1987/12/28 - 1988/01/04
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初めて中国へ旅行したのは1987年10月でしたが、2ヶ月半後の12月末に中国へ行った時の旅行記です。
当時の中国旅行は航空券と観光ビザ代が高く、物事も日本の様に運ばない事も多かったですが、却ってその違うところに何か不思議な魅力を感じました。勿論、観光名所が豊富で中華料理も美味しく物価も安かった事も魅力ではありますが。
写真を見返していたら、当時にタイムスリップした様な気がしてまた行きたくなってしまいました。
<旅程>
'87/12/28:成田-(飛行機)→北京(2泊)
12/30:北京-(列車)→西安へ(車中泊)
12/31:西安着(泊)
'89/1/1:西安-(列車)→北京へ(車中泊)
1/2:北京着(2泊)
1/4:北京-(飛行機)→成田
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道
- 航空会社
- ANA
-
1987年12月28日、成田空港10時15分発のANA NH901便にて北京へ向かいました。(この時の旅行は往復航空券と観光ビザと最初の1泊分だけ付いている旅行だったと思います)
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当時の航空券の控えが残っていました。
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初めての北京・首都空港に到着しました。
到着後、空港内でウロウロしていたら、同じ便で来ていた日本人のF君と知り合いになりました。彼も北京は初めてどころか、中国に来るのが初めてだという事でした。 -
F君と一緒に地下鉄で燕京ホテルに向かいました。
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翌12月29日、バスで万里の長城へ行こうと市バスで前門へ行きました。ところが雪の為、万里の長城までのバスは出ないという事で諦めざるを得ませんでした。
(冬の北京は寒いと聞いていたので、スキーで使っていた覆面を持って行きました) -
仕方がないので、北京駅へ行って西安行きの切符を購入しました。
F君も一緒に西安へ行く事になりました。
そこの切符売り場で広州から来たという3人の日本人と知り合いになりました。 -
なんとか買えた、北京→西安の寝台列車の切符。
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その後、F君と3人の日本人とで王府井へ行って羊肉のしゃぶしゃぶを食べました。美味しくて感激しました。
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昼間から少しほろ酔い気分。
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その後、ぶらぶらと付近を散策。
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中国の最高級者、赤旗を見つけてパチリ。
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そして、故宮博物院へ行きました。
これは北側の神武門だと思います。 -
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北口広場。
後方に景山公園が見えます。 -
その後、天安門広場へ。
いかにも怪しい覆面をしていたので、兵隊さんに職務質問?されてしまいました。 -
覆面を取って、仲良く記念撮影して頂けました。
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これは天安門広場南の前門・正陽門です。
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翌日12月30日、飯店の部屋から撮った明け方風景。
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今日はどうしても万里の長城へ行こうという事で、奮発してタクシーで行く事にしました。(130元)
ところがなんという事か、道路が凍結していて長城手前で又もや行けませんでした。 -
仕方なく、長城は諦めて明の十三陵へ行く事にしました。
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ここは万里の長城ではなく、明の十三陵の“昭陵”です。
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明の十三陵の定陵の入場券。
0.5元。(5角) -
F君と記念写真を撮ったりして散策しました。
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その後、天壇へ行きました。
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美しい天井模様。
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ここでもF君と記念撮影。
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そして紫禁城へ。
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地面は雪で白くなっています。
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その後、西安行きの寝台列車に乗るため、北京駅へ行きました。
あちこち追加で行って、タクシーの運転手も料金145元を主張してきました。今から思えば高かったです。 -
北京駅から、13時15分発特快7次(軟臥)に乗車して西安へ向かいました。
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軟臥の個室では、黒竜江省と四川省からの人と一緒でした。
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食堂車の風景です。
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車掌さんと撮った写真です。(ピンボケ)
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食堂車で中国人車掌やコックさん達と筆談しているF君。
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硬臥車両はどうなっているのか見に行ってみました。
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言葉は不自由でしたが、筆談等で多くの中国の方と交流が持てました。
記念に1枚撮りました。 -
途中駅で手を振って降りて行った女の子。
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途中駅のプラットホームで食糧を調達します。
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途中駅で。
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翌12月31日、寝台列車で西安に到着後、駅近くの解放飯店にチェックインしました。(35元/1泊)
その後、たまたま知り合った日本人2人(教師との事)とF君とで食事しました。
旅行中、なかなか思い道りにならない苦労話等で、見知らぬ同士ながら仲間意識が芽生えて?ビール瓶が沢山並んでしまいました。 -
真夜中になって、年を越した1988年1月1日の西安駅前で1枚撮影しました。
何処かで小さく花火が鳴っていました。 -
朝になって駅で帰りの北京までの切符を買いました。
その後F君と2人でタクシーを奮発して、秦の始皇帝陵(兵馬俑坑)へ行きました。
なかなか見応えがありました。 -
秦の始皇帝・兵馬俑博物館の入場券。
料金5角!今はいくらなのだろう? -
兵馬俑博物館の銅車馬の入場券。
ここも5角。 -
華清池へも廻りました。
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大雁塔とタクシーの運ちゃんとワタクシ。
ここでワタクシはタクシーを降りF君と別れました。彼は果敢にも成都へ行く為、空港へ向かいました。
昼食は水餃子、スープ、ビールで3元。(当時の記録より) -
西安の大雁塔の入場券。
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大慈恩寺(大雁塔)の入場券、たった1角!
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その後一人で南門の城壁周辺を散策。
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西安の中心にある鐘楼です。
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夜になって西安駅より20時35分発北京行き直快280次に乗車。
夕食は駅前の店で、羊の水餃子を頂き1元2角。(当時の記録より) -
やっと買えた西安→北京の寝台列車の切符。
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この列車に乗ります。
乗車して軟臥の個室に入ったら、なんと昨晩一緒に飲食いした2人の日本人教師と同室でした。 -
夕方5時頃に北京に到着して、先生と記念写真をパチリ。
ホテルは混んでいて、3軒目でようやく崇文門の飯店にチェックイン出来ました。(65元/1泊) -
翌3日の朝、今度こそ万里の長城へ行こうと前門のバス停へ行くも、今日も駄目らしい。
タクシーの運転手が何か言っているのですが、中国語が分からず諦めかけていたのですが、新橋飯店の服務員に英語で通訳してもらうとタクシーで行けるらしい。
先生2人と服務員さんとワタクシ4人タクシーに乗り込み八達嶺に行きました。
3回目のトライでやっと行けた万里の長城です。 -
3度目でやっと行けた万里の長城、八達嶺の入場券。
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先生の後ろ姿、だんだん急坂になっていきます。
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この辺は結構急坂です。
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その後、又訪れた明の十三陵。
一緒に来てくれたチャーミングな英語通訳役の服務員さんと。 -
そして夜になり、先生方と一緒に宴会です。
最終日なので今までの苦労話に花が咲き、一段と杯が進み夜が更けて行きました。。。。(当時の記録によれば沢山飲食して一人たったの15元でした) -
翌日1月4日、北京の王府井や北京動物園等を見学しました。
ここで初めてジャイアントパンダを見ました。
その後、ホテルをチェックアウトして首都空港へ行き、午後3時10発のANA NH902便で成田空港に到着し、今回の旅行が無事終了しました。 -
当時、銀行で両替した証明書が残っていました。
これによると、中国1元=約35円、円/元の価値は今の2倍以上で結構高かった様です。
当時、外国人は人民元でなく専用の兌換券を使い、列車や飛行機料金は中国人の1.8倍、観光名所の入場料金も数倍しました。
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