吉野川・阿波・脇町旅行記(ブログ) 一覧に戻る
「旅の記録」(26)・・四国周遊の旅・大歩危小歩危・高知城<br /><br /> ANA誘遊四国号Bルートに乗って「四国周遊」旅の記録です。<br /><br /> 徳島県から高知県に移動し高知市内で最初に見つけたのが、あの「はりまや橋」でした。北海道紋別のバスガイドさんの言っていた「知名度ほどは大きく感じない」橋です。札幌時計台がビルの谷間にちょこんとあって、あまり目立たないといわれたことに対し、「お客さん、播磨屋橋よりましですよ。あれは目立たない。」<br /><br /> さて高知県の前に徳島県三好市山城町の大歩危に立寄りました。<br /><br /> 吉野川が四国山地を横切るところに、激流によって削られた渓谷が約8kmにわたり続いています。「ぼけ」とは谷の両岸に山が迫る険しい場所を指します。 渓谷の両岸の岩石は約2億年前の地層で、含礫片岩[がんれきへんがん]は徳島県の天然記念物。<br /><br /> レストラン大歩危峡「まんなか」から、小歩危方面へ遊覧船(乗船1050円、時間:9-17時に随時運航、休み:荒天日、所要30分)が出ています。<br /><br /> なお車窓から見た小歩危は大歩危の男性的な景観に対し、岩の形もやさしくなっていました。<br /><br />初日は高知市内で 宿泊した「ホテル南水」(〒780-0901 高知県高知市上町1-7-12)は 坂本竜馬屋敷跡に建つ 只者ではないホテルでした。<br /><br />注) このブログ記事中 大歩危と高知城に関する記述はフリー百科ウィキペディアなどから抜粋し一部加筆したものです。

「誘遊四国」(2)大歩危小歩危遊覧・土佐の高知で播磨屋橋見つけた。

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2006/12/12 - 2006/12/14

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Donky

Donkyさん

「旅の記録」(26)・・四国周遊の旅・大歩危小歩危・高知城

 ANA誘遊四国号Bルートに乗って「四国周遊」旅の記録です。

 徳島県から高知県に移動し高知市内で最初に見つけたのが、あの「はりまや橋」でした。北海道紋別のバスガイドさんの言っていた「知名度ほどは大きく感じない」橋です。札幌時計台がビルの谷間にちょこんとあって、あまり目立たないといわれたことに対し、「お客さん、播磨屋橋よりましですよ。あれは目立たない。」

 さて高知県の前に徳島県三好市山城町の大歩危に立寄りました。

 吉野川が四国山地を横切るところに、激流によって削られた渓谷が約8kmにわたり続いています。「ぼけ」とは谷の両岸に山が迫る険しい場所を指します。 渓谷の両岸の岩石は約2億年前の地層で、含礫片岩[がんれきへんがん]は徳島県の天然記念物。

 レストラン大歩危峡「まんなか」から、小歩危方面へ遊覧船(乗船1050円、時間:9-17時に随時運航、休み:荒天日、所要30分)が出ています。

 なお車窓から見た小歩危は大歩危の男性的な景観に対し、岩の形もやさしくなっていました。

初日は高知市内で 宿泊した「ホテル南水」(〒780-0901 高知県高知市上町1-7-12)は 坂本竜馬屋敷跡に建つ 只者ではないホテルでした。

注) このブログ記事中 大歩危と高知城に関する記述はフリー百科ウィキペディアなどから抜粋し一部加筆したものです。

旅行の満足度
3.5
観光
3.5
ホテル
3.5
グルメ
3.5
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
観光バス ANAグループ
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行なし)
利用旅行会社
ANAセールス
  • ANA誘遊四国Bルートの旅は続きます。 午後一番に徳島県へ入りました。<br /><br />小歩危(こぼけ)を車窓から眺めた後で、徳島県最初の立ち寄り先は大歩危(おおぼけ)です。大歩危は、吉野川中流域に位置する渓谷です(先行谷)。<br />

