2013/08/29 - 2013/08/30
6位(同エリア514件中)
あの街からさん
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- 旅行記281冊
- クチコミ172件
- Q&A回答3件
- 1,234,230アクセス
- フォロワー264人
北ドイツの古都「リューベック」から
RE(ドイツ鉄道・快速電車)でおよそ50分
ドイツ第二の都市にしてドイツ最大の港湾都市
でもある『ハンブルク』に旅は進みます。
この街も1泊のみと滞在時間が限られていることから
「あの街から」が今回重点的に選んだ場所は
ドイツ最大の港湾都市の片鱗でも見ることが
出来たらと、先ず始めに向かった先はハンブルク港。
ハンブルク港からクルーズ船で大型船舶が行き来する
エルベ川に出て「ドイツ最大に港湾都市」の姿を実感
することが出来ました。
その後
「聖ミヒャエル教会」の尖塔の展望室から
ハンブルグの街並を眺め。
次に向かったのは
Beatlesがメジャーデビュー直前まで
立っていたステージ(ライブハウス)の
ある街グローセフライハイト通り。
その足で夕食に向かった店は
SバーンのLandungsbrucken駅から徒歩15分程
ドイツ料理の店レストラン
「オールドコマーシャル・ルーム」《Old Commercial Room》
1795年創業の老舗レストラン。
この街の様々な1面を見て・感じることができた
楽しい旅の1日となりました。
〈今回の旅行記は〉
合成写真を作る等し枚数を極力押さえようと
したのですが、どうしてもあのクルーズ船からの
眺めを残したいと思ったところ
思わぬ枚数になってしまいました。(笑)
クルーズ船の乗船画像は
コロコロところがしてご覧ください。
これが意外や意外!
動画とはまた違った あなたのイメージで
動いている船からの眺めが疑似体験できます。
それでは、ご一緒にハンブルクの街歩きを!
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 鉄道 船 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ハンブルク中央駅は駅舎も
どっしりとしていて
いかにもハンブルクの玄関口! -
リューベックで朝の散歩を終え
リューベック(11:43)発 ハンブルク(12:30)着
メンデルスゾーン(1809年生まれ)と
ブラームス(1833年生まれ)の生誕地
でもあるハンブルク。
ところで
ハンバーグの語源が
ハンブルクの労働者の食事として
流行っていたタルタルステーキから
きているということ
や
ドイツ語は語尾につく
gは濁らずに発音するため
ハンブルクと発音することなど
今回旅することになって
初めて知りました。 -
駅の広場を渡った所に
今夜のホテルがあります。
この通りには、数件ホテルが並んでいました。
いずれも1階はカフェになっているようです。
さて、その中で私たちが泊まったホテルは
ホテル クローヌプリンツ ノヴム アム ハンブルグ ハウプトバーンホフ
(Hotel Kronprinz Novum am Hamburg Hauptbahnhof)
なんとも長い名前のホテルですが
駅の向かいにあり何かと便利。
こじんまりとしたフロントは
昔の外国映画に出てくるような鍵箱と
今は欠かせないパソコンがあるだけ
目の前のエレベーターで部屋へ入って
みると。シンプルですが清潔な部屋に
ピカピカの浴槽。WI-fi無料。
駅前通りにありますが
車の音も人の声も部屋まで入ってきません。
ついでながら、夜も静かで隣室や廊下の声も
聞こえませんでした。
これで、朝食付きで1泊10,043円申し分ありません。 -
チェックイン後
早速街歩き開始です。
Sバーン(近郊電車)に乗って
3つ目の駅Landungsbrucken
にやって来ました。 -
『ハンブルク』この街は
1871年のドイツ帝国成立の際にも、どこの州にも属さず独立を維持し
それゆえ王侯貴族の支配なき自由都市としての気風が形成されました。
それがハンブルク市民の誇りでもあると言われています。 -
駅から歩道を渡って直ぐ
ハンブルク港のウォターフロント
に出ます。 -
ハンブルク港はエルベ川の河口から
100kmさかのぼった所にある
河川港です。
☆略図「地球の歩き方」13〜14年度版 -
川沿いに大小様々な遊覧船やクルーズ船が
停泊しています。 -
オープンエアのカフェも並んでいます。
-
ウイークディーでしたが
多勢の観光客の姿がありました。 -
港に来ると一層
旅情をかき立てられますから
不思議です。 -
ハンブルク港
クルーズ船に乗ってみました。
チケット売り場に行くと
クルーズ船の大きさや
コースが数々ありましたが
一番早く出港する船は?と聞いたら -
「10分後に直ぐ側から出る
便がありますよ」とのことで
即決!
14:00発 1人18ユーロ(2,370円程)
駆けつけて見れば沢山の船が停泊中で
名前を連呼しながらなんとか見つけました。 -
停泊中の船の中では大きな方の船でした。
せっかくなので甲板の席へ行きました。 -
席まで飲み物の注文を受けに
スタッフが回ってきました。
わたしはビールを!
家人は、「朝ホテルで朝食を食べてから
何も食べていないので酔うと困るので」
とランチまで我慢をするとのこと。 -
確かに空きっ腹で酔いそう。
しかし、出発して間もなく
河口沿いに目をやれば
目を引く近代建築の建物が
並んで建っているではありませんか。 -
酔ってはいられません。(笑)
両側の風景をカメラ&ビデオに
撮影しなければ! -
船が真横まで進むと
ガラスの大きな船に見える
面白いビルです。 -
北海まで100kmもあるので
1時間や1時間30分のクルーズでは
外洋までは行くことは出来ませんが
このクルーズ楽しめそうです。 -
-
こうして尖塔を船上から
眺めるのも趣があって良いものです。 -
遠〜くに
大きなクレーンが見えてきました。 -
『コンテナターミナル』
が近づいてきました。
皆さんから
ざわめきの声が上がりました。 -
イチオシ
近くまで来ると
一機がずいぶんと大きなことが
わかりました。 -
何だかキリンさんに似ていました。
-
方向によって
雲行きが怪しくなってきましたが
しかし、心配はいりませんでした。 -
イチオシ
今度は向こ〜うに
大きな船舶が見えてきました。 -
-
このデカい船舶には
「中海木星 CSCL JUPITER」
と書かれていますが
ジュピター 何木星?
「ITALIA」とか「EVERGREEN」
等と書かれた沢山のコンテナが
搭載されていました。 -
ここで『ハンブルク港』の歴史と役割
についてざっくりと!
