2013/11/22 - 2013/11/26
9位(同エリア36件中)
ヒデールさん
逢簡村は ” 順徳の周庄 ” と呼ばれてるそうだ。
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順徳滞在2日目 午前7:30. 起床
今朝の天気は曇り。
事前に調べた ここ順徳から最寄りの大都市 広州の天気予報はオレが滞在する3日間の中 唯一今日だけ傘マークだったことを思い出した。
はずれろー -
午前8:13. 近くで朝めしを食うため外出。
道が濡れてるんで 雨降ったんだな... -
ホテル裏手の住宅街には こんなブルジョアな邸宅もある。
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マンションだろうか...
ホテルの隣は只今工事中。
なんかこの下 通るのおっかねーなぁ。
めちゃ頭上が気になる...
でも中国の場合は下も見てないと よく うん○ が落ちてたりする。 -
表に回ると工事中の建物の前の歩道は危険だからか閉鎖されてる (なら裏もやれよ...)
でもって 歩道を歩けないので通行人は車道の端を歩くことになる。
どっちにしろ怖えーよ。 -
ホテルの裏側には あんまし食うトコなさそうなんで 昨日歩いた楽善南路の方へ行ってみる。
ちなみにオレの泊ってるホテル 可可公寓の真ん前にはホテル名と同じバス停があるので超便利。
参考サイト:中國語 (可可公寓から乗降できるバス路線一覧 ) http://foshan.8684.cn/z_d48dadc4 -
楽善南路を歩いてると一瞬 異臭が鼻を突いた。
ん? 臭さっ
この臭いの発生源やこれが何の臭いなのかよくわからないが オレの中では中国に来たことを実感できる臭いで ちょっと嬉しかったりもする。 -
今朝は歯に優しいお粥でもと思い それらしき店を探すが見当たらない...
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ていうか この辺りはテイクアウト主体の屋台系ばっか。
そんな中イートインできる店で賑わってる店があった。
腸粉なら食べやすいし ここにしよう。
店のおやじに叉焼腸粉を注文すると 「朝はこの2つしかやってない」 と店の前のメニューの左端2つを指差した。
「じゃ肉腸粉をもらうよ」 -
奥のテーブルで出来たてのホットな肉腸粉を食う。
ちょっと味が薄いのでテーブルに置いてあった甘くどい醤油みたい物をかけて食うとちょっとだけ旨味が増した。
周りを見ると腸粉じゃない方の料理を食ってる人も結構いて 見ると御飯が入った汁ものだ。
お粥と言うよりはお茶漬けに近い。
腸粉を食べ終え 3,5元を払い店を出る。
少し物足りなさがあったので 2軒隣りの店で饅頭を1個買って食う。 -
容奇大道中に戻り交差点脇で停車してるタクシーに声をかける。
運転手に地図を見せ 「我想去ロ尼度、幾多銭? / ここに行きたい、いくらだ?」 て聞くと...
※△●☆#...
言葉は聞き取れないがメーターを指差したのでメーターで行くらしい。
よし、助手席に乗り込み出発!
オレの目的地は水郷の村 逢簡。
とりあえず遠回りされるのだけは御免なので オレは地図を見ながら 「今ここだな」 とか言いながら オレはこの辺の地理はわかってんだアピールをする。 -
ちょっと話をすると彼は広東語を話せないことが判明 (またかよ...)
なので会話は北京語。
あー 面倒くせー国だよ。
でも彼はいい奴で家族の話をすると豪くご機嫌だ。
お互いの趣味の話をした時も 「我喜ヌ欠音楽 / オレ音楽が好きだ」 て言ってドラムを叩くジェスチャーをしたら、すげーじゃん! 的なリアクション。
でも本当にすげーのは前を走ってるバイクだろ。
生きた鶏を何十羽も檻にかっ詰めて走行してやがる。 -
「ジェフウジン ヨウメイヨウ リーベンマ? / この辺りに日本人いる?」
て聞いたら、 「いるぞ、松下があるからな」 てことだ。
でもこのあとも順徳滞在中 オレは一度も日本人を見かけることはなかった...
ぼちぼち近づいて来たのか 道案内の看板に 「逢簡」 の文字が現れる。
その後1度 停車中の対向車の運転手に道を確認し...
