2006/12/13 - 2006/12/14
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Donkyさん
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「旅の記録」(28)・・四国周遊の旅・足摺岬・宇和島・内子・宇和
ANA誘遊四国号Dルートに乗って「四国周遊」旅の記録です。
やなせたかしさんのあんぱんまん号(JR予讃線)はこれからも四国路を走り続けることでしょう。
誘遊四国号Dルートで足摺岬の観光後、愛媛県に入りました。
▼宇和島・真珠会館(自由昼食&見学)雨降りしきる中を真珠会館へ
「真珠会館」は真珠製品の加工直売店。「真珠会館」併設の「ハイウェイレストラン宇和島」でふくめん昼食。
▼国の重要文化財 の指定を受けた西予市宇和町「開明学校」
1882年(明治15年)に建築された校舎は、白壁にアーチ型の窓と舶来ガラスを採用した 当時としては、ちょっと洋風的な校舎で、西日本最古の校舎と言われています。 貴重な資料約6千点が収蔵及び展示されています。
▼西予市宇和町「米博物館」
旧宇和町小学校校舎保存と「米どころ宇和」のPRの為、4つあった校舎のうち109メートルの長-い廊下をもつこの校舎と講堂が保存され、平成3年に「米博物館」として 開館。
▼内子町
江戸後期から明治にかけて和紙と木蝋で栄えた商家町。もともと遍路道にあたることから近世には集落が整い、城主の菩提寺・高昌寺の門前町としても発達していました。
八日市・護国の町並みには黄漆喰、白漆喰で塗り込められた重厚な外壁の商家や土蔵が並び、贅を尽くした漆喰細工や虫籠窓がみもの。大正5年(1916年)創建で、1985年に復元された本格的な芝居小屋「内子座」もみどころのひとつです。
あるときは、歌舞伎、人形芝居、あるときは落語、映画等、農閑期には、多彩な出し物が内子座を輝かせ、人々の心の糧として大切にされました。
四国滞在中 降り続いた雨は最後まで止むことはありませんでした。旅は天候しだいですから 大減点ですね。
注) このブログ記事中 「開明学校」と「内子町」に関する記述はフリー百科ウィキペディアなどから抜粋し一部加筆したものです。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 観光バス ANAグループ
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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▼宇和島・真珠会館(自由昼食&見学)雨降りしきる中を真珠会館へ
「真珠会館」は真珠製品の加工直売店。 -
ANA誘遊四国号に乗って 最終日は4県目愛媛県
宇和島・宇和町・内子・松山の順で移動開始 -
この日の団体旅行客は 4件?
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当地僧都川で 捕獲された 大きなウナギがお出迎え
体長:145.3Cm
体重: 10Kg -
愛南地区 観光ガイド
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「真珠会館」併設の「ハイウェイレストラン宇和島」で「ふくめん」昼食。
ふくめんは 愛媛県宇和島市周辺における郷土料理の一つ。
千切りにして味付けしたこんにゃく(または味付けした糸こんにゃく)の上に、そぼろや細かく刻んだみかんの皮、ねぎのみじん切りなどを区画に分けて盛り付けたものです。 -
ふくめんは福麺と書き、結婚式などの祝い事で食されます。 見て楽しむ料理であり、味は美味しいという人は少ないとか。カロリーは極小であり非常にヘルシーな料理です。 すぐに混ぜて食べるのでなく、真ん中のあたりからのの字を書くように混ぜていき、最後まできれいな姿を残すのが通の食べ方とされています。
名前の由来としては、こんにゃくが見えなくなるまで「覆面」することからとも、こんにゃくを切ることを「ふくめ」ということからなどと言われています。 -
▼西予市宇和町「米博物館」へ
旧宇和町小学校 保存と「米どころ宇和」のPRの為、4つあった校舎のうち109メートルの長-い廊下をもつこの校舎と講堂が保存されました。 -
▼西予市宇和町「米博物館」
「米博物館」になった旧教室の中に米に関するパネルがいっぱい展示されています。 -
米価の歴史などもありますが、大半の訪問者が展示には目もくれず、雑巾がけ競争記録に目を奪われます。
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この日もある学校の教師と生徒で競争が行われ、30代前半の教師が、生徒に敗れる瞬間を目撃しました。微笑ましいシーンでした。
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これが日本一長いであろうといわれていた学校の廊下 長さ109メートルあります。
でも 事実はそうではなかったのです。上には上がいて 日本一長いのは群馬県沼田市立沼田小 長さ187メートルの「日本一長い学校廊下」を自任しています。 -
気を落とすことはない、100メートル以上だってそうないのだから・・・。
写真は米一俵の価格推移 -
壁に 109M雑巾がけ競争のタイム記録が張り出され 近隣の高校水泳部武内君が21秒で記録保持者。
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以下20秒台が続き 女子は1位が29秒 それでも凄いのです。
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▼「開明学校」(西予市宇和町)は平成9年5月29日に 国の重要文化財 の指定を受けました。
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1882年(明治15年)に建築された校舎は、白壁にアーチ型の窓と舶来ガラスを採用した 当時としては、ちょっと洋風的な校舎で、西日本最古の校舎と言われています。
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JR予讃線 下り列車ボディにはあんぱんまんキャラがいっぱい
