2014/02/20 - 2014/02/23
233位(同エリア591件中)
luguさん
この旅行は3年前に半年暮らしたシーサケットを訪れることが目的だったので、その目的を終えた帰路は、多少気持ちが軽くなっていた。
前から行ってみたいと思っていたチェンカーンにも少し遠回りだが寄ってみることにした。
ホテルも予約しないで行き当たりばったりで決めた。
ただ自分の性格上、今夜泊まるホテルが決まっていない、という状況は自由ではあるが、何か不安が胸の片隅にあり、やはり決められるものは決めておいたほうが安心して旅を楽しめるように感じた。
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地図の水色のラインが帰路。
Sri Saket⇒Khon Kaen⇒Chiang Khan⇒Dan Sai⇒Phrae⇒Chiang Maiというコース。
コンケーンにはまた泊まったが、違うホテルにした。
コンケーンからは北上してラオスとの国境の町チェンカーンに行くことが出来た。
チェンカーンからはチェンマイに向けて走り、気が向いたところで泊まることにして、結局ダーン・サーイという町のはずれにあるリゾートのようなドライブインのような宿に泊まった。
最後の日は以前行ったことのあるプレーに寄ってチェンマイに戻った。 -
シーサケットに向かっている時は無駄に時間を使いたくないという思いがあって、あまり寄り道をしなかったが、帰路は何か気になるものを通り過ぎたら、Uターンしてとりあえず車を降りて見てみようという気になっていた。
そんな気分で走っている時に門構えのりっぱなお寺を見かけたので寄ってみた。 -
奥にちょっとした遺跡があった。
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少しずつ修復しているようだった。
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敷地内には巨大な昆虫や、
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こんなものや、
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こんなものが・・・。
まぁどこにでもあると言えばそのようなものでした。 -
またコンケーンで泊まることにしたが、前回泊まったところが夜カラオケでうるさかったので違うホテルを探した。
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このレジデンスは、月極めでアパートのように使われていて、開いている部屋があれば一泊でも泊まれる、という宿だった。部屋は清潔でシャワールームは広く、とても快適だった。
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宿の前に食堂が何軒かあり、そこでランチ。
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近所をぶらぶらしていたら、バイク屋にこのような二人乗りの電動自転車が並べられていた。
見たことのない形だったので写真を撮っていたら店の人が出てきて、台湾製だと教えてくれた。 -
近くにバスターミナルがあった。
宿の近くにはレストランが並んだ通りもあった。
町は意外にファランも多く住んでいるようだった。 -
宿のエントランスの様子。
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コンケーンから少し西のピサヌロークに向けて走り、途中から北上してルーイに向かう。
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朝からコーヒーを飲んでいなかったので、コーヒータイム。
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ラオスとの国境の町チェンカーンに着いた。
当たりをつけていた宿に行くと、まだ部屋の掃除が終わっていないので、ランチを食べてきて、とメコン川沿いの見晴らしのいいレストランを紹介してくれた。 -
少しわかりにくかったが何とかレストランにたどり着くと、本当に綺麗な景色の場所だった。
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ラオスのシーパンドンでは河イルカを見ることが出来るが、この辺りにもいるのかな。
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川エビの踊り食いは話には聞いていたが、初めて体験した。生ものなので少し不安が過ったが、生のニンニクも沢山入っているから、まぁいいか、と口にしたら、なんと旨いこと!
