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4月7日から10日まで岡山・広島・山口と旅行してきました。<br /><br />青春18きっぷが4回分残っており、いろいろ調整しながら天気のいい日を待っていたら切符の期限ギリギリになってしまいましたw<br /><br />一日目の主な訪問先は ①備中松山城 ②岡山城 ③後楽園 です。<br /><br />今回の旅行記は、備中松山城のものです。<br /><br />備中松山城は3大山城の一つです。残りの高取城(奈良県)、岩村城(岐阜県)は登城しているので、これで制覇ということになります。<br /><br />それにしても素晴らしい石垣など、評判通りの素晴らしい山城でした。<br />

青春18きっぷ一人旅 1日目 ①備中松山城

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2014/04/07 - 2014/04/07

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4月7日から10日まで岡山・広島・山口と旅行してきました。

青春18きっぷが4回分残っており、いろいろ調整しながら天気のいい日を待っていたら切符の期限ギリギリになってしまいましたw

一日目の主な訪問先は ①備中松山城 ②岡山城 ③後楽園 です。

今回の旅行記は、備中松山城のものです。

備中松山城は3大山城の一つです。残りの高取城(奈良県)、岩村城(岐阜県)は登城しているので、これで制覇ということになります。

それにしても素晴らしい石垣など、評判通りの素晴らしい山城でした。

旅行の満足度
4.5
同行者
一人旅
交通手段
JRローカル 徒歩
  • 今日から岡山・広島・山口を3泊4日で旅行します。<br /><br />青春18きっぷを使ってのこの春、最後の旅となります。<br /><br />最寄駅を始発に乗り込み、まずは岡山県の備中高梁を目指します。<br />

    今日から岡山・広島・山口を3泊4日で旅行します。

    青春18きっぷを使ってのこの春、最後の旅となります。

    最寄駅を始発に乗り込み、まずは岡山県の備中高梁を目指します。

  • 大阪駅を7:46に出発します。<br /><br />写真の電車に乗ったわけではないです。カッコいいから撮影しただけですw<br /><br />

    大阪駅を7:46に出発します。

    写真の電車に乗ったわけではないです。カッコいいから撮影しただけですw

  • 姫路に8:50に到着し、20分の待ち時間があったのでえきそばで朝食です。<br /><br />

    姫路に8:50に到着し、20分の待ち時間があったのでえきそばで朝食です。

  • きつねそば360円です。<br /><br />姫路のホームでいつも見ているので、一度、食べてみたかったんです。<br /><br />麺は中華めんっぽい感じでした。<br /><br />でも個人的には期待はずれで、もう食べることはないと思います。

    きつねそば360円です。

    姫路のホームでいつも見ているので、一度、食べてみたかったんです。

    麺は中華めんっぽい感じでした。

    でも個人的には期待はずれで、もう食べることはないと思います。

  • 姫路9:10発 → 相生9:33発 → 岡山11:15発<br /><br />備中高梁には12:07に到着しました。<br /><br /><br />ここは「男はつらいよ」のロケ地でもあります。<br /><br />たしか博の父親か母親が危篤になり、奥さんのさくらとここからタクシーに乗り込むシーンでした。<br /><br />夜のシーンだったと思います。<br />

    姫路9:10発 → 相生9:33発 → 岡山11:15発

    備中高梁には12:07に到着しました。


    ここは「男はつらいよ」のロケ地でもあります。

    たしか博の父親か母親が危篤になり、奥さんのさくらとここからタクシーに乗り込むシーンでした。

    夜のシーンだったと思います。

  • 備中高梁駅前です。<br /><br />道がまっすぐ山の方に走っていてすごくいい感じの街並みです。<br /><br />乗り合いタクシーの予約時間まで40分ほどあるので少し歩いてみます。<br />

