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1週間前、GWの始まりに藤を愛でに鎌倉へ出掛けたばかりですが、この日も鎌倉へ足が向いてしまいました。<br /><br />GW後半の連休の初日、当然、鎌倉は激混みですが、混雑を避けて藤の花が見られるところを中心に散歩しました。<br /><br /><この日のコース><br />鎌倉駅→(大町エリア)八雲神社→別願寺→安養院→安国論寺→妙法寺→大宝寺→(扇ガ谷)浄光明寺→英勝寺→海蔵寺→(亀ヶ谷切通し)→北鎌倉駅

GWの後半も藤を求めて鎌倉へ

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2014/05/03 - 2014/05/03

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morino296

morino296さん

1週間前、GWの始まりに藤を愛でに鎌倉へ出掛けたばかりですが、この日も鎌倉へ足が向いてしまいました。

GW後半の連休の初日、当然、鎌倉は激混みですが、混雑を避けて藤の花が見られるところを中心に散歩しました。

<この日のコース>
鎌倉駅→(大町エリア)八雲神社→別願寺→安養院→安国論寺→妙法寺→大宝寺→(扇ガ谷)浄光明寺→英勝寺→海蔵寺→(亀ヶ谷切通し)→北鎌倉駅

  • 八雲神社<br /><br />GW、後半の連休初日とあって、北鎌倉、鎌倉へ向かうJR横須賀線も凄い混雑。<br />大船駅では、乗り切れないくらいの状況。<br /><br />鎌倉駅へ到着した後、混雑を避けるためいつものように西口から御成通りを歩き、<br />途中で、ちよだ寿司で昼食を買い求め、大町エリアへ向かうことのしました。<br /><br />

    八雲神社

    GW、後半の連休初日とあって、北鎌倉、鎌倉へ向かうJR横須賀線も凄い混雑。
    大船駅では、乗り切れないくらいの状況。

    鎌倉駅へ到着した後、混雑を避けるためいつものように西口から御成通りを歩き、
    途中で、ちよだ寿司で昼食を買い求め、大町エリアへ向かうことのしました。

  • 八雲神社 社殿<br /><br />「八雲さん」、「天王さん」の愛称で親しまれている大町の鎮守。<br />祭神は、須佐之男命、稲田比売命、八王子命、佐竹氏の霊。 <br /><br />永保年中、新羅三郎義光が、兄の八幡太郎義家の助勢(後三年の役)のため奥州に赴く途中、鎌倉に立ち寄った際、疫病が流行っていたため、京都の祇園八坂社の祭神を勧請したのが始まりと伝えられます。<br />室町時代には、関東管領足利成氏が公方屋敷に渡御した神輿に奉幣を行うを例とし、また、戦国時代には小田原城主北条氏直が祭礼保護の「虎印禁制状」を下賜。<br />慶長9年徳川家康からは、永楽五貫文の朱印地を下賜され、古くは、祇園天王社と呼ばれたが、明治に入り八雲神社と改称されたそうです。<br /><br />7月に行われる神幸祭は、神輿渡御(大宝寺まで渡御)で知られ、正月6日には湯花神楽が行われるそうです。

    八雲神社 社殿

    「八雲さん」、「天王さん」の愛称で親しまれている大町の鎮守。
    祭神は、須佐之男命、稲田比売命、八王子命、佐竹氏の霊。

    永保年中、新羅三郎義光が、兄の八幡太郎義家の助勢(後三年の役)のため奥州に赴く途中、鎌倉に立ち寄った際、疫病が流行っていたため、京都の祇園八坂社の祭神を勧請したのが始まりと伝えられます。
    室町時代には、関東管領足利成氏が公方屋敷に渡御した神輿に奉幣を行うを例とし、また、戦国時代には小田原城主北条氏直が祭礼保護の「虎印禁制状」を下賜。
    慶長9年徳川家康からは、永楽五貫文の朱印地を下賜され、古くは、祇園天王社と呼ばれたが、明治に入り八雲神社と改称されたそうです。

    7月に行われる神幸祭は、神輿渡御(大宝寺まで渡御)で知られ、正月6日には湯花神楽が行われるそうです。

  • 八雲神社<br /><br />社殿の右横から山を登ると祇園山ハイキングコースがあります。

    八雲神社

    社殿の右横から山を登ると祇園山ハイキングコースがあります。

  • 祇園山ハイキングコースの案内図<br /><br />ここ八雲神社の裏山にある見晴台から妙本寺の裏を通り、高時腹切りやぐらまで。

    祇園山ハイキングコースの案内図

    ここ八雲神社の裏山にある見晴台から妙本寺の裏を通り、高時腹切りやぐらまで。

  • 八雲神社の裏山の見晴台から<br /><br />鎌倉の海を眺めながら、早目の昼食を取りました。<br />普段は、ほとんど人がいないのですが、この日は、何組かの家族が同じようにここでお昼を食べていました。

    八雲神社の裏山の見晴台から

    鎌倉の海を眺めながら、早目の昼食を取りました。
    普段は、ほとんど人がいないのですが、この日は、何組かの家族が同じようにここでお昼を食べていました。

  • 八雲神社 入口にある庚申塔<br /><br />寛文10年の銘があるそうです。

    八雲神社 入口にある庚申塔

    寛文10年の銘があるそうです。

  • 別願寺の藤<br /><br />八雲神社から大町のバス通りへ出て左折、直ぐに別願寺があります。<br />失礼ながら、見落としてしまいそうですが、隣は安養院になります。