午前9:47. 逢簡村に到着
ホテルからおよそ30分、タクシー代は 68,9元。
彼にとってオレはいい客だったんだろう。
「帰りはどうするんだ?」 とまた乗って欲しそうなニュアンスで聞かれたが オレは 「公共汽車 / バス」 と答える。
別れ際 記念に運転手の華氏と2ショット。
華先生 再見! -
タクシーを降りた近くの道端に この村の詳しい地図が掲げられてある。
うん、こいつは参考になるぞ。
どっから見て回ろっかね〜
とりあえず南の方から行ってみるかい。 -
逢簡大道から逢簡小学校へ入って行く橋を渡り すぐ右手の細い水路沿いの道を進む。
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少し歩くと右手に風情のある石橋が現れた。
水際へと下りる石段に腰を下ろし ゆっくりカメラを構える。
周りには誰〜もいない。
オレだけの空間を楽しむ。 -
朝の木洩れ日が煉瓦の壁や水面を優しく照らしてる。
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石橋の側面に橋の名前が刻まれてるけど昔の漢字だろうか 難し過ぎてわからん。
さっきの地図を見返すと 「金鰲橋」 とある。
建造は清の時代の西暦1700年。
赤い砂砥石の岩と白い水成岩を積み上げて造られている。
全長は14mと資料にはあるが そんなにあるかな?
幅3,05m、高さ3,5m
1921年に修復されたそうだ。 -
橋を渡ったところに この村の様子を描いたレリーフがあった。
今は跡形も無いが昔この辺りに文武廟があったらしい...
おっとー!
前ばっかりに気を取られてたら足元に うん○が落ちてる。
踏んでないやろな?
そう思いシューズの裏を見るがキレイなので大丈夫っぽい。 -
水路脇の道をまた歩く...
すると決して綺麗な水とは思えない水路の水を使って何か洗い物をしてる お婆さんがいる。 -
「イ尓好! 我係日本旅客 / こんにちは! オレ日本人旅行者です」
と お婆さんに声をかけると、ニコニコ笑いながら何かベラベラ喋ってきたが よくわからない...
でも可愛らしいお婆ちゃんなので 「唔識聴 / 聴き取れません」 て言えず こっちも笑いながら頷いてしまった。
そしてオレは道に置いてあった お婆ちゃんの物と思われる杖を拾って渡した。
すると お婆ちゃんはまたニコニコしながら何か言いつつ杖を受け取り ゆっくり石段を上った。
結局お婆ちゃんとは言葉のやり取りは出来なかったけど ほっこりできる笑顔に会えただけで充分満足。
いつまでもお元気で。 -
水路沿いの道を更に進むと廃屋があった。
しばらく この場に佇んでると時間が止まってるような気がしてくる... -
廃屋からほんの少し歩くと村内にある祖廟の中でも一番立派で有名な 「劉氏大宗祠」 がある。
この威風堂々たる門構えから 劉氏一族の権力の大きさを悟った。 -
ここは明の時代、1418年に建てられたらしい。
そんな歴史の重みをかみしめながら ゆっくり正門をくぐる。
ちなみに写真左から2つ目の入口の奥から 一部2階へ上がることが出来る。 -
「追遠堂」 と書かれた額にもあるように 最近では2000年に修復工事が行われたそうだ。
それにしても 見事な彫刻があちらこちらに... -
追遠堂の奥に廟堂があったので手を合わせる。
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廟堂の壁には一族に向けた願掛けが貼られてある。
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さっき先客が上がってたので上れることがわかった2階へ上がってみる。
ちょっと狭いスペースだが普段間近で見ることの出来ない屋根の装飾なんかが 手の届くほどの距離で見れて興味深い。 -
屋根の上の狛犬の修復具合がちょっと不細工...
こういうのも近いからよく目立つ。
ただ全体的には保存状態はかなり良好。 -
カメラを片手に20分ほどかけて ゆっくり見て回った。
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今度は歩いて来た道を戻る...
やがて小学校を過ぎると 目の前を横切る水路に手漕ぎ船の姿が見えた。 -
水路をよく見ると 何艘も手漕ぎ船がいるじゃねーか!