    備中高梁駅前です。

    道がまっすぐ山の方に走っていてすごくいい感じの街並みです。

    乗り合いタクシーの予約時間まで40分ほどあるので少し歩いてみます。

  • 山桜が綺麗です。<br />

    山桜が綺麗です。

  • 12時50分に乗り合いタクシーを予約しています。<br /><br />5分ほど前に集合場所の駅前観光案内所に行きました。<br /><br />

    12時50分に乗り合いタクシーを予約しています。

    5分ほど前に集合場所の駅前観光案内所に行きました。

  • マイクロバスで備中松山城のふいご峠の駐車場(8合目)まで一気に上がってきました。<br /><br />私を含め8人のお客さんが乗りこんでいました。<br /><br />備中高梁駅前からここまで10分ほどで料金は430円です。<br /><br /><br />

    マイクロバスで備中松山城のふいご峠の駐車場(8合目)まで一気に上がってきました。

    私を含め8人のお客さんが乗りこんでいました。

    備中高梁駅前からここまで10分ほどで料金は430円です。


  • ふいご峠駐車場からおよそ20分の道のりです。<br /><br />備中松山城は、1240年に秋葉重信が築いたのが最初と云われています。<br /><br />城のある臥牛山(がぎゅうざん)は海抜およそ430mで、天守は現存天守の内、最も高い所にあります。<br /><br /><br /><br />

    ふいご峠駐車場からおよそ20分の道のりです。

    備中松山城は、1240年に秋葉重信が築いたのが最初と云われています。

    城のある臥牛山(がぎゅうざん)は海抜およそ430mで、天守は現存天守の内、最も高い所にあります。



  • 少しきつい道もありますが20分ほどですので余裕です。<br />

    少しきつい道もありますが20分ほどですので余裕です。

  • 中太鼓丸跡です。<br /><br />2段の曲輪からなっており、側面に強固な石垣が築かれています。<br /><br />上段の曲輪の南端には「中太鼓櫓」が建っており、城主の登城の際や有事の際には、山麗の尾根小屋と天守とを太鼓の音などで連絡する中継所のひとつでした。<br /><br />防備上の拠点であると同時に、通信の要所でもあった所です。<br />

    中太鼓丸跡です。

    2段の曲輪からなっており、側面に強固な石垣が築かれています。

    上段の曲輪の南端には「中太鼓櫓」が建っており、城主の登城の際や有事の際には、山麗の尾根小屋と天守とを太鼓の音などで連絡する中継所のひとつでした。

    防備上の拠点であると同時に、通信の要所でもあった所です。

  • 中太鼓丸跡からの眺めです。<br /><br />

    中太鼓丸跡からの眺めです。

  • 中太鼓丸跡の石垣です。<br /><br />この石垣の上が2段の曲輪の上段部分です。<br /><br />野面積みの立派な石垣で、これからの期待が高まってきます。<br />

    中太鼓丸跡の石垣です。

    この石垣の上が2段の曲輪の上段部分です。

    野面積みの立派な石垣で、これからの期待が高まってきます。

  • 中太鼓丸跡の2段の曲輪の上段です。<br /><br />古文書によっては「上太鼓丸」と呼ばれていました。<br /><br /><br /><br />

    中太鼓丸跡の2段の曲輪の上段です。

    古文書によっては「上太鼓丸」と呼ばれていました。



  • 大手門跡です。<br /><br />備中松山城は自然の地形を巧みに利用した造りとなっており、大手門はその典型です。<br /><br />山麗から続く登城道に対し、大手門が東を向いて構えているので、直角に進入しなければならず、敵軍勢の勢力をそぐことができます。<br /><br />正に実践的な縄張りといえます。<br />

    大手門跡です。

    備中松山城は自然の地形を巧みに利用した造りとなっており、大手門はその典型です。

    山麗から続く登城道に対し、大手門が東を向いて構えているので、直角に進入しなければならず、敵軍勢の勢力をそぐことができます。

    正に実践的な縄張りといえます。

  • 自然の岩を巧みに利用した石垣が備中松山城の特徴です。<br /><br />もう見事としか言うほか言葉が見つかりません。<br /><br />石垣に興味のない方でも見惚れてしまうと思います。<br /><br />ただ崩落の危険もあるようで、近代的な監視システムが導入されています。<br />