予讃線上下線ともに「あんぱんまん号」先日亡くなられたあんぱんまん作者 やなせたかしさんは10〜20代を過ごした高知県の地域振興にも熱心で、同県香美市には96年、私財を投じて「アンパンマンミュージアム」をオープンしています。
漫画界の最長老で、国民的な人気アニメ「アンパンマン」などの作品で知られる漫画家のやなせたかし(本名・柳瀬嵩=やなせ・たかし)さんが2013年10月13日、心不全のため東京都内の病院で死去した。94歳だった。 -
内子町(うちこちょう)は、愛媛県の南予地方に位置する町です。
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ハゼの流通で財をなした商家が建ち並ぶ町並み保存を手かがりに、白壁と木蝋のまちづくりを進めてきました。
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内子駅前 観光案内所
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内子町営 レトロバス ちゃがまる
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内子町営 レトロバス ちゃがまる 時間表
町内一周しても20分。 -
今日では、町並みから村並みへ、「エコロジータウンうちこ」をキャッチフレーズとし、農村景観保全や農産物の直売、農村民泊、グリーンツーリズムなどの、交流人口の受け入れ、第一次産業の活性化などの取組みで全国的にも知られています。
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内子町にある旧家屋の壁の構成要素や構造を示しています。
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今も残る旧家屋が 観光客向けに公開されています。
2005年(平成17年)1月1日、(旧)喜多郡内子町、喜多郡五十崎町、上浮穴郡小田町が新設合併し、新しい喜多郡内子町となりました。 -
典型的な中山間地で、農林業が主たる産業であり、第二次産業としては建設業関係が主体です。
白壁に巨大な魔除けの彫り物? 瓦?かなあ、色んな絵柄がありました。 -
旧家の縁先に 農産物が 何気に並べられ 販売されていました。
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しかし北部には真空ベローズで有名な入江工研内子工場があります。藩政期には、木蝋、和紙等の生産で栄え、白壁の町並みが残っています。
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このため、これらを生かした観光産業やグリーンツーリズムの取組みが進んでいます。
木彫りの ふくろう(不苦労)を売る お土産やさん -
内子の観光は、マスツーリズムとは一線を画した、「交流」と呼ぶほうが相応しい状況ですが、ここでは、一般的な呼び名として、広義の「観光」として取り扱います。
木彫りの ふくろう(不苦労)のお土産やさん -
松山市から南予方面(愛媛県南部)へ向かう幹線国道である国道56号沿線であり、松山市から40kmと足を伸ばすのに適度な距離であり、交通の面からの立ち寄り型あるいは松山の衛星観光地としての素質をもともと有していました。
ハゼから木蝋が採取されていました。 -
今も残る和蝋燭
特に、町並み保存地区は、今日のように全国各地の町並みが観光資源として評価される以前から、町職員が文化庁と折衝し、精力的に保存活動に携わっていました。 -
今も残る和蝋燭
加えて、観光資源として農村の魅力が残っていたことも欠かせないポイントの一つです。
確かに、当地でも農業は疲弊しつつあるが、米作に特化しすぎることなく、傾斜地もうまく活用して、果樹(ぶどう、なし、桃、カキなど)生産が行われ、観光果樹園としての活路が開かれていました。
また、農業が残っていたため、水車や屋根付橋などの農村風景も残っており、その点も、近年、交流人口の獲得、定着に大いにプラスになっています。 -
内子座(うちこざ)は、明治末から大正にかけて内子の町が木蝋や生糸などの生産で栄えていた頃、地元の人々の娯楽の場として発案され、大正天皇の即位を祝して地元有志の出資により創建されました。
現在の建物は昭和60年代に復元されたものです。内子町指定文化財となっています。 -
愛媛県喜多郡内子町の重要伝統的建造物群保存地区「八日市護国」の近くにある歌舞伎劇場「内子座」は、木造2階建て瓦葺き入母屋造り 収容人員 650名 敷地 302坪 建築面積 1階177坪、3階65坪、計242坪 主要設備:枡席 回り舞台 奈落 すっぽん
小さな劇場であっても、歌舞伎や文楽など著名な役者が何度も一流の演技を見せに来てくれていることや、道後温泉ではなく古くからある地元の旅館に宿泊していることなど、旅館「松之家」の女将が淡々と話していたのが印象的です。 -
内子町は明治・大正時代に木蝋で栄えた町であり、本芳賀(ほんはが)、上芳賀家を中心に20軒あまりの蝋屋の財力が町の経済を支えていました。 この経緯があって、内子座が出来て以来、芝居の公演があると、枡席の席次は、名家芳賀家(本芳賀・上芳賀)が中央の一番良い席に陣取り、その周囲を一族や出資の多かった人たちが囲んで座るという取り決めになっていたそうです。
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あるときは、歌舞伎、人形芝居、あるときは落語、映画等、農閑期には、多彩な出し物が内子座を輝かせ、人々の心の糧として大切にされました。
その後昭和40年代にはホール的に活用されていましたが、老朽化により取り壊されようとしていました。 -
しかしながら、町並み保存地区に近接していることもあり、まちづくりの核として活用していくべきとの町民からの要望により復元され、今日に至っています。
今日では、歌舞伎のほか、各種講演やまちづくりの会合等に活用されているそうです。 -
イチオシ
JR予讃線 上り列車あんぱんまん号
故やなせたかしさんのあんぱんまん号はこれからも四国路を走り続けることでしょう。
急行で 内子駅から伊予松山駅まで 概算で27分 -
松山市 道後温泉駅前にある「からくり時計」
帰路は松山空港から 羽田に向かいました。
四国滞在中 降り続いた雨は最後まで止むことはありませんでした。旅は天候しだいですから今回の旅は大減点ですね。
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