オレも乗りてーぞ! -
船乗り場を目指し歩いてると 右手バナナの樹の向こうに 立派そうな建物が見える。
正面まで行くと 「宋参政李公祠」 という祖廟だということがわかった。
ここも劉氏大宗祠と同じく明代の創建だ。 -
うぅわ すげー人 観光地じゃん!
船乗り場に着くと思いもしない人出に驚く。
もっと素朴なものをイメージしてたよ...
とはいえ 乗る気まんまんなので 早速船乗り場の係員らしき小姐に広東語で 「オレは1人だ、船に乗りたい、いくらする?」 て聞くと 何かはっきりしないリアクション。
これってまた広東語が通じてないパターンですかい?
仕方なく筆談してみると 1人の男が割って入って来て オレに 「1人で乗ると150元のところ 100元にしてやる」 みたいことを言うが...
「カムクワイアー! / 高けー!」
どう考えたって そんなに払えっこない。
すると4人組で乗る船にオレを乗せてくれると言う。
ただ一艘150元のくせにオレに 「50元でどうだ? 」 と迫る。
単純に5人で割れば1人30元なので 30元で頼むと...
「仕方ない わかったよ」 的な反応。
唔該! -
すると係員と思ってた男は一緒に船に乗る4人組の乗客の1人だった。
あ〜 そういうことか
だから船代の現金のやり取りも彼と直接やったわけか。
それは それは 乗っけていただいて どうもっす。
午前10:47. 出発 -
麦藁帽を被った船頭のおじさんは色々話をしながらゆっくり船を漕いで進めて行く。
もちろん何を喋ってるか オレにはわかんない...
と 思ってる間に明遠橋を通過。 -
水郷巡りは2年半ほど前に九州の柳川でやって以来だな。
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前方を進んでた船は船頭が女性だからか徐々に距離が縮まる。
頑張れよー おばさん
あれ? 客にも漕いでもらってるじゃん。 -
船代の話をした乗客の男に話しかけると 彼は広東人ではないようで会話はまたしても北京語だ。
オレが日本人だと言うと 「仕事か?旅行か?」 「何日いるんだ?」 「中国は初めてか?」 などなど 簡単な会話のみ成立。 -
村内にある古橋のひとつ 巨済橋をくぐる。
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前方に見覚えのある船がいた。
さっき金鰲橋の近くから何人か乗り込んでた船だ。
エンジントラブルのようで停止中...
と思ったらエンジンがかかった。
この不安定さ いかにも中国だな。 -
村内のいたる所に水路へ通じる石段が設けられていて 時折りおばさんが洗い物をしてたりする。
この水路は村人の生活に欠かせないようだ。
よって生活排水も流してるものと思われるのだが... -
最後の直線で一艘追い抜く。
おー たくさん乗ってるな。
乗客のお父さん 普通に漕いでるし...
まぁ これだけ大人数が乗ってると 漕ぎ手も1人じゃ足んないよな。 -
午前11:13. 水路を一周して発着場に帰着。
26分間の水郷巡りは終了。
乗った感想は正直 ” まぁ こんなもんでしょ ” て感じ。
とても100元出す価値はない。 -
船乗り場から明遠街を東へ歩くと村内でも有名な石橋 明遠橋がある。
南宋の代 1225年に造られたとされるこの橋は なんでも3つの穴の石橋としては中国の文献記録上 最も古いものらしい。
また橋の欄石板のデザインが なかなか凝っててお洒落だ。 -
橋は赤い砂岩で造られていて 全長25,1m、幅4,6m、高さは4,5mある。
けっこう勾配がついてるが段状にはなっていない。
なので渡ってみると けっこう歩き難い。 -
逢簡水郷は2005年に確定した ” 順徳新十景 ” に入ってる。
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明遠橋をあとにし水路からいったん離れ 文明街を歩き 覚妙静院という寺院へとやって来た。
ちょっと入ってみよう。 -
こんな小さな水郷の村に こんなでかい寺院があるとは...
