2014/04/11 - 2014/04/20
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azianokazeさん
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ラワルピンディ郊外のタキシラに残るガンダーラ遺跡
ギリシャに源流を持つヘレニズム文化と仏教の融合で、はじめて「仏像」なるものがつくられたといわれるガンダーラですが、前編で紹介した「ダルマラージカー」「シルカップ」以外の遺跡めぐりです。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 航空会社
- エミレーツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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ガンダーラ遺跡が点在するタキシラ。
タキシラはペシャワルを中心としたガンダーラの東の玄関口に位置しています。
インド世界との接点とも言えます。
バクトリアの王都であった都市遺跡「シルカップ」の次に訪れたのは仏教遺跡「ジョーリヤーン」
観光の前に、駐車場売店で一休みします。
売店の隣では、石を削って(砕いて?)いました。
タキシラはもともと“タクシャシラ”(切り出された石の都)というアレクサンダー大王東征の頃の国名に由来しているとかで、街のあそこそこに石を加工しているお店・作業場があります。
ちょっと作業の邪魔をしてしまったようです。ご免なさい。 -
遺跡は小高い丘の上にあり、二百数十段の階段を上がります。
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丘を上りきる一歩手前あたりからは、タキシラが一望できます。
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ストゥーパ(仏塔)があって、その隣に僧院。
ストゥーパはメインストゥーパを小さな奉納ストゥーパが取り囲む。
僧院は僧坊が囲む沐浴場、ホール、台所、貯蔵室。
他の仏教遺跡もほぼ同じような構造です。 -
周辺ストゥーパの台座には、仏陀・菩薩・像・獅子・天空を支える巨神アトラスなどの化粧漆喰(ストゥッコ)の彫刻が施されています。【歩き方より】
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インドで生まれた仏教ですが、インド文化には自然現象や精霊のような目に見えないものを人間の姿をもった神のイメージで表すというやり方はありませんでした。
一方、ギリシャ、バクトリアまたペルシャなど西方では人の姿で表現した神が信仰の対象となっていました。
早くから西方とつながりがあったガンダーラでは、インド的文化を脱して仏陀を仏像という形で表現することを可能とする下地があったと思われます。 -
仏像誕生のきっかけとなったのが、アショカ王が各地につくったストゥーパ(仏塔)だったのでは・・・とも言われています。
仏陀への信仰の対象として有形の仏塔が作られ、まず、その台座に仏陀の生涯がレリーフとして描かれます。
このような葬られた者をレリーフとして描く文化はギリシャ・ローマ世界には広くみられるものです。
その台座のレリーフから、やがて独立した仏像が生まれる・・・という流れが想像されます。
(以上は、タキシラ博物館で購入した、見るからに怪しげな海賊版という感じの日本語小冊子「ふるさとガンダーラ」に収められている、美術史家の上原和氏と画家の平山郁夫氏の対談をもとにしたものです。) -
壊れかけた仏像の下には、当時の文字(カローシュティー文字)も刻まれています。
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ヒーリング・ブッダ(Healing Buddha)と呼ばれる仏像
臍の部分に空いた穴に指を入れて祈ると、体の悪い所を治してくれるとか、願いがかなうとか。
ガイド氏から「今日は蜂はいないかな?」なんて脅されましたが、わたしも一応お願いしてみました。 -
台座に隠れるような場所にあった、保存状況の良い仏像
高さは50〜60cmぐらいでしょうか。
「ジョーリヤーン」で発見された仏像の多くは、現在はタキシラ博物館に展示されています。 -
写真右側の、大きめの半壊仏像が背にする壁がメインストゥーパの台座でしょうか?
メインストゥーパは台座部しか残っていません。 -
小ストゥーパのひとつから発見された、高さ1mほどのミニチュア・ストゥーパは、ガーネット、ルビー、アメジストなどの宝石で装飾されており、これもタキシラ博物館に展示されています。
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立像も足だけが残っています。
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少し窮屈そうな仏陀
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こちらは僧院
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沐浴場を取り囲むように僧坊が配置されています。
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普段は閉まっている戸を管理人にあけてもらいます。
随分崩壊がひどい仏像です。 -
「ジョーリヤーン」周辺の景色
荒涼とした風景ですが、往時はもっと水が豊かだったのではないでしょうか。 -
「ジョーリヤーン」遺跡の西側に位置する「ピプラン」遺跡
やはり、仏教寺院遺跡です。 -
ピプランの僧院は東西で建設された時期が異なるそうで、東側の僧院は紀元1世紀の建設です。中庭のストゥーパを囲む形で僧坊が並びます。
西側の僧院の建設は4世紀ごろとされています。 -
「ピプラン」には、あまり目立つものが残っていないこと、ここを終わったら昼食にする予定だったことで、簡単に眺めておしまい・・・という感じでした。
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お昼はローカルなお店で、ガイド氏推薦の“チャプリ・カバーブ”を。
ハンバーグステーキのような料理で、本来は刻んだ青唐辛子や芥子の種などのスパイスが大量に入っています。
今回は外国人用に、スパイスは控えめにしてもらいました。 -
ローカルな雰囲気の店内 料理ができる間、ガイド氏は近くのモスクへお祈りに。
車中でガイド氏に1月にラワルピンディで起きたテロの話を訊くと、「誰がやったのか不思議です。イスラム過激派はあんな事件は起こしません。パキスタンはアメリカやいろんな国のパワーゲームの舞台ですから、いろんなことが起こります。」とのことでした。
