2013/07/11 - 2013/07/11
169位(同エリア341件中)
まみさん
2013/07/11木 ウラジーミル観光
・ラジヂェストヴェンスキー修道院
・ドミトリエフスキー聖堂<世界遺産>
・展望ポイント
・ウスペンスキー大聖堂<世界遺産>
・子供博物館とロシア絵画美術館
【モスクワ泊:マキシマ・パノラマ・ホテル】
子供博物館というのは、あなどれません。
なにごとも、専門分野を素人にやさしく分かりやすく解説する方が難しく、工夫がいります。
子供というのは、いわばそういう素人といえます。
そして外国人もその国の素人といえます。
その子供向けに分かりやすく工夫をしながら展示している博物館なのです、子供博物館というのは。
館員さんたちも、展示内容を分かってもらおうと熱心で、ロシア語がカタコトしか分からない私にも一生懸命説明しようとしてくれたので、申し訳ないくらいでした。
でも、私のレベルにあわせて、カタコトだけ、説明してくれました。
子供博物館は、解説することが目的であるため、展示品に本物は少ないです。
おそらくそのせいで、ガイドブックなどではあまりしっかり紹介されないことが多いのでしょう。どうせ見るなら本物が良いと思って関心を示さない人も多いでしょうから。
でも私はこういうのは大好きです。
自分にとってなじみのないジャンルは、子供向けの解説ほどわかりやすいものはないです。
だから、ジュニアシリーズの本や小学館の図鑑も入門編としては貴重です。
ウラジーミルの2つの世界遺産の聖堂の間にある子供博物館は、かつての評議会の建物の1階を利用していて、2階はロシア美術ギャラリー、そしてさらに上は特別企画展示室となっていました。
どうせならと思って各階ごとのチケットを入口のチケット売り場でいっぺんに買って、時間ぎりぎりまで見学しようと思いました。
もっとも、モスクワには何時に戻らなければならないということはなくて、バスで片道3時間はかかることを考慮して、明るいうちにホテルに戻れれればよいと思っていました。
だから、すべての展示が見終わるだろうと思ったのです。
ロシア美術ギャラリーは、私も名の知るロシア画家の粒より作品があり、黄金の環やウラジーミルらしき風景画がある点はいいなと思いました。
でも、2日前のモスクワのトレチャコフ美術館に比べるとどうしても見劣りがしてしまったため、さくっと回っただけ。
写真を撮ってよいか確認しなかったのですが、トレチャコフ美術館でたくさん撮ったばかりだったので、特に撮りたい気分にはなりませんでした。
でも、最上階は、チケットを買ったのに、入口を固めていたガードマンさんたちからは、「ここはまだ準備ができていない」と言われて、追い払われてしまいました。なんでぇ?
ちゃんとチケットを見せても、「これは違う」と言われるだけ。
腹立たしかったけれど、私の語学ではいかんともせず、腑に落ちない気分で悔しさを抑えて去るしかありませんでした。
という、小さな不愉快なエピソードはありましたが、やはり博物館は1日の観光内用にメリハリを与えてくれる見どころです。
おかげでウラジーミル観光は半日でもとても充実したものになりました。
ただ、ひょっとしたら最上階部分のチケットも買っていたと思ったのは、私の勘違いだったかもしれません。
チケット代は旅ノートにちゃんとメモしてきたはずですが、走り書きで120 + 120 としか記されていなかったのです。
今となってはその内訳が分からなくなってしまいました。
写真代も含めてチケットを何枚か渡されてどれがどれか分からなくなってしまったので、入口でもぎり係にいちいち全部見せて、該当するものをもぎってもらうというやり方をしていたものですから。
<2013年ロシア旅行:簡易旅程>
7/06土 出国&モスクワ到着
7/07日 モスクワ1日目(国立歴史博物館と民芸品博物館)
7/08月 モスクワ2日目(クレムリン)
7/09火 モスクワ3日目(トレチャコフ美術館)
7/10水 ズズダリ
7/11木 ウラジーミル★
7/12金 モスクワ4日目(コローメンスコエ)
7/13土 ペトロザヴオーツク経由でキジ島へ
7/14日 ソロヴェツキー島1日目
7/15月 ソロヴェツキー島2日目(ザヤツキー島エクスカーション)
7/16火 サンクトペテルブルグ1日目(ロシア民族学博物館ほか)
7/17水 サンクトペテルブルグ2日目(エルミタージュ美術館)
7/18木 パヴロフスク宮殿&庭園