    ANA誘遊四国Bルートの旅は続きます。 午後一番に徳島県へ入りました。

    小歩危(こぼけ)を車窓から眺めた後で、徳島県最初の立ち寄り先は大歩危(おおぼけ)です。大歩危は、吉野川中流域に位置する渓谷です(先行谷)。

  • 大歩危(おおぼけ)は、吉野川西岸の徳島県三好市山城町西宇地区の歩危茶屋付近から高知県長岡郡大豊町大久保地区の一部までと、その対岸となる徳島県三好市西祖谷山村の一部を指す総称でもあります。<br /><br />レストラン大歩危峡「まんなか」から、小歩危方面へ遊覧船の船着場へと歩く筆者です。

    大歩危(おおぼけ)は、吉野川西岸の徳島県三好市山城町西宇地区の歩危茶屋付近から高知県長岡郡大豊町大久保地区の一部までと、その対岸となる徳島県三好市西祖谷山村の一部を指す総称でもあります。

    レストラン大歩危峡「まんなか」から、小歩危方面へ遊覧船の船着場へと歩く筆者です。

  • 峡谷そのものを指す場合は大歩危峡(おおぼけきょう)と呼ばれることが多いようです。夏季には多くのラフティング・カヤック愛好者を集めるほか、百年以上の歴史がある大歩危峡遊覧船で知られています。

    峡谷そのものを指す場合は大歩危峡(おおぼけきょう)と呼ばれることが多いようです。夏季には多くのラフティング・カヤック愛好者を集めるほか、百年以上の歴史がある大歩危峡遊覧船で知られています。

  • 数km下流の小歩危(こぼけ)と共に、大歩危・小歩危(おおぼけ・こぼけ)として一括りにされることが多く、剣山国定公園に含まれています。

    数km下流の小歩危(こぼけ)と共に、大歩危・小歩危(おおぼけ・こぼけ)として一括りにされることが多く、剣山国定公園に含まれています。

  • 普段は静かな渓谷も 紅葉の時期は 近隣からの人出も多くなりますが・・・。

    普段は静かな渓谷も 紅葉の時期は 近隣からの人出も多くなりますが・・・。

  • この地域の地質は三波川帯に属し、変成岩類で構成されています。大歩危は砂質片岩および黒色(泥質)片岩を主体として構成され、吉野川沿いは砂質片岩が多く露出しています。

    この地域の地質は三波川帯に属し、変成岩類で構成されています。大歩危は砂質片岩および黒色(泥質)片岩を主体として構成され、吉野川沿いは砂質片岩が多く露出しています。

  • 変成岩中に礫(れき)の原型を留めた礫質(れきしつ)片岩が含まれているものもあります。大歩危の礫質片岩は含礫片岩として徳島県天然記念物に指定されています。

    変成岩中に礫(れき)の原型を留めた礫質(れきしつ)片岩が含まれているものもあります。大歩危の礫質片岩は含礫片岩として徳島県天然記念物に指定されています。

  • 川沿いに変成岩類が露出しています。

    川沿いに変成岩類が露出しています。

  • 地名の由来;一般には漢字説(「大股で歩くと危険」)が有名ですが、昔から現在の漢字で表記していたわけではなく間違いです。 <br /><br />

    地名の由来;一般には漢字説(「大股で歩くと危険」)が有名ですが、昔から現在の漢字で表記していたわけではなく間違いです。

  • 「ほき、ほけ」は断崖を意味する古語まのです。「おおぼけ」という音に対して、文化12年(1815年)編纂の阿波史では「大嶂」の字を充てており、明治6年(1873年)の地租改正の際に当時の三名村は「大歩怪」の字を充てていました。

    「ほき、ほけ」は断崖を意味する古語まのです。「おおぼけ」という音に対して、文化12年(1815年)編纂の阿波史では「大嶂」の字を充てており、明治6年(1873年)の地租改正の際に当時の三名村は「大歩怪」の字を充てていました。