    別願寺の藤

    八雲神社から大町のバス通りへ出て左折、直ぐに別願寺があります。
    失礼ながら、見落としてしまいそうですが、隣は安養院になります。

  • 別願寺の藤<br /><br />ここも、鎌倉の藤の名所の一つに挙げられるようですが、普段は訪ねる人も少ないようです。

    別願寺の藤

    ここも、鎌倉の藤の名所の一つに挙げられるようですが、普段は訪ねる人も少ないようです。

  • 別願寺の藤<br /><br />残念ながら、こちらの藤はピークを過ぎていたようで、綺麗な花を選んで撮ってみました。

    別願寺の藤

    残念ながら、こちらの藤はピークを過ぎていたようで、綺麗な花を選んで撮ってみました。

  • 別願寺 本堂<br /><br />時宗、本尊は魚籃観世音菩薩(鎌倉札所第13番)。<br />弘安5年(1287)に、公忍上人が真言宗能成寺を時宗に帰依し、別願寺としたそうです。<br />鎌倉における時宗の中心となり、室町時代には足利一族が深く信仰し、鎌倉公方代々の菩提寺として栄え、江戸時代には徳川家康からも寺領を寄進されたものの、次第に衰微したそうです。

    別願寺 本堂

    時宗、本尊は魚籃観世音菩薩(鎌倉札所第13番)。
    弘安5年(1287)に、公忍上人が真言宗能成寺を時宗に帰依し、別願寺としたそうです。
    鎌倉における時宗の中心となり、室町時代には足利一族が深く信仰し、鎌倉公方代々の菩提寺として栄え、江戸時代には徳川家康からも寺領を寄進されたものの、次第に衰微したそうです。

  • 別願寺の藤<br /><br />安養院側から見た方が花が残っていました。

    別願寺の藤

    安養院側から見た方が花が残っていました。

  • 安養院 通りに面して植えられている大紫つつじ<br /><br />まだ満開とは言えませんが、遠くからも人目を惹きます。

    安養院 通りに面して植えられている大紫つつじ

    まだ満開とは言えませんが、遠くからも人目を惹きます。

  • 安養院<br /><br />山号寺号を祇園山安養院田代寺という浄土宗の寺。<br />建立:嘉禄元年(1225)、開山:願行上人、開基:北条政子。<br />本堂には本尊阿弥陀如来像と千手観音像と北条政子像が安置されています。<br /><br />尼将軍・北条政子が、夫・源頼朝の冥福を祈るため佐々目ヶ谷に建立した長楽寺が前身と伝えられ、鎌倉末期に現在地に移り、安養院となったそうです。<br />安養院は政子の法名。<br />延宝8年(1680)に全焼したため、頼朝に仕えていた田代信綱がかつて建立した田代寺の観音堂を移築したもの。<br /><br />門前の大紫つつじが満開となると見事ですが、まだこれからのようでした。<br />人も多かったので門前で失礼しました。

    安養院

    山号寺号を祇園山安養院田代寺という浄土宗の寺。
    建立:嘉禄元年(1225)、開山:願行上人、開基:北条政子。
    本堂には本尊阿弥陀如来像と千手観音像と北条政子像が安置されています。

    尼将軍・北条政子が、夫・源頼朝の冥福を祈るため佐々目ヶ谷に建立した長楽寺が前身と伝えられ、鎌倉末期に現在地に移り、安養院となったそうです。
    安養院は政子の法名。
    延宝8年(1680)に全焼したため、頼朝に仕えていた田代信綱がかつて建立した田代寺の観音堂を移築したもの。

    門前の大紫つつじが満開となると見事ですが、まだこれからのようでした。
    人も多かったので門前で失礼しました。

  • 安国論寺 山門<br /><br />ここも鎌倉の藤の名所に挙げられています。<br />普段は訪れる人も少なく静かな寺なのですが、やはりGW、入れ代わり立ち代わり人が訪れていました。

    安国論寺 山門

    ここも鎌倉の藤の名所に挙げられています。
    普段は訪れる人も少なく静かな寺なのですが、やはりGW、入れ代わり立ち代わり人が訪れていました。

  • 安国論寺 山門脇のつつじ

    安国論寺 山門脇のつつじ

  • 安国論寺 境内の正岡子規の歌碑(平成23年12月建立)<br /><br />「鎌倉の松葉が谷の道の辺に法を説きたる日蓮大菩薩」<br />正岡子規は、明治21年と26年に鎌倉に遊んだそうですが、ここ安国論寺を参拝した時に鎌倉懐古の題で詠んだ中の一首だそうです。

    安国論寺 境内の正岡子規の歌碑(平成23年12月建立)

    「鎌倉の松葉が谷の道の辺に法を説きたる日蓮大菩薩」
    正岡子規は、明治21年と26年に鎌倉に遊んだそうですが、ここ安国論寺を参拝した時に鎌倉懐古の題で詠んだ中の一首だそうです。

  • 安国論寺の境内<br /><br />新緑が綺麗です。<br />右は手水舎、正面は本堂。

    安国論寺の境内

    新緑が綺麗です。
    右は手水舎、正面は本堂。

  • 安国論寺 新緑と本堂<br /><br />日蓮宗、妙法華経山安国論寺。<br />建立:建長5年(1253)、開山:日蓮聖人。<br />本尊は南無久遠実成本師釈迦牟尼仏<br /><br />安房から鎌倉に入った日蓮が松葉ヶ谷に来て、初めて草庵を結んだ所。<br />文応元年(1260)、この草庵で「立正安国論」を著し、前執権・北条時頼に建白しました。<br />立正安国論に反感を持つ人々に庵が襲われた(松葉ヶ谷の法難)際に、白猿に袖をひかれて避難したと言われる南面窟が本堂の裏山にあります。

