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大森貝塚の発見者として知られるエドワード・モース。1877(明治10)年から3度にわたって日本を訪れた彼は、日本の庶民の暮らしや心根に魅せられ、多彩な品々を「記録」としてアメリカに持ち帰っていました。 <br /> モースが感嘆した、明治の名もなき日本人の「こころ」とは何だったのか。 全米最古の博物館といわれるピーボディー・エセックス博物館とボストン美術館に所蔵される「モース・コレクション」から、選び抜かれた320点の生活道具や陶器を展示。明治の庶民を写した写真やモース自身の日記、スケッチなども加え、失われた明治の日常がおよそ140年の時を経てよみがえる、江戸東京博物館の開館20周年記念特別展です。<br />( http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/exhibition/special/2013/09/index.html より引用)<br /><br />東京都江戸東京博物館は、東京都墨田区横網(よこあみ)にある東京都立の博物館。<br />指定管理者制度により、東京都歴史文化財団グループが管理・運営する<br /><br />JR両国駅から徒歩3分、国技館の隣に位置する。分館として、小金井市の小金井公園内に江戸東京たてもの園がある。失われていく江戸、東京の歴史と文化に関わる資料を収集、保存、展示することを目的に、平成5年(1993年)3月28日に開館した。<br /><br />建物の設計は菊竹清訓で、地上7階、地下1階の鉄骨造構造。地上部分の高さは約62mで、江戸城の天守閣とほぼ同じである。隣接する国技館との調和を考え、高床式のユニークな構造の建物になっているが、東京下町の景観を損ねているとの批判もある。<br /><br />5階と6階が吹き抜けの構造になっており、常設展示のほか、年に4、5回の企画展示や催し物等が開催されている。常設展示室は江戸、東京、通史の各ゾーンに分かれ、絵図、浮世絵などの資料や、日本橋(縮尺1/1)や中村座(縮尺1/1)の複製、長屋の大型模型、可動模型、持上げ可能な千両箱などの展示物が設置されており、城下町としての江戸、庶民の日常生活、火消し、食生活、文化、東京ゾーンでは明治維新、文明開化、東京大空襲などの展示がある。<br />(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)<br /><br />江戸東京博物館 については・・<br />http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/<br /><br />熊本が生んだ稀代の 生き人形師松本喜三郎は文政八年(一八二五)に熊本の井手ノ口町(今の熊本市迎町)に生まれました。若き頃から地蔵祭りの「造りもの」で名を馳せ、やがて大阪難波新地、そして浅草奥山へと進出。まるで生きているかのような等身大の人形を立ち並べた、「浮世見立四十八癖」、「西国三十三所観音霊験記」などの見世物興行で、一世を風靡しました。それはかの高村光雲が震えるように感動した作品の数々だったといわれています。 <br /><br /> しかし、幕末から明治への大転換期にあって、西洋崇拝の風潮が高まる中で、また見世物細工が美術より一段低く見られるという偏見の中で、その存在は次第に忘れられ、近代の闇の中に消し去られることとなりました。 <br />本展は松本喜三郎を中心に、生人形の歴史的な輪郭をその闇の中から浮かび上がらせることで、改めて「近代」の意味を問い直し、併せて、アメリカ、ドイツをはじめ、海外で発見した新資料の紹介を通して、文化交流史における生人形の存在の意味を明らかにするものです。<br />( http://www.camk.or.jp/event/exhibition/ikiningyou/ より引用) <br />

両国-2 明治のこころ~モースがみた庶民のくらし~展 ☆見事な生き人形も

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2013/10/09 - 2013/10/09

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マキタン2

マキタン2さん

大森貝塚の発見者として知られるエドワード・モース。1877(明治10)年から3度にわたって日本を訪れた彼は、日本の庶民の暮らしや心根に魅せられ、多彩な品々を「記録」としてアメリカに持ち帰っていました。
 モースが感嘆した、明治の名もなき日本人の「こころ」とは何だったのか。 全米最古の博物館といわれるピーボディー・エセックス博物館とボストン美術館に所蔵される「モース・コレクション」から、選び抜かれた320点の生活道具や陶器を展示。明治の庶民を写した写真やモース自身の日記、スケッチなども加え、失われた明治の日常がおよそ140年の時を経てよみがえる、江戸東京博物館の開館20周年記念特別展です。
( http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/exhibition/special/2013/09/index.html より引用)

東京都江戸東京博物館は、東京都墨田区横網(よこあみ)にある東京都立の博物館。
指定管理者制度により、東京都歴史文化財団グループが管理・運営する

JR両国駅から徒歩3分、国技館の隣に位置する。分館として、小金井市の小金井公園内に江戸東京たてもの園がある。失われていく江戸、東京の歴史と文化に関わる資料を収集、保存、展示することを目的に、平成5年(1993年)3月28日に開館した。

建物の設計は菊竹清訓で、地上7階、地下1階の鉄骨造構造。地上部分の高さは約62mで、江戸城の天守閣とほぼ同じである。隣接する国技館との調和を考え、高床式のユニークな構造の建物になっているが、東京下町の景観を損ねているとの批判もある。

5階と6階が吹き抜けの構造になっており、常設展示のほか、年に4、5回の企画展示や催し物等が開催されている。常設展示室は江戸、東京、通史の各ゾーンに分かれ、絵図、浮世絵などの資料や、日本橋(縮尺1/1)や中村座(縮尺1/1)の複製、長屋の大型模型、可動模型、持上げ可能な千両箱などの展示物が設置されており、城下町としての江戸、庶民の日常生活、火消し、食生活、文化、東京ゾーンでは明治維新、文明開化、東京大空襲などの展示がある。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)

江戸東京博物館 については・・
http://www.edo-tokyo-museum.or.jp/

熊本が生んだ稀代の 生き人形師松本喜三郎は文政八年(一八二五)に熊本の井手ノ口町(今の熊本市迎町)に生まれました。若き頃から地蔵祭りの「造りもの」で名を馳せ、やがて大阪難波新地、そして浅草奥山へと進出。まるで生きているかのような等身大の人形を立ち並べた、「浮世見立四十八癖」、「西国三十三所観音霊験記」などの見世物興行で、一世を風靡しました。それはかの高村光雲が震えるように感動した作品の数々だったといわれています。

 しかし、幕末から明治への大転換期にあって、西洋崇拝の風潮が高まる中で、また見世物細工が美術より一段低く見られるという偏見の中で、その存在は次第に忘れられ、近代の闇の中に消し去られることとなりました。
本展は松本喜三郎を中心に、生人形の歴史的な輪郭をその闇の中から浮かび上がらせることで、改めて「近代」の意味を問い直し、併せて、アメリカ、ドイツをはじめ、海外で発見した新資料の紹介を通して、文化交流史における生人形の存在の意味を明らかにするものです。
( http://www.camk.or.jp/event/exhibition/ikiningyou/ より引用)

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
交通
4.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
JRローカル

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