  • 地租改正の際に「こぼけ」には「小歩危」の字を充てており、後に「小歩危」に合わせて「大歩危」と表記するようになったそうです。

    地租改正の際に「こぼけ」には「小歩危」の字を充てており、後に「小歩危」に合わせて「大歩危」と表記するようになったそうです。

  • 大歩危・小歩危付近は地滑り地帯であると同時に四国屈指の多雨地帯で、荒天時には落石や土砂崩れがしばしば発生します。<br />

    大歩危・小歩危付近は地滑り地帯であると同時に四国屈指の多雨地帯で、荒天時には落石や土砂崩れがしばしば発生します。

  • このため、落石や土砂崩れだけでなく、雨量が基準値を超えても国道32号は通行止めになります。<br /><br />頻発する通行止めは地元住民にとって不便なものであるし、そもそも落石や土砂崩れは非常に危険なものです。

    このため、落石や土砂崩れだけでなく、雨量が基準値を超えても国道32号は通行止めになります。

    頻発する通行止めは地元住民にとって不便なものであるし、そもそも落石や土砂崩れは非常に危険なものです。

  • そこで、国道32号のセブン-イレブン三好大歩危店(旧サンクス大歩危店)付近から峡谷の湯宿大歩危峡まんなか付近までの区間を安全に通行するために大歩危トンネルが計画されているそうです。

    そこで、国道32号のセブン-イレブン三好大歩危店(旧サンクス大歩危店)付近から峡谷の湯宿大歩危峡まんなか付近までの区間を安全に通行するために大歩危トンネルが計画されているそうです。

  • 香川・徳島を経て 雨の中を 夕方には高知県に入りました。

    香川・徳島を経て 雨の中を 夕方には高知県に入りました。

  • 雨で霞む車窓に見つけました。あの「はりまや橋」です。欄干のデザインにご注目あれ。 そうです 坊さんが買ったかんざしです。<br /><br />♪土佐の 高知の はりまや橋で♪ あの橋です。<br /><br />紋別のバスガイドさんの言っていた「知名度ほどは大きく感じない」橋。<br />札幌で「札幌時計台が意外に小さなものだと観光客に言われ「土佐のはりまや橋よりはまだましでしょ?」と彼女は答え 引き合いに出された可哀想な橋だったのですが・・。<br /><br />現在は川がないので 橋の上部のみ残っています。 近くの公園に 江戸時代の朱色に塗られた木製の橋のモデルが作られています。

    雨で霞む車窓に見つけました。あの「はりまや橋」です。欄干のデザインにご注目あれ。 そうです 坊さんが買ったかんざしです。

    ♪土佐の 高知の はりまや橋で♪ あの橋です。

    紋別のバスガイドさんの言っていた「知名度ほどは大きく感じない」橋。
    札幌で「札幌時計台が意外に小さなものだと観光客に言われ「土佐のはりまや橋よりはまだましでしょ?」と彼女は答え 引き合いに出された可哀想な橋だったのですが・・。

    現在は川がないので 橋の上部のみ残っています。 近くの公園に 江戸時代の朱色に塗られた木製の橋のモデルが作られています。

  • 播磨屋橋(はりまやばし)は、高知市中心部にある道路橋で、長さ約20mの桁橋です。俗に、ひらがなではりまや橋と表記されることも多く、国道32号支線と、土佐電気鉄道桟橋線が通っています。<br /><br />▼名称の由来<br />江戸時代に、高知の豪商である播磨屋と櫃屋(ひつや)は、互いに本店が堀で隔てられていました。この両者の往来の為に架けられた私設の橋が、「播磨屋橋」(はりまや橋)の名称の由来です。<br />城下町・高知の中心部に位置しているので、橋の付近には、江戸時代初期に、掛川から移住した山内家の家臣たちの住居が集まっていました。<br /><br />

    播磨屋橋(はりまやばし)は、高知市中心部にある道路橋で、長さ約20mの桁橋です。俗に、ひらがなではりまや橋と表記されることも多く、国道32号支線と、土佐電気鉄道桟橋線が通っています。

    ▼名称の由来
    江戸時代に、高知の豪商である播磨屋と櫃屋(ひつや)は、互いに本店が堀で隔てられていました。この両者の往来の為に架けられた私設の橋が、「播磨屋橋」(はりまや橋)の名称の由来です。
    城下町・高知の中心部に位置しているので、橋の付近には、江戸時代初期に、掛川から移住した山内家の家臣たちの住居が集まっていました。