    安国論寺 新緑と本堂

    日蓮宗、妙法華経山安国論寺。
    建立:建長5年(1253)、開山:日蓮聖人。
    本尊は南無久遠実成本師釈迦牟尼仏

    安房から鎌倉に入った日蓮が松葉ヶ谷に来て、初めて草庵を結んだ所。
    文応元年(1260)、この草庵で「立正安国論」を著し、前執権・北条時頼に建白しました。
    立正安国論に反感を持つ人々に庵が襲われた(松葉ヶ谷の法難)際に、白猿に袖をひかれて避難したと言われる南面窟が本堂の裏山にあります。

  • 安国論寺 境内の石仏

    安国論寺 境内の石仏

  • 安国論寺の藤棚<br /><br />鎌倉の藤の名所にも挙げられていますが、藤棚に花は全然ありません。<br /><br />帰る時に、受付の人に尋ねたところ「一昨年あたりから花が咲かなくなった」とか。

    安国論寺の藤棚

    鎌倉の藤の名所にも挙げられていますが、藤棚に花は全然ありません。

    帰る時に、受付の人に尋ねたところ「一昨年あたりから花が咲かなくなった」とか。

  • 安国論寺 巡礼路の登り口<br /><br />寺の周りには山があり、馬の背に巡礼路があります。

    安国論寺 巡礼路の登り口

    寺の周りには山があり、馬の背に巡礼路があります。

  • 安国論寺 鐘楼<br /><br />「平和の鐘」といわれる鐘が巡礼路の途中にあります。

    安国論寺 鐘楼

    「平和の鐘」といわれる鐘が巡礼路の途中にあります。

  • 安国論寺 巡礼路にて<br /><br />馬の背の細い道を歩いていると、足元に藤の花を見つけました。<br />

    安国論寺 巡礼路にて

    馬の背の細い道を歩いていると、足元に藤の花を見つけました。

  • 安国論寺の山藤<br /><br />上を見上げると、山藤が咲いていました。<br /><br />あまり上ばかり見ていると崖下ね落ちてしまいそうです。

    安国論寺の山藤

    上を見上げると、山藤が咲いていました。

    あまり上ばかり見ていると崖下ね落ちてしまいそうです。

  • 安国論寺の山藤<br /><br />足元を確認しながら、見上げて写真を撮ります。

    安国論寺の山藤

    足元を確認しながら、見上げて写真を撮ります。

  • 安国論寺の富士見台より<br /><br />巡礼路の端に、鎌倉の海から富士山まで眺められる展望台ふがあります。<br />残念ながら、この日は、視界が悪く富士山は見えませんでした。<br /><br />先ほど上った八雲神社の裏山の展望と同じ方向を見渡せます。

    安国論寺の富士見台より

    巡礼路の端に、鎌倉の海から富士山まで眺められる展望台ふがあります。
    残念ながら、この日は、視界が悪く富士山は見えませんでした。

    先ほど上った八雲神社の裏山の展望と同じ方向を見渡せます。

  • 安国論寺 新緑と山藤<br /><br />富士見台から降りる途中にも山藤が咲いていました。<br /><br />注意して見ると藤の花がいっぱい楽しめます。

    安国論寺 新緑と山藤

    富士見台から降りる途中にも山藤が咲いていました。

    注意して見ると藤の花がいっぱい楽しめます。

  • 安国論寺の境内にて<br /><br />綺麗な苔の中にエビネを見つけました。

    安国論寺の境内にて

    綺麗な苔の中にエビネを見つけました。

  • 妙法寺<br /><br />安国論寺の隣にあります。

    妙法寺

    安国論寺の隣にあります。

  • 妙法寺 入口受付<br /><br />「写真撮影目的者 脚類持参者の入山を禁ずる」「脚類(三脚・イーゼル)持ち込み禁止」と書かれています。<br /><br />以前、これを見て、入らずに帰ったことがありましたが、今回初めて拝観させてもらいました。<br /><br />受付で拝観料を納めると線香を手渡され、「まず、本堂でお参り下さい。」とのこと。

    妙法寺 入口受付

    「写真撮影目的者 脚類持参者の入山を禁ずる」「脚類(三脚・イーゼル)持ち込み禁止」と書かれています。

    以前、これを見て、入らずに帰ったことがありましたが、今回初めて拝観させてもらいました。

    受付で拝観料を納めると線香を手渡され、「まず、本堂でお参り下さい。」とのこと。

  • 妙法寺 本堂前の水鉢<br /><br />花が浮かべてありました。

    妙法寺 本堂前の水鉢

    花が浮かべてありました。

  • 妙法寺 本堂<br /><br />建立:延文2年(1357)、中興開山:日叡上人。<br />本尊は一塔両尊四師、現在の本堂は文政年間肥後藩主細川家の建立。<br /><br />日蓮が安房から鎌倉に入り、初めて松葉ヶ谷に草庵を結んだ日蓮宗最初の道場。<br />身延山に入山される迄の20数年にわたって住まわれた場所。<br />第5世の日叡上人は、大塔宮護良(もりなが)親王の子(後醍醐天皇の孫)で、延文2年(1357)、草庵跡に堂塔伽藍を復興、妙法寺と称し、山頂に両親の墓を建てたそうです。

    妙法寺 本堂

    建立:延文2年(1357)、中興開山:日叡上人。
    本尊は一塔両尊四師、現在の本堂は文政年間肥後藩主細川家の建立。

    日蓮が安房から鎌倉に入り、初めて松葉ヶ谷に草庵を結んだ日蓮宗最初の道場。
    身延山に入山される迄の20数年にわたって住まわれた場所。
    第5世の日叡上人は、大塔宮護良(もりなが)親王の子(後醍醐天皇の孫)で、延文2年(1357)、草庵跡に堂塔伽藍を復興、妙法寺と称し、山頂に両親の墓を建てたそうです。