北ヨーロッパ圏で交易が盛んになった
1189年5月7日に開港しましたが
フリードリヒ1世からエルベ川での
関税を徴収する特権が与えられました。
中世都市の自由貿易連合体である
ハンザ同盟の最も重要な北海沿岸港として
穀物・織布・毛皮・ニシン・香料・木材・金属の
積替地となり発展を遂げました。
アメリカ大陸の発見とアジア航路が開通した
16世紀中頃以降、欧州で最も重要な貿易港となりました。
19世紀後半になると世界貿易の急速な拡大にともない
外航船の航行が急増したため、
倉庫の貯蔵能力と港湾機能の拡充のために
1881年から1888年に倉庫街が建設され、
その後のおよそ30年間にわたって港がエルベ川の対岸に
拡張され続けられました。
以降、世界最大のコーヒー・ココア・香料・絨毯の
取扱港となりキール運河が1895年に完成すると
バルト海へ短時間で出られるようになり
港はますますその威力を発揮するようになりました。
第二次世界大戦では英米軍によるハンブルク空襲で
ハンブルク港は完全に破壊されたということです。
第二次大戦後
ハンブルクが英国占領地区、ブレーマーハーフェンが米国占領地区とされ
現在でもその名残として、アジア・アフリカ航路、
北米・南米航路が集中しているのだそうです。
☆参照 ウィキペディア -
皆さん
身を乗り出すように
見ています。 -
遠ざかって行きます。
-
北海へ通じているこの河口
川というより海といえそうな
大型の船舶が沢山行き来していました。 -
-
-
またまた
沢山のコンテナを搭載した
大型船舶がやって来ました。 -
今度は、NYK LINE
書かれた大型船舶が。 -
立ち上がったり身を乗り出すように
したりしながら皆さん楽しんでいます。 -
それぞれにカメラやスマホをむけ
ながら楽しんでいます。 -
イチオシ
-
-
-
蒸気船のような
大きな歯車をつけた遊覧船 -
黄色い色をした建物と
球形の屋根をした建物が見えてきました。 -
黄色色をした建物は
ディズニーミュージカル
「ライオンキング」の常設劇場のようです。 -
-
イチオシ
クジラのよう〜!
だと
勝手に名前を付け楽しんでいました。 -
イチオシ
次々に来る大型船舶
河口の両側には
興味引かれる建物が並び
楽しい♪楽しいクルーズです。 -
近づいてくるドックを目にし
船上からドックを見つめる自分は
ドック・オブ・ベイ
が不意に口をついで出てきて
♪歌っていました。 -
イチオシ
映画「トップ・ガン」の中でも使われた
オーティス・レディングの歌
The dock of the bay
歌詞とは無関係のこの風景。(笑) -
イチオシ
でっかい船
男子的こころには
ワクワク度合い128%
まで上昇!(笑) -
そろそろUタ-ンして
桟橋に向います。 -
帆船の形をした
コンサートホール
「エルプ・フィルハーモニー」
の前を通ります。 -
「エルプ・フィルハーモニー」
地球の歩き方 13〜14年版に
よりますと
1960年代に建てられた赤煉瓦の
埠頭倉庫の上に波の形をイメージした
全面ガラス張りで大胆な2重構造に
なっていて
ホールは2200人収容で
音響は日本の企業が手がける
ということです。
設計は北京オリンピックスタジアム
も手がけたヘルムツォーク・ド・ムーロン。 -
コンサートホールの他
レストラン・ホテルと
集合住宅となり
完成すれば、人が住居する建物
としては、ハンブルクで最も高い建物
になるそうですが当初2012年開業
予定と報ぜられていましたが
ガイドブックによれば2012年8月現在
の完成予定が2015年となっていました
がこの様に完成予定が延び延びになって
いるようです。 -
イチオシ
面白い建物が並んでいます。
ハンブルク港は第2次世界大戦の
空爆により壊滅的状態となりましたが
以降、このような近代建築が
次々と建てられ見事に復興を遂げたのですね。 -
イチオシ
ここも
劇場のようです。
ここにもオープンテラスのカフェが。 -
到着地点が見えてきました。
-
一隻丸ごとディズニーミュージカル
「ライオンキング」をペイントした
遊覧船も浮かんでいます。 -
沢山の遊覧船が行き交っています。
-
到着桟橋の正面の建物
ルーフトップに
「ハードロックカフェ・HAMBURG」
の文字が見えます。
眺めが良さそうだ。
行ってみようっと! -
岸壁にはカフェや土産屋さん
が並んでいます。 -
河口の側
ここもいい雰囲気の店でしたが -
階段を上がって
この風景を見ながら
「ハードロックカフェ・ハンブルク」店
へ向います。 -
イチオシ
入道雲の下に
大型クレーンと船舶
そして河口を眺めるカフェが並び
手前には運河が。
この風景を楽しみながら -
「ハードロックカフェ・ハンブルク」
にやって来ました。 -
-
昼時は過ぎているはずですが
混んでいました。
入口で「ランチor飲み物?」と聞かれ -
「ルーフトップの席がいいのですが」
と言ったら
「ルーフトップは食事の人オンリー」
との事でしたが幸いに2人とも
お腹ペコペコ!
すこし待ってルーフ・トップ
エリアに案内されました。 -
白い大きなパラソルの下
木の大きなテーブルと
ガッチリとした椅子。
先ず「お飲物は?」と聞かれ
メニューの中から色あいがきれいな
「マンゴーベリークール」(奥)と
「ストロベリー・バジル・レモン」(手前)
を注文しました。
やや強いアルコール飲料でしたが
カクテルっぽい飲み物は久しぶり。
フルーティーで甘くもあり
のども乾いていて
美味しかったです。(笑) -
「レジェンダリーテンオンス」
と名がついていたハンバーガー。
いやぁ〜!
こちらも久しぶりでのハンバーガー
すごいボリューム感。
この日、ホテルの朝食以降始めての
食事でしたから美味しく頂きました。
参考
飲み物〜各1杯 6.45ユーロ(850円程)
バーガーは1ヶ14.75ユーロ(1,940円程) -
い〜い眺め!