国内最大のイスラム武装勢力「パキスタン・タリバン運動」が犯行声明を出しており、国際的にも、日本でも、当然に彼らの仕業と見られていますが、現地の方にはいろんな見方もあるようです。
なお、「ホテル付近は軍が管理していますから安心です」とのこと。「いや、その軍関連施設が危ないのでは・・・・」とも思いましたが、口にはしませんでした。 -
“チャプリ・カバーブ”は、ナンでつかんで食べます。
スパイシーな(外国人向けに抑えてはありますが)ハンバーグといった感じで美味です。
店内は男性ばかり。
「男性だけですね・・・」
「はい。普通、女性は車の中で食べます。その方が気楽に食べられますから。家族が一緒のときは、私も車の中で一緒に食べます」 -
食後、現在発掘中で、まだ「歩き方」にも載っていない遺跡「BADALPUP」へ向かいます。
車の進行を羊の群れが遮ります。
車中、ガイド氏にマララさんのパキスタン国内での評価について訊いてみました。
女性教育の必要性を訴えていたパキスタン北西部の少女で、スクールバスの中でイスラム武装勢力に頭部を銃撃され重傷を負いました。
そのイギリスで治療、奇跡的に回復し、国連などで再び女性教育について力強いメッセージを世界中に発信しており、国際的には“ノーベル平和賞”にもっともふさわしい女性とも言われる高い評価を得ています。
「あれは“やらせ”ですね。タリバンが本当に彼女の命を狙ったなら外すはずがないです。すぐに回復して、本を出して、、寄付を集め・・・」
欧米的価値観に沿った彼女の言動については、パキスタン国内では必ずしも好意的には受け止められていないとも聞いていましたが、いろんな見方があるようです。 -
発掘中の「BADALPUP」遺跡
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ストゥーパの遺跡
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写真奥の方まで遺跡は広がっているようです。
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ネット検索しても何も情報がヒットしませんので、とりあえず写真だけ。
ガイド氏「将来は“歩き方”にも紹介されるでしょう。そのときは、“発掘中のところを見たよ”って自慢できますよ」 -
次は「モーラ・モラドゥ」遺跡
やはり仏塔と僧院からなる仏教遺跡です。 -
ここで発掘された仏像。・レリーフの多くはタキシラ博物館に移されています。
紀元3世紀から5世紀のグプタ朝期に建てられたもののようです。 -
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他の遺跡でも見た僧院跡
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この遺跡の“目玉”は、タキシラ博物館入口にそのレプリカが飾られていた仏塔。
普段は写真のようにガラス戸に覆われていますが、管理人に開けてもらいます。もちろん100ルピーほどの謝礼も。 -
高さ3.7mで、なかなか全体をフレームに入れるのが難しいのですが・・・。
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下位の層には天空を支えるアトラスや象、層間には仏像が彫られています。
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次は都市遺跡「シルスフ」
時代的には「ビル・マウンド」「シルカップ」に次ぐ、タキシラ第3の都市で、紀元2世紀クシャナ朝カニシカ王によって建設されました。
規模的には他の都市遺跡より大きく、外周はおよそ5kmに及ぶそうです。 -
現在発掘されているのは、南東部の城壁のみで、カマボコ型の稜堡で強化されています。
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壁の上にあがると、こんな感じです。
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次は「ジャンディヤール」遺跡
紀元前2世紀、バクトリアのギリシャ人によって建設されたギリシャ様式の建築物だったようです。 -
“ギリシャ様式”と言われても、現在の遺跡からはなかなか想像できません。
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遺跡の敷地内では結婚式の宴会が行われており、招待客の子供たちが遺跡にあがって遊んでいました。
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遺跡内に設けられた結婚式宴会場。
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この施設は、ゾロアスター教の拝火壇だったとも推測されています。
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結婚式宴会にも誘われましたが、食事を済ませたばかりということでお断りしました。
パンダのように眺められるのは嫌です。 -
タキシラでの最後の遺跡は「ビル・マウンド」
「シルカップ」「シルスフ」に先行するタキシラ最古の都市遺跡です。
タキシラ博物館のすぐそばの原っぱがその遺跡です。
最下層は紀元前6世紀、アケメネス朝ペルシャ期のものだそうです。
写真に写っている部分だけでなく、原っぱのあちこち広範囲に遺跡が点在しています。 -
住居区画内に円筒形のものが点在していますが、井戸です。
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井戸
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「ビル・マウンド」とは「混雑した丘」の意味で、無計画な街路がこの都市の特徴です。
紀元前2世紀にバクトリアのギリシャ人が侵攻し、「シルカップ」に整然とした新都市を建設することになり、「ビル・マウンド」は放棄されました。 -
紀元前4世紀にはアレクサンダー大王が、この地に来訪しています。
アショカ王のマウリア朝期に最盛期を迎えました。
原っぱのどこでも掘れば、もっともっと遺跡が出てくるのでしょうが、中途半端に放置されているような感じです。
原っぱでは、クリケットで子供たちが遊んでいました。
以上で、タキシラ観光終了。
ガイド氏が「久しぶりにタキシラの主な遺跡を全部まわりました」と言っていました。
明日14日はラワルピンディ市内のバザールなどを散策します。
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