩手県外から二名お越しくださいましたが、その方々も被災地へはまだ足が遠のくとおっしゃってました。
もうずいぶんと片付き、元々何もなかったみたいに綺麗になってますが、
そこにはまだ気持ち的に行けないとおっしゃっていました。
人の捉え方や考え方は本当にそれぞれ違うものだなあとオフ会で感じ取りました。
土曜日に久しぶりの大き目な地震がありました。
先月、また時々地震があるなあと思っていたばかりでした。
最近は水の保管もやめてましたが、また始めました。
気を抜いていました(*ノωノ)
fuzz
-
- pedaruさん 2014/06/29 06:03:51
- 天災
- fyzzさん お早うございます。
「伝説の一本松」を読んで感銘を受けました。一度はコメントを入れようとしましたが、言葉がありませんでした。
私の義姉は石巻市牡鹿町の十八成浜というところに住んでいますが、九死に一生をえました。基礎だけ残った海岸の土地の真ん中に立った時、天災という天を呪いました。 なぜ? どうして?あの人達が・・・・
知っている限りでは、何処よりも優しい人の多い土地柄の東北地方、なぜこの人達がこんな目にあったのか?
大手電機メーカーに勤務する知人が、製品の不具合を点検するため全国を周ったことがありました。昔のことですから、今は知りませんが・・・
各家庭を訪問すると例によって、クレームや時には罵倒すら受けました。しかし、東北地方を周った時は、皆温かく迎えてくれて、遠方から来たことを労ってくれて、お茶の接待や時には食事まで勧められたそうです。他の土地とは明らかに違う対応だったということです。これは余談です。
悲しみを抱えてピエロを演じる人がいますが、悲しみを乗り越えて明るく生きる人もいます。・・・さてfuzzさんは・・・天然?・・・
pedaru
- fuzzさん からの返信 2014/06/30 15:56:50
- RE: 天災
- pedaruさん、ありがとうございます。
本当にありがとうございます。
fuzz
・・・・・・・・・
この旅行記に書込みして下さった方へはこれだけの御返事だけをしました。
私も返事に詰まるというか言葉がなかったのです。
私はピエロは演じれないと思います。
あの時の話を笑っては話せないので。
私は天然ですね(笑)
fuzz
-
- 空飛犬quillさん 2014/06/24 09:00:02
- どうコメントした良いでしょうか
- fuzzさん
読みながら涙があふれました。
人間の素晴らしい所って、前に向かう力だと思います。
それと、忘れてしまう事、でもどこかに記憶している事。
震災から年月が経ち、多くの人があの日を忘れかけた時
ちょっとした言葉から、思い出し真摯に自分と向き合う。
その繰り返しですね、一生。
わたくしもちょっと記憶から遠のいていました。
気持ち新たにしっかり前を向いて生きていく勇気をもらいました。
空飛犬quill
- fuzzさん からの返信 2014/06/24 16:33:56
- RE: どうコメントした良いでしょうか
- 空飛犬quillさん、ありがとうございます。
本当にありがとうございます。
fuzz
-
- maggiさん 2014/06/23 21:56:53
- ありがとうfuzzさん
きれいだね、陸前高田
人間って、小さくて弱い
でも、すごく強いんだ
一歩、前に足を出せば、進めるんだ。
止まって休んでもいいじゃん。
きっとまた一歩前に出せるよ。
納得できないね、こんなこと・・・
でも、ちょっと無理して、顔をあげれば
美味しい空気も入ってくるよ。
大丈夫、人間って結構強いんだ。
みんな見ているよ空から・・・
ほら、あなたの横で
元気だしなよって笑っているよ。
陸前高田本当にきれいだね
私にはみえるよ。青い海と高田松原が・・・
- fuzzさん からの返信 2014/06/24 16:33:19
- RE: ありがとうfuzzさん
- maggiさん、ありがとうございます。
本当にありがとうございます。
fuzz
-
- ecchanさん 2014/06/23 01:43:09
- こんばんは。
- fuzzさん、夜分に失礼します。
東北旅の最終日、釜石を出発する前に
fuzzさんの淳子さんへの想いの旅行記を拝見し涙が溢れました。
そのまま投票もコメントも何故だか躊躇ってしまいました。
旅行中ではなく、帰宅後じっくり拝見しなくてはと思ったからです。
旅先で出会った地元の方々は、皆さん笑顔で優しく
震災時のことを話してくださいました。
でもその笑顔の奥には、fuzzさんとおなじように
深い哀しみや苦しいお気持ちでいっぱいなのだと思います。
それでも今は前を向いて進もうとする力強さを私は感じました。
淳子さんのご冥福を心よりお祈りいたします。
100冊目の想いのこもった旅行記ありがとうございました。
ecchan
- fuzzさん からの返信 2014/06/23 12:10:39
- RE: こんばんは。
- ecchanさん、ありがとうございます。
本当にありがとうございます。
fuzz
-
- tamuさん 2014/06/22 23:23:09
- ご冥福をお祈りします
- fuzzさん
震災で辛い思いをされたと思います。
あまりにも被害が大き過ぎて、何も言えなくなりますが、もし、気持ちの整理が出来たなら幸いです。
私の身内も原発事故の関係で避難していますし、近くのお店の方は亡くなってしまいました。
生き残った人は亡くなった方の分も精一杯生きましょう!