  • 1998年、車道の隣に歩道専用の太鼓橋として新しい播磨屋橋が設けられ、橋の下には人工水路が設置されました。旧欄干は、播磨屋橋公園の地下に展示されています。また、播磨屋橋公園には、明治時代の播磨屋橋を復元した橋も架かっているのです。<br /><br />以上 播磨屋橋の写真2枚と 記述は「ウィキペディア」からの抜粋・転用です。

    1998年、車道の隣に歩道専用の太鼓橋として新しい播磨屋橋が設けられ、橋の下には人工水路が設置されました。旧欄干は、播磨屋橋公園の地下に展示されています。また、播磨屋橋公園には、明治時代の播磨屋橋を復元した橋も架かっているのです。

    以上 播磨屋橋の写真2枚と 記述は「ウィキペディア」からの抜粋・転用です。

  • 高知城天守閣 高知城(こうちじょう、Kōchi Castle, Kōchi-jo)は、高知県高知市(土佐国土佐郡高知)にあった城。別名、鷹城(たかじょう)。<br /><br />江戸時代、土佐藩の藩庁がおかれていました。江戸時代に建造された天守や追手門等が現存し、城跡は国の史跡に指定されています。日本100名城に選定されています。高知市のある高知平野のほぼ中心に位置する大高坂山(標高44.4m)上に築かれた、梯郭式平山城。山の南を流れる鏡川、北の江の口川をそれぞれ外堀として利用しています。<br /><br />戦国時代以前には大高坂山城(おおたかさかやまじょう/おおたかさやま-)または大高坂城と呼ばれる城が築かれていました。

    高知城天守閣 高知城(こうちじょう、Kōchi Castle, Kōchi-jo)は、高知県高知市(土佐国土佐郡高知)にあった城。別名、鷹城(たかじょう)。

    江戸時代、土佐藩の藩庁がおかれていました。江戸時代に建造された天守や追手門等が現存し、城跡は国の史跡に指定されています。日本100名城に選定されています。高知市のある高知平野のほぼ中心に位置する大高坂山(標高44.4m)上に築かれた、梯郭式平山城。山の南を流れる鏡川、北の江の口川をそれぞれ外堀として利用しています。

    戦国時代以前には大高坂山城(おおたかさかやまじょう/おおたかさやま-)または大高坂城と呼ばれる城が築かれていました。

  • 現在見られる城は、江戸時代初期に、土佐藩初代藩主・山内一豊によって着工され、2代忠義の時代に完成し、土佐藩庁が置かれました。4層6階の天守は、一豊の前任地であった掛川城の天守を模したといわれています。<br /><br />千代と一豊で有名な お城ですが・・・。<br />

    現在見られる城は、江戸時代初期に、土佐藩初代藩主・山内一豊によって着工され、2代忠義の時代に完成し、土佐藩庁が置かれました。4層6階の天守は、一豊の前任地であった掛川城の天守を模したといわれています。

    千代と一豊で有名な お城ですが・・・。

  • 一豊により河中山城(こうちやまじょう)と名付けられましたが、高智山城と名を変えたのち、現在の城名となりました。高知城は本丸の建物が完全に残る唯一の城として知られています。<br /><br />高知城 ここでも 千代の銅像が・・・。千代のほうが有名人なんだここでも

    一豊により河中山城(こうちやまじょう)と名付けられましたが、高智山城と名を変えたのち、現在の城名となりました。高知城は本丸の建物が完全に残る唯一の城として知られています。