ついさっきハンブルク港が目の前に
広がっています。 -
食事を終えて
ルーフトップから階段で
色々な部屋を通ってきました。
マドンナやビートルズ
そして
マイケル・ジャクソン&ポール・マッカートニー
のデュエット曲「ガルーイズマイン」の
ゴールドディスクと2人のサイン等を見ながら
ショップでピンを買いました。 -
昔の倉庫街なのか
ハードロック・カフェが入っている
建物も石造りでなかなかでした。 -
お腹も満たされたので
今度は「聖ミヒャエル教会」
へ向いました。
ウォーターフロントから
歩いて15分程
食後の腹ごなしには
ちょうど良い距離でした。 -
途中には
道の両側にレストランや土産屋さんが
並んでいる通りを -
この辺も石造りの建物です
1階がカフェ・レストランで
上の階が住宅のようです。
雰囲気は良さそうです。 -
聖ミヒャエル教会の
尖塔の展望室からハンブルクの街並を
眺めたいとやって来ました。
☆「聖ミヒャエル教会」
1761年創建・戦災後再建されました。 -
バロック様式の「聖ミヒャエル教会」
先ず礼拝堂に進みました。 -
さあ、今度は
「聖ミヒャエル教会」の展望室に登ります。
塔の高さ 132m
展望台 82m
入場料 5ユーロ(660円程)
エレベーターで登った後に
階段を上がり 更に -
「聖ミヒャエル教会」の展望室
へは、いつの間にやら屋外の
螺旋階段になっていました。
高所恐怖症の方は怖〜い所です。 -
「聖ミヒャエル教会」の展望室
からの眺め。 -
先程クルーズで回った河口も見えました。
☆「聖ミヒャエル教会」の展望室
からの眺め。 -
このような鉄格子の間に
カメラを掴んだ手を伸ばして写します。
☆「聖ミヒャエル教会」の展望室
からの眺め。 -
外アルスター湖にヨットが
ゆったりと浮かんでいるのが見えます。
☆「聖ミヒャエル教会」の展望室
からの眺め。 -
煉瓦の街並もありました。
☆「聖ミヒャエル教会」の展望室
からの眺め。 -
それぞれのビルの屋上を
見てください。
緑が植えてあるのが分かりますか。
☆「聖ミヒャエル教会」の展望室
からの眺め。 -
ここで
ハンブルクの街・近世の歴史をざっくりと
三十年戦争で大きな打撃を受けた
ハンブルクの商業ですが
1783年にアメリカと通商関係を結び再興。
しかしその繁栄もつかの間
1810年にはナポレオン1世の軍隊に占領されますが
ナポレオンの没落後ふたたび自由都市となり
1815年にドイツ連邦に加盟。
1842年に4日間にわたるハンブルク大火で
市街地は被害を受け、更に
1892年にはコレラの流行で8605人もの死者が。
そして第二次世界大戦の空襲で壊滅的破壊を受けますが
そのたびに復興。
そのためドイツの中では古い建物が比較的少ない
近代都市といわれており
今では(2008年の統計によりますと)
ベルリン(人口343万人)に次ぐ
ドイツ第2の都市として(人口177万人)
発展を続けています。
(余談ですが)
ハンブルクより人口が多いのでは?
と思っていた
フランクフルトが(人口66万人)で第5位。
ミュンヘンが(人口132万人)で第3位。
第4位は意外にもケルン(人口99万人)でした。 -
なんとラッキー!
今夜の夕食を予約をした
レストランが
「聖ミヒャエル教会」の
斜め向かいにありました。
レストラン「オールドコマーシャル・ルーム」
《Old Commercial Room》
♪詳細は後ほどに。 -
Sバーンの駅まで
また戻ります。
ハンブルグ港近くの
SバーンLandungsbrucken駅に向います。 -
Landungsbrucken駅
からSバーンで
一旦ホテルへ戻ります。
なを
Sバーンは都市近郊電車〜ジャーマン・レールパスが使えます。
ハンブルクも街路樹がきれいでした。 -
ホテルで休憩がてら
バッテリーの充電をし
貴重品を納め
Sバーンで
Reeperbahn駅にやって来ました。
到着は20:00頃でした。 -
地上に出ると直ぐに駅前広場
があり、そこから何やら賑やかな
♪や人々の声が聞こえてきました。
どうも観光客というよりは
地元の人たちのようです。
勤め帰りに・・・という感じに見えました。 -
ベビーカーを引いて来ている
人もいて雰囲気は良いです! -
耳をすませば
♪サイモン&ガーファンクルの曲
を演奏していました。 -
両側に沢山の出店があります。
カクテル・ワイン等の飲み物は
もちろんチーズやハムそして
少し驚いたのは何と
肉の店で種類も厚さや大きさの
違う肉がずらり並んでいて
その場で焼いてもらい
テーブルに持って行くのです。
どの顔も楽しそうです。 -
陽が傾き始め赤い電飾が
艶かしい光となり -
駅前広場から少し歩いた所に
ポリスカーがかなりの台数
駐在していました。
あれっ! なンかあるのかなぁ
と、この時はそれ以上気にも留めず
に通り過ぎました。 -
大通りを反対側に
渡りました。 -
ところが、そこから
雰囲気が一変しました。 -
ここは
東西に900m以上にわたって伸びる
大通りReeperbahn(レーパーバーン) -
港町のハンブルク
海の男を相手に古くから風俗産業や
夜の歓楽街が発展してきた所
と「地球の歩き方」(13〜14年版ドイツ編)
に掲載されている街です。 -
通りに面した屋外席を
見渡した限りでは
勤め帰りとも受け止められる
人たちで賑わっていますが
店内には入りたくならない
雰囲気です。 -
バー・ナイトクラブ
キヤバレー等が連なっています。 -
オモチヤなのか本物?なのか?
銃(ガン)の店もあり
この他、
書けない・画像も写す気にならない(笑)
店が並んでいました。 -
この店もカメラを横に
振ったら画像のアップは叶いません。
そういったショーウインドーが連なっています。
これまでだってこのような
ショーウインドーが連なっている
地域を見たことがありました。
NYのタイムズスクエアーからバスで南下して
エンパイア・ステートビル方面に向かう際
車窓から見て左側に見えてくるほんの1角に今も残っていますが、
ここは規模が違い過ぎました。(笑) -
ビックリしたのは
この一角の光景です。
一目でそれと分かる
人が列をなして大通りに面して
ズラリと立っているのです。
さすがにカメラを向けることは
出来ませんでしたが・・・
対面した所に同数位の
ポリスが並んでいるのです。
トラブルを起こさなければ
公認?の街なのだろうか。 -
そのせいもあってかほとんどの店先に
呼び込みの人が立っている割には
しっつこい呼び込みはありません。 -
繁華街と歓楽街の区別を
実感しました!
この辺になると
家人は帰りたいサインをしきりに
出してきました。 -
それでも先に進む「あの街から」
なンだか気まずい空気が
2人の間に流れました。 -
そうまでして
この街にやって来たのには
訳がありました。 -
この角から伸びた横丁
-
多分この横丁だろうなぁ〜
と目星をつけて来ました。 -
レーパーバーンの大通りに
T字に伸びている横丁
グローセフライハイト通り
に入ってきました。 -
横丁の向こ〜うに
ギターのネオンが見えます。
お〜ぉ!
