2014/02/21 - 2014/02/21
223位(同エリア444件中)
さんたくさん
平野郷は堺と並ぶ自治都市として発展した町でありました。
環濠集落として町の周りに郷を堀り、文化の面においてもまた経済的にも独自の発展を遂げたこの街を堪能したいと思います。
今回は平野駅から出発し、平野郷環濠集落跡、杭全神社、宇賀神社とまわっています。
お付き合いしていただけましたら大変うれしく思います。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
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JR関西本線平野駅に12時20分に到着しました。
初めて降りる駅はいつもわくわくします。とりあえずインターネットで印刷した「平野郷まちあるきマップ」を頼りに一人旅です。 -
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平野駅からほどなくの所にイズミヤ平野店があります。
後の旅行記でも書きますが、地図を見ていた時に声をかけていただいた方に平野の街を案内していただきました。その方からこのイズミヤが紡績のユニチカの工場跡だったことを教わりました。そういう情報は全く知りませんでしたので非常にありがたかったです。
自宅に帰ってから調べてみますと、明治20年に坂上七名家筆頭の末吉家が発起人となり資本金50万円で設立した平野紡績が始まりらしいです。50万とは現在の120億位らしいんで大変な経済力ですよね。その後、様々な会社再編を経て平野紡績は大日本紡績、ニチボー、ユニチカと変わっていきます。ニチボーは東京オリンピックで東洋の魔女としても有名です。
ちなみにその末吉家宅は現在も当時の面影を残しており有形文化財に登録されています。後で見学に行くつもりでしたが、一つのエピソードを教えて頂き非常に嬉しかったです。また恥ずかしながら平野がそれ程の経済力を持っていたことも知りませんでした。 -
杭全公園です。これは「くまたこうえん」と読みます。知らないと読めません。
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大中小の滑り台ですかね。
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平野郷環濠跡です。
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このような環濠跡が200mほど続きます。
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「南無妙法蓮華経 南無日蓮大菩薩六百五十遠忌報恩塔」です。
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中世自治都市として有名だった平野郷は、明治22年に住吉群平野郷町となり明治29年から東成郡に属しました。
大正14年には東成郡と西成郡は大阪市域に編入されたことで平野郷町は大阪市住吉区となりました。 -
1995年まで「平野郷町大阪市編入記念碑」が杭全神社の境内にありました。写真のものでかなり大きいものだったようですが老朽化したため、上のようなモダンなものになりました。
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ここには大量の鳩がいまして人に慣れています。
人の50cm位の顔の前を平気で飛びます。怖すぎです。 -
「おちゃいけ橋」です。
今は川も池もありませんが、以前はあったのでしょう。 -
満願寺です。
杭全神社の参道沿いにある満願寺は824年に暁心比丘尼の開基による真言宗の尼寺として始まりました。その後、室町時代に浄土宗に改宗されました。 -
満願寺の寺紋は古河藩主・土井家の家紋である「六つ槌車」が使われています。古河藩は現在の茨城県古河市です。といいますのは、このお寺の近くに古河藩の陣屋があったため、古河藩の檀信徒や墓石がこのお寺に多く残っているからです。
瓦を見ると確かに「六つ槌車」が見られます。 -
「天誅組 中山忠伊 終焉ノ地」の石碑です。
1863年に「天誅組の変」が起こりますが、幕府軍に制圧されその影の首謀者といわれる中山忠伊(ただこれ)が自刀したところです。
辞世の句は「今日かぎり 平野の露と消ゆる身も 心に懸かる 国の行く末」です。亡くなる直前まで国の行く末を案じていた心意気が伝わる句です。
忠伊の位牌も満願寺に祀られています。 -
杭全神社(くまたじんじゃ)に向かいます。
征夷大将軍坂上田村麻呂の子孫が862年に創建しました。 -
樹齢1000年と言われている神木の楠です。
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鎌倉時代に建立された大門です。
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大門をくぐるとすぐに手水舎です。
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水口は龍神様です。
龍神様は水の神様なのでよく見ます。 -
拝殿です。
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狛犬の足に紐がまきつけられています。
これは「走人足止め」の紐と言いまして、狛犬の足に紐を結んで願を掛け、一本を持ち帰り家出をした人の履物に結んでおけば必ず居所が分るか、家に帰ってくると、言い伝えられているものです。 -
拝殿の内部です。
かなり立派なもので奥に本殿が見えます。 -
拝殿の昇殿口です。
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本殿は三つの本殿からなります。
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本殿へ行く鳥居をくぐります。
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まずは第一本殿です。
元禄時代の重要文化財です。 -
第一本殿です。
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第二本殿です。
室町時代の重要文化財です。 -
第二本殿です。
この狛犬いい感じです。 -
第三本殿です。
これも室町時代の重要文化財です。 -
第三本殿です。
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杭全神社連歌所です。
日本で唯一の現存する連歌所で、現在も連歌会が行われています。
連歌所と言えば先日行った與喜天満にも連歌所跡がありました。 -
鎮守社です。
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吉岡稲荷大明神です。
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宝珠をくわえているお稲荷様です。
もう一方のお稲荷様は巻物をくわえておられました。 -
十柱神社です。
ここをお参りすると10の神社でお参りしたことになるんでしょうか。 -
田村社です。
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恵比寿社です。
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社務所です。
ここの神社は立派で見どころもたくさんありました。 -
筆塚です。
書家の長谷川晴風が昭和44年に一般の人からも廃筆の奉納を募り、筆の持つ力を称え、文化の発展を祈願してこの筆塚を建立しました。 -
宇賀神社です。
このお社は弁天池の島に祀られています。
奥の建物は平野小学校でここは古河藩の陣屋があった所でもあります。 -
綺麗なお社です。
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横から見た宇賀神社のお社です。
こんな風に弁天池の中にあります。
帰ってから調べてみますと1〜2年ほど前に池を含めこのあたりが改修されとても綺麗になったようです。 -
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池の周りもとても美しく整備されています。
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梅の花も目を楽しませてくれます。
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今回の旅行記はここまでです。
次回は融通念仏宗の総本山大念仏寺に向かいます。
長々とした旅行記を読んで頂きまして本当にありがとうございました。
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