  • 妙法寺の境内にて

    妙法寺の境内にて

  • 妙法寺 仁王門<br /><br />徳川十一代将軍家斉は、よく妙法寺をお参りしたそうで、総門・仁王門・法華堂が朱塗りなのはそのため。<br />また、明治中期まで境内に将軍御成の間が置かれていたそうです。

    妙法寺 仁王門

    徳川十一代将軍家斉は、よく妙法寺をお参りしたそうで、総門・仁王門・法華堂が朱塗りなのはそのため。
    また、明治中期まで境内に将軍御成の間が置かれていたそうです。

  • 妙法寺 仁王門

    妙法寺 仁王門

  • 妙法寺 苔石段<br /><br />別名「苔寺」と言われるように苔が綺麗です。<br />この石段は通行止めで、右隣にある階段を使います。

    妙法寺 苔石段

    別名「苔寺」と言われるように苔が綺麗です。
    この石段は通行止めで、右隣にある階段を使います。

  • 妙法寺 法華堂<br /><br />文化年間、水戸家の建立。

    妙法寺 法華堂

    文化年間、水戸家の建立。

  • 妙法寺 鐘楼

    妙法寺 鐘楼

  • 妙法寺 御小庵跡<br /><br />日蓮が布教伝道の拠点として20数年にわたって住まった庵の跡。<br />法華堂、鐘楼の間にある石段を上ります。

    妙法寺 御小庵跡

    日蓮が布教伝道の拠点として20数年にわたって住まった庵の跡。
    法華堂、鐘楼の間にある石段を上ります。

  • 妙法寺 護良親王御暮へ上る坂道

    妙法寺 護良親王御暮へ上る坂道

  • 妙法寺 護良親王御墓<br /><br />後醍醐天皇第三皇子。建武2年薨去、御年28歳。<br />日叡上人の父。

    妙法寺 護良親王御墓

    後醍醐天皇第三皇子。建武2年薨去、御年28歳。
    日叡上人の父。

  • 妙法寺 護良親王御墓のある高台からの眺め<br /><br />ここからも鎌倉の海が眺められます。<br /><br />この日、3回目の山登りでした。

    妙法寺 護良親王御墓のある高台からの眺め

    ここからも鎌倉の海が眺められます。

    この日、3回目の山登りでした。

  • 大宝寺<br /><br />妙法寺から徒歩5分ほど、道案内に従って行ってみました。<br /><br />この辺り一帯は、御家人 佐竹氏の祖先である新羅三郎義光が、兄の源義家とともに「後三年の役」を鎮めた後、この地に館を構えて以来、佐竹氏の屋敷となったと伝えられます。

    大宝寺

    妙法寺から徒歩5分ほど、道案内に従って行ってみました。

    この辺り一帯は、御家人 佐竹氏の祖先である新羅三郎義光が、兄の源義家とともに「後三年の役」を鎮めた後、この地に館を構えて以来、佐竹氏の屋敷となったと伝えられます。

  • 大宝寺<br /><br />日蓮宗、建立:応永6年(1399)、開基:佐竹義盛。<br />応永6年(1399)、佐竹義盛が出家し多福寺を建立した後、文安元年(1444)、日蓮宗の高僧・日出上人が再興し、多福山大宝寺となったもの。<br /><br />佐竹氏は、室町時代には鎌倉公方を主君として活躍し、戦国時代を経て豊臣政権下では「天下の六大名」と称されました。<br /><br />この日最初に行った八雲神社の神輿は、この大宝寺まで渡御し、佐竹三郎義光の墓に参った後、町内を練り歩くそうです。

    大宝寺

    日蓮宗、建立:応永6年(1399)、開基:佐竹義盛。
    応永6年(1399)、佐竹義盛が出家し多福寺を建立した後、文安元年(1444)、日蓮宗の高僧・日出上人が再興し、多福山大宝寺となったもの。

    佐竹氏は、室町時代には鎌倉公方を主君として活躍し、戦国時代を経て豊臣政権下では「天下の六大名」と称されました。

    この日最初に行った八雲神社の神輿は、この大宝寺まで渡御し、佐竹三郎義光の墓に参った後、町内を練り歩くそうです。

  • 大宝寺 本堂の右側の斜面を埋め尽くす山藤の花<br /><br />この日、偶然、立ち寄ったのですが、これ程見事な藤が見られるとはラッキーでした。

    大宝寺 本堂の右側の斜面を埋め尽くす山藤の花

    この日、偶然、立ち寄ったのですが、これ程見事な藤が見られるとはラッキーでした。

  • 大宝寺 本堂の右側の山藤<br /><br />綺麗に咲いている藤の花に感激。

    大宝寺 本堂の右側の山藤

    綺麗に咲いている藤の花に感激。

  • 大宝寺 本堂の右側の藤の花<br /><br />良いですね!

    大宝寺 本堂の右側の藤の花

    良いですね!

  • 小町通り商店街の近くの蕎麦屋さん<br /><br />大町から鎌倉駅まで戻りました。<br />14:20頃でもこの行列です。<br />この日は、皆さん、お昼を食べるのに苦労されたことでしょうね。<br />

    小町通り商店街の近くの蕎麦屋さん

    大町から鎌倉駅まで戻りました。
    14:20頃でもこの行列です。
    この日は、皆さん、お昼を食べるのに苦労されたことでしょうね。

  • 浄光明寺<br /><br />小町通りの雑踏を避けて、JRの線路沿いに北へ進み、扇ガ谷へ。

    浄光明寺

    小町通りの雑踏を避けて、JRの線路沿いに北へ進み、扇ガ谷へ。

  • 浄光明寺 楊貴妃観音<br /><br />山門を潜り左手に安置されています。<br /><br />京都の泉涌寺にいらっしゃる楊貴妃観音を模して造られたもの。