あそこかぁ。 -
目指す店の手前の店の
前に多勢の人が集まっていました。
この夜は目立たぬ様
小さなカメラを1つだけを
持ってホテルを出ました。
はははぁ ブレまくっています。 -
TVの取材中でした。
屋外のテーブル席でも
人があふれていました
が
怪しげな雰囲気で
中を見るのは止めました。(笑) -
この旅行記の編集時に改めて
「地球の歩き方」(13〜14年版ドイツ編)
のハンブルクのページを見て驚きました。
Reeperbahn(レーパーバーン)の紹介文は
この画像と同じ場所・同じアングルの写真でした。 -
このエリアに来たのは
この店
『カイザーケラー(Kaiserkeller)
に来てみたかったのです。
ビートルズがリバプールでマネージャーの
ブライアン・エプスタインに見いだされて
ロンドンへ行きメジャーデビューするまでの間
この店で演奏をしていました。 -
店のボックス・オフィスは閉じられていて
ショーウインドーのポスター&公演予定表
を見れば、1ヶ月に半分ぐらい
主に週末に公演が組まれていました。
日本ではビートルズがメジャーになって
から発売されスマッシュ・ヒットと
なった曲「My Bonnie」
トニーシェリダンのバック演奏&コーラス
でレコーディングをしていた時期です。 -
トニーシェリダンは
1960年から1963年にかけて
ハンブルクで活動している間
いろいろなバックバンドを雇っていました。
その頃シェリダンが雇ったバンドのひとつが
1960年に初めてハンブルクへ来た時から
シェリダンと面識があったビートルズでした。
当時のビートルズのメンバーは、
ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、
ジョージ・ハリスン、スチュアート・サトクリフ、
ピート・ベストの5人でした。
シェリダンとビートルズの関係は、単なるシンガーと
バック・バンドに留まらず、ビートルズがシェリダンのバックを
務めるほか時にはシェリダンがバックに回りに演奏をするなど
親密な間柄だったということです。
ドイツのポリドール・レコードのエージェントだった
ベルト・ケンプフェルトは、
こうしたシェリダンとビートルズのステージを観て、
彼らに一緒にレコードを作ったらどうかと勧めました。
こうして録音されたのが、
いわゆるシェリダン&ビートルズのポリドール盤なのです。
この時代に録音されたファンには貴重な音源である
ポリドール盤は現在BOX(何枚組という)でしか発売されていません。
1961年ドイツで発売された最初のシングル盤として
My Bonnie/The Saints (聖者の行進)」は、
ドイツのヒットチャートで5位までランクされた
ヒット曲となりました。
この後シェリダン&ビートルズのシングルが続けて
数枚ドイツで発売されました。
まだ、ビートルズがメジャーデビュー以前
の話です。
ビートルズとこの街は縁があったのです。
そういったこともあり
ビートルズはメジャーになってから
自らのヒット曲をドイツ語で録音した
数曲(抱きしめたい、シーラブズ・ユー等)
をアルバムに加え発売しました。 -
店の前には、
各国語のウォーキング・ツアー
の人たちがそれぞれグループになって
次々に来ていました。 -
店の真向かいに教会がありました。
その前に小さな庭がありました。
それを見た家人は
「もしかしたら、ビートルズの人たち
演奏の合間にここで、いっぷく!とか しに来たンじゃない」
と言いました。
そう聞くと、確かに。それも有りかも。
そう思うとこの場も愛おしくなりました。(笑) -
このエリアに来るには
もう一つお目当てがありました。それは
「ビートルズ」のこのオブジェを見るためでした。
カイザーケラー(ライブハウス)から
大通りに出た所にありました。
ファン以外の人が見たなら、
なんだぁ〜!という代物ですが
メジャーデビュー前の
若きビートルズの面々がこの一角を
歩いていた記念のモニュメントだ。と思えば♪
時空・不思議体験。
今の時代でも、先程見てきたような
光景が広がっているこの街。
ジョンがポールがジョージが闊歩していた
1960年代前半のこの街の様子は?
その時分、20代前半の
ジョンはポールはジョージは・・・
いや
きっと、ジョンとポールは
ステージの合間には
作詞作曲に精を出し
ジョージはギターテクニックを磨き
ロンドンのエプスタインからの
デビュー時期を知らせる朗報を
待っていたのだろうと思います!
「ロンドン旅行記・ミュージカル♪レット・イット・ビー見聞」編
http://4travel.jp/travelogue/10741794 -
まぁ
「ファン心理・趣味とはそんなものなのでしょう。
か?」
とは、家人の言葉で・し・た(笑)
ビートルズと出会ったのは
彼らが解散をしてからもうだいぶ過ぎていて
メンバーはソロ活動に入っていましたが
当時もそのカリスマ性を持った
人気は輝くばかりでした。
ビートルズの曲との出会いは「あの街から」の
Music lifeには無くてはならぬ大きな
存在となりました。
「ポール・マッカートニー2013年東京ドーム公演」編
http://4travel.jp/travelogue/10833656 -
この角からUターン!
今夜はもう一カ所へ移動します。 -
この街での目的を無事達成(笑)
早々に立ち去ることにしました。
直ぐそばのSバーンの駅の地下道に入ります。
この付近にもヘルメットを装着した
ポリスの皆さんが多勢いました。
電車で移動した先は、昼に歩いた
ウォーターフロント。
ところが、ここも昼の様子とは
一変していて、パトカーとポリス
が多勢。
何かの検問というよりは
常在している雰囲気でした。 -
Sバーンの駅から地上に
上がった所にあった
大きなホテル(昼と夜)
ここを目印にやって来たのでしたが・・・
ここから予約をしていたレストランに
向かうのです。 -
ウォーターフロントの歩道を
横切った角の昼の様子です。
夜の物々しい雰囲気は
想像出来ませんでした。 -
昼は
このようないい感じの
通りです。 -
タクシーも捕まらないし
どうしょうか?
と一瞬迷いましたが
両側に並んでいるレストランは
オープンエアの店がほとんどで
中には、3テノールのパバロッティの
曲をガンガン流していたり
家族連れも含み多勢の人が食事を
していましたので
このまま歩いてレストランへ
行くことにして歩き出しました。 -
昼に「聖ミヒャエル教会」の展望室へ行った時
たまたま下見ができました。
レストラン「オールドコマーシャル・ルーム」
《Old Commercial Room》 -
レストラン「オールドコマーシャル・ルーム」
《Old Commercial Room》
1795年創業の老舗レストランです。
なんんと! ビートルズも来店したという店。
これは、ナントしても行かねば!
と楽しみにしていました。 -
趣のある階段を上がって2階にありました。
ドイツ料理の老舗ということもあり
楽しみにしてきたのですが
ハードロックカフェででかいハンバーガーを
食したのが15:30頃でしたから
まだあまりお腹が空いていなかった
からでしょうか珍しく食い気が無く
私は、ドイツ料理を早々に食べた後
(料理の写真を撮り忘れてしまいましたが)
その変わりに
ホールの中程に螺旋階段があったり
各国・各界を迎えた店らしく
各国の国旗のインテリア
等
いろいろな部屋(コーナー)を
撮影させていただきました。 -
遅い時間に入店したせいか
私たちの他4〜5組程のお客さま
のみで店内は空いていて
スムーズに店内記念撮影タイムに!
