2014/01/12 - 2014/01/12
112位(同エリア550件中)
みなみんさん
前回昨年の11月訪台時に行けなかった場所である九分(分は人偏付)の裏山の下の方にある水南(なんはサンズイ扁に南)洞にある十三層遺址に行って来ました。日本統治下の台湾で、金瓜石で掘り出した鉱石(金瓜石では最初は金が出ていたのですが、やがて掘り尽くされ終戦間際には銅の一大産地になっていたそうな。)の選鉱場遺跡があります。当時は東洋一であった金瓜石の鉱山で掘り出された鉱石を選別・精錬する施設ですので途轍もなく規模が大きく、棚田のように何段にも積み重ねた建屋があったらしいですが、今では何層かの建物が残るだけです。
もともとは日清戦争が始まった1894年に九分で金鉱が見つかり翌年には金瓜石でも大規模な金鉱が発見され、すぐに日本統治下となったためにここいらの鉱山は日本の会社が経営に乗り出しました。ここ金瓜石近辺は田中長兵衛率いる田中組(薩摩閥ですね。)が経営権を取得し、掘りにも掘ったり精錬した金や銅を日本国内に運び大日本帝国を支えた訳です。日本敗戦後中華民国に返還されますが、以後パッタリと採掘量が落ち閉山に至り時代から忘れ去られていたのが、九分での映画「悲情城市」で一躍注目を浴びました。で、九分は有名になりましたが金瓜石、ましてや水南洞なんぞはまだまだマイナー、のんびり行きましょう。残念ながらお天気があまり良くなくて、これはもう一度訪問すべきかと。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 1.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 航空会社
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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台北駅から台湾国鉄で九份・金瓜石に近い瑞芳に行こうとしましたが時間帯が悪く、自強号ばかりなので基隆行の区間車に乗って取りあえず基隆まで。ガラガラのはずの区間車なんですが親子連れがやたら多く何とか座れるもお中華系ガキのお行儀の悪さに耐え難きを耐えやっと基隆へ。みんな港にダッシュなので付いて行ってみると何でこんなに親子連れが多いのか分かりました、ダックです。これ日本にも来てましたよね。基隆で爆発事故を起こしたとかいう噂も聞いたのですが、そいつは浮かんでいました。
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折角なので近くに行ってみますと結構デカイです。青空に映えると良かったのですが。
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で、ダックは放っておいてこれから日本統治時代の金鉱石の選別・精錬施設の廃墟を見に行くわけですが、折角基隆まで来たのですから北海岸をグルッと一周して水南洞に行こうと30分余りも基隆客運福隆行791系統を待っていました。お目当てのバスが来た頃に雨が降りだして前途多難、まずはバスに乗って北海岸を眺めます。どんよりとした雲と荒い波、日本海冬景色でしたが、否、ここは沖縄石垣島よりもさらに南のはず、いつも理解に苦しみそして考えを放棄せざるを得ない現実を目の当たりにします。
基隆山は厚い雲に覆われ、行っても雨なんだろうな、と自暴自棄に陥る寸前です。 -
基隆駅からバスは港を通って海沿いに出ます。約40分で目的地の水南洞に到着、勿論降りるのは物好きおじさん二名様です。雨は小降りになっていて山の方を見上げるとありました「十三層遺址」です。結構山の上の方にあります。廃墟ですから近寄りがたい雰囲気も。
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駐車場のそばにもレンガ造りの廃墟(倉庫の跡とか)があって、屋根の骨組みや窓枠が残っていたりして廃墟ファンには堪らまい雰囲気を醸し出しています。
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十三層遺址への直接の登り道はなかったので、川を挟んだ道を登ってゆきます。この川ですが鉱山跡から湧いてくる鉱物混じりの水でした、川床は真っ黄色。身体に悪そうな成分をたくさん含んでいそうです。昭和の頃、近くの工場の排水口近くがこんな錆たような色をしていました。現代の日本ではこんな色していたら即アウトなんでしょうね。
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建物とほぼ同じ高さまで登ってきました。白い建物は新しいように見えますがやはり廃墟です。