7/19金 ノヴゴロド1日目
7/20土 ノヴゴロド2日目
7/21日 サンクトペテルブルグ3日目(宗教博物館・ユスポフ宮殿ほか)
7/22月 サンクトペテルブルグ4日目(ロシア美術館)&出国
7/23火 成田空港着
※この旅行記の対象の日に★印をつけました。
詳細旅程はこちら。
「2013年ロシア旅行~13年ぶりの再訪を3年前にあきらめた旅行計画で実現させた旅行【旅程一覧】」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10797557
準備編や帰国後の全体の感想は、ブログ「まみ's Travel Diary」(http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/)に掲載しました。
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
子供博物館&ロシア美術ギャラリーの入口とおしゃれな展示案内
展示案内はロシア語のみで、私に読めるところはほとんどありませんでしたが、写真から少しだけ展示の様子が分かって期待できます。
もっともこれは文字ばかりでした。 -
廊下にずらっとロシアあるいはウラジーミル史上のキーとなる人物のイラスト
これは手っ取り早くロシア史の勉強になるし、旅行記作成のときの復習になると思い、写真を撮りまくりました。
まずはその紹介から。
手前は言わずと知れたレーニンですが、この写真は最後の方で撮ったので、時代順に追っていきます。 -
ロシアの前身ともいうべきキエフ公国のウラジーミル1世(右)とキエフ公ウラジーミル2世モノマフ
人物のセリフの吹き出しがあって、漫画っぽくなっていました。
きっと吹き出しの中身は、てっとり早い人物紹介になっているのでしょう。読めたらなぁ。
手元の辞書でさくっと調べてみたのですが、私のなけなしのロシア語の知識では太刀打ちできなかったので、代わりに名前からネットでググって調べることで割愛しました。
ウラジーミル1世は、キエフ公国をキリスト教化した大公です。
キエフ公国の版図を倍増させました。その中にウラジーミルを含む地域もありました。
ウラジーミル・モノマフは、ウラジーミルの町の創始者と考えられています。
異民族ポロヴェツ人との戦いで戦果を上げ、キエフ大公国全体を統一して再び安定させました。 -
ウラジーミル2世モノマフの孫キエフ大公アンドレイ・ボゴリュプスキー
キエフ大公国の首都をロストフからウラジーミルに遷し、ウスペンスキー大聖堂を建設するなど、首都としてウラジーミルを発展させました。
王冠をかぶっていなくて、聖母子のイコンを掲げていたので、写真を撮った時点では大司祭か誰かかと思ってしまいましたが、ウスペンスキー大聖堂を建てさせた人物だからだったようです。 -
子だくさんだったので大巣公と呼ばれたフセヴォロド3世
ウラジーミル2世モノマフの孫で、孫にアレクサンドル・ネフスキーがいます。
彼はウラジーミル大公で、一時的にキエフ大公国の大公位についたこともあるようですそしてウラジーミルのドミトリエフスキー聖堂を建てさせた人物です。
しかし、このイラストからだと、そのことはよく分からないですし、触れられていないようです。 -
一目で分かるモンゴル人───古代ロシアの地をも征服したキプチャク・ハンの実質的創始者のバトゥ
-
正教会で聖人となっているアレクサンドル・ネフスキー
彼の名の有名な修道院がサンクトペテルブルグにあります。
彼はノヴゴロド公からウラジーミル大公になりました。
モンゴルはノブゴロドに侵攻しなかったので、彼が退けたロシアの「敵」は、カトリック教国のスウェーデンやドイツ騎士団でした。 -
アリストテレ・フィラヴァンティ(左)とイワン3世
フィラヴァンティはイタリアの建築家。
ウラジーミルのウスペンスキー大聖堂をモデルにモスクワのクレムリンのウスペンスキー大聖堂を建設した人物です。
そのために彼を招聘したのがイワン3世。
彼の時代にロシアは長く続いたモンゴル人による支配「モンゴルのくびき」から開放され、彼は初めてツァーリの称号を名乗った皇帝です。 -
イコン画家としてあまりに有名なアンドレイ・ルブリョーフ
彼はウラジーミルのウスペンスキー大聖堂のイコンも描いています。
それが1408年のことだと書かれてあります。 -
ヴァスネツォフが描いたイワン雷帝そっくり!
