2014/02/25 - 2014/02/28
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gezellig kamerさん
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旅行最終日。一応ソウルに来たので、宮殿に一つも行かないのはどうかと思い、景福宮に行くことに。実は恥ずかしいことに現地に行くまで、ここが朝鮮総督府があった場所であったこと、そして、閔妃暗殺事件の乙未事変の現場であることに気づいていませんでした。(どちらも、歴史事実としては知っていたのですが。)たまたま、無料のガイドツアー(10年以上景福宮でガイドをボランティアでしていらっしゃる日本人の方によるもの)に参加することができ、これらの説明を聞くことができました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
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この日はちょっと早めに10時頃出発。近代的なビルの中に伝統的な建物がぽっかりある。このギャップがちょっと面白い。
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光化門。何度も目にはしていたけれど、とうとう今回中に入ります!
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入口。あとで、ガイドの方に伺って知ったのですが、この宮殿は、平和な民主主義国家として繁栄するということを目指しているため、宮殿でありつつも入口から向こうまで見通せるようになっているそうです(何か、話があるなら、王様のところまで来て話をせよ、という意味だそうです。)。重用されていたのも武官ではなく、文官。日本のお城といえば、(ヨーロッパのお城も結構そうだけど。)山の上に建っていて、敵の攻撃を避けるということが第一に作られていることがほとんどなので、この発想、何だか新鮮でした。(まあ、これはあくまでコンセプトであって、実際には、韓流ドラマであるようないろいろな謀略等々はあったんでしょうけど^^;)
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さて、これは入口からすぐの広場ですが、まさにここに朝鮮総督府として使われていた壮大な建物がどーんと建っていたそうです(http://ja.wikipedia.org/wiki/ファイル:Japanese_General_Government_Building_1995.jpg)。ちょうどここをうろうろしていたら、日本人のおばさまたち数人にガイドの方が案内しましょうか?と声を掛けている瞬間だったので、どさくさに紛れて自分も参加してしまいました。が、何となく参加してしまったので、最初の方は無言で説明の輪に入っていたので、ガイドの方もちょっと戸惑っていました。変な人ですみません…。
さて、朝鮮総督府の話に戻ると、朝鮮総督府の建物が割合最近(といっても90年代)まで建っていたと説明を受けたのですが、帰国後当時の写真を見て何だかすごく微妙な場所(もちろん敢えてここに建てていたというのはわかってますが。。。)に建っていたんだなあと思いました。見た目としてはやはり確かに入口から先まで見通せる現在の作りの方が自然な気がします。建物としてはそれはそれで建築学的な価値はあったかもしれませんが、やっぱり感情的に、地元の人が受け入れ難かったというのもわかる気はします。 -
中に入ると次から次へと門が続きます。
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中にあった馬の像。
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庭その1。確か、ここは来賓客をもてなすための建物だった気が。建物自体かなり高さがあるので、ここからの眺めは絶景だっただろうなあと思います。
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無数にある門(家臣たちが、敢えてかがまないと入れないように小さく作られている。)からの風景。
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日本人でも小さく感じました。偉そうに胸を張って歩けないように、という理由にちょっと笑ってしまいました。
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個人的に、タイルというかレンガで描かれた草木や動物の絵がけっこう好きでした。
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どこかの一角。
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庭その2。背後には山が見えていてとても美しかったです。(この山の麓が青瓦台です。→これもここに来て初めて知った(汗))。
