2006/05/05 - 2006/05/05
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hidamari09さん
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5日目 嘉峪関
二等寝台車で蘭州へ移動 (宿泊:車中泊)
旅行5日目は,嘉峪関(かよくかん)の観光です。嘉峪関は万里の長城最西部に位置する関所です。
周囲733mを高さ11mの城壁で囲み、内域は33,500m?以上ある。黄土を版築でつき固めた城壁で、西側は煉瓦を積み重ねて出来ている。東西にそれぞれ楼閣(門楼)と甕城を持つ城門を備え、東を光化門、西を柔遠門という。西門には「嘉峪関」の扁額がかかっている。関の南北は万里の長城とつながり、城壁の隅角部には櫓が設けられている。2つの門の北側には関の最上部に上ることが出来る通路がある。
万里の長城につながる関の中で唯一建設当時のまま残される建造物である。
敦煌と嘉峪関の間はバスで移動するが10時間位かかります,明朝の6時に起床し,7時に出発出来るようにシてくださいと前日の夜ガイドから言い渡されました。
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宿泊は陽関大酒店でした。
敦煌 陽関 大酒店でネットで広告しています。三ツ星ホテルのようです。 -
バスは舗装されていない凸凹の道路を走ります。
安西−敦煌間の道路が工事されています。 -
鎖陽城鎮に停車し休憩です。
これは,清嘉慶年?(1796-1820)に建てられた木造の楼閣−「道徳楼」の額が読み取れます。
ここには唐代の城塞跡,楡林窟(石窟)などがあるようです。 -
鎖陽城鎮
ポスターに唐代の城塞跡が見えます。土塊の塊の如くです。 -
ここは一体どこなのでしょう。
電子地図で調べました。大きな道路から外れています。 -
トイレ休憩のついでに買い物を。
砂漠人参、冬虫夏草など。 -
村のこどもの表情は純朴です。
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バスの旅は続きます。
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どこからか木材を運んでいます。
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ときおり,日干し煉瓦を積み上げた農家の集落に出くわします。
この当たりは,水がでるのでしょう。 -
嘉峪関市内に来ました。
各種の3輪タクシーが走っています。 -
12時に昼食を取ります。
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また,砂漠の道を疾走し。
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嘉峪関の標識がある場所に来ました。
ここでバスを降ります。 -
停車場から,遠くに見える嘉峪関を目指します。
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これは中にあった案内図です。
下から向かっています。
情報の,上に開いた八の字型に万里の長城が連なっています。
左側が,万里の長城の西の端になります。 -
大分近づいてきました。
池には「九眼泉湖」と石碑に書いてあります。 -
入り口に「天下雄関」の額が掛かっています。
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入り口を中から見ています。
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案内板に各建物の名称が見えます。
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「威震華夏」と書かれています。
意味は,勢いが強く,威力は比べるものがなく,支那人を皆怯えさせた。
この言葉の出展は,「三国志・蜀志・関張馬黄趙伝」で,関羽が曹操の軍を破り,曹操が許都に都を移した故事によるようです。
敷地内の案内板に関羽廟の記載があるので,関羽廟で撮影したものでしょう。 -
とにかく広いです。
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案内板から文昌閣だとわかります。
明代に勝て始められ,清道光二年(公元1822年)に再建されたもののようです。
ここは明清時代は文人墨客が集い,詩作作画,読書をした場所で,清朝末期には文官の公務室に使われたそうです。 -
「威宣中外」の文字が掲げられています。
支那旅行社の旅行記に,意味を「意在宣揚大明之徳威吧。」と説明しています。
宣揚:(肯定的なものを)宣揚する,広く宣伝する
之:の
徳威:恩徳と権威
大明:明国(沖縄の歴史研究資料から)呈大明天使書−大明国とある。
大明国の恩徳と権威を広く内外に宣伝するという意味でしょうか。 -
文昌閣の後ろの,戯台には「天下第一雄関」の額が掲げられています。
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長城の連なりです。
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本日の観光を終え。
夜行列車で蘭州に向かいます。
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