俳優で歌手のシャルル・アズナブール
歌手のトム・ジョーンズ
歌手で映画「戦場のメリークリスマス」
に出演したディビット・ボーイ等
来店した有名人の写真が掲げられていました。 -
レストランを出て来た道を
Sバーンの駅Landungsbrucken
から電車でホテルに戻ってきました。
ハンブルク駅の時計は22:55を
回ろうとしていました。 -
翌朝
ダイニング・ルームは
まだ誰もいません。
この後チエックアウトをして
ハンブルク空港へ向います。 -
ヨーロッパのほとんどのホテルは
朝食付きなので良いですね。
焼きたてのパン・フルーツ
ヨーグルト・ハム&チーズ・タマゴ
に珈琲はポットで持ってきてくれ
♪ありがたい。
ごちそうさまで〜す! -
駅前ホテルのですから
ほんの2〜3分で「ハンブルク中央駅」
時に、Am7:25でした。
この後ベネチアへ飛んで3泊後再び
今度は列車でミュンヘンへ戻る行程なので
その国際切符(ベネチア〜ミュンヘン間)
を此所で買って行こうと
家人は直ぐ前の鉄道切符販売窓口へ行きました。 -
その間、旅行鞄の傍らで駅構内をキョロキョロ(多分)
していた私を見た彼が(画像右)側にやって来て
いきなり中国語で××○○××と話かけてくれました。
わたしは「日本人だよ(笑)」と英語で言ってみました。
すると英語で
「何処へ行くのですか? 列車・ホーム分かりますか?」
と返してくれました。「この駅はホームが上下に分かれていて
そのうえ同じホームに2本の電車が入っています。
特に空港行きの電車は、途中駅で電車が2方面
に別れます。よかったら僕がホームまで一緒に
行ってあげます。」と言ってくれるではありませんか。
ありがたく電車の停車している遠く離れていた
ホームまで連れていってもらうことにしました。 -
ホーム迄彼と話しながら行きました。
彼に「ハンブルクに住んでいる中国人は
どれぐらいいますか?」と聞いたところ
「1300人程います」と話してくれました。
短い時間でしたがその親切にこころ温まる思いでした。
電車がくる直前に写真を撮り合い行き先を確認して
電車に乗り込みました。
ところが、途中駅で電車が別れた時
空港(海側)と反対側に走っていることに
気がつきました。次の駅Kornwegにあわてて
降りホームに居た人に「空港へ行くには?」
と聞いたところ「乗り換え駅のOhlsdorfまで
私も行きますから」とのことでOhlsdorf駅
まで同行させてもらいました。
Ohlsdorf駅で右左へ別れ際その人は
ホームで待っている1人をアイコンタクトで指して
「ほ〜ら見てみい、パイロットがいるだろう。
付いて行ってごらん案内してくれるよ」と
ジョークを交えながら向いのホームへ
去って行きました。
考えてみれば、このようなケースは
日本でもありました。東北新幹線に
1本の連結列車が福島駅で山形と盛岡に
別れる列車が。
ハンブルグ駅で行き先を確認した時
丁度、分離する境目の車両あたりで
話をしていて反対車両に乗ってしまった
のでした。(冷汗)
画像右下の方がジョークも巧かった
親切な人です。 -
なんとか(汗)出発2時間半前に
ハンブルク空港に着くことができました。
Sバーンの駅を降りると到着ロビーに出
出迎えにやって来た家族の再会のシーン
で出くわしました。
まず、奥さん(恋人?)と固く抱擁した後
傍らで何ともいえぬ笑顔の父親(?)と
再会を果たしたようです。
地下鉄の駅構内の大型ポスターは
かってジュディー・ガーランド(「オズの魔法使い」等)
主演作品のリメイク版『スタア誕生』で
バーブラ・ストライサンドの相手役
を務めた クリス・クリストファーソン
画像右上。 -
LCCの出発ゲートまでの長い通路
あまり周りに人は居なく
前を歩く2人を見ながら
何だか現実離れして映画の世界にでも迷い込んだような。 -
中型のエアバスに乗り込みます。
こんなかんじで搭乗も好きです。 -
ハンブルグからディユッセルドルフを
経由してベネチアに向います。 -
エアバスは離陸後巡航飛行に
入るまでは急上昇!
一時は怖〜い
と思ったものですが
近頃は快感に!(笑)
楽しかった北ドイツ
ベネチアに3泊してまた
ドイツへ戻ってくるよ!
しばしの別れですドイツさん。
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この旅行記へのコメント (13)
-
- frau.himmelさん 2020/06/10 15:21:08
- 夜のレーパーバーン・・・、((((;´・ω・`)))ガクガクブルブル
- あの街さん、こんにちは。
拝見したい旅行記を(ゆっくり)見せていただく旅はどちらにしようかな~。o(●´ω`●)o←(雰囲気にあった顔文字を探すのも楽しみ・笑)。
と言うことで、
先日のドイツ縦断旅に紐づけて、リューベック、ハンブルクの旅をしています。(リューベック後編は前に見せていただいていました)。
リューベック、あの静かなガング(横丁)をそぞろ歩きながら、奥様とのしっとりとしたユーモアある言葉のやり取りがいい~~。
旅行者ではなく、もう既にそこに住んでいらっしゃるご夫婦みたいです。
また、ハンブルクでは反対にお二人の間に気まずい空気が・・・。
夜、あのレーパーバーンにいらっしゃったのですか?怖い!!。
そりゃー奥様ならずとも、ああいう雰囲気のところ早く離れたいですよ。それを強引に先に進むあの街さん。気まずくもなりますって。
私たちがかの怪しい界隈に行ったのは昼間でしたが、それでもちょっと身構えていきました。でも、けばけばしいお店のこわもて客引きさんたちは、日本人のシニアにはとても優しかったです。
同じような場所で撮っている写真がありますが、あの街さんのお写真で拝見すると、夜のレーパーバーン、やっぱり雰囲気が全く違いますね。