しかし仏教系とはいえ どことなく異様な雰囲気。 -
あまり居心地が良くないので早々に退出。
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年間5万人もの信者が参拝に訪れると言うだけあって この日も大型バス4台が寺院横の道路脇に停まってる。
寺の歴史は200年以上。
1990年に修復され今の姿になったらしい。 -
次はさっき船でくぐった巨済橋へ向かう。
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この橋も明遠橋同様歴史は古く南宋の代に造られたそうだ。
全長24m、幅4,45m、高さは4,1m
花崗岩で造られている。
3つ穴であることや欄石板の模様や柱頭部に設けられた狛犬の彫刻など 明遠橋との共通点が多い。
度々修復されていて 一番最近では1929年に手直しされたそうだ。 -
そんな巨済橋の畔では地元のお婆さんが黙々と洗い物をしてる。
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后辺街を歩き 次は村の地図に載ってる青云橋を目指す。
どんな橋やろ? -
こ これ? ...
地図を見返すが青云橋に間違いなさそうだ。
村内にある他の古橋とは余りにもかけ離れたショボさ。
ただ地図にはわざわざ載ってるわけだし 何かしらの謂れがあるんかも ... ? -
せっかくなので渡ってみたが この先は村の外れから更に外れへと行く感じ。
近くにあった樹齢100年の樹の傍で ひと休み。 -
この樹より先はもう道がない。
川か池か雑木林だ。
なので村へと戻る。 -
再び青云橋に差しかかると下を流れる水路に船が近づいて来た。
子供が乗っていて そのはしゃぎ声がこの一帯に響いてる。
おー この船もたくさん乗ってるな。
今日は船頭さん 大忙しだ。 -
高翔街を歩いてると祖廟が並んでた。
本当にこの村は規模の割に祖廟が多い。
ご先祖や先人を敬う尊い気持ちと家族や親戚一族の団結力がこの村を築きあげてきたんだろう。
なんでも村の歴史は前漢の代まで遡るそうだ。
前漢て言うと紀元前140年〜8年!
想像を絶する... -
珠江デルタに位置する この逢簡村は古くから水に恵まれ 魚の養殖池を作ったり 畑ではバナナなどの果樹や桑樹を栽培するなどして栄えてきたそうだ。
ただ入り組んだ村内の狭い路地に面した廃屋や古民家を前にすると そんな輝かしい歴史も過去のものかと思う瞬間があった。 -
疲れたあ〜 ずいぶんと歩いた気がする。
どっかで休みたい...
とりあえず逢簡大道まで戻る。
通り沿いにあるバス停の前をうろついてたら バス停の真ん前にある日用雑貨店のおやじと目が合い挨拶をきっかけに少し話をする。
オレが今からバスに乗ってホテルへ帰ることを話すと 「ここに時刻表があるぞ」 と言って店の外壁に掛けられた赤い紙を指差した。 -
へえ〜 30分に1本くらいの割合でバスがある。
しかもこんな田舎なのに時刻表まであるとは 旅人にとってはなんともありがたい。
次のバスは12時40分、今から20分後だ。 -
もはや歩く元気がない...
近くにあった椅子に座る。
イ尓 好! 先に座ってた爺さんに挨拶をする。
すると何か喋り返して来たが さっぱしわからん。
「唔識聴、我係日本旅客」 て広東語も通じてない様子。
さっきの日用雑貨店のおやじには広東語が通じたのに この爺さんは北京語か?
で北京語で声をかけるが返ってくる言葉は...
※△☆○# ...
ダメだ 会話にならない。
そんな時 もうひとりおばさんが現れた。
おばさんには少し北京語が通じる。
そんなおばさんと爺さんのやり取りを見てても 爺さんの一方的な話に仕方なく おばさんが付き合ってやってる て感じ。
ちょっと変わった爺さんなんかな? -
昼12:38. 「逢簡礼堂」 てバス停からバスに乗車。
運賃は2元、前払いで乗車口と運転手との間にある料金箱に入れる。
つり銭はもらえないので前もって小銭の用意が必要だ。
座席は満席で立つしかない。
ここからホテルへ帰るにはバスを2回乗り継がないと たどり着けないので この383路のバスでいったん 杏※客運站まで行く。
車内では次の停留所の名前が表示されるので 自分が降りたいバス停の名前さえつかんでいれば問題ない。
※ 土云 という漢字です (土云=壇)
NEXT旅行記 「足つぼマッサージ前に足首を捻挫する in 順徳」 へつづく
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