人物紹介の下には「1552年、カザンでの戦いの後にウラジーミルに滞在した」と読めますが、あってるかな〜。
ここでいうカザンとは、タタール人によるカザン汗国で、イワン雷帝によって征服されました。
このイラストはもろにヴァスネツォフの絵をまねたものでしょう。
ヴァスネツォフが描いたイワン雷帝像はこちら
http://4travel.jp/photo?trvlgphoto=31522832
関連の旅行記
「2013年ロシア旅行〜13年ぶりの再訪を3年前にあきらめた旅行計画で実現【第4日目:モスクワ】(2)トレチャコフ美術館(中編)ロシア史とロシアの古き時代にどっぷり浸りながら」
http://4travel.jp/travelogue/10835845 -
エカテリーナ2世〜彼女がいなくてはやっぱり片手落ち@
このガウン姿だと、人物名が読めなかったら分からなかったでしょう。
でも言われてみれば、肖像画に描かれた大女帝としてのエカテリーナ2世はこういう顔つきをしています。
人物紹介の下には「1767年にウラジーミルを訪問した」と書かれてあります。 -
負け知らずの将軍だったアレクサンドル・スヴォーロフ
この人物のことは全然知らなかったので、帰国してから調べました。
エカテリーナ2世からパーヴェル1世時代に活躍した軍人。
エカテリーナ2世には重用されましたが、母親の政策をことごとく覆すことに費やしたような息子のパーヴェル1世には冷遇されたこともありますが、彼の力なしではロシア軍が勝てなかった場面がいくつもあったようです。
ウラジーミルとの関わりは、人物紹介の下から分かった限りでは、1784年から1785年にウラジーミル州の自分の領土に住んだとかなんとか、かな。 -
日本語でググッても出てこなかったロマン・ヴォロンツォフ伯爵
彼の娘のエカテリーナ・ダーシュコワの方が、ググッてヒットしました。
彼女はエカテリーナ2世と親交の厚かった友人で、啓蒙主義者で、ロシア・アカデミーの総裁としてロシアの文化・教育・科学政策を推進した人物のようです。
ヴォロンツォフ伯爵本人は、人物紹介の下に、「1778年から1783年まで就任した最初のウラジーミル州知事」と書かれてありました。 -
偉大すぎる母に反抗しまくった後継者パーヴェル1世
1798年にウラジーミルを訪問したことがあるようです。 -
強権的な専制君主で、オスマントルコとの間でクリミア戦争を起こした皇帝ニコライ1世
1834年にウラジーミルを訪問したことがあるようです。
専制君主として名高いのですが、個人としては人格者だったようです。
ありがちです、そういうの。 -
言わずと知れたレーニン
ウラジーミルとのかかわりは、1893年に訪問したことがあるようです。
ファーストネームはウラジーミルなんでしたね。 -
近現代史が苦手な私は新聞記者か誰かと思ってしまったミハイル・フルンゼ
フルンゼと人名が読めた段階で、政治家だったと思い出しました。
吹き出しの中でウラジーミルについて触れていますが、残念ながらなんと書かれてあるかわかりません。 -
革命の露と消えたニコライ2世一家
あっ、文字のところをカットして撮影してきたので、ウラジーミルとのかかわりがわかりません。
彼ぐらいの時代になると、移動手段も発達していて、家族ぐるみで別荘などに遊びに出かけていたりするので、ひょっとしてそんなところかな。
廊下の歴史人物のイラストは以上。 -
イチオシ
昔の学校の教室
ここからは展示室の写真です。 -
数字とアルファベット票
アルファベットは現代のロシア語のアルファベットに比べると足らない文字があります。
数字にアルファベットを当てはめた一覧かしら。 -
昔の学校の様子を描いた絵
-
かまど兼用っぽいストーブとその周辺
-
アルファベット表とそろばん
やはりいまのロシア語のアルファベットと少し違うようです。 -
次の展示はマンモスだぁ
歴史展示のはじまり。
原始時代から。 -
北極圏に住む人々
詳しくないので、民族名は分からないです。 -
19世紀くらいの上級階級の子供の部屋
-
ピアノもあって、情操教育もばっちり
-
奥に寝室あり
-
子供部屋に張られていた写真のうちの一枚
右の男の子がとりわけ可愛らしかったので、写真の写真を撮っておきました。 -