リューベックもハンブルクも、レストランが懐かしい。
リューベックでは私たちもシッファーゲゼルシャフトに行きました。名産のワインを飲みたくて。
どこでもどうぞと言われて、迷わずあの帆船が天井から吊られている広間を選びました。下の方には日本人の団体さんが大勢詰めかけていました。
またハンブルクではガイドブックを観て、「オールド・コマーシャルルーム」に行きましたが、予約をしていかなかったので「今日は予約で一杯です」って申し訳なさそうに断られました。
あの街さんのお写真を拝見しましたら、内部もすてきですね。
リューベック、ハンブルク、また行きたいな~。
あの街さんのご旅行記は、一緒に歩いているような感覚にさせてくれるからいいですね。
もう○○のせいで(笑)、新しい旅行地を開拓するのは億劫ですが、リピーター気質なので、ハンブルク、リューベックにはまた行くかもしれません。
夜のレーパーバーン・・・、((((;´・ω・`)))ガクガクブルブル。
やはり昼間にします。もう一度ビートルズに会いたいから。
himmel
- あの街からさん からの返信 2020/06/11 08:26:34
- RE: ハンブルクにて
- おはようございます(^O^☆♪
ヒンメルさん 新しい1日が始まりました。
〈遅読〉とお互いに言っている けど
只今 一投入魂作〈ベルリン〉編を次々と仕上げている
ヒンメルさんが、またやって来てくれるという(⌒▽⌒)
その集中力には(╹◡╹)だから、などとは言わせない
Powerを感じます。
> と言うことで、
> 先日のドイツ縦断旅に紐づけて、リューベック、ハンブルクの旅をしています。
ありがとうございます。
リューベックは、ゆったりと朝の散歩をするには
い〜い街でした。できることなら住みたいと思わせて
くれた街でした。と、言うと相方は〈貴方は旅した街
は、住みたくなるのでしょう。確か、ベネチアでも京都でも
聞いたわ。〉と返されて( ̄O ̄;)しまいました。笑
そうなンです。惚れっぽいのです。 まってください。
街にです。
(大丈夫っと 相方さんは4Tとは距離を置く人なので
見られていない。(^ー^)
ですから、自分の旅もリピートの街(時には山)が多いのです。
《ハンブルク》
この機にと、あそこも、ここも といっぱい計画して望んだ街
これはいつもの事。振り返ってみると ですが
ウォーターフロントが自分的には一番旅心を満たしてくれました。
あのレーパーバーンは、やはりBeatlesの足跡をと楽しみにして
行きましたが、現実を突きつけられた。と言うか見せられた。
感がありました。
あの雰囲気は日本には、まず 無い。独特のものですね。
だけれど
対峙した大勢の警察官と整然と並び
どちらも声を出すことすらなく平然としている。
そこにも、ドイツらしさを感じるものがありました。
ヒンメルさんたちは、昼間にいらした。でも
xxxの並ぶ通りには驚いただろうと思います。
自分たちも、20:00前後でしたから
通りにも普通に地元の人、観光客が沢山歩いていましたから
通りを歩くぶんには治安に不安は無かったです。
今日は朝から歓楽街の話しをしてしまいました。笑
> リューベック、ハンブルク、また行きたいな?。
> 新しい旅行地を開拓するのは億劫ですが、リピーター気質なので、ハンブルク、リューベックにはまた行くかもしれません。
ヒンメルさんは、旅に〈テーマ〉を見つけたようで
そこにPowerが生まれているのですね。
もう一つのテーマ ベルリンの建物の追っかけ
(追っかけなどと、ゴメンなさい!)い〜いですね。
対象は違えど自分も心動かされるものを
多く持ち続けたいと思っています。
まぁ 勝手にそう思っているのだけれど
それが《現役の証》そんな風に思って暮らしています。
> やはり昼間にします。もう一度ビートルズに会いたいから。
最後は
金子由香利の〈ハンブルクにて〉で。
この歌に登場するような男たちが、きっと夜のハンブルクの街に
彷徨っていたのでしょうね。
遅読ですが 近いうちに! また ありがとうございました。
あの街から
-
- altdinoさん 2015/03/09 16:48:40
- ビートルズの街はIn my life(^^)
- あの街からさん、、はじめまして!
ハンブルク、行きたいです!(笑)
ドイツには数回行ったことはあるのですが、ドイツ北部にはまったく縁がありませんでした・・・。
でも以前からハンブルクだけには行きたいと思っています。
その理由は、あの街からさんが書かれていらっしゃる通りビートルズの縁がある街だからです。
私もアフタービートルズ世代です。
中学2年生の時、学校の音楽室で聴いた『LET IT BE』からビートルズ狂の日々が始まりました(笑)。
1980年のwings来日公演では銀座のプレイガイドで徹夜で並んでチケットを手に入れたにもかかわらずポールが逮捕され、同じ年の12月には一人暮らしのアパートの白黒テレビのニュースでジョンの死を知りました。
1990年になりやっとポールを東京ドームで観る事が出来ました。
そして翌年には大阪城ホールでジョージの公演も観ました。
ポールは2013年の京セラドームと東京ドームにも行く事が出来ました。
2011年、ツアーでロンドンを訪れた際にフリータイムがあったので旧アップルビルとアビーロード、ビートルズショップに行ってみました。(でも聖地、リヴァプールにはまだ行っておりません(^^;;)
そんなこんなで映画『バック・ビート』の舞台にもなっていたハンブルクに行きたいです!
興奮して乱文になりました。申し訳ありませんでした(爆)。
あると。
- あの街からさん からの返信 2015/03/10 00:39:10
- RE: ABBEY ROADのレコードラベルに先ず惹き付けられましたぁ
- 今晩はそして初めまして あるとさん!
『ハンブルク、行きたいです!
