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秋の九州の旅の最終目的地は、長崎から西へ100km、大小合わせて140あまりの島々から構成される五島列島最大の島、福江島へ。長崎から飛行機かフェリー(もしくは高速船)で渡ることが出来ますが、比較的欠航の少ない飛行機で渡ることにしました。<br /><br />きっかけは、そこに住む友人の、SNS上の投稿から。<br />しかもその投稿は、単に「昼飯食いに来いよ」的な内容でして、普通なら東京に住む人間が昼飯食うためだけに五島へ行くのはもはや道楽中の道楽。というか、一般サラリーマンの当方としてはまずもってあり得ない行動です。しかし、竹田〜軍艦島の旅程を組んでいる中で、たったの1泊2日くらいで、折角の九州の旅をそのまま帰るのは勿体ない、かつて3か月連続で九州を行ったり来たりする(それも仕事ではなく私用の旅で!)という、バカな金の使い方になりかねない。どうしよう… と思案していた時の投稿でしたので、すぐさま食いついたのでゴザイマス。 (´∀`;)<br />当初は、五島市の市街地を中心に、レンタサイクルで回れるところを回って写真に収めていこうかな、という計画でしたが、まさかその友人が、2日間予定を空けていただいているとは思いもせず。島内巡りをご一緒していただいたのです。おかげさまで、自転車では周遊しきれなかったところまで色々と回ることが出来ました。<br /><br />ということの見返り、というわけではないのですが、福江空港に到着するや否や、まず最初に訪れたのが、香珠子海水浴場。既に11月の冷たい海水で、当然海水浴をするわけではなく(というより濡れてもいいもの持ってきてない…)、やったのは海岸清掃。<br />しかし当方、学生時代に海岸清掃のボランティアをやっていたこともあり、何ら抵抗もなくあっさりと受諾。とはいえ、到着した時にはあらかた綺麗になっていましたので、あまりすることなかったのですが… (´∀`;)<br />まぁそこは、無駄に培った体力を使って、撤収作業に勤しんだわけです。<br /><br /><br />撤収作業が終了し、作業に携わった人たちを囲って豚汁で打上。打上終了後、友人の車に乗せていただいて、島を周遊して回りました。<br /><br />ご存知の通り、長崎の五島列島は特に教会の多い場所。九州の、さらに西の地方にあるという土地柄もあってか、隠れキリシタンが迫害から逃れるように住む場所だったため、大小さまざまな教会が建てられています。とは言え、それらの多くは、宗教の自由が保証された明治以降のものばかり。まぁ単純に建物だけを見ればそれまでですが、迫害によって苦しんできた隠れキリシタンの、何十年に渡る隠匿の生活は、想像以上に厳しく、筆舌しがたいものがあります。<br />それを今も色濃く残している史料が、堂崎教会にあるのですが、それは明日回ることにします。<br /><br />それと同じく興味深かったのが、福江島が織りなす自然と、政治的・軍事的の背景。特に後者は、単に『興味深い』という言葉では片づけられない、というより、むしろそんな言葉で表す方が失礼な部分も含まれていたりします。<br />一口に福江島と言っても、その海岸線の成り立ちや気候は様々。堂崎教会のある奥浦や大瀬崎灯台がある玉之浦は、リアス式海岸。入り組んだ海岸と切り立った崖、ごつごつした岩肌。外海の荒波にさらされて出来上がった自然の産物は、その自然の恐ろしさを象徴するに容易いものがあります。かと言って、頓泊海水浴場のように、穏やかでしかも干潮になると沖の方まで歩いていける、つまり満潮になっても、子供でも結構な沖の方まで行くことが出来るところまであったりします。多様な海岸の趣を一度に感じる、稀有な例でもあると言えます。<br />そんな風土だからか、何と本土では希少で絶滅危惧種にも指定されている生物が、なんとここで豊富に生息している、なんてことも。そんなこと、その友人に案内してもらわなければ、絶対に分からなかったことです。<br />あ、勿論無断で採取・捕獲は禁止されておりますので悪しからず。<br /><br />同じく、友人から聞いた話で興味深かったのが、福江島の政治的・軍事的な立ち位置。詳しい話はこのBlogでは避けますが、聞けば聞くほど、そんな話は東京では聞かない、ネット上ですら、注意深く探らない限り、トピックスにすら挙がらないものばかり。興味深かったことと裏腹に、自分の現在の情勢の無知っぷりに愕然としたものです。