2007/05/04 - 2007/05/04
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地球の迷い方さん
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ご訪問ありがとうございます。
二日目の早朝もパルミラの遺跡を見に行くことにしました。
早朝の気温は過ごしやすく写真撮影にはもってこいでした。
かつて栄光を放ったパルミラですがローマ帝国に儚く破壊されてしまいました。女王ゼノビアの単独行動主義が破滅を引き起こしたものとされています。
ところで昨日ダマスカスからパルミラへの道中、シリア軍がエスコートしてくれました。バスの最後尾に座る私は車列のシリア軍に手を振ると、若いシリア兵たちは手を振って返してくれました。
軍隊は表裏一体ですがこの時、彼らは隣国でアメリカと戦うイラク軍をどう感じていたのだろうか?
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
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パルミラはシリア砂漠の中央に位置し、紀元前1世紀以降、シルクロードの中継地点として発展した都市です。
アーチの石造がずれて今にも落ちそうだ!!
このアーチが後にアーキテクトの語源に。 -
当時、ローマ帝国の属領だったシリアの周縁部にあったが、半ば独立国として地位を認められていました。
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広大な市域には、古代ローマ文化でも最高水準を誇る神殿や野外劇場、元老院など華麗な建造物の遺構が現在も多数残されています。
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パルミラの絶頂期は3世紀後半で統治者はゼノビアであった。
在位は267〜272年。 -
女王ゼノビアは独立を目論見ローマの属領を攻略して版図を広げるなどの行動に出た。しかしパルミラはローマ皇帝アウレリアヌスによって制圧されてしまい、捕虜となった女王は余生をローマで過ごしたらしい。
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彼女ゼノビアは自らをクレオパトラの末裔と称するほど美しく知性も豊かであったが、その反面、野心家で自信が強かったそうだ。
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女王の思いは交易都市パルミラを本格的な国家にして、莫大な利益を独占することにあったのではないかとされている。
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国を滅亡に導いたゼノビアはパルミラ国民にとって極めつけの悪女であったかもしれない。
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列柱が当時の英華を感じさせている。
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アラブ城。
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死者の谷から見たお墓。
塔の中がお墓になっていて何段ものベッドがあり死者が葬られていた。 -
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