興奮して乱文になりました。申し訳ありませんでした(爆)』
いきなりですもン。少し面くらいました。 うそ! うそ! ( ̄∀ ̄) うそです。
ドリップ珈琲を淹れるような熱い湯のようなビートルズへの思いが伝わってきました。
熱い気持ちを注ぎ込む趣味を持っているっていいですよね。
対象は何であれ、一生懸命熱くなっている人を見るのって心地良いです。
それが、ビートルズとなればなおの事。ヽ(´ー`)ノ
(´ー`) ♪♪♪ (´ー`)
あるとさん と、ビートルズとの歴史を沢山書いてくれてありがとうございます。
ヽ(*⌒▽⌒*)ノ
私も、中学時代、放送部の部室に友人が持ってきた彼らのアルバムを聴いてからが
本格的(笑)な出発点になりました。
当時校内放送で、昼休み時間に15分間の音楽を流していたのですが
皆で顧問の先生に掛け合ってビートルズを流したりしました。
先生も当然の様に彼らの曲は知っていましたが、
シャウト系(そんな風な言い方はないですよね。ツイスト&シャウトやアイムダウンの様な曲)はダメだ!と言われ、エリナー・リグビーやイエスタディ等を流したこと
などあの時代らしいなぁと懐かしく思い出しました。(笑)
今では、Jazzやクラッシックファンは周りに結構いるのですが、
学生時代にはいっぱいいたはずのビートルズファンが周りを見回しても皆無 (;´ェ`)
ですから、こんなような話は心弾みます。
『1980年のwings来日公演では銀座のプレイガイドで徹夜で並んで
チケットを手に入れたにもかかわらずポールが逮捕され、』
私は、「ぴぁ」だったか「キョードー東京」へ電話だったのか忘れましたが
チケットを手にしたのですが、本当にがっかりしましたよねぇ。
1991年、あるとさんが大阪城ホールでご覧になった同じツアーを
私は、初めて入った横浜アリーナで観ました。
「ジョージハリスン&エリッククラプトン」のジョイントコンサートでしたね。
2人だけでのLIVE は世界でも珍しくファンにはたまらないコンサートでしたね。
アビーロードのあの歩道をあの4人が歩いたのだ、それだけで私には聖地です。
「ハンブルクの街」
ライブハウス「カイザー・ケラー」の在る
レーパーベーン(通りの名前)はハンブルグの歓楽街の真っただ中。
ビートルズはそこで演奏しながら青春を過していたのですね。
希望を持ちながらも将来への不安を抱いて。
店の前には小さな教会がありました。
若い頃の4人は演奏の合間に教会の前の小さな広場で
たばこを吸ったりビールを飲んだりしていたのだろうな。
等と考えつつ周りを歩いてきました。
歓楽街と繁華街。似たようなものだと思っていましたが違いました。
少々物騒でした。風俗営業を取り締まる為と思われる
警察官が所々に固まって立っていました。
これまで目にしたことが無いエリアでした。長居はできませんでしたが、
これだけで充分ハンブルグに来た目的は果たせたと思いました。
いいことを教えてもらいました。映画「バック・ビート」観てみたいです。
(あるとさん と呼んでいいのかな? ハンドルネームと少し違う様だけど
書き易いので、あるとさんと書きました。)
今日は楽しい話題を振っていただき、そのうえフォローまでしていただき
ありがとうございます。あるとさんの旅行記タイトルページを見せていただきました。
色々な所へ旅をしていますね。さぁて、どこから拝読しようかと迷いそうです。
じっくりと拝見・拝読したいので、明日以降改めて飛んで行きます。
あの街から
- altdinoさん からの返信 2015/03/10 06:35:28
- RE: RE: ABBEY ROADのレコードラベルに先ず惹き付けられましたぁ
- あの街からさん、おはようございます!
長文のお返事、本当にありがとうございますm(..)m
現在は私の周りにもビートルズの話題を振れる友人も無くなりましたね。
Abbey roadのアルバムを買ってきて、ステレオを大音量にして、通して聴いたあと最後のTHE ENDが終わった時に衝撃で立ち上がれなかった事は今も覚えています。
(レコーディングとしては)最後のアルバムであの完成度は凄いと思いました。
ジョージマーティンの力量もあるのでしょうけど。。。
プロデューサーで言えば、Let it beをプロデュースしたフィルスペクターも嫌いではありません(ポールはフィルが嫌いだったようですが(笑))、The Long and Winding roadなんかはアルバムLet it beバージョンの方が好きだったりします。
> (あるとさん と呼んでいいのかな? ハンドルネームと少し違う様だけど
> 書き易いので、あるとさんと書きました。)
1995年、仕事で2週間ドイツのデュッセルドルフに滞在したことがありました。
仕事は6時まででしたが、勤務終了後、ほぼ毎日旧市街地(Altstadt)に繰り出しておりました。
ちょうどその頃、まだ現在のようにインターネットが普及していない時期でパソコン通信をしていたときのハンドルネームを楽しかったDUSに敬意を込めてAltstadtにしていました。
オフ会などで【あるとしゅたっと】は呼びにくいので、みなさん【あると】と呼ぶようになりました。
その後、広島に転勤したときに英会話の先生から自分のニックネームを付けるようにとの話があり、頭はデカいのに覚えが悪いのはきっと恐竜みたいに脳みそが小さいからだろうという自虐の意味で恐竜→dinosaur→Dinoと付けました。
その後、Alt+Dino=altdinoにしております(笑)
以前、スペインに行ったときに現地ガイドに『Please call me Dino』と言ったら、Dinoはギリシャ人の名前だねって言われました(^^;;;
あの街からさん、今後ともよろしくお願いいたしますm(..)m
あると。
-
- たらよろさん 2014/03/07 22:23:26
- 超大作!
- こんばんは、あの街からさま。
こんなにいっぱいお写真をくっつけても、
それでも尚150枚近い旅行記。
ハンブルグの街がいかに素敵でお気に入りになったのか、、、
その枚数で感じることができました。
お天気も良いから、お写真の映え具合も素晴らしい。
こういうハーバーのテラスでのドリンクは美味しいんだよなぁ(笑)
Tシャツに短パンでカジュアルにお散歩したい、、、
そう思った素敵な街ですね。
たらよろ
- あの街からさん からの返信 2014/03/09 17:41:44
- RE: ハングルク
- たらよろさん
そろそろ夕暮れ時です。
今晩は、には少し早い時間ですが
これが旅の空なら良い時間ですよね。
今時分の京都の街あぁいいだろうなぁ。
ここしばらく京都の街に無沙汰をしているので
恋しいですぅ。
さて、ハンブルク楽しかったです。
昼と夜の顔(街の表情)がこんなにも違う街なのだ
と街歩きも楽しかったのですが
ハンブルク港からのクルーズ船から眺めた
興味をそそる近代建築数々。
夏旅はやはりTシャツに短パンのカジアルスタイルで
歩けるからやめられませんね。
ただ、帰ってきたら(毎年なのですが・笑)
サンダルの日焼けの痕が足の甲にの残ってひりひり。
これも夏の思い出になりますが・・・。
あの街から
-
- レモングラスさん 2014/02/12 11:47:18
- 類似体験したよ〜
- あの街ちゃん、こんにちは!
今回の旅行記は特に大作でしたね!いつも丁寧な旅行記で「凄いな〜」って感心するばかりですが、今回は特に、一緒に旅行してる感が大きかったです
ハンブルグはドイツで2番目に人口が多いんですね。意外でした。
そして、ビートルズはもちろんですが、クラッシック好きな私には、メンデルスゾーンとブラームスの生誕地なのは特に興味深いものです。
クラッシック好きはドイツは憧れなんですよね〜
クルーズ船は一度、普通に読みながらゆっくり見てから、その後言われた通りコロコロとしてみました。ほんとに不思議!一緒に乗ってる感覚でした!
教会の展望室にビックリ!あんな高いところにあるなんて・・。
どの建物にもグリーンがあるのはどうしてなんでしょう?
見た所、花や草木ではなくて芝生に見えるのですが・・。
街で景観を保つために外観の色を統一するところはありますが、屋上までも規定があるのでしょうか・・。変な所に興味を持ってしまいました(笑)
まだまだ旅は続くのね♪私の知らない世界が見られる、あの街ちゃんの旅行記はいつも楽しみにしてます!(^^)!