<br />でも、それらの情報がたとえ目にし耳にしていたとしても、きっと「ああ、そうなんだ」と単なる情報取得だけに終わっていたような気がします。これは、現地に行かなければ実感出来なかったこと。何て言っても、福江島のすぐそこは東シナ海。外国からの様々な影響を一番に受けるところなのです。東京でのうのうと生きているだけでは、分からないものがあります。<br />とは言え、毎日が緊張の連続ではそれこそ精神上よろしくありませんので、福江に住まう皆さんは本当に大らか。そして、その島に住む人たちならばこその、芯の強さがあるように垣間見えました。<br /><br /><br />五島市の人口は4万人強(2010年国勢調査より)。1970年には7万人近くいたのですが、そこから減少傾向に走っています。街を歩くと、とても発展した街のように思います。特に福江港は漁港として、大小さまざまな施設があり、船も多く停泊。<br />しかし、街を歩くと、ところどころでシャッター街が。この日の前日は日曜日だから、ということもありシャッターが降りていた店も多くありましたが、週が始まってもちらほら。今はまだ子供や学生も多いし、街を歩けば賑わい、活気を肌で感じることが出来るのですが、もしそういった子供たちも大きくなって、より大きく賑わう街を求めて都市部へ移動すれば、島に残るのは年老いた方々だけに。現在、五島市の人口に対する65歳以上の割合は3割強。それが数十年後には5割。全人口の半分が65歳以上になる、という計算になるそうです。<br />友人から聞くその話は、別に五島市だけの問題ではなく、他の島、そして街でも聞かれることです。決して他人事ではない。人口に対する高齢者の割合が増えていくのは、発展した国、都市としての宿命とはいえ、これまで培ってきたその街ならではの文化や伝承といったものが薄れ、途切れてしまう可能性というのもあります。そういったこれから起こる事象を踏まえ、これから出来ること、どのような選択を取るかを、考えさせるきっかけにもなります。<br /><br />福江島と言う、西の端にある島であるという特徴から、この島には宗教に関する様々な伝承が多くあります。その中でも特に、『長崎の教会群とキリスト教関連遺産』にもある通り、キリスト教に関するものが多く占められているのはご存知の通り。他にも、遣唐使の寄泊と、その過程における仏教の伝来についてもいくつかあります。宗教の伝来、もしくはその中継地点としても、この島は重要な位置を示していたんですね。<br />とは言え。これらの教会が、実際のところは五島列島の各地にこれほどまでに散りばめられているとは、ちょっと予想外でした。もちょっと市街地に集中しているという手前勝手な目論見が… (´∀`;)<br />さらに、五島列島の島々も、人が住んでいる住んでいないに関わらず大小さまざまある、というのはご案内した通り。そんなたくさんの表情を魅せる島を、たったの1泊2日で済ませてしまったのは、今回の旅の唯一の後悔したところでもあります。<br />とは言え、今回の五島市の最大の目的は、友人と昼食を食べること。それが果たせただけでも個人的には大満足。 (´∀`)<br /><br />この日、最後に訪れたのは堂崎教会。明治6年に建てられたレンガ造りの教会で、現在は教会としての機能はカトリック浦頭教会に移し、堂崎教会は資料館として公開されています。<br />中には、これまでの豊臣〜徳川の政権によって迫害され、苦渋の毎日を過ごしていたことが窺えます。そんな中でも、己の信仰を守るために、あるいは姿を微妙に変え、あるいは巧妙に隠し通すなど、数百年にもわたる頑ななまでの信仰心が感じられます。<br />しかし因果なことに、世界では、キリスト教は時と共にその姿を変え、頑なに守ってきた姿や方針は、キリスト教が公に認められた時には明治以降、人々を愕然とさせるに至ったわけです。ある人は、その変わった方針に従う人もいるわけですが、それでも、自分たちが守ってきた方針を今でも守っている人もいるわけで、それだけ、自分の心の拠り所である宗教がどれだけ重要な位置を占めているのかが感じられます。<br /><br /><br />[Travel Writing] 深い信仰心が眠る島 - 前編<br />http://cyber0515.blogspot.jp/2013/11/travel-writing_17.html<br />[Travel Writing] 深い信仰心が眠る島 - 後編<br />http://cyber0515.blogspot.jp/2013/11/travel-writing_18.html