さて、美しい池+建物。と思っていたら、何とこの池は、閔妃(http://ja.wikipedia.org/wiki/閔妃)や女官たちの遺灰が証拠隠滅のため、捨てられた場所だそうです。殺害の状況についてもガイドの方がお話ししてくださいました。確かに世界史の教科書では「惨殺」と書かれていましたが、本当に残酷でした。。。殺害された女性の中に閔妃がいるかどうかを確かめるために、顔の確認を息子にさせた、という話には絶句してしまいました。。。そういう歴史の黒い部分もある場所だということをきちんと認識してくるべきでした(汗)。しかもここを訪れた次の日は3.1運動があった3月1日。これも日本に帰国してから気づきました。実際どうだったかはわからないけれど、ちょっと早めで良かったかも…。 -
本当はガイドは普段は、お庭で終わりだそうですが、一緒にいた日本人のおばさまたちや自分が熱心に聞いていたからか、ガイドの方が青瓦台の前まで案内してくださいました。これまた恥ずかしいのですが、青瓦台って本当に屋根が青いんですね。。。前には警備の警察の方や軍関係者の方が立っていました。軍の人の写真を撮るはNGだそうで、もし撮っているのを見つかると国防の観点から、容赦なくカメラ等を取り上げられてしまうらしいです。
ちなみに、景福宮は、1回外に出てしまっても、券さえ持っていればその日のうちは出入り自由です。これ、けっこう助かりました。
ずっと一緒にガイドツアーに参加していたおばさまたちとはここでお別れ。一人で観光しているというのが、珍しかったのか、「あら一人、大変ね〜。」と言われました笑(結構一人で観光しているんだけど笑。)。そして、なぜか私も一緒に記念撮影に入っていました笑。 -
その後、ガイドの方に近くにある、歴代の大統領の遺品がある資料館まで連れて行っていただきました。ガイドの方とはここでお別れ。ガイドの方は、元々、日本語教師として韓国に来て、現地の方と結婚して、息子さんもいらっしゃるそうです。ずっと景福宮でガイドを務めていたことを認められ、盧武鉉大統領だったか、李明博大統領かに表彰されたそうです(写真を見せてくれた笑)。
私が上記のお庭での話のときに、「閔妃殺害事件のことですか?」と聞いたからか(ガイドさんは当初、「お妃」とだけ言って名前は出していなかった。)、「歴史とかいろいろご存知なんですね。」と言われました。(といっても、実は、もう記憶の彼方だったりするのですが(汗))。
でも、なかなか個人旅行だときちんと日本語の解説を聞きながら宮殿を周れる機会はそれほどないので、このときはラッキーだったと思います。ガイドの方にもお礼を言いました。
そして、記念館へ。記念館の前は広場になっており、青瓦台や山がきれいに見えていました。 -
建物内から。資料館自体は、歴代の大統領の短い略歴が書かれていたり、執務室が再現されているといったくらいで、それほど実はおもしろくありませんでした。が、ちょっと興味深かったのが、朴正煕大統領の最期がpassed away(ハングルは読めないので、英語を読んでいた。)とあっさり書いてあったこと。暗殺って書かないんだなあと素朴に思いました。そして、ずらっと、戦後の歴代の韓国の大統領のパネルが並んでいたのですが、軍事政権時代の大統領と、彼らに苦しめられ続けた金大中大統領のパネルが同じような感じでごく普通に並んでいるのが、個人的には、ちょっとすごいなあと思いました。まあ、確かに歴史としては綿々と続いている訳ですが、軍事政権の黒い時代の記述はやっぱりそんなに全面的には出ない(まあ、きっと国立の資料館だと思うので、そんなこと表には出さないというのはわかりますが。)んだなあと思いました。
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この塔の下は民俗資料館だったと思いますが、今回はパスしました。
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園内の十二支の像。ちょっとかわいい。
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トーテムポールみたいなものも。
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帰り際衛兵交代式を見ることができました。
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韓国最後の食事はビビンバ。庶民的な食堂にて。
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今回泊まったホステル。新しめだったので、中はきれいでした。いろいろ楽しい話もできて、一人旅だけど、退屈しないのがホステルのよいところ。今回も出会いに恵まれました。
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ベッド。いろいろ面白い思い出をありがとう〜、ソウル。まだまだ回れてないところがあるので、また今度来たら回ってみたいです。
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