世界のおもちゃの展示室
-
パリやロンドンのジオラマのおもちゃ
-
中国の万里の長城や天壇のおもちゃ
-
なにげに中国のおもちゃと日本の民芸品がまざってる@
-
イチオシ
日本の人形を雛壇風に
-
イチオシ
雛壇にしてはちょっとヘンだけど@
関係ない人形もまざっていますネ。
日本人からするととんでもない雛壇ですが、逆に楽しいです。 -
バービー人形やミッキーや白雪姫などのディズニーキャラリー
こういうのを見ると、子供の頃にわくわくした思いがよみがえってきます。
精巧なドールズハウスは大人にとっても楽しいですから、それに通じるものがあると思います。 -
わら人形と売り子のマネキン
ここからはロシアのおもちゃです。 -
わら人形の女の子
きちんとした人形は高価だったでしょうから、こういうのが庶民の子供のおもちゃだったことでしょう。
でもよく見ると、けっこう凝っていて、きちんと作られています。 -
折檻してる人形!?
と思ってギョッとしたら、係員の人が「バーニャ」と教えてくれました。
そう、バーニャ、すなわちロシアのサウナでは、白樺や樫の木の枝で背中を叩くんです。
NHKテレビのロシア語講座で紹介されているのを見たことがあります。
北欧起源かな。
これはおもちゃは動くおもちゃで、枝で背中を叩く部分が動きます。 -
折檻してる人形!?
と思ってギョッとしたら、係員の人が「バーニャ」と教えてくれました。
そう、バーニャ、すなわちロシアのサウナでは、白樺や樫の木の枝で背中を叩くんです。
NHKテレビのロシア語講座で紹介されているのを見たことがあります。
北欧起源かな。 -
童話がモチーフと思われる木彫りの人形
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土笛
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廊下にあったウスペンスキー大聖堂のイラスト
低地に村があります。
昔はこんな風に孤高の存在でした。 -
左右2棟に分かれていた展示室
子供博物館の建物は、中央に大きな階段があって、その左右に廊下と部屋が続いていました。
廊下も展示スペースとして活用されていました。
向かって左の廊下には、最初に紹介した歴史上の重要人物たちの漫画チックなイラスト、そして向かって右の廊下には19世紀くらいの商店の店頭や品物がイラストで描かれたり、ケースの中に展示されたりしていました。 -
案内版を持つクマさん
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廊下に再現された店舗の1つ〜布を売っている店
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廊下に展示されていた19世紀くらいの品物
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昔の農耕・狩猟の道具が飾られた展示室にて
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農耕・狩猟道具展示室のイラスト
展示されたものがどう使われたか、ヒントになります。
昔の村の様子や収穫の様子も分かります。 -
再現された木製の民家
扉の牙の生えた動物はきっと魔除けの意味があるでしょう。
美しい彫刻が施されています。
その部分のコレクションは、民芸品博物館でもよく見ます。 -
こうやって復元されていると分かりやすい@
そしてとても興味深く、可愛らしくも美しい浮彫装飾です。 -
昔のロシアの少女
ロシアの民話の一部の再現のような気がします。 -
復元された機織り機
係員の人がどうやって織るか、簡単に動かしてくれました。 -
昔の農家の台所用品
牛乳と卵を材料にして、こういう臼と杵のようなものでチーズを作ったんだと思います。 -
ベッドとしても使われたかまど
かまどが暖房にもなって、一石二鳥。 -
そのかまどでパンを作っているところ
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ベッドとしても利用されていた、がまどの様子