    自然の岩を巧みに利用した石垣が備中松山城の特徴です。

    もう見事としか言うほか言葉が見つかりません。

    石垣に興味のない方でも見惚れてしまうと思います。

    ただ崩落の危険もあるようで、近代的な監視システムが導入されています。

  • 足軽箱番所跡です。<br />

    足軽箱番所跡です。

  • 大手櫓跡からの眺めです。<br />

    大手櫓跡からの眺めです。

  • 二の丸櫓跡からです。<br />

    二の丸櫓跡からです。

  • 三の平櫓東土塀です。<br /><br />重要文化財に指定されている現存の土塀です。<br /><br />城郭土塀で重要文化財のものは少ないらしいです。

    三の平櫓東土塀です。

    重要文化財に指定されている現存の土塀です。

    城郭土塀で重要文化財のものは少ないらしいです。

  • 壮観な眺めです。<br /><br />これだけでもここに来る値打ちは十分あると思います。<br />

    壮観な眺めです。

    これだけでもここに来る値打ちは十分あると思います。

  • 鉄砲や弓をうつ狭間もあります。

    鉄砲や弓をうつ狭間もあります。

  • 三の丸跡です。

    三の丸跡です。

  • 上番所跡です。<br />

    上番所跡です。

  • 三の平櫓跡です。<br /><br />三の丸の正面ほどに位置します。<br />

    三の平櫓跡です。

    三の丸の正面ほどに位置します。

  • 石段を上がっていくと黒門跡です。<br /><br />

    石段を上がっていくと黒門跡です。

  • 厩曲輪(うまやぐるわ)です。<br />

    厩曲輪(うまやぐるわ)です。

  • 厩曲輪は結構な広さがあります。<br /><br />向こうに見える土塀は一部、現存のものもあります。

    厩曲輪は結構な広さがあります。

    向こうに見える土塀は一部、現存のものもあります。

  • 四の平櫓跡です。<br />

    四の平櫓跡です。

  • 二の丸跡まで来ました。<br /><br />正面に天守が見えます。<br /><br />

    二の丸跡まで来ました。

    正面に天守が見えます。

  • 二の丸から見える景色は最高でした。

    二の丸から見える景色は最高でした。

  • 右から天守、五の平櫓、六の平櫓です。<br /><br />天守は現存で、あとは復元されたものです。<br /><br />

    右から天守、五の平櫓、六の平櫓です。

    天守は現存で、あとは復元されたものです。

  • 五の平櫓です。<br /><br />本丸を守るための石落としがあります。<br /><br />敵が攻めてきた時に石を落とす所です。<br />

    五の平櫓です。

    本丸を守るための石落としがあります。

    敵が攻めてきた時に石を落とす所です。

  • こここから本丸へ行きます。<br /><br />古くは毛利家などの城塞でしたが、江戸時代に小堀親子の修築をへて、水野勝宗の大改修で現在の姿となりました。<br /><br />

    こここから本丸へ行きます。

    古くは毛利家などの城塞でしたが、江戸時代に小堀親子の修築をへて、水野勝宗の大改修で現在の姿となりました。

  • ここで入城料300円を支払います。<br /><br />100名城のスタンプはこちらで押すことができます。<br />

    ここで入城料300円を支払います。

    100名城のスタンプはこちらで押すことができます。

  • 復元された南御門から入城します。<br />

    復元された南御門から入城します。

  • 復元された六の平櫓は中を見学することができます。<br /><br />左は入ってきた南御門(復元)です。<br /><br />五の平櫓は備中松山城管理員詰所になっています。