    高知城 ここでも 千代の銅像が・・・。千代のほうが有名人なんだここでも

  • 宿の近くにある 坂本龍馬の生家が 立派な「龍馬記念館」になっていました。

    宿の近くにある 坂本龍馬の生家が 立派な「龍馬記念館」になっていました。

  • 「龍馬記念館」に残された 龍馬直筆の書<br /><br />個性的かつ豪快です。

    「龍馬記念館」に残された 龍馬直筆の書

    個性的かつ豪快です。

  •  さて 初日の宿泊先は高知市の龍馬屋敷後に建つ「ホテル南水」<br /><br /> 今度は 坂本龍馬屋敷跡に建つホテルです。<br /><br /> このホテルは 階段の脇の壁が まるで坂本龍馬博物館。 なお龍馬記念館の近くにあり「龍馬生家」とは異なる場所です。<br /><br />写真はホテル南水の夕食です。

     さて 初日の宿泊先は高知市の龍馬屋敷後に建つ「ホテル南水」

     今度は 坂本龍馬屋敷跡に建つホテルです。

     このホテルは 階段の脇の壁が まるで坂本龍馬博物館。 なお龍馬記念館の近くにあり「龍馬生家」とは異なる場所です。

    写真はホテル南水の夕食です。

  • 坂本龍馬の屋敷跡に立つ土佐の宿「ホテル南水」ロビーには龍馬の肖像画や、数々の珍しい資料が展示されています。

    坂本龍馬の屋敷跡に立つ土佐の宿「ホテル南水」ロビーには龍馬の肖像画や、数々の珍しい資料が展示されています。

  •  1〜7階までの階段に、 龍馬32年の生涯を綴った 40数点のパネルを展示しています。 <br /><br />「激動の幕末の時代、 日本の夜明けのために活躍した 龍馬の生涯をご覧下さい。」がこのホテルのキャッチコピー ここの階段って 普通じゃないですよ。

     1〜7階までの階段に、 龍馬32年の生涯を綴った 40数点のパネルを展示しています。

    「激動の幕末の時代、 日本の夜明けのために活躍した 龍馬の生涯をご覧下さい。」がこのホテルのキャッチコピー ここの階段って 普通じゃないですよ。

  • ホテル南水には龍馬ライブラリーがあって(ライブラリー写真が上手く撮れず 替わりに階段のパネルの写真です。)<br /><br />司馬遼太郎「龍馬がゆく」をはじめ、龍馬に関する豊富な資料図書を 自由に読める「龍馬らいぶらりー」が用意されています。

    ホテル南水には龍馬ライブラリーがあって(ライブラリー写真が上手く撮れず 替わりに階段のパネルの写真です。)

    司馬遼太郎「龍馬がゆく」をはじめ、龍馬に関する豊富な資料図書を 自由に読める「龍馬らいぶらりー」が用意されています。

  • ホテル南水には龍馬の紋服が飾られ(龍馬の紋服写真が上手く撮れず 替わりに 龍馬直筆の書を撮った階段のパネルの写真ですが・・・。)<br /><br />京都国立博物館所蔵の龍馬愛用の紋服を 霊山歴史館で複製の際に割り出した 採寸に基づき、忠実に再現。 ロビーに展示されています。

    ホテル南水には龍馬の紋服が飾られ(龍馬の紋服写真が上手く撮れず 替わりに 龍馬直筆の書を撮った階段のパネルの写真ですが・・・。)

    京都国立博物館所蔵の龍馬愛用の紋服を 霊山歴史館で複製の際に割り出した 採寸に基づき、忠実に再現。 ロビーに展示されています。

  • 龍馬おもしろクイズラリー<br /><br />館内では、全25問の「龍馬おもしろクイズラリー」を行っています。<br /><br />このホテル どう考えても ちょっと変

    龍馬おもしろクイズラリー

    館内では、全25問の「龍馬おもしろクイズラリー」を行っています。

    このホテル どう考えても ちょっと変

  • 激動の幕末の時代、 日本の夜明けのために活躍した 龍馬の生涯を一瞥可能。<br /><br />なんとも 不思議なホテルでした。

    激動の幕末の時代、 日本の夜明けのために活躍した 龍馬の生涯を一瞥可能。

    なんとも 不思議なホテルでした。

  • ホテル南水 朝食 <br /><br />館内を歩くと 全て龍馬に関係するものばかりでした。

    ホテル南水 朝食 

    館内を歩くと 全て龍馬に関係するものばかりでした。

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