何となくfuzzさんの震災関連の旅行記に出ていた様に感じていますが、復興の為に頑張りましょう!
- fuzzさん からの返信 2014/06/23 12:10:06
- RE: ご冥福をお祈りします
- tamuさん、ありがとうございます。
本当にありがとうございます。
fuzz
-
- 墨水さん 2014/06/22 22:42:44
- 前へ。
- fuzzさん、今晩は。
前を向いて行くしかない。
辛くても、苦しくとも、前を向くしかない。
自分の身体ですら、自身の所有物ではなく。
生きる事すら、儘成らず。
生命すら、末永くを望む事すら出来ない。
心の外の世界は、人が生きていくのには、余りにも過酷は世界。
人生は何時も、喜怒哀楽を踏み越えて行くしか無い。
如何に哀しくとも、怒り有ろうとも、辛きを捨てて人生を歩むしか無いのが、残念ながら人生です。
だから心の内を強く持ち、力強く生きて欲しいと願うばかりです。
墨水。
- fuzzさん からの返信 2014/06/23 12:09:22
- RE: 前へ。
- 墨水さん、ありがとうございます。
本当にありがとうございます。
fuzz
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- zunzunさん 2014/06/22 10:35:07
- 涙が溢れた
- fuzzさん、おはようございます^^
fuzzさん、涙なしでは読めませんでした。
お友達のご冥福を祈らずにはいられません。
fuzzさん、やっとここまで来れるよになったのですね。
長い時間が必要でしたね。
一本松の伝説は永遠ですよ^^
zun
- fuzzさん からの返信 2014/06/22 18:00:15
- RE: 涙が溢れた
- zunzunさん、ありがとうございます。
本当にありがとうございます。
fuzz
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- 阿蘇美忍さん 2014/06/22 08:04:27
- 文字がかすれて見えなくなる!。゜(゜´Д`゜)゜。
- fuzzさん、お早うございます。
様々な思い出をお待ちのfuzzさんが、区切りをつけて訪れた地!
本当に、辛い思いで訪問されたと思います。
ただ、観光で訪れようとしている私達部外者の気持ちに活が!
深い悲しみ、追悼、復興、そして未来に向けて時が進む!
色々な旅記を拝見させて頂きましたが!
こんなに、投票のクリック「いいね」を、押すのにためらいが有るなんて!
いいね!では無く、合掌!。゚(゚´ω`゚)゚。
そして、区切りの旅記を有り難う御座います。m(_ _)m
by.遊び人。
- fuzzさん からの返信 2014/06/22 17:59:35
- RE: 文字がかすれて見えなくなる!。゜(゜´Д`゜)゜。
- 遊び人さん、ありがとうございます。
本当にありがとうございます。
fuzz
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- アーシャさん 2014/06/22 02:51:14
- 目頭が熱くなりました
- なんとコメントしたらよいのか。。。
とても心が痛みました。
淳子さんもfuzzさんに会いたかったでしょうね!
これからもずっと見守ってくれることでしょう。。。
淳子さんのご冥福お祈り致します。
アーシャ
- fuzzさん からの返信 2014/06/22 17:58:21
- RE: 目頭が熱くなりました
- アーシャさん、ありがとうございます。
本当にありがとうございます。
fuzz
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- 森の番人さん 2014/06/22 01:36:04
- こんにちは
- 涙なしでは読めませんでした。
淳子さんのご冥福をお祈りします。
- fuzzさん からの返信 2014/06/22 17:57:48
- RE: こんにちは
- 森の番人さん、ありがとうございます。
本当にありがとうございます。
fuzz
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