    復元された六の平櫓は中を見学することができます。

    左は入ってきた南御門(復元)です。

    五の平櫓は備中松山城管理員詰所になっています。

  • 六の平櫓の中ではビデオが流されていました。<br /><br />

    六の平櫓の中ではビデオが流されていました。

  • 六の平櫓を出た所で「備中宇治茶」が飲めます。<br /><br />あっさりとして冷たいお茶が美味しかったです。<br />

    六の平櫓を出た所で「備中宇治茶」が飲めます。

    あっさりとして冷たいお茶が美味しかったです。

  • 1681年に2代・水谷勝宗が造営したとされる天守です。<br /><br />現存12天守のうち最小の11mですが、最も高所にあります。<br /><br />見てのように2層2階で、西面に半地下のようにして廊下が附属する複合式望楼型天守です。<br /><br />300年以上前の天守です。感無量です。<br />

    1681年に2代・水谷勝宗が造営したとされる天守です。

    現存12天守のうち最小の11mですが、最も高所にあります。

    見てのように2層2階で、西面に半地下のようにして廊下が附属する複合式望楼型天守です。

    300年以上前の天守です。感無量です。

  • 天守閣に入ります。<br /><br />一階のように思えますが、ここは八の櫓と天守をつなぐ廊下でした。<br /><br /><br /><br />

    天守閣に入ります。

    一階のように思えますが、ここは八の櫓と天守をつなぐ廊下でした。



  • 武者窓です。<br /><br />外からは見えにくく、中からは広角に敵が見えるよう工夫されています。<br />

    武者窓です。

    外からは見えにくく、中からは広角に敵が見えるよう工夫されています。

  • 狭間です。<br /><br />敵を攻撃するための鉄砲、弓用の穴です。<br /><br />小さな穴で敵から攻撃を受けにくくすると同時に、内側は広くして敵を狙いやすいように工夫されています。<br /><br />

    狭間です。

    敵を攻撃するための鉄砲、弓用の穴です。

    小さな穴で敵から攻撃を受けにくくすると同時に、内側は広くして敵を狙いやすいように工夫されています。

  • 籠城時の城主の食事・暖房用の囲炉裏です。<br /><br />天守閣の中に切り込みの囲炉裏があるのは珍しく、戦国時代に城の激しい争奪戦が繰り広げられたために造られました。<br />

    籠城時の城主の食事・暖房用の囲炉裏です。

    天守閣の中に切り込みの囲炉裏があるのは珍しく、戦国時代に城の激しい争奪戦が繰り広げられたために造られました。

  • 二階に上がる階段です。<br /><br />踊り場で階段が折れまがっています。<br /><br />敵がすぐに上がってこれないように踊り場を作り、勾配も急にしてあります。<br />

    二階に上がる階段です。

    踊り場で階段が折れまがっています。

    敵がすぐに上がってこれないように踊り場を作り、勾配も急にしてあります。

  • 天守の二階部分です。<br /><br />

    天守の二階部分です。

  • 天守二階の御社壇です。<br /><br />1683年に城主・水谷左京亮勝宗がこの城を修築したさいに、様々な神を勧請し、安置しました。<br /><br />備中松山城は江戸時代には池田氏、水谷氏、安藤氏、石川氏そして板倉氏と城主が入れ変わっています。

    天守二階の御社壇です。

    1683年に城主・水谷左京亮勝宗がこの城を修築したさいに、様々な神を勧請し、安置しました。

    備中松山城は江戸時代には池田氏、水谷氏、安藤氏、石川氏そして板倉氏と城主が入れ変わっています。

  • 天守一階の「装束の間」です。<br /><br />籠城時の城主一家の居室です。<br /><br />床下に石を敷き詰め、忍びの者でも侵入できないように工夫されています。<br /><br />落城時には城主一家の死に場所でもありました。<br /><br /><br />備中兵乱のDVDが上映されていました。<br /><br />備中兵乱は1570年代の毛利氏と三村氏の争いで、三村氏の敗北で毛利氏の領土となりました。

