1977/09/05 - 1977/10/11
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Holisunさん
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シベリア鉄道でモスクワまで旅をした時のことです。あの時捕まっていれば今頃まだシベリアの刑務所で生きていたでしょうか? そんなトラブルが起きたのも情報不足や得られた情報を過小評価した時に起きるのだからリスクヘッジは大事だと思う。
私は中ソ関係が悪化してもしかしたら中ソが戦争になると聞き、その緊張した状態を見たいと思いバイカル号に乗り込んだのですが、当時のソヴィエトは共産主義思想でガチガチの頃、にもかかわらず緊張感がなかったために事件は起きたのです。モンゴル国境に最も近い町、チタ駅に着いた時、午後の3時ごろだったでしょうか?
ソチ駅での停車時間は30分ぐらいあっただろうか? 駅の構内には何十台もの軍用トラックを積んだ列車が灯っていました。30両以上も連結があるものでした。
それを見た時私はどうしてもフィルムに収めたい気がしてたまりませんでした。 そしてそれから何分もしないうちに私は憲兵隊に捕まり連行されようとしていました。
写真撮影禁止のポスターはあちらこちらに貼られていたのですが、つい数枚カメラに収めたのでした。
それが密告され、憲兵隊が駆けつけたのでした。 最早、自分からは動きが取れません。 しまった、とは思いましたが、まだその時は何も深刻に考えていませんでした。
偶然にも社内で一緒になった女性が通りがかり助けてくれたのです。 『郷に入らば郷に従え』を守らないと大変なことになる事例を自ら演じてしまった。
この時はスイス人女性の起点で難を逃れたが車内に戻り列車が動きだしてからその女性に大変叱られた。「日本人は島国育ちだからリスク管理ができ無過ぎよ」と言うことだった。そのスイス人女性は5か国語を流著に使いこなしロシア語も喋れたから何とかなったのです。が、私はスパイ容疑で逮捕されたようです。スパイには重い刑が科せられ政治犯ですから終身刑かなと脅されました。ヨーロッパの小国に生きてきた人間にとっては奪い奪われたりの連続で国を守ってきましたからリスク管理が徹底しているそうです。皆さんもぜひお気を付け下さい。
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この旅行記へのコメント (1)
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- 墨水さん 2013/11/23 00:10:27
- 驚き。
- 初めまして、Holisunさん今晩は。
一九七七年当時では、軍用車両はおろか鉄道車両自体も撮影禁止の時代でした。
だいたい、当時のソ連にカメラを持ち込む事自体が危険の時代でしたから、お気楽さも限度を超えてますね。
当時の鉄道、特に旅客列車は巧妙にダイヤが組まれていて、特別区域(軍事施設や収容所、秘密都市等)付近通過の場合は夜間に成る様に設定されてました。
遅延が発生した場合は、夜まで待機かカーテンを閉めさせた上、窓の方向へ顔を向ける事を禁止されていて、不注意に向けてしまうとKGBに逮捕されシベリア送りに成る時代ですね。(怖いですね〜〜っ。)
そんな時代に、スイス人女性の機転と対応の凄さに驚きました。
何者なんでしょうかね?。
今は、余ほどの事が無い限り写真ぐらいは平気ですが、カメラやスマホ欲しさに、強盗に殺される事案が起きてますが。
墨水。
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