    浄光明寺 楊貴妃観音

    山門を潜り左手に安置されています。

    京都の泉涌寺にいらっしゃる楊貴妃観音を模して造られたもの。

  • 浄光明寺の境内<br /><br />真言宗、建立:建長3年(1251)、開山:真阿、開基:北条長時。<br /><br />北条氏の帰依が篤く、また、鎌倉公方の保護も受けました。<br /><br />建武2年(1335)、足利尊氏がこの寺に引き篭り、後醍醐天皇に対し挙兵する決意を固めたと言われます。

    浄光明寺の境内

    真言宗、建立:建長3年(1251)、開山:真阿、開基:北条長時。

    北条氏の帰依が篤く、また、鎌倉公方の保護も受けました。

    建武2年(1335)、足利尊氏がこの寺に引き篭り、後醍醐天皇に対し挙兵する決意を固めたと言われます。

  • 浄光明寺 客殿とつつじ<br /><br />裏山には、歌人藤原定家の孫で、歌道の名門冷泉家の始祖為相の墓があります。<br /><br />こちらも、普段は訪ねる人が少ないですが、この日は何人か見掛けました。

    浄光明寺 客殿とつつじ

    裏山には、歌人藤原定家の孫で、歌道の名門冷泉家の始祖為相の墓があります。

    こちらも、普段は訪ねる人が少ないですが、この日は何人か見掛けました。

  • 浄光明寺<br /><br />この奥に仏殿(阿弥陀如来堂)があります。<br />阿弥陀三尊像は鎌倉時代後期正安元年(1299)作で、中世鎌倉彫刻の代表的作として重文に指定されています。現在は収蔵庫に安置されています。<br />

    浄光明寺

    この奥に仏殿(阿弥陀如来堂)があります。
    阿弥陀三尊像は鎌倉時代後期正安元年(1299)作で、中世鎌倉彫刻の代表的作として重文に指定されています。現在は収蔵庫に安置されています。

  • 英勝寺の入り口<br /><br />JR横須賀線の線路のすぐ横にあります。<br />ここは、人力車で案内されるようで、記念撮影するところをよく見かけます。<br /><br />英勝寺の壁に5本線が入っているのは、徳川家に縁のある格式の高い寺であることを表しています。<br /><br />この寺は、随分前に一度拝観させていただきましたが、先日、コクリコさんが行かれた旅行記を拝見して、久々にお邪魔してみました。

    英勝寺の入り口

    JR横須賀線の線路のすぐ横にあります。
    ここは、人力車で案内されるようで、記念撮影するところをよく見かけます。

    英勝寺の壁に5本線が入っているのは、徳川家に縁のある格式の高い寺であることを表しています。

    この寺は、随分前に一度拝観させていただきましたが、先日、コクリコさんが行かれた旅行記を拝見して、久々にお邪魔してみました。

  • 英勝寺 仏殿<br /><br />浄土宗、創建:寛永13年(1636)、開山:玉峯清因(水戸光圀の姉)、開基:英勝院尼(太田道灌5代の子孫)、本尊:阿弥陀如来(徳川家光寄進と伝わる)<br /><br />江戸城を築城した太田道灌の子孫で、徳川家康に仕えたお梶の方(英勝院)が道灌の屋敷跡に建てた尼寺。<br />お梶の方が一緒に行くと戦いに勝利したことから、お勝の方と改名。<br />お勝の方は、水戸徳川家の初代頼房の養母であったことから、代々水戸徳川家の姫が住職を務めました。<br />江戸時代には、水戸御殿と呼ばれたほど格式が高く、総門には三つ葉葵を掲げ、武家屋敷のような境内だったそうです。<br /><br />現存する仏殿、祠堂、唐門、鐘楼は、英勝院が亡くなったあと、水戸徳川家が造営した江戸初期の建物。

    英勝寺 仏殿

    浄土宗、創建:寛永13年(1636)、開山:玉峯清因(水戸光圀の姉)、開基:英勝院尼(太田道灌5代の子孫)、本尊:阿弥陀如来(徳川家光寄進と伝わる)

    江戸城を築城した太田道灌の子孫で、徳川家康に仕えたお梶の方(英勝院)が道灌の屋敷跡に建てた尼寺。
    お梶の方が一緒に行くと戦いに勝利したことから、お勝の方と改名。
    お勝の方は、水戸徳川家の初代頼房の養母であったことから、代々水戸徳川家の姫が住職を務めました。
    江戸時代には、水戸御殿と呼ばれたほど格式が高く、総門には三つ葉葵を掲げ、武家屋敷のような境内だったそうです。

    現存する仏殿、祠堂、唐門、鐘楼は、英勝院が亡くなったあと、水戸徳川家が造営した江戸初期の建物。

  • 英勝寺 本尊<br /><br />仏殿の正面の小窓を開けると、本尊の阿弥陀如来を拝めます。<br />この阿弥陀三尊像は徳川家光寄進といわれます。

    英勝寺 本尊

    仏殿の正面の小窓を開けると、本尊の阿弥陀如来を拝めます。
    この阿弥陀三尊像は徳川家光寄進といわれます。

  • 英勝寺 本堂の天井絵<br /><br />極彩色の鳥や天女が描かれています。<br />(コクリコさん、挑戦してみましたよ。)

    英勝寺 本堂の天井絵

    極彩色の鳥や天女が描かれています。
    (コクリコさん、挑戦してみましたよ。)

  • 英勝寺 本堂の天井絵(左側)

    英勝寺 本堂の天井絵(左側)

  • 英勝寺 山門(国重文)<br /><br />英勝院尼一周忌の直前に、水戸光圀の兄である高松藩主松平頼重により造営。<br />関東大震災後、売却、移築されたが、2011年に旧部材を用いて復興されました。

    英勝寺 山門(国重文)