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もっと近づきますとまるでお城のようになっております。
この廃墟の中はとても危険なので中には入れないようです。
それにここにはお宝伝説もあるようで、旧日本軍が残していった金が埋まっているやら埋まっていないやら。
この先に黄金瀑布という縁起の良さそうな滝が見えています。滝の川床が黄色いのでこんな名前なんですが・・・。川の水にどのような成分が含まれていたらこんな色になるのか、少々恐ろしいような、君子危うきに近寄らず。(というか登っていく気力喪失) -
海岸沿いに戻って海を見ますと先程の川からの水が海に注いで、海の色が黄色く変色しています。これが「陰陽海」でして、上から見ると黄色い部分が丸く見えるんですね。でも近くから見てしまうと陰陽海はまるで公害垂れ流しの荒れ狂う海のようです。
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大昔の大阪湾やら瀬戸内海で発生していた赤潮のようです。(昔は赤潮の中でも海水浴してましたね、はい。)
坑道を掘りまくるからこういう鉱物成分を含んだ地下水が湧いてくるということですから、やはりこれは人為的な公害だと思うんですが、これを観光名所にしてしまうとはこれ如何に。 -
さて、勢いに任せて水南洞まで来たはいいんですが金瓜石は遥か山の上です。タクシーも通るんですが停まってくれないし、どうやって台北に戻ろうかと思案していたところ救世主が現れました。891系統のミニバスが山の上から降りてきました。このバスは金瓜石の黄金博物館前と水南洞を巡回しています。水南洞で運転手のお兄さんは降りてしまってこれからご休憩とのことでしたが10分位で金瓜石に戻るというのでこのミニバスに乗って金瓜石に行くことにします。
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金瓜石の勧済堂でバスを降りて、またあの海を見下ろす展望台に向かいます。お天気はイマイチだったですが水南洞はよく見えました。ここの景色は本当に北海道にいるような雄大な景色です。斜面に木が一本も無いのは燃料のために伐採し尽くしてしまったのか、或いは精錬時の公害で枯れてしまったのか。多分後者だと思います、龍のように山頂にまで伸びてゆく大煙突を造ったくらいですから、ここは昔は公害の巣窟だったのでしょう。
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前回来た時には気づかなかったのですが、例の(千と千尋の神隠しのモチーフとなったという噂のある)トンネルを抜けずに道沿いを進むと線路の跡がありました。これはどうもインクライン(京都の蹴上にあるような)のレールで、昔はこんなものまで使って鉱石を下に降ろしていたんですな。
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前回来た時に海岸まで降りてゆこうとした道(途中でススキのブッシュに負けた。)です。冬の今ならススキも枯れて降りて行けるかもしれませんでした。この道は黄金公園区から続いているトロッコ列車の軌道跡に違いありません。トロッコだけでは足りずにインクラインも造るくらいの採掘量があったのでしょう。
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黄金公園区までトロッコ列車の軌道跡を歩き、太子賓館からその上の山を見上げます。とても尖った山で金が出そうな雰囲気がしてます。
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今回も50ドルを払ってヘルメットをかぶって第5号坑に入ります。その後は金塊を撫でて薄暗くなってきた黄金公園区を後にします。
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バスで九分に戻り観光客の少なくなった基山路をブラブラします。
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婀妹茶楼は日本人観光客で盛況でした。
この角度から見ると千と千尋の湯屋のモデルになったというのも頷けます。 -
今回行くことができました水南洞、金瓜石、九分は、新北市が「水金九」として売り出し中です。また、台湾はユネスコ未加盟(中華人民共和国が国家として認められたため中華民国は加盟から外された)なので世界遺産の仲間外れですが、近い将来台湾でも世界遺産登録がなされる際には、ここ水金九も世界遺産登録間違いないかと思います。それまではこの廃墟はひっそりと佇んでいることでしょう。
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