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赤ちゃんのゆりかごと糸つむぎ車
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サモワールとイコンがある信心深い庶民の食卓
-
次に世界の歴史解説の展示
世界史を学ぶ子供たちにとっては、よい視覚的資料になります。
エジプト編はこんなかんじ。 -
パピルスはたぶんレプリカ
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古代ギリシャの展示室
-
ギリシャ壺の破片のレプリカ
-
中世ロシアの展示室
聖書の写本を制作している僧侶をメインに。 -
ハンドペインティング時代の美しい聖書
-
昔の印刷機
-
豪華な書物
表題に英語が。 -
過去から現代への歴史を示す展示
いまや歴史探求にコンピューターも駆使されています、ってなかんじかな。 -
光輪のある羊が表紙の豪華な装丁の聖書
-
ウラジーミルの歴史にかかわりそうな展示品の部屋
壁の絵は、半島に突き出た要塞化された町に、真ん中には黄金の魚を捕った人物。
意味深なのですが、残念ながら意味は分かりません。 -
もしかしたらウラジーミル建設者のウラジーミル・モマノフ
-
もしかしたらウラジーミル・マモノフの最初の妻のイングランド王ハロルド2世の娘か、再婚相手というコンスタンティノープルの貴族の娘
-
美しいデザインの重厚な箱
-
イチオシ
なんとなく宮廷っぽい展示室全体
-
トレチャコフ美術館にあったヴァスネツォフの有名な「英雄たち」の複製と浮彫のタイルや武具
私はあの絵の3人を、キエフ公国を創設した伝説のキィ三兄弟かなと思ったのですが、少なくともキエフ公国に関わる英雄たちだったのはまちがいなさそうです。
関連の写真
http://4travel.jp/photo?trvlgphoto=31522827
http://4travel.jp/photo?trvlgphoto=31522828
関連の旅行記
「2013年ロシア旅行〜13年ぶりの再訪を3年前にあきらめた旅行計画で実現【第4日目:モスクワ】(2)トレチャコフ美術館(中編)ロシア史とロシアの古き時代にどっぷり浸りながら」
http://4travel.jp/travelogue/10835845 -
キエフ公国時代くらいの中世の武具と武器
-
イチオシ
北方の影響が感じられる弓矢と盾と獲物
子供博物館とはいえ、わからないことだらけだったのは残念ですが、百聞は一見にしかず!
展示品からなんとなくうかがえるものもありました。
1階の子供博物館と2階のロシア美術ギャラリーあわせて、見学したのは14時から15時50分まで。
そのあとバスでモスクワに戻ったのですが、一時間に1本はあると油断してバスの時刻をチェックしていなかったので、結局私営バスに乗ることになり、それも発車までえらく待ち時間がありました。
バスターミナルには16時30分には到着したのですが、バスの発車時間は結局17時40分でした。
もう少し見学に避けたと思うと残念でしたが、ランチをとらず、休みなしで観光していたので、まあいいやと思って体を休めていたのも確かです。
モスクワには21時すぎに到着しましたが、7月のモスクワの日没は22時すぎ。
駅のそばで夕食を軽くとれましたが、十分明るいうちにホテルに戻れました。
スーツケースを1泊預けておいた同じマキシマ・パノラマ・ホテルです。
モスクワからズズダリとウラジーミル1泊2日小旅行の電車とバスの移動については、こちらのハイライト旅行記でレポートしました。
「2013年ロシア旅行〜13年ぶりの再訪を3年前にあきらめた旅行計画で実現〜ハイライトその10【ロシアの列車とバスの旅】」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10807157
ウラジーミル編おわり。
モスクワ市内の広大なコローメンスコエ公園編へとつづく。
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