深い信仰心が眠る島

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2013/11/17 - 2013/11/18

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Cyber

Cyberさん

秋の九州の旅の最終目的地は、長崎から西へ100km、大小合わせて140あまりの島々から構成される五島列島最大の島、福江島へ。長崎から飛行機かフェリー(もしくは高速船)で渡ることが出来ますが、比較的欠航の少ない飛行機で渡ることにしました。

きっかけは、そこに住む友人の、SNS上の投稿から。
しかもその投稿は、単に「昼飯食いに来いよ」的な内容でして、普通なら東京に住む人間が昼飯食うためだけに五島へ行くのはもはや道楽中の道楽。というか、一般サラリーマンの当方としてはまずもってあり得ない行動です。しかし、竹田〜軍艦島の旅程を組んでいる中で、たったの1泊2日くらいで、折角の九州の旅をそのまま帰るのは勿体ない、かつて3か月連続で九州を行ったり来たりする(それも仕事ではなく私用の旅で!)という、バカな金の使い方になりかねない。どうしよう… と思案していた時の投稿でしたので、すぐさま食いついたのでゴザイマス。 (´∀`;)
当初は、五島市の市街地を中心に、レンタサイクルで回れるところを回って写真に収めていこうかな、という計画でしたが、まさかその友人が、2日間予定を空けていただいているとは思いもせず。島内巡りをご一緒していただいたのです。おかげさまで、自転車では周遊しきれなかったところまで色々と回ることが出来ました。

ということの見返り、というわけではないのですが、福江空港に到着するや否や、まず最初に訪れたのが、香珠子海水浴場。既に11月の冷たい海水で、当然海水浴をするわけではなく(というより濡れてもいいもの持ってきてない…)、やったのは海岸清掃。
しかし当方、学生時代に海岸清掃のボランティアをやっていたこともあり、何ら抵抗もなくあっさりと受諾。とはいえ、到着した時にはあらかた綺麗になっていましたので、あまりすることなかったのですが… (´∀`;)
まぁそこは、無駄に培った体力を使って、撤収作業に勤しんだわけです。


撤収作業が終了し、作業に携わった人たちを囲って豚汁で打上。打上終了後、友人の車に乗せていただいて、島を周遊して回りました。

ご存知の通り、長崎の五島列島は特に教会の多い場所。九州の、さらに西の地方にあるという土地柄もあってか、隠れキリシタンが迫害から逃れるように住む場所だったため、大小さまざまな教会が建てられています。とは言え、それらの多くは、宗教の自由が保証された明治以降のものばかり。まぁ単純に建物だけを見ればそれまでですが、迫害によって苦しんできた隠れキリシタンの、何十年に渡る隠匿の生活は、想像以上に厳しく、筆舌しがたいものがあります。
それを今も色濃く残している史料が、堂崎教会にあるのですが、それは明日回ることにします。

それと同じく興味深かったのが、福江島が織りなす自然と、政治的・軍事的の背景。特に後者は、単に『興味深い』という言葉では片づけられない、というより、むしろそんな言葉で表す方が失礼な部分も含まれていたりします。
一口に福江島と言っても、その海岸線の成り立ちや気候は様々。堂崎教会のある奥浦や大瀬崎灯台がある玉之浦は、リアス式海岸。入り組んだ海岸と切り立った崖、ごつごつした岩肌。外海の荒波にさらされて出来上がった自然の産物は、その自然の恐ろしさを象徴するに容易いものがあります。かと言って、頓泊海水浴場のように、穏やかでしかも干潮になると沖の方まで歩いていける、つまり満潮になっても、子供でも結構な沖の方まで行くことが出来るところまであったりします。多様な海岸の趣を一度に感じる、稀有な例でもあると言えます。
そんな風土だからか、何と本土では希少で絶滅危惧種にも指定されている生物が、なんとここで豊富に生息している、なんてことも。そんなこと、その友人に案内してもらわなければ、絶対に分からなかったことです。
あ、勿論無断で採取・捕獲は禁止されておりますので悪しからず。