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ビールを飲みながらこのメコンの景色を堪能した。
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ゆっくりランチをして宿に行った。
チェンカーンはホームステイの宿が多く、ここもホームステイではないが全4室の小さなゲストハウス。 -
この日は他に客が居らず、貸切状態だった。
2階のリバービューの部屋。 -
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部屋のベランダから見える景色。
雨雲が近づいているようだった。 -
が、パラパラっと降っただけですぐに青空に戻った。
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チェンカーンは古い町並みが有名で、タイ人の観光客が多い。
交通が不便なために個人の観光客はなかなか簡単に来ることが出来ず、団体ツアーの客が多かった。 -
夕方宿の前の道が観光客であふれた。
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同じ道を何度か行ったり来たりしてこの時間を楽しんだ。
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鳥がねぐらに帰っているのか、次々にやってきた。
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すっかり陽が落ちたところで、川沿いのレストランで夕食を。
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夜明けのメコン川。
団体客がこの時間から川沿いを散歩していた。 -
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宿の入口にはアンティーク(がらくた?)が飾られていた。
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前から来たいと思っていたチェンカーンだが、町の雰囲気が少しパイに似ているように思った。
チェンカーンにはメコン川があるが、一度来たらもう充分のような気もする。
パイは何度でも行きたいと思える分、パイの方が魅力的ではあるな。 -
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朝宿を出て前日宿の人に教えてもらったお寺に行ってみることにした。
お粥屋があったので腹ごしらえ。 -
お粥も美味しかったが、食べている間にここがベトナム料理屋だということがわかり、この麺を追加注文した。とても美味かった。
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ロータスとか、カシコンバンクとかBig Cとかは全国どこへ行っても同じデザインや色で決まっていると思っていたが、ここチェンカーンでは全て木の作りになっていた。
古い町並みが大きな観光資源になっているこの町ならではの様子だった。 -
車で20分ほど遠回りして訪れたお寺。
出来たばかりでまだ完成はしていないようだった。
これからチェンカーンの観光スポットにしようということか。 -
土が乾いて瓦のように固くなっていた。
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お寺の裏に広がる景色は日本の原風景のようだった。
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体制を立て直しチェンマイ方面に向け走っていたらまたまた変な建物に出会ってしまった。
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広い敷地に変わったオブジェが点々としている。
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掃除をしている女性がいたので、どういう人がどういう目的で作ったものなのか聞いてみた。
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すると、作った人はその女性の妹かお姉さんで、バンコクに住んでいながら、何かの願いが叶ったお礼ということで、少しずつこつこつ作っているらしい。
お姉さんは芸術家なのですか?と聞いたら、全然違う普通の人だと言った。 -
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帽子をかぶったトイレ
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石や鉄やコンクリートを使う作業を女の人がやっていることに驚いたし、
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きっとそれなりに意味があるのだろうが、こんな人里離れたところにこんな訳のわからないものを長い時間かけて作っている女性にとても興味をおぼえた。
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街道沿いには鮮やかな赤い花が咲いた木の並木があった。
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大きな幹線道路に出て、そのまま行けばチェンマイだったが、途中でプレーの標識が見え、せっかくだからと以前行ったことのあるプレーに寄ることにした。
プレーの町に入ってお寺に駐車して一休みしていたら、昔、たしかピサヌロークからチェンライに行くのにチェンマイを通らずに別のコースで行ってみようと思い、プレー行きのバスに乗った記憶が蘇ってきた。 -
町のどこのどんな宿に泊まったのか全く記憶がないが、チーク材のビジネスで財産を作った人が建てたピンクハウスの記憶だけは鮮明にあった。
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とりあえず川の見えるレストランでお昼を食べて、店の人にピンクハウスの場所を教えてもらった。
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あれから4,5年経っているせいかピンクが少し色あせているような気がした。
そのことを受け付けの女性に話したら、そんなことはない、前からこの色だ、と言われた。
自分の記憶(印象)の違いなのか、毎日その中で暮らしていたら少しの変化には気付かない、ということなのか。 -
ピンクハウスはウォンボリーハウスという名前だった。
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何はともあれ再びここに来ることが出来た喜びが大きかった。
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チーク材を運ぶために沢山の象を所有していたのだろう。
象の戸籍謄本のようなものらしい。 -
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この建物はファッション写真や多くの写真で使われているようだった。
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ウォンボリーハウスの並びにあるお寺も、この涅槃仏を見て思い出した。
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近くに旧市庁舎が今は博物館としてあった。
もともとは昔の国王が何番目かの女性の為に建てた館らしい。 -
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ウォンボリーハウスと同時代の建物のようだった。
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団体客が見学に訪れていた。
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この部屋の床には穴が開けられていて、
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その下の一階には囚人(奴隷?)が閉じ込められた部屋があり、
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あの穴から食料が投げ込まれていた、という話だった。
タイの歴史がわからないのでいろいろ想像するしかないが、この地方を支配していた王族の館だったということだろう。 -
いろいろ寄り道した2500?の旅も無事に終わった。
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この旅行記へのコメント (1)
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- ゆみナーラさん 2014/03/07 20:52:32
- 感動!!
- 旅行記と素敵な写真を拝見して、こんなに素晴らしい隠れ家的な場所がまだあったんだ〜と心を打たれました。
チェンカーン、いつか行ってみたいと思います!!
ゆみなら
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