レモングラス
- あの街からさん からの返信 2014/02/13 22:58:03
- RE: 類似体験してもらい♪♪
- 今晩は レモングラスさん
ハンブルク港のクルーズは、ほンと楽しかったです。
河口両側に並んだ斬新な近代建築。
大型船舶もあまり目にしたことが無かったので
コンテナやクレーンが並んだ光景も合わせて
ドイツ第1位の港湾都市を実感してきました。
クラッシックファンにとってもドイツはたまらない所なのだろうと思います。
> クルーズ船は一度、普通に読みながらゆっくり見てから、その後言われた通りコロコロとしてみました。ほんとに不思議!一緒に乗ってる感覚でした!
ありがとう。
> どの建物にもグリーンがあるのはどうしてなんでしょう?
> 見た所、花や草木ではなくて芝生に見えるのですが・・。
> 街で景観を保つために外観の色を統一するところはありますが、屋上までも規定があるのでしょうか・・。変な所に興味を持ってしまいました(笑)
今回のドイツへの旅で知ったのですが
ドイツのエコ(ECO)感覚って凄いものを感じてきました。
南ドイツの小さな街々の民家の屋根でソーラーパネルを装着している家が
かなりありましたし、ハンブルク港では大きな風車(風力発電)が回っていましたし
ビルの屋上の芝生は
屋上緑化の一環で、ヒートアイランド現象への対策や大気汚染物質の吸収
景観の良さを作る等の効果が考えられます。
そういえば、ベルリンの連邦議会議事堂の屋上から見渡したビルの屋上
にほとんど緑化対策が施されていましたっけ。
ところで、今夜はフィギアスケートのショートプログラムがあるよね。
これは、明日の朝ニュースで知るのではなく
どうしてもライブで見なくちゃ! とがんばっていますが
明日の仕事は・・・きびし〜い!かなぁ。
あの街から
-
- zunzunさん 2014/02/11 23:49:59
- ビートルズ♪
- あの街からさん、こんばんは〜☆
ハンブルグを堪能させていただきました。
エルベ川のクルーズがいいですね〜。
あの大きな船を乗せた船(?)凄いですね。
男性が男の子に戻っちゃうのかな〜。
そしてハンブルグってビートルズとの縁のある街なんですね♪
ビートルズのついての引き出しが増えました^^
もうすぐ、クラプトンとストーンズのライブですが、
あの街からさんは行かれますか?
お好みとは違うかしら?
私、両方行ってきますー。楽しみ〜^^〜
zun
- あの街からさん からの返信 2014/02/13 22:27:03
- RE:まさにハンブルク港クルーズは男性が男の子に戻っちゃう瞬(とき)間でしたよ!
- zunzunさん
☆今晩は
めったにカキコミの無い「♪ライヴ」に
ついて書いてもらって♪♪♪ うれしいですぅ。
その前にビートルズとハンブルク
『カイザーケラー(Kaiserkeller)』あのライブハウスの
ステージで当時イギリスとドイツで人気のロックンロールラー
のトニー・シェリダンとステージを勤めていたのですね。
彼らについては、ファンになった当初は彼らの本や雑誌を
片っ端から読んでみましたっけ。
トニー・シェリダンの曲はシンプルなロックンロールで
ビートルズの初期のアルバム(A hard day's night以前のアルバム)
の曲の数々はやはりシンプルなロックンロールが多いですよな。
まぁ、そこに安住しない凄さをビートルズは持っていたのですね。
> もうすぐ、クラプトンとストーンズのライブですが、
> あの街からさんは行かれますか?
> お好みとは違うかしら? 私、両方行ってきますー。楽しみ〜^^〜
うわぁ〜! いいな いいな
私は、今回はどちらにも行けません(グスン)
クラプトンとストーンズの来日公演が発表ほんの少し前
某ミュージカルのチケットを2公演分ゲットした後で、我が家の財務官の
財布を開けてもらえずグスン・ズスンです。
クラプトンとストーンズ
どちらも好きですよ。何しろポールの東京ドーム公演の旅行記のタイトル
はクラプトンのレパートリーの中でも好きな曲Wonderful Tonightにしたくらいです。(笑)
実は
1991年12月に横浜アリーナで『ジョージ・ハリスンとエリック・クラプトン』
のジョイントコンサートを観ています。
ビートルズの2枚組の「ホワイトアルバム」の中1曲「While my guitar gently weeps」
ってジョージがアビーロードスタジオに親友のクラプトンを呼んでギターを弾かせた曲
で大好きな曲なんだけれど、これを生でやってくれました。
当時、世界的にみてもジョージ&クラプトンのジョインとライブはめったになく
日本のプロモーターは凄いと思いました。
その後、クラプトンは武道館公演に1度行きました。アンプラグドのアルバムが
ヒットしていた時期でクラプトンの生(フォクギター)ギターも良かったです。
さて、ストーンズ
友達連中はビートルズよりストーンズの方がむしろ人気があります。
1990年の2月の東京ドームコンサートに行きました。
あの当時は、PAが良くなくスタンド席でしたが残響が凄く気になりました。
ですから、今回のポールのコンサートの音の良さには時の流れを感じました。
ロック談義とファントークを長々と書いてしまいました
zunzunさんのクラプトンとストーンズのライブには
「あの街から」から「特派員を願い」を提出しておきます。
あの街から
-
- 讃岐おばさんさん 2014/02/11 22:19:11
- ビートルズ!
- こんばんは〜
ブログのほうも見ていただいてありがとうございます。
ハンブルク、ビートルズに縁がある街なんですね!
クルーズもとっても楽しそうで(笑)
ドキドキしながら歓楽街も拝見しましたよ。
- あの街からさん からの返信 2014/02/13 21:15:31
- RE: ビートルズ!
- こんばんは 讃岐おばさん
讃岐おばさんのブログで
ビートルスのオリジナル全曲の入った
CDBOXが写っていて
うれしいやらビックリしたことを
思い出しました。
ロンドンのアビーロードやリバプール
の街はよく取り上げられておりますが
> ハンブルク、ビートルズに縁がある街なんですね!
ハンブルクの街も彼らにとっては
ビートルズの形成には無くてはならない
時期であったようです。
> ドキドキしながら歓楽街も拝見しましたよ。
私自身もドキドキ感いっぱいで歩いてきました。
あの街もビートルズが導いてくれたような気がしています。
「俺たちがデビュー前に暮らした街を見てくれ!」と。
デビュー少し前 この街でステージをこなす一方で
初期の頃のシンプルなロックンロールの曲のアイデア等
この街で身につけて巣立っていったのですね。
そういったことでも楽しい街歩きでした。
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