同じく、友人から聞いた話で興味深かったのが、福江島の政治的・軍事的な立ち位置。詳しい話はこのBlogでは避けますが、聞けば聞くほど、そんな話は東京では聞かない、ネット上ですら、注意深く探らない限り、トピックスにすら挙がらないものばかり。興味深かったことと裏腹に、自分の現在の情勢の無知っぷりに愕然としたものです。
でも、それらの情報がたとえ目にし耳にしていたとしても、きっと「ああ、そうなんだ」と単なる情報取得だけに終わっていたような気がします。これは、現地に行かなければ実感出来なかったこと。何て言っても、福江島のすぐそこは東シナ海。外国からの様々な影響を一番に受けるところなのです。東京でのうのうと生きているだけでは、分からないものがあります。
とは言え、毎日が緊張の連続ではそれこそ精神上よろしくありませんので、福江に住まう皆さんは本当に大らか。そして、その島に住む人たちならばこその、芯の強さがあるように垣間見えました。


五島市の人口は4万人強(2010年国勢調査より)。1970年には7万人近くいたのですが、そこから減少傾向に走っています。街を歩くと、とても発展した街のように思います。特に福江港は漁港として、大小さまざまな施設があり、船も多く停泊。
しかし、街を歩くと、ところどころでシャッター街が。この日の前日は日曜日だから、ということもありシャッターが降りていた店も多くありましたが、週が始まってもちらほら。今はまだ子供や学生も多いし、街を歩けば賑わい、活気を肌で感じることが出来るのですが、もしそういった子供たちも大きくなって、より大きく賑わう街を求めて都市部へ移動すれば、島に残るのは年老いた方々だけに。現在、五島市の人口に対する65歳以上の割合は3割強。それが数十年後には5割。全人口の半分が65歳以上になる、という計算になるそうです。
友人から聞くその話は、別に五島市だけの問題ではなく、他の島、そして街でも聞かれることです。決して他人事ではない。人口に対する高齢者の割合が増えていくのは、発展した国、都市としての宿命とはいえ、これまで培ってきたその街ならではの文化や伝承といったものが薄れ、途切れてしまう可能性というのもあります。そういったこれから起こる事象を踏まえ、これから出来ること、どのような選択を取るかを、考えさせるきっかけにもなります。

福江島と言う、西の端にある島であるという特徴から、この島には宗教に関する様々な伝承が多くあります。その中でも特に、『長崎の教会群とキリスト教関連遺産』にもある通り、キリスト教に関するものが多く占められているのはご存知の通り。他にも、遣唐使の寄泊と、その過程における仏教の伝来についてもいくつかあります。宗教の伝来、もしくはその中継地点としても、この島は重要な位置を示していたんですね。
とは言え。これらの教会が、実際のところは五島列島の各地にこれほどまでに散りばめられているとは、ちょっと予想外でした。もちょっと市街地に集中しているという手前勝手な目論見が… (´∀`;)
さらに、五島列島の島々も、人が住んでいる住んでいないに関わらず大小さまざまある、というのはご案内した通り。そんなたくさんの表情を魅せる島を、たったの1泊2日で済ませてしまったのは、今回の旅の唯一の後悔したところでもあります。
とは言え、今回の五島市の最大の目的は、友人と昼食を食べること。それが果たせただけでも個人的には大満足。 (´∀`)

この日、最後に訪れたのは堂崎教会。明治6年に建てられたレンガ造りの教会で、現在は教会としての機能はカトリック浦頭教会に移し、堂崎教会は資料館として公開されています。
中には、これまでの豊臣〜徳川の政権によって迫害され、苦渋の毎日を過ごしていたことが窺えます。そんな中でも、己の信仰を守るために、あるいは姿を微妙に変え、あるいは巧妙に隠し通すなど、数百年にもわたる頑ななまでの信仰心が感じられます。
しかし因果なことに、世界では、キリスト教は時と共にその姿を変え、頑なに守ってきた姿や方針は、キリスト教が公に認められた時には明治以降、人々を愕然とさせるに至ったわけです。ある人は、その変わった方針に従う人もいるわけですが、それでも、自分たちが守ってきた方針を今でも守っている人もいるわけで、それだけ、自分の心の拠り所である宗教がどれだけ重要な位置を占めているのかが感じられます。


[Travel Writing] 深い信仰心が眠る島 - 前編
http://cyber0515.blogspot.jp/2013/11/travel-writing_17.html
[Travel Writing] 深い信仰心が眠る島 - 後編
http://cyber0515.blogspot.jp/2013/11/travel-writing_18.html

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
ホテル
4.0
グルメ
5.0
ショッピング
3.5
交通
3.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
JALグループ ANAグループ
旅行の手配内容
個別手配

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