2014/05/11 - 2014/05/11
24位(同エリア204件中)
さんたくさん
山の辺の道を柳本から三輪か桜井あたりまで歩いてみようかと思い立ち、出発しましたが、いきなり黒塚古墳の階段で足を捻挫してしまいました。
たいしたこともなかったので、のんびりと古墳を見ながら散策していましたが、途中で痛みが増してしまったため、リタイアしました。
でもこの辺の古墳はいつも遠くから眺めながら通り過ぎていましたので、今回じっくり見ることができ、個人的には満足しています。
なんか地味なテーマです(笑)が、良かったらよろしくお願いします。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
-
柳本駅を11時に出発します。
柳本駅はJR桜井線の無人駅ですが、山の辺の道というハイキングコースに行くのに便利な駅です。
今の時間は数人しか電車からおりませんでしたが、帰り(16時)はかなりの人がおられました。
11時なんで出発、到着どちらにしても中途半端な時間なんだと思います。 -
駅前に案内板があります。
右のJR柳本駅から出発して、赤い線を下に歩いて行きます。
その後、緑の線にぶつかりますが、これが山の辺の道です。
10キロ位の道のりになります。
ただ今回は景行天皇陵まででリタイアしてしまいますが・・・ -
駅前に「首無地蔵」という小さな祠がありました。
由緒が書かれた案内板が上にあるのですが、所々かすれていて読みにくいです。
なんとか読んで要約すると次のようになるようです。
「この地蔵石は人皇十代崇神天皇の頃の名石でこの石に地蔵尊などを刻み安置していましたが、仏教が衰退してくると何者かがこれを川に遺棄しました。
この石は駅の南方の高木川にありましたが、駅で轢死者が多数ありその人たちの首がことごとくありませんでした。
これは地蔵尊の祟りにちがいないと、川からこの石を引き上げここに安置するにいたりました。」 -
上のような話が真実かどうかは分かりませんが、現地でこういうものを見たり、云われを読んだりするのは楽しいです。
まぁこれをやるとすごい時間がかかるんですけどね(笑) -
正面に龍王山が見えます。
このすっと真っ直ぐに伸びた道が大手筋です。 -
左を見ると黒塚古墳があります。
古墳といえば森みたいになっていて形がよく分らないことが多いですが、ここは前方後円墳の形がよく分ります。 -
黒塚古墳の上空からの写真です。
行燈山古墳(崇神天皇陵古墳)を盟主墳とする柳本古墳群の中では、最初に築造されたと推定されています。
円墳頂部の石室跡もないですし、右の公園も整備中のようですので大分前の写真だと思われます。 -
綺麗な花です。
花の名前とか分かればもっと楽しいんでしょう。 -
淡いピンクと白の混じった花です。
こんなコメントしかできないのが情けないですね(笑) -
白い花〜w
-
これはうちの庭にも咲いています。
でも名前は分からないんですよねw -
黒塚古墳の前方部の方から後円部の方を見ています。
円墳部にあがる階段が見えますが、その上がり口の所に掘割が検出しています。
この割堀は?字型で幅6m、深さ3mで前方部と後円部を分断し、後円部を主郭として守りの要としていたようです。
戦国時代に古墳が改変され砦として利用されました。 -
黒塚古墳の後円部です。
発掘された竪穴式石室跡です。
実際はここより2mの深さにあり、長さ8.3m、幅1mほどの長大な石室です。
三角縁神獣鏡33面は棺と壁面の間から出土しました。 -
黒塚古墳の円墳部から階段を降りている時に足を踏み外して、左足をぐにゃっと捻挫してしまいました。
天気がよく気分も良かったので、足元に注意がいかなかったようですw
あまりの痛さにしばらくベンチで休憩しました。
痛みはありますが歩けないほどではないので先に進みます。 -
柳本藩邸遺跡です。
下に黒塚古墳が見えます。
織田信長の弟・織田長益(ながます)は五男・尚長(ひさなが)に所領の一部を分け与え、尚長が柳本に入りました。
尚長は柳本に藩邸を構え、柳本藩一万石の本拠地となり、柳本藩は廃藩置県までこの地を治めました。 -
柳本小学校は柳本藩邸があった場所です。
下の建物がここにあったんですね。 -
以前にあった大書院と玄関(右)です。
柳本小学校にあった藩邸は火災により焼失したため、1844年に再建されました。
この建物は柳本小学校として使用されていましたが、校舎建て替えのため1966年に橿原神宮に移築されました。
現在は国の重要文化財「旧織田屋形」に指定され、橿原神宮文華殿として利用されています。 -
柳本小学校から見た大手筋です。
道路右側のグレイの建物(JAならけん)の所に「使者留」という建物があり、そこに西門がありました。
想像するとわくわくしますね。 -
崇神天皇陵へ続く砂利道です。
-
宮内庁の注意書きです。
どこも似たようなのがあります。 -
この階段をのぼっていきます。
今日は本当にいい天気で少し暑いくらいです。 -
これ以上はいけません。
奥に鳥居があってその向こうが崇神天皇陵です。 -
崇神天皇陵の鳥居です。
第10代崇神天皇は第9代開化天皇の第二子といわれています。 -
現在地は崇神天皇陵の写真下の部分です。
御陵は前方後円墳で古墳群の真ん中に位置し、周濠が3カ所に区画されています。
この辺りは何回も来ていますが、一周するのは初めてです。 -
崇神天皇陵は土手の上を大体一周することができます。
この土手は江戸時代に柳本藩による修陵事業によるもので、古墳築城当時の姿とは異なるようです。 -
崇神天皇陵の前方部です。
森なんで形はよく分りませんが・・・ -
この道は前円部のちょうど中心へ向かっています。
ただ立ち入り禁止なので行けないのが残念です。
ちょっと探検してみたいですよね(笑) -
少し木の色が違う所がありますが、種類が違うのでしょうか。
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休みなのでハイキングをしている人も見かけました。
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崇神天皇陵を一周しました。
風も結構強くて水が波立っていてなかなかいい感じでした。 -
崇神天皇陵には3つの陪塚を伴っています。
そのうちのひとつの南アンド古墳です。 -
紫の花です。
淡い色合いが好きな感じです。
花のこと、勉強してみようかなw -
これはタンポポですよね。
子供の頃よく吹いて遊びました。 -
スイセンですかね?
-
向こうに見えるのが櫛山(くしやま)古墳です。
4世紀後半に作られた全長155mの大型古墳です。
全国にも3例しかない双方中円墳です。
これは前方後円墳を基調としながら、前方の反対側の後円部先端にも大型の祭壇を伴う形態のことです。
ただ実際に見てもその形態を確認することは難しいですが。 -
櫛山古墳を上空から撮影したものです。
右に崇神天皇陵が見えます。 -
櫛山古墳の中に入ってみます。
ここは立ち入り禁止とは書いていないので、入っても大丈夫みたいです。
「すずめばち注意」という看板はありましたが、まだ大丈夫でしょう。
「サバイバルゲーム禁止」の張り紙もありましたので、ここでした人がいるんでしょう。 -
なにか古墳らしい遺構などがないか探しながら歩いていきますと、竹藪がありました。
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櫛山古墳の中はうっそうとした森で誰もいません。
頭頂部らしい所にも行きましたが、遺構らしいものはありませんでした。
発掘調査では埴輪やいろいろ出てきているようですが、もちろん見つかりません。
せめて案内板か何かくらいはあるかと思ったのですが・・・ -
櫛山古墳は緑が美しく、濠のほとりの赤い花も映えます。
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濠をまわって櫛山古墳に近づきましたが、こちらから入るのは難しいようでした。
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この花もあでやかです。
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向こうに見えるのは崇神天皇陵です。
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櫛山古墳の濠のほとりに石仏がありました。
古いものなのか顔などがぼんやりしていましたが、お花がちゃんとお供えされていました。 -
道のほとりに句碑がありました。
万葉集からのものらしいですが、こちらも無学なもので・・・ -
案内板がありますので迷うこともあまりないと思います。
私は山の辺の道では地図とか持っていきませんw -
無人販売所です。
ここではトウガラシやスナックエンドウが売られていました。
一袋100円です。
こんな所がいろいろあります。
店員さんもいないし覗きながら、のんびり歩きます。 -
お金はここにいれますw
季節によってはみかんや大根などいろいろ売られています。 -
農家の軒先ですね。
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昔ながらの農機具もあって面白いです。
今も使っているんでしょうか? -
道も歩きやすいです。
ハイキングの人も見かけます。 -
景行天皇陵です。
古墳時代前期に築造され、全長300mの前方後円墳でこの時期造られた古墳としては全国最大です。
こんもりとした森のようです。 -
景行天皇陵の航空写真を見てかろうじて前方後円墳だと分かるような気がします(笑)
少し分かりにくいですが・・・ -
景行天皇陵も周濠がありますが、一周はできないようです。
-
景行天皇陵の陪塚のひとつです。
-
こちらで山の辺の道の地図があったので頂きました。
写真を見ていて気付いたのですが、「¥100 SHOP」の文字が見えますが、お金を入れないといけなかったのでしょうか?(汗)
上の段に野菜があるのでそれが100円ということなんでしょうか?
その場では当然のように地図をもらいましたが、どちらが正しいのでしょうか?
謎です・・・ -
以前、「万葉歌碑めぐりロマンラリー」というのが行われていたようです。
山の辺の道は何回か来ていますが、あまりのんびり歩いたことはありませんでした。
今回はゆっくり写真を撮ったりしながら歩いています。 -
山の辺の道を少し外れた所に「ひもろぎ遺跡」がありました。
-
「ひもろぎ」についての説明です。
上手くまとめられそうにないのでそのまま載せますw -
黒塚古墳で捻挫した左足の痛みが少しきつくなってきたので、ここでリタイアすることにしました。
三輪まで山の辺の道を歩くつもりでしたが、まぁ何回も来ているのでいいかなと(笑)
来た道を引き返すのは面白くないし、お腹もすいてきたので自動車道の方へ行くことにしました。 -
景行天皇陵へ戻ってきました。
濠の赤いのは藻でしょか? -
いつもの注意書きです。
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こちらが景行天皇陵の正面ですかね。
これ以上は入ることができません。
もう少し中まで行ってみたいですね。 -
「大和まほろば」っていううどん屋さんで昼ご飯を食べます。
時間は3時前くらいだったと思います。 -
ロースかつ定食1,250円でした。
かなりお腹がすいていたので、ガッツリ揚げ物食べました。
左上はうどんです。
まぁまぁのお味でしたね。 -
途中で見た白猫〜
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白猫と同じ所で見た猫です。
なんかキョトンとした表情がかわいいですね〜 -
帰り道にあった伊射奈岐神社でお参りしました。
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専行院は織田家の菩提寺です。
ホームページによると織田有楽斎(信長の弟)・尚長(有楽斎の五男)をはじめ歴代藩主の墓が残っているとのことです。 -
織田家の墓を捜そうかと思いましたが、誰もいませんし、ウロウロしにくい雰囲気でしたので、早々に諦めて退散しましたw
帰宅後、調べますとお墓もあるし、お参りしてもよさそうなので次の機会に行って見ようかと思います。 -
柳本駅に帰ってきました。
ちょうど16時位でしたので、5時間くらいの散策となりました。
足を捻挫したため引き返してきましたが、のんびり見て回れてよかったです。
読んで頂き、本当にありがとうございました。
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