    英勝院尼一周忌の直前に、水戸光圀の兄である高松藩主松平頼重により造営。
    関東大震災後、売却、移築されたが、2011年に旧部材を用いて復興されました。

  • 英勝寺 鐘楼<br /><br />袴腰鐘楼

    英勝寺 鐘楼

    袴腰鐘楼

  • 英勝寺の唐門<br /><br />祠堂の入り口にある唐門。<br />欄間には精巧な牡丹等の透彫りが施されています。

    英勝寺の唐門

    祠堂の入り口にある唐門。
    欄間には精巧な牡丹等の透彫りが施されています。

  • 英勝寺の白藤<br /><br />ちょうど見頃を迎えていました。

    英勝寺の白藤

    ちょうど見頃を迎えていました。

  • 英勝寺の白藤<br /><br />角度を変えて。

    英勝寺の白藤

    角度を変えて。

  • 英勝寺の白藤<br /><br />藤棚の下でお茶を頂くこともできます。<br /><br />お茶を楽しんでいらっしゃったご婦人の茶碗に落ちてきた藤の花が命中。<br />「わーっ」と喜んでいtらっしゃいましたが、花を落としたのは、なんとカラスでした。

    英勝寺の白藤

    藤棚の下でお茶を頂くこともできます。

    お茶を楽しんでいらっしゃったご婦人の茶碗に落ちてきた藤の花が命中。
    「わーっ」と喜んでいtらっしゃいましたが、花を落としたのは、なんとカラスでした。

  • 英勝寺の白藤<br /><br />梅や桜の花を啄む小鳥はよく見かけますが、カラスが藤の花を食べるとは新発見。<br />藤の花には、蜂が寄って来るので、きっと美味しいのでしょうが、カラスが食べに来るとは驚きました。<br />(藤棚の下では、カラスの糞害に注意した方が良いかも?)

    英勝寺の白藤

    梅や桜の花を啄む小鳥はよく見かけますが、カラスが藤の花を食べるとは新発見。
    藤の花には、蜂が寄って来るので、きっと美味しいのでしょうが、カラスが食べに来るとは驚きました。
    (藤棚の下では、カラスの糞害に注意した方が良いかも?)

  • 英勝寺の白藤<br /><br />竹林をバックに。

    英勝寺の白藤

    竹林をバックに。

  • 英勝寺の白藤<br /><br />白藤を堪能させてもらいました。

    英勝寺の白藤

    白藤を堪能させてもらいました。

  • 英勝寺 藤棚のある書院(?)の横<br /><br />新緑がなんとも綺麗でした。

    英勝寺 藤棚のある書院(?)の横

    新緑がなんとも綺麗でした。

  • 英勝寺 藤棚のある書院(?)<br /><br />外国人の方も、藤棚の下で一服されていました。

    英勝寺 藤棚のある書院(?)

    外国人の方も、藤棚の下で一服されていました。

  • 英勝寺の竹林<br /><br />まだまだ竹の子が顔を出しています。

    英勝寺の竹林

    まだまだ竹の子が顔を出しています。

  • 英勝寺の竹林<br /><br />成長の早い竹の子、あっと言う間に伸びてしまいますね。

    英勝寺の竹林

    成長の早い竹の子、あっと言う間に伸びてしまいますね。

  • 英勝寺<br /><br />金毘羅宮と書かれた祠堂の背後、断崖の祠に並ぶ来迎三尊石仏。<br /><br />実は、一番右端の石仏を拝むのが大変で、三尊を揃って写真に収められる場所を探しました。<br />

    英勝寺

    金毘羅宮と書かれた祠堂の背後、断崖の祠に並ぶ来迎三尊石仏。

    実は、一番右端の石仏を拝むのが大変で、三尊を揃って写真に収められる場所を探しました。

  • 英勝寺の藤<br /><br />三尊石仏がいらっしゃる断崖の上を見上げると、山藤が咲いていました。<br /><br />鎌倉には山藤が多いですが、気を付けないと見逃してしまいますね。<br /><br />英勝寺、四季を通して花の絶えることはないそうです。

    英勝寺の藤

    三尊石仏がいらっしゃる断崖の上を見上げると、山藤が咲いていました。

    鎌倉には山藤が多いですが、気を付けないと見逃してしまいますね。

    英勝寺、四季を通して花の絶えることはないそうです。

  • 英勝寺の近くの山藤<br /><br />英勝寺を失礼し、海蔵寺へ向かいます。<br />この山藤も、道路に落ちっていた藤の花びらを見つけて、上を見上げて発見しました。<br />英勝寺の直ぐとなりでしたので、寺の敷地内かも知れません。

    英勝寺の近くの山藤

    英勝寺を失礼し、海蔵寺へ向かいます。
    この山藤も、道路に落ちっていた藤の花びらを見つけて、上を見上げて発見しました。
    英勝寺の直ぐとなりでしたので、寺の敷地内かも知れません。

  • 海蔵寺へ向かう道の左手に見えた山藤<br /><br />JR横須賀線の線路から離れて、海蔵寺へ向かう道の両側の山肌には藤の花が散見されます。<br /><br />道路沿いには民家が立ち並び、山まで近づくのは難しいですが、遠目に藤を楽しむことが出来ます。