    天守一階の「装束の間」です。

    籠城時の城主一家の居室です。

    床下に石を敷き詰め、忍びの者でも侵入できないように工夫されています。

    落城時には城主一家の死に場所でもありました。


    備中兵乱のDVDが上映されていました。

    備中兵乱は1570年代の毛利氏と三村氏の争いで、三村氏の敗北で毛利氏の領土となりました。

  • 本丸を囲む復元された土塀です。<br /><br />奥に見える櫓は二重櫓です。<br />

    本丸を囲む復元された土塀です。

    奥に見える櫓は二重櫓です。

  • 二重櫓です。<br /><br />これは天守同様、現存しているもので、国の重要文化財に指定されています。<br /><br />天然の巨石を櫓台とした二層二階建の構造です。<br /><br />堂々としたものです。<br />

    二重櫓です。

    これは天守同様、現存しているもので、国の重要文化財に指定されています。

    天然の巨石を櫓台とした二層二階建の構造です。

    堂々としたものです。

  • 復元された腕木御門です。<br /><br />天守から後曲輪に通じる門です。<br /><br />

    復元された腕木御門です。

    天守から後曲輪に通じる門です。

  • そろそろ乗り合いタクシー予約時間なので、帰ろうと思いましたが、天守の正面右側に道が通じていましたので、急いで行ってみました。<br />

    そろそろ乗り合いタクシー予約時間なので、帰ろうと思いましたが、天守の正面右側に道が通じていましたので、急いで行ってみました。

  • 十の平櫓跡です。<br /><br />天守を挟んで本丸の反対側くらいにあります。<br /><br />こちらに来れると知っている人はあまりいないのか、ほとんど誰もいませんでした。<br />

    十の平櫓跡です。

    天守を挟んで本丸の反対側くらいにあります。

    こちらに来れると知っている人はあまりいないのか、ほとんど誰もいませんでした。

  • 水の手門跡です。<br />

    水の手門跡です。

  • 後曲輪です。<br /><br />奥に九の平櫓がありました。<br />

    後曲輪です。

    奥に九の平櫓がありました。

  • 九の平櫓跡から二重櫓の行けます。<br /><br />そろそろ下山の時間です。<br />

    九の平櫓跡から二重櫓の行けます。

    そろそろ下山の時間です。

  • ふいど峠まで徒歩で下山し、14:40発の乗り合いタクシーに乗り備中高梁駅まで戻りました。<br /><br />この後、岡山城と後楽園に向かいます。<br /><br />今回はここまでです。読んでくださって本当にありがとうございました。

    ふいど峠まで徒歩で下山し、14:40発の乗り合いタクシーに乗り備中高梁駅まで戻りました。

    この後、岡山城と後楽園に向かいます。

    今回はここまでです。読んでくださって本当にありがとうございました。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • ecchanさん 2014/04/22 11:34:06
    100名城懐かしい!
    さんたくさん、はじめましてコンニチわ。

    旅好きな私に、息子が「日本100名城」の本とスタンプ帳を
    プレゼントしてくれたので、セッセと実行したところ
    2007年10月〜2009年9月の2年間で100名城登城してしまいました!
    備中松山城へはスタンプラリーが始まる前にも登城してたので
    再度スタンプ押しに登城した次第です(笑)

    さんたくさんの各名城の素敵な旅行記で、懐かしく想い出しながら
    (不便で体力がいる場所が多かったので、汗だくの思い出ですが・・)
    再登城している気分になりました。

    これからも名城の旅行記楽しみにしています。
    どうぞよろしくお願いします。

    ecchanより

    さんたく

    さんたくさん からの返信 2014/04/22 21:07:52
    RE: 100名城懐かしい!
    ecchanさんへ

    はじめまして〜

    つたないHPにもかかわらず、御訪問頂き感謝の気持ちで一杯です。
    本当にありがとうございます!

    100名城達成されたんですね。
    今、ちょうど40城登城したんですが、100城って凄いと思います。

    でもお城巡りして、武将のことやその背景を調べると、いろいろ関連しているのが分かって、段々はまってくるんですよね(笑)

    山城とかきついところのほうが、印象深かったりもしませんか?^^

    もし、アドバイスとかあればまた教えてください。

    今後ともよろしくお願いします


    さんたくより

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