    海蔵寺へ向かう道の左手に見えた山藤

    JR横須賀線の線路から離れて、海蔵寺へ向かう道の両側の山肌には藤の花が散見されます。

    道路沿いには民家が立ち並び、山まで近づくのは難しいですが、遠目に藤を楽しむことが出来ます。

  • 海蔵寺へ向かう道の右手に見えた山藤<br /><br />ここは、民家の間にあった小路に入れたので、藤の近くまで行けました。

    海蔵寺へ向かう道の右手に見えた山藤

    ここは、民家の間にあった小路に入れたので、藤の近くまで行けました。

  • 海蔵寺へ向かう道の右手に見えた山藤<br /><br />鶯の鳴き声を聞きながら、藤の花を楽しめました。

    海蔵寺へ向かう道の右手に見えた山藤

    鶯の鳴き声を聞きながら、藤の花を楽しめました。

  • 海蔵寺 山門<br /><br />4月中旬に、海棠の花を見に来たばかりですが、またお邪魔しました。

    海蔵寺 山門

    4月中旬に、海棠の花を見に来たばかりですが、またお邪魔しました。

  • 海蔵寺 境内の石楠花

    海蔵寺 境内の石楠花

  • 海蔵寺の境内 本殿と仏殿<br /><br />臨済宗、建立:応永元年(1394)、開山:心昭空外(源翁禅師)。<br />本尊は薬師如来(胎内に啼薬師を納めている)<br /><br /><br />鎌倉時代、七堂伽藍を持つ規模の寺であったそうですが、鎌倉幕府滅亡時に焼失。<br />その後、応永元年(1394)、鎌倉公方足利氏満の命で上杉氏定が心昭空外を招き再建。<br /><br />門前にある底抜けの井や、少し離れたところにある鎌倉時代の遺跡十六の井があり、水の寺とも言われます。<br />

    海蔵寺の境内 本殿と仏殿

    臨済宗、建立:応永元年(1394)、開山:心昭空外(源翁禅師)。
    本尊は薬師如来(胎内に啼薬師を納めている)


    鎌倉時代、七堂伽藍を持つ規模の寺であったそうですが、鎌倉幕府滅亡時に焼失。
    その後、応永元年(1394)、鎌倉公方足利氏満の命で上杉氏定が心昭空外を招き再建。

    門前にある底抜けの井や、少し離れたところにある鎌倉時代の遺跡十六の井があり、水の寺とも言われます。

  • 海蔵寺 本堂の左手に咲く石楠花とつつじ

    海蔵寺 本堂の左手に咲く石楠花とつつじ

  • 海蔵寺 本堂裏の庭<br /><br />この庭は、本堂左手の祠の前から覗くしかありません。

    海蔵寺 本堂裏の庭

    この庭は、本堂左手の祠の前から覗くしかありません。

  • 海蔵寺の鐘楼<br /><br />この位置からの写真、毎回撮ってしまいます。

    海蔵寺の鐘楼

    この位置からの写真、毎回撮ってしまいます。

  • 海蔵寺 門前にて 16:10頃<br /><br />赤い葉をバックに、新緑のカエデ(?)が映えます。<br /><br />これで、この日の散策は終了として、帰ります。<br />ここからは、鎌倉駅と北鎌倉駅のどちらへ行くか悩みどころです。

    海蔵寺 門前にて 16:10頃

    赤い葉をバックに、新緑のカエデ(?)が映えます。

    これで、この日の散策は終了として、帰ります。
    ここからは、鎌倉駅と北鎌倉駅のどちらへ行くか悩みどころです。

  • 亀ヶ谷切通し<br /><br />距離的には北鎌倉駅の方が近いのですが、この切通しを越えるのはしんどいですね。

    亀ヶ谷切通し

    距離的には北鎌倉駅の方が近いのですが、この切通しを越えるのはしんどいですね。

  • 鎌倉街道 16:25頃<br /><br />亀ヶ谷切通しを抜け、鎌倉街道に出ると、車は渋滞しています。

    鎌倉街道 16:25頃

    亀ヶ谷切通しを抜け、鎌倉街道に出ると、車は渋滞しています。

  • 鎌倉街道沿いのお店(風呂桶やさん)<br /><br />いつも並んでいるQPさん。<br />お風呂とQPさん、どんな関係なのか?

    鎌倉街道沿いのお店(風呂桶やさん)

    いつも並んでいるQPさん。
    お風呂とQPさん、どんな関係なのか?

  • 明月院への曲がり角の近くで見つけた山藤<br /><br />鎌倉街道からJRの踏切手前を右折して、北鎌倉駅へ向かう途中。<br />明月院の入り口でも藤の花を発見。

    明月院への曲がり角の近くで見つけた山藤

    鎌倉街道からJRの踏切手前を右折して、北鎌倉駅へ向かう途中。
    明月院の入り口でも藤の花を発見。

  • 北鎌倉 円覚寺の山藤<br /><br />北鎌倉駅も目の前。<br />右手の円覚寺の山にも藤の花が咲いていました。

    北鎌倉 円覚寺の山藤

    北鎌倉駅も目の前。
    右手の円覚寺の山にも藤の花が咲いていました。

  • 北鎌倉 白鷺池の周りのつつじ 16:40頃<br /><br />まだこれからでしょうか。<br /><br />GW後半の連休初日、多くの人で賑わう鎌倉でしたが、混雑を避けて見頃となった藤の花を楽しませてもらいました。<br />(この日の歩数は13,400歩ほどでした。)<br /><br />今度、鎌倉へ来るのは、紫陽花でしょうか。<br /><br />(おしまい)<br /><br />

    北鎌倉 白鷺池の周りのつつじ 16:40頃

    まだこれからでしょうか。

    GW後半の連休初日、多くの人で賑わう鎌倉でしたが、混雑を避けて見頃となった藤の花を楽しませてもらいました。
    (この日の歩数は13,400歩ほどでした。)

    今度、鎌倉へ来るのは、紫陽花でしょうか。

    (おしまい)

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この旅行記へのコメント (7)

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  • 前日光さん 2014/05/13 22:36:53
    白藤って高貴な感じがしますね!
    morino296さん、こんばんは。

    鎌倉、いいですねぇ〜

    そして英勝寺の白藤、こんなに見事に咲くんですねぇ〜
    以前に行ったのは冬でしたから、藤棚だけ見て帰ってきたので、実際に咲くと見事なものですね。

    我が家の近くにも、桜と白藤が見事な寺があります。
    桜はかなりの古木で、通りから山門を眺めると、まるで額縁の中に桜が咲いているようで、毎年楽しみに見ています。
    白藤はその少し後で咲きますが、清らかな芳香と棚の下のシャガの花とが絶妙なコラボを見せています。

    今年こそはアップしようと思いながら、また来年ということになりました。

    もちろん英勝寺のように見事なものではありませんが。
    しかし花を求めて鎌倉の町を一日中歩かれるとは、相変わらずのタフぶりですね。
    お陰で私たちは居ながらにして、美しい花を眺められます。
    これからも、いろいろなお花やお寺の写真、よろしくお願いいたします。


    前日光

    morino296

    morino296さん からの返信 2014/05/13 23:33:15
    RE: 白藤って高貴な感じがしますね!
    前日光さん

    こんばんは。
    いつも有難うございます。

    鎌倉の藤、丁度見頃でしたので、あちこち楽しませてもらいました。

    英勝寺は、これまであまり印象が良くなかったのですが、
    今回ちょっと見直しました。

    鎌倉の次の楽しみは、紫陽花になるでしょうか。

    morino296
  • コクリコさん 2014/05/11 16:57:12
    ワイルドな山藤と清楚な白藤
    morino296さん、こんにちは!

    この日の鎌倉の藤は見事でしたね!
    別願寺や大宝寺の山腹や斜面に咲くワイルドな山藤が素晴らしいです。
    このように咲く山藤見たかったのですが私はちょっと早すぎましたね。
    GWは来客やアルバイトで出かけられなかったもので。
    おかげであまり混んでいない鎌倉を堪能できましたけど。

    混んでいる時はmorino296さん流お弁当が良いですね!

    英勝寺の白藤は私が行った日はまだ咲き始めでしたが、morino296さんがいらした日はふっさりと美しく目を見張りますね!
    藤は優雅な花ですが白い藤はまるで天女のよう♪
    天女の良い香りに包まれてmorino296さんねお幸せね!!!

    ポピーオフ会は残念ながら参加できませんが、人数が少ないのもこじんまりしていて良さそうですよね。

    morino296

    morino296さん からの返信 2014/05/11 20:38:07
    RE: ワイルドな山藤と清楚な白藤
    コクリコさん

    こんばんは。
    いつも有難うございます。

    コクリコさんの鎌倉旅行記のお蔭で、
    私はタイミングよく藤を楽しむことが出来ました。

    英勝寺も、最初に訪ねた時の印象があまり良くなかったので、
    今回久しぶりに行って印象が変わりました。

    白藤は天女の香り、なるほど納得です。
    幸せなひと時を過ごせました。

    ポピーオフ会、ご一緒できず残念ですね。

    山手西洋館のローズガーデンも、そろそろ咲き揃う頃ですよ。
    また、6月に入ると花と器のハーモニーもありますので、
    宜しければお出掛け下さい。

    morino296

    コクリコ

    コクリコさん からの返信 2014/05/12 18:30:12
    RE: 書くの忘れてました〜
    morino296さん、
    書き忘れてました〜

    > 英勝寺も、最初に訪ねた時の印象があまり良くなかったので、
    > 今回久しぶりに行って印象が変わりました。

    英勝寺の本堂の天井画の写真、素晴らしいです。
    良く撮れましたね。
    私の写真はぶれるどころか流れていました。

    英勝寺って私も印象がよくなりました。
    CANさんがおっしゃるには彼岸花の頃良いそうですよ。
  • ゆうこママさん 2014/05/06 22:45:56
    白い藤
    列車に乗り切れないほどの人出とは、すさまじいですね。
    それでも、特別な昼食スポットを用意しての散策。さすが296さんです。

    浄光明寺は、相変わらず静かなようですね。観音さまは、奈良に出張中です。美人の彼女は、あちこちの美術館博物館に引っ張りだこのようです。

    新緑のなかの山藤。見事ですね。296さんに見つけてもらって喜んでいるのでは。

    でも、とりわけ美しいのは、英勝寺の白藤。
    コクリコさんの旅行記にもお邪魔しましたが、薄紫ではなく、白い藤の花って、よいですね。

    来迎三尊石仏も3人揃って写真に納まって、メデタシメデタシ。

    帰路の列車は、大丈夫でしたか?
    さぞや混みあったのでは。


    morino296

    morino296さん からの返信 2014/05/06 23:19:06
    RE: 白い藤
    ゆうこママさん

    こんばんは。
    早速ご覧いただき有難うございます。

    鎌倉は、GW、紫陽花と紅葉シーズンの休日が凄く混み合います。
    大船で電車に乗り切れないくらいだったのは、大船止まりの次の電車であったこともあります。

    鎌倉では、人の少ない寺の境内でお握りやお寿司などで昼食を済ませることが多いです。

    そういえば、鎌倉の仏像が奈良へ出張中ですね。
    のーとくんさんが、奈良国へ会いに行かれていましたね。

    今回は、藤に的を絞っていたので、結構目に留まりましたが、
    ぼっとしていると見逃していたことでしょうね。

    英勝寺の白藤は、綺麗でしたね。
    カラスも食べにくるくらいですから(笑)。

    来迎三尊石仏も、右端の方が隠れていたので、大変でした。

    帰りの電車は、湘南新宿ラインでしたので座れませんでしたが、
    大船で1本待って座って帰りました。

    わざわざ連休に出掛ける必要もないのでしょうが、
    お蔭様で、タイミングよく綺麗な藤の